第2306話
予想通り、遭遇したドラゴニアスはヴィヘラによってあっさりと倒された。
本来ならもっと戦闘を楽しみたかったのかもしれないが、レイから早めに倒すようにと言われていたこともあって、その言葉通りあっさりと倒したのだろう。
そのことが少しだけ残念そうだったヴィヘラだが、このままあそこで延々と戦っていれば、他のドラゴニアスが次々にやってくる可能性もあったのだから、無理もない。
レイとセト、ヴィヘラだけならそれでもよかったのだが、残念ながら今回は二十人近いケンタウロス達がいる。
中には戦闘がそこまで得意ではない者もいるのを考えると、そのような者達を守りながら戦うのは……不可能とは言わないが、それでも面倒なのは間違いなかった。
そうである以上、やはりヴィヘラにはさっさと戦って貰うのが、レイとしては当然の選択だった。
ヴィヘラも、そのことは若干不満もあったようだが、これから拠点に向かえば、その拠点には多くのドラゴニアスがいるだろうし、何よりドラゴニアスの指揮を執るだろう特別なドラゴニアスもいる可能性が高いとなれば、ここで不満を言うよりさっさとドラゴニアスの拠点に行った方が楽しめると判断したらしい。
「さて、じゃあさっさと行きましょうか」
ヴィヘラが倒したドラゴニアスの死体をミスティリングに収納したレイは、そんなヴィヘラの言葉に促されるように出発の準備を整える。
野営地の近くではドラゴニアスの死体は燃やしたが、既にドラゴニアスの拠点が近いこの場所でそのような真似をした場合、間違いなく敵に見つかってしまう。
そうなると、間違いなく面倒なことになる以上、ミスティリングに収納してしまった方が手っ取り早かった。
……戦ったのがヴィヘラだったので、ドラゴニアスの死体が大きく損傷していなかったというのも、この場合は大きいのだろうが。
戦いの後始末をしている間は、幸いにして他のドラゴニアスが来るようなことはなかった。
なので、素早く準備を終えると、レイは再び出発する。
「ここから近いって話だったけど、正直なところ随分と早いんだな」
走っているセトの背の上から、レイは案内役のケンタウロスにそう話し掛ける。
野営地に戻ってきた時間を考えると、それなりの距離であってもおかしくはないのだが、こうして移動している限りでは、もうそろそろ到着するといった様子だったことから、疑問に思ったのだ。
そんなレイの疑問に、ケンタウロスは当然だといったように頷き、口を開く。
「俺達だけで偵察している時は、ドラゴニアスを警戒して、かなり慎重に移動していたからな。けど、この集団ではそういうのをやる必要がない分、楽に移動出来るんだよ」
その言葉はレイにも十分に納得出来た。
最初に偵察をしている時は、それこそドラゴニアスの本拠地や拠点がどこにあるのか分からない以上、少しでも異変はないかといったことを警戒する必要がある。
だが、今はその拠点がどこにあるのか分かっているのだから、その辺りを心配する必要はなかった。
また、今回のようにドラゴニアスが近付いてきた時は相手よりも早くそれを察知し、逃げるといった行動を起こす必要があるが、この一行ではそんなことを心配する必要もない。
敵がいるかどうかというのは、それこそセトがいればケンタウロス達が探すよりも素早く見つけることが出来るし、それによって敵と遭遇しても今回のようにドラゴニアスを圧倒出来るだけの戦力がある。
それを考えれば、進行速度が以前よりも増すのは当然だろう。
……もっとも、ケンタウロスの数が多いということは、当然ながら移動する時に少数で移動する時よりも手間が掛かるのだが。
そうして一時間も進まないうちに、案内役のケンタウロスが口を開く。
「止まってくれ。……あの岩があるということは、そろそろの筈だ」
ケンタウロスが見たのは、レイの膝くらいまでの高さの岩。
その言葉にレイも頷き、皆に静かにするように告げる。
「それで、ここから具体的にどれくらいだ?」
「すぐだな。……向こうに丘があるのが分かるか?」
その言葉にケンタウロスに示した方に視線を向けたレイは、すぐに頷く。
そこには盛り上がっている……それこそ丘と呼ぶに相応しい光景があったのだ。
「あの丘の向こうだ。少なくても、俺達が見た時はそうだった」
「……分かった。なら、まずは俺とセトで行ってくる」
「あら、私を置いていく気?」
レイの言葉に、ヴィヘラはそう告げる。
レイにしてみれば、出来ればヴィヘラを連れていきたくはなかったのだろう。
ヴィヘラの性格を考えれば、それこそいつ敵に向かって突っ込んでいくとも限らない。
であれば、ここに置いていった方がいい。
そう思っていたのだが、ヴィヘラはそんなレイの言葉に反論を口にする。
「言っておくけど、いきなり敵に突っ込んでいくといったような真似はなしだぞ。それでもいいのなら、連れていく」
「それでいいわ」
あっさりと告げるヴィヘラの言葉に、ヴィヘラの言ってることは本当か? という疑問もあったのだが、それでもここで馬鹿なことをしたりはしないだろうと、そう思って頷く。
「分かった。じゃあ、それでいい。……ここで何かあった時のことを考えれば、出来るなら戦力を残しておきたかったんだけどな」
それはレイの本音でもあった。
この集団の中で、腕の立つのが、レイ、ヴィヘラ、セトだ。
その全員が一時的とはいえ、この集団から離れるというのは多少心配だった。
もっとも、ここから丘まではそう離れている訳でもないので、もしドラゴニアスが襲ってきても、それに対処するのは難しくはない。
