第2305話

 二十人という大所帯になりながら野営地を出発したレイ達。

 最初は纏め役という意味でザイがいないことからどうなるかと心配……というよりは、それぞれが好き勝手なことを言って面倒なことになるのではないかと思っていたのだが、幸いにして……本当に幸いにして、特に誰も自分勝手な主張をするような者はいなかった。

 普段であれば何か言うような者もいたのかもしれないが、ここにいる者の大半は今が非常事態に相応しい状況であるというのは知っている。

 そうである以上、ここで好き勝手なことを口にした場合、それは最悪の結果となって自分に戻ってくる……という可能性があるのだ。

 それこそ、死という結果となって。

 そうならない為には、やはり頼りになるのは実際にドラゴニアスを倒したという実績を持つレイとヴィヘラ、セトだ。

 ましてや、今はドラゴニアスの拠点をレイが殲滅するのを見る為に移動している以上、そんなレイを不愉快にさせたくないという思いがあるのも事実。

 レイにしてみれば、周囲が問題を起こさなければそれでいいだろうと、そのように思っている。

 そうして進み続け、やがて昼になったところで昼食の休憩をする。

 とはいえ、ここは既にドラゴニアスの支配領域と言うべき場所だ。

 いつものように、美味い料理を食べる……といったような真似は出来ない。


(俺達だけなら、それこそどんな料理を食べてもいいんだけどな)


 干し肉とパンを食べながら、レイは料理と呼ぶのも烏滸がましい食事を非常に残念に思う。

 今の自分の状況を思えば、それも仕方がないという思いはある。

 だが同時に、今の状況には面倒だという思いを抱いてしまうのも、間違いのない事実などだ。

 周囲に食欲を刺激する料理を食べていても、レイが自分で口にしたように、自分だけであれば本当に問題はない。

 だが、レイ達以外に二十人もいるとなれば、その全員を守れというのは無理がある。

 勿論、この二十人の中には戦う術を心得ている者も多い。多いのだが……だからといって、ドラゴニアスが襲ってきた時にそれに対処出来るかと言われれば、微妙なところだ。


(そういう意味だと、何故かドラゴニアスが執着するヴィヘラが一緒に来てくれたってのは、嬉しいことなんだよな)


 正直なところ、今回の一件でヴィヘラの出番があるとは思えない。

 それでも、ヴィヘラにしてみれば黙って野営地で待ってるよりは……という思いだったのだろう。

 少しでもドラゴニアスと戦える可能性のある場所に、と。


「レイ、どうかしたの?」


 そんなレイの視線に気がついたのか、ずっとセトに乗っていたことによって固まった身体を解すようにストレッチをしていたヴィヘラが、尋ねてくる。

 ……ヴィヘラのような薄衣だけで身体を覆っている状況でそのようなストレッチをするのは、本来なら色々な意味で目に毒だ。

 それこそ、男だけではなく女も目を奪われかねない程に。

 だが幸いにもケンタウロスにとってヴィヘラは、強者と認められはしているものの、同時に二歩足であるということもあってか、女として……具体的には性欲の対象としては見られていない。

