第2304話

「……で、どうするんだ?」


 レイと二人だけになってそう尋ねたザイは、少しだけ安堵した様子を見せている。

 ザイは、レイがドラゴニアスの拠点を潰した光景をその目で見ているが、この偵察隊の中でそれを知っているのはあくまでもザイだけだ。

 それだけに、こうして実際にドラゴニアスの拠点が見つかったと言えば、他のケンタウロス達が動揺するというのは分かっていた。

 直接その目でレイが拠点を蹂躙する光景を見たからこそ、ザイにとってはドラゴニアスの拠点も普通に潰せるというのを知っているが……他の者は違う。

 こうして偵察隊に来てはいるが、多くの者にとってドラゴニアスというのは、未だに凶悪な死の象徴とでも呼ぶべき存在なのだ。

 レイがそれを潰せると言っても、言葉だけでは信じることは難しい。ならば……と、レイはあっさりと口を開く。


「簡単だろ。ドラゴニアスは強敵だが、決して倒せない敵ではないと示せばいい。俺が見たところ、偵察隊の中には必要以上にドラゴニアスを恐れている連中もいる。……一応、ケンタウロス達だけでも、数匹のドラゴニアスは殺せるのに、何でだろうな?」


 それは実際、レイが疑問に思っていることでもあった。

 ケンタウロスにとって、ドラゴニアスが凶悪な敵であるのは間違いないだろう。

 だが、ケンタウロスも以前は草原の覇者と呼ばれていた存在だけに、その戦闘能力は決して低くはない。

 一対一ではドラゴニアスに勝つことは出来ないが、仲間と協力して戦えば勝てるというのは、それこそ実際にレイもその目で見ているし、ケンタウロス達自身がそれを知っており、体験している筈だった。

 にも関わらず、何故ここまで……そう、必要以上にドラゴニアスを恐れるのか。


(やっぱり最大の問題は、多少の反撃は出来ても総合的に見た場合は圧倒的に負けているから、自分達では勝てないって苦手意識を持ってる奴が多いってことだよな)


 ここまで圧倒されて……いや、され続けているのだから、ケンタウロス達がそのように思ってもおかしくはない。

 それはレイにも理解出来ているのだが、その苦手意識はどうにかしなければ、これからドラゴニアスと戦って行く中で決定的な危機に陥る可能性がある。

 そんな中でレイが考えたのは……


「いっそ、今回見つかった拠点を俺が潰すのを見せるか? そうすれば、苦手意識の類だってなくなるだろうし」

「それは……」


 レイの言葉に、ザイは何と言うべきか迷う。

 実際、自分達もレイがドラゴニアスの集落を蹂躙する光景を見てから、ドラゴニアスに対する苦手意識の類がなくなった……訳ではないが、少なくなったのは間違いのない事実だ。

 他の者達も間近で自分と同じ光景を見れば、恐らくドラゴニアスに対する恐怖心が少しは消える。

 そう思いはするが、本当にそうか? という思いがあるのも事実。

 今この状況で行動を起こした場合、中にはザイが受けたのとは別の意味で衝撃を受けるという可能性もある。


「試すだけ試してみた方がいいか。……ただし、全員を強制的に連れて行くといった訳にはいかない。あくまでも希望する者だけだ。それに敵の拠点に向かうにしても、全員を連れて行く訳にはいかないだろう」

「そうだろうな。この野営地は偵察隊の中でも重要な場所だ」


 ザイの言葉に、レイは同意するように頷く。

 何しろ、今回戻ってきた偵察隊以外の、別の偵察隊が戻ってきた時に、そこに誰もいない……ましてや、ドラゴニアスに占領されているといったようなことになった場合、最悪の結末になるだろう。

 せめてもの救いは、ドラゴニアスが最も必要としている食料の大半は、レイの持つミスティリングの中にあることか。

 ドラゴニアスが幾らこの野営地を占領しても、そこに食料の類はない。

 食料の類がなければ、飢えに支配されたドラゴニアスはここから立ち去るという可能性は十分にあった。


「なら、すぐにでも出る。希望する奴を選んでくれ。それと、戻ってきた連中の中から案内役も必要だな」

「分かった、すぐに準備をしよう。恐らくは結構な人数が希望をすると思うが、その場合はどうする?」

「そっちで選んでくれ。それに……ドラゴニアスの拠点の殲滅は、今回が最後って訳じゃないと思う。あくまでも俺の予想ではあるけどな」


 レイの言葉に、ザイは難しい表情で頷く。

 ザイにしてみれば、出来るだけ多くの者に見て欲しいという思いがあると同時に、下手な相手に見せた場合は、それをまともに受け止められない……それこそ、一種のトラウマになるのではないかとすら思ってしまう。

 その辺の判断も自分がやらないといけないというのは……何気に、結構厳しいといったところか。

 だからといって、偵察部隊を率いる者としてそれを誰かに任せる訳にはいかないのだが。


「じゃあ、準備が出来たら呼んでくれ。俺は少し休むから」


 昨夜からの騒動で、レイもそれなりに疲れている。

 絶対に休憩しなければならないというくらいに疲れている訳ではないのだが、それでも多少なりとも疲れがあるのを考えると、今はゆっくり休みたいと思うのは当然だろう。

 現在このような状況である以上、いつ何が起きるとも限らない。

 そうである以上、やはりここは休める時に休んでおくというのは、レイとして……いや、冒険者として当然だった。


「分かった。じゃあ、準備が出来たらレイを呼びに行く。あの……マジックテントとかいうテントでいいんだよな?」

「ああ。ただ、もしマジックテントに俺がいなかったら、その場合はセトを探してくれ。セトがいる場所には俺がいると思うし」

「分かった」


 そうやって短く言葉を交わすと、レイはザイと別れて休憩すべく行動を開始するのだった。






「グルゥ!」

「……ん?」


 マジックテントの前。

 そこで横になっていたセトに寄り掛かって眠っていたレイは、セトの鳴き声で目を覚ます。

 眠っていたとはいえ、それはあくまでも浅い眠りだ。

 もし誰かが近付いてきていれば、すぐに起きただろう。

 そんな状況だったので、寝惚けるといったような真似もしない。

 元々冒険者として何らかの依頼を受けている時のレイの眠りは浅い。

 眠っている時に何が起きてもすぐ対処出来るように、と。

 そうして目が覚めたレイの視線の先にいたのは、ザイだ。

 一体眠ってからどれくらいの時間が経った? と空を見上げたレイだったが、太陽の位置は寝る前とそう変わってはいない。


(そうなると、結構すぐにドラゴニアスの拠点を破壊するのに同行するメンバーは決まったのか?)


 そんな風に思いつつ、レイはザイが近付いてくるのを待つ。


「眠れたか?」

「それなりにな」


 レイの言葉は決して嘘ではない。

 実際、眠る前に比べれば身体の疲れは殆どなく、元気一杯……といった訳にはいかなかったが、それでも寝不足がある程度解消されたのは間違いない。


(日差しもいいし……この草原で昼寝をしたら、気持ちよさそうなんだけどな)


 そんな、今の状況では絶対に出来ない贅沢を思いながら考えるレイだったが、結局のところ今の状況では何をするにしてもドラゴニアスを片付ける必要があるのは間違いない。


「じゃあ、幸せな日々を取り戻す為に、まずはその第一歩といくか。で、結局何人が俺と一緒に行動することになったんだ?」

「希望者を募集したところ、人数が多かったから絞るのは苦労したぞ」


 ザイのその言葉は、お世辞でも何でもない。純粋な事実だった。

 レイが強いというのは、もう全員が知っている。

 だが、同時にそれはあくまでも個としての強さであって、ザイの集落から派遣された者達が言っていたような、多数のドラゴニアスを一方的に蹂躙する炎の魔法……といったものは、まだ見たことがない。

 話だけを聞いていたが、実際にレイのその実力を見てみたい。

 そう思う者が、レイやザイが予想していた以上に多かったのだ。

 当初、レイやザイは募集はするものの、実際にレイとドラゴニアスの巣まで行くのを怖がる者が多いと、そう思っていたのだが。

 実際には、二人が予想した以上の希望者が集まった。

 もっとも、それで苦労したのは誰を選ぶのかを決めるザイだけで、その間レイは寝ていたので、特に苦労するようなことはなかったのだが。


「それで、人数は決まったのか?」

「ああ。今回外れた者達は、後日別の拠点を見つけたらそっちに行くってことになった」

「それが妥当か」


 一日で一つの拠点が見つかったのだから、他の方に偵察に行った部隊が別のドラゴニアスの拠点を見つけてもおかしくはない。

 そちらの拠点を潰す時に、今回行けなかった者達を連れていくということなのだろう。

 レイの意見を聞かずにそのようなことを決めたのはどうかと思わないでもなかったが、それでも結局拠点を潰すのに一番向いているのがレイである以上、やるべきことは変わらないのだ。