 これはヴィヘラにとって微妙にプライドを傷つけられはしたが、それでも言い寄ってくる相手がいないというのは気楽なことだった。


「いや、何だかんだと、思ったよりも順調に来ていると思ってな」

「……そうね。てっきり拠点に近付いてるんだから、ドラゴニアスがそれなりに出て来てもおかしくはないのに」

「やっぱりそれが目当て同行してきたのか」

「あら、それだけじゃないわよ? レイと一緒にいたいからというのあるに決まってるじゃない。いえ、寧ろそっちの理由の方が大きいわよ」


 特に照れた様子も見せず……屈伸しながら、さも当然のようにそう言ってくるヴィヘラに、レイの頬が薄らと赤く染まる。

 ヴィヘラの口から出るにしては、あまりに予想外だったのだろう。


「あー……うん。そうか。取りあえず昼食が終わったら少し休憩してから出発するから、そのつもりでいてくれ」

「ええ」


 自分が照れているのに気がついているのかいないのか、その辺はレイにも分からなかった。

 ともあれ、食休みを終え……再び一行は出発する。

 進むのだが、特に大きな問題もないままにレイ達は草原を疾走していた。


「ねぇ、レイ。ドラゴニアスの拠点には金の鱗を持つ個体がいるのよね?」

「え? ああ。俺が襲撃した拠点ではそうだったけど……今回向かう拠点にもそういう個体がいるかは分からないぞ?」

「もしいたら、私に戦わせて貰える?」

「……俺の魔法でその個体が死ななかったらな」


 そう言うレイだったが、拠点にはドラゴニアスを指揮する存在がいるのはほぼ確定だと、そう思えた。

 そもそもの話、ドラゴニアスは基本的に飢えに支配されている。

 もし指揮するような者がいない場合、ドラゴニアスは好き勝手に動き回ることになるだろう。

 そのようなことになっていないことを考えると、やはり指揮をする個体がいてもおかしくはない。


「ただ、今回向かう拠点はドラゴニアスの数が少ないからな。俺が殲滅した拠点と同じように、金の鱗を持つドラゴニアスがいるとは限らないぞ」


 金の鱗を持っているドラゴニアスは強かった。

 それこそ、レイの投擲した黄昏の槍の一撃を受け流せる程には。

 そうである以上、当然のようにドラゴニアスの指揮を執っている者の中でもかなりの実力の持ち主だというのは、容易に想像出来る。

 ……もっとも、金の鱗を持っていたから強いというのは、ある意味でレイの予想でしかなかったのだが。

 レイの予想で考えれば、金の鱗を持つという者の下には銀の鱗だったり、銅の鱗だったり……そのような者がいてもおかしくはない。

 だが、もしかしたら……本当にもしかしたら、ドラゴニアスにとって金というのは、そこまで重要な色ではないという可能性もあるのだ。


「そうね。でも、そういう強い個体がいるのなら……レイは私が何を言いたいのかは分かるわよね?」

「そいつとの戦いを楽しみにしてる、か。……さっきも言ったけど、俺の魔法で生き残っていたら、構わない。けど死んでたら、諦めてくれよ」

「そうね。残念だけどそういうことになるでしょうね」


 レイの言葉に、ヴィヘラは本当に残念そうにしながらも、そう告げる。

 ドラゴニアスとの戦いは楽しい。

 それこそ、どんなにピンチになっても諦めるといったことを知らない以上、ヴィヘラにしてみれば戦うべき相手として不満はなかった。

 だが……飢えに支配されていて、諦めるといったことを知らなくても、攻撃が単調なのは不満だった。

 たまに意表を突いた攻撃をしてくる個体もいるが、そのような者はかなり少ない。

 また、狙ってそのような攻撃をしてくるのではなく、あくまでも偶然そのような形になった……というのが正しいのだ。

 だからこそ、勿体ないと思う。

 ドラゴニアス程の身体能力があれば、それこそかなりの強さを得られる筈なのに、と。

 そう思っていたヴィヘラだったが、レイから聞いた金の鱗を持つドラゴニアスの話が本当なら――疑ってはいないが――そのような存在とは是非戦ってみたい。

 ヴィヘラがそのように思うのは当然のことだった。


「ねぇ、ドラゴニアスの拠点を見つけた時、何かおかしな……他とは違う個体はいなかった?」


 セトの側を走っていた男にそう尋ねるヴィヘラ。

 そのケンタウロスが、今回の拠点への道案内役であると知っていたからだろう。

 レイとしてもその辺の情報は気になったので、どうだった? と視線を向ける。

 だが……それに対して返ってきたのは、首を横に振るという行為のみだ。

 ……走ってるのにも関わらず器用だなとは思うが、残念なのは間違いない。


「いないのか?」

「正確には、俺達には確認出来なかったというのが正しい。向こうに気がつかれないように、可能な限り遠くから離れて向こうの様子を偵察したからな」


 そう言われれば、レイとしても納得するしかない。

 ドラゴニアスとケンタウロスでは、個としての性能が違いすぎる。

 ましてや、偵察隊とドラゴニアスの数の差を考えると、その選択は当然だろう。

 それに……と、レイは自分が最初に拠点を殲滅した時のことを思い出す。

 あの時、金の鱗を持つドラゴニアスは、最初姿を現していなかった。

 火災旋風と炎の矢が大量に降り注ぐ、灼熱地獄と呼ぶに相応しい光景が現れて、初めて姿を現したのだ。

 今回見つかった集落に金の鱗を持つドラゴニアスがいるかどうかは、レイにも分からない。

 だが、もしいたとしても、以前の行動から考えて、最初から表に出るような真似はしていないだろうと予想出来た。

 つまり、どのみち偵察隊が幾ら頑張っても金の鱗を持つドラゴニアス……もしくはそれ以外の命令を出している個体を見つけることは不可能だった。


「そうなると、結局出て来るまで一体どういう奴がいるのかは分からないのか。……言っておくけど、ヴィヘラが思っているような強い奴が出て来るとは限らないぞ?」


 どのような相手がいるのか分からないというレイの言葉に、ヴィヘラが嬉しそうにしているのを見て、レイは後ろを向いてそう告げる。

 だが、言われたヴィヘラの方は、そんなレイの様子など気にした様子もなく、笑みを浮かべていた。

 完全に敵の拠点には強力なドラゴニアスがいると、そう思い込んでいる様子だ。

 ……実際、その判断は間違っていない可能性が高いので、レイとしては何と言うべきか迷うが。

 ともあれ、そのまま進み続け……







「グルゥ!」

「止まれ!」


 セトが警戒の唸り声を上げると同時に、レイが素早く指示を出す。

 そんなレイの指示に従い、周囲を走っていたケンタウロス達も足を緩める。

 普通なら騎兵が二十騎もいる状況ですぐに止まるといったようなとは出来ないのだが、今回の場合は騎兵ではなくケンタウロスだ。

 このくらいのことは、それこそ戦闘要員ではない者であっても容易に出来た。

 そうして動きが止まると、セトの周囲にいる者達の何人かは不安そうな表情を浮かべる。

 セトの実力は十分に知っているが、それでもやはりこのような場所でいきなりこのような状況になると、思うところはあるのだろう。


「セト、どっちだ?」

「グルルルルゥ」


 レイの言葉に、セトは進行方向から少し右に逸れた方にを見ながら、喉を鳴らす。

 つまり、そちらに敵がいるということだとレイは察する。


(問題なのは、一体何匹ドラゴニアスがいるかだよな)


 この状況で遭遇する敵なのだから、まず間違いなくドラゴニアスなのは間違いないだろう。

 敵の拠点に近付いてる以上、ドラゴニアスと遭遇する可能性が上がるのは当然のことだ。

 拠点を発見した偵察隊なら、数人という規模だったのでドラゴニアスに遭遇しないように立ち回ることも出来たのだろうが、現在のレイ達は二十人程もいる大所帯だ。

 それを思えば、今の状況では決してドラゴニアスを避けて進むといった真似は出来ない。


(それに……)


 レイは背後でやる気に満ちており、闘気を発しているヴィヘラの存在を感じてしまう。


「数が多ければ、俺も出るぞ。ここであまり時間を使いたくはないし、戦いが長引けば他のドラゴニアスが集まってくるかもしれないからな」

「ええ、残念だけどそうしてちょうだい」


 レイの言葉に、本当に残念そうにしながら……それでも素直にその意見を受け入れる。

 この辺りが、ヴィヘラが他の戦闘狂と呼ばれる者達と一線を画しているところだ。

 だからこそレイもヴィヘラに戦いを任せるといったようなことが出来るのだが。

 そして……やがて、先程セトの見ていた方から十匹程のドラゴニアスが姿を現す。


「何だ、十匹か」

「私だけでいいわよね?」

「そうだな、好きにしろ。ただ、時間はあまり掛けるなよ」


 レイの許可を得たヴィヘラは、嬉しそうにセトから降りると前方に向かって走り出す。

 普通であれば、ドラゴニアス十匹というのはケンタウロスにとってはどうしようもないだけの戦力差なのだが、ヴィヘラにしてみれば楽しく遊べる程度の相手なのだろう。

 だが、時間を掛ければ他のドラゴニアスが来てしまいかねない以上、可能な限り早くやってきたドラゴニアス達を倒す必要があるのは間違いない。

 ヴィヘラの実力を知っているレイは、ドラゴニアスを倒すのに時間が掛かるとは到底思っていないが。

 そしてレイの周囲にいるケンタウロス達もヴィヘラの強さは十分に知っているので、不安はない。

 視線の先で早速ドラゴニアスに攻撃を仕掛けているヴィヘラを見ながら、レイは案内役のケンタウロスに尋ねる。


「それで、ドラゴニアスの拠点はこの近くなのか?」

「ああ、もう少し先だけど、間違いなく近付いてる」


 その言葉に、レイは満足そうに頷くのだった。

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