 そうであれば、レイもザイの提案に頷くしかない。


「分かった。なら、出発する連中の準備は?」

「……そっちより、こっちに残る方の準備をしてくれると助かる」


 ザイの言葉にレイは少し疑問を抱くが、自分の持つミスティリングの中に全員分の食料が入っていることを思い出し、納得する。

 レイがこの野営地から出てドラゴニアスの拠点に行くということは、当然の話だが、ここに残る者達は自分で食料を用意する必要があるのだから。

 偵察隊が二日目に戻ってきたということは、ドラゴニアスの拠点まで約半日程の距離があるということになる。

 つまり、レイがいない間この野営地には食料がなくなってしまう。

 ザイにしてみれば、レイがいない間の食料を置いていって欲しいと思うのは当然だろう。


「あー……うん、そうだな。食料の類は置いていく必要があるか」


 ザイが何を言いたいのかを理解したレイが、そう告げる。

 とはいえ、結局のところ二日……もし何かがあった時の予備を考えても、三日分の食料を置いていけば問題はない筈だった。


(いや、今日戻ってきた連中のように、ドラゴニアスの本拠地……は無理だろうけど、拠点を見つけて戻ってくる奴がいるかもしれないと考えれば、もう少し余裕を見て置いていった方がいいか)


 少し考えてからそう判断し、レイは早速準備を整える。

 レイの場合、それこそ荷物を出そうと思えばミスティリングからすぐに出せるので、食料を置いていくといったようなことも特に苦労するようなことはない。

 そうしてザイと軽い打ち合わせを終え、余裕を持てるように四日分の食料をミスティリングから取り出すと、それでもう出撃の準備は終わる。

 レイと一緒にドラゴニアスの拠点に向かう面々は、そんなレイ達よりも素早く準備を終わらせていた。

 当然だろう。移動する上で一番必要になる食料や飲料水はミスティリングの中にあるし、それ以外にも天幕は人数分ミスティリングに収納済みだ。

 そうなると、他に必要となるのはドラゴニアスと遭遇した時の為の武器程度なのだが……もしドラゴニアスと遭遇しても、レイ、ヴィヘラ、セトがいれば心配は全くいらないと、そう理解する程度には、レイ達の強さは知られている。

 だからこそ、用意はすぐに終わったのだ。


「結局二十人か。……こんなに連れていっても大丈夫かって思いはあるけど」


 元々この野営地に残っていたのは三十人程。

 そこに新たに合流してきたケンタウロスが十人程で、拠点を見つけて戻ってきたのが五人。

 そう考えれば、二十人でもそう大差はないのかもしれないなと、そうレイは自分を納得させるように考える。

 ……野営地にいる者の半分近い人数なのだが、取りあえずそれには目を瞑って。


「いや、幾ら何でも多すぎないか? 次に回すってことで、十人くらいだと思ってたんだけど」


 結局目を瞑りきれず、ザイにそう告げる。

 だが、ザイは申し訳なさそうに頭を下げるだけだ。


「悪い。これでも半分にしたんだ」

「半分って……それはつまり、最初はほぼ全員で行くつもりだったのか?」


 レイが呆れの表情と共にそう告げるのは、当然のことだろう。


(あれ? この連中ってドラゴニアスに恐怖心を持ってるんじゃなかったのか? だから、そんな相手に俺がドラゴニアスの集落を殲滅出来るところを見せる為に行くって話じゃ……いや、まぁ、いいか)


 ドラゴニアスに対する戦意……あるいは敵意が強いのなら、レイにとっては悪い話ではない。

 何が原因で急にそうなったのかは、レイにも分からない。

 だが、ドラゴニアスの存在に怯えられているよりは、好戦的な方がまだ戦いやすい。

 そう判断し、レイは結局それ以上は何も言わずに拠点に行く面々が集まっている場所に向かうのだった。 

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