元々ケンタウロスはドラゴニアスよりも走る速度では上回っているのだから、もし丘以外の場所からドラゴニアスがやってきた場合、レイ達のいる方に向かって走ればいいのだ。
……そのような真似をすれば、丘の向こう側にあるドラゴニアスの拠点に気がつかれてしまうだろうが、それでもレイ達と合流した方が生き残る可能性は高い。
結局レイは、もし敵が姿を現したらすぐに自分達のいる方に逃げてくるようにと告げ、セトとヴィヘラを引き連れてドラゴニアスの拠点が見えるという丘に向かう。
……レイ達に置いていかれたケンタウロス達は微妙に心細そうにしていたものの、今の状況ではそのようなことになっても仕方がないと、そう考えて周囲の様子を警戒する。
ケンタウロス達の様子が大丈夫だと知ったレイは、丘を進み……
「当たり、だな」
ケンタウロスからの報告で、ここにドラゴニアスの拠点があるのは間違いないと理解していた。
だが、それでもやはり自分の目で直接見ると、それによって初めて納得出来るものがある。
「そうね」
レイの言葉に同意するように呟くヴィヘラだったが、その言葉に残念そうな色があるのは、金の鱗を持つ……もしくはそれ以外にも特別な色の鱗を持つ、指揮官とも呼ぶべきドラゴニアスの姿を確認出来なかったからだろう。
(単純に、まだ出て来てないだけなんだろうけど)
レイが襲撃した拠点でも、最初は表に出ていなかったのだ。
それを思えば、この展開は不思議でも何でもない。
いや、レイにとっては寧ろ納得出来ることだった。
「とにかく、拠点があるのは確認した。……聞いていた話よりドラゴニアスの数が少ないのは気になるが……日中だし、多分外に出てるんだろ。だとすれば、やっぱり襲撃は夜中だな」
「グルゥ?」
前と同じように? と喉を鳴らすセトに、レイはその通りと頷く。
ドラゴニアスを相手に正面から戦っても負けるつもりは全くない。
だが、それでも楽に倒せるのなら、倒した方がいい。それがレイの考えだった。
そんなレイの言葉にヴィヘラは拗ねたように唇を尖らせるが、この件については前もって聞かされていた以上、ここで文句を言うようなことは出来ない。
それから二人と一匹は少し黙ったまま、ドラゴニアスの拠点を観察する。
「こうして見る限りだと、以前に俺が見たドラゴニアスの拠点とそう違いはないな」
拠点を観察していたレイが、不意にそんな言葉を口にする。
「そうなの?」
「ああ。俺が見た時も、日中はああして適当に動き回ったり、それぞれで適当な行動を取ったりしていた」
「……獲物を見つければ飢えに支配されたように喰い殺そうとしてくるのに、獲物がいないとああして何もないようにしているの? それって、少し妙よね?」
「俺もそう思う。けど、そもそもドラゴニアスそのものが色々とおかしなところがあるだろ?」
レイが言いたいのは、やはり外見についてだ。
ケンタウロスは個々にそれぞれが違うとはいえ、人間の上半身を持ち、馬の下半身を持つといった形なのは共通してる。……足が八本あるドラムのような例外もあるが。
だが、ドラゴニアスはそれこそトカゲの下半身を持っているというのは共通しているが、足の数が違う程度は普通。
足の生えている場所が違ったり、トカゲの下半身その物の形が違ったりしている。
ケンタウロスと違って、明らかに一つの生物として整っていないのだ。
とはいえ、それも含めてそういうモンスターだと言われれば、レイも納得するしかない。
エルジィンで今までレイが戦ってきたモンスターの中にだって、常識? 何それ? 美味しいの? といったような姿をしたモンスターを、何度となく見ているのだから。
「おかしい、ね。戦っていて楽しい相手ではあるんだけど、出来ればもっと理性的に考えて戦って欲しいとは思うわね。……もっとも、それであの飢えに支配された動きが出来なくなったら、意味はないけど」
「いや、そういうことじゃなくてな。……まぁ、いい。取りあえず拠点の様子は確認出来たし、ドラゴニアスの様子が最初の拠点の時と変わらないのも理解出来た。そろそろ戻るか。戻るのが遅くなると、向こうも心配するだろうし」
丘の下では、いつドラゴニアスに襲われてもいいように、皆が警戒をしていた。
だが同時に、拠点の近くだけに大量のドラゴニアスが現れるのでないかと、そんな不安を感じているのも、遠くから見て理解出来る。
(少し、肩入れしすぎたか?)
レイが来るまでは、ケンタウロスだけでドラゴニアスに対処していたのだ。
そうである以上、自分達がいないからといってここまで怯えるというのは……少し度がすぎるような気がする。
とはいえ、二十人の中には戦闘を専門にしていない者もいるので、ある意味では仕方がないか。
そう思いながら、レイは丘を降りていく。
ケンタウロス達も、レイが戻ってくるのが分かったのだろう。
遠目からでも理解出来る程に安堵している様子が見て取れた。
そして、レイ達を見た瞬間に気を抜くのも。
(これは……少し危ないか? 俺達がいるから、絶対に安心なんて風に思うのは問題あるんだけどな。まぁ、その辺は野営地に戻った時にザイに言って何とかして貰うか。俺が口を出すと、余計に問題になりそうだし)
結局のところ、自分達は戦力として頼りにはされているが、深いところまで接している訳ではない。
ならば、野営地に戻った後で偵察隊を率いるという立場にいるザイに言っておいた方がいいだろうと、そう判断する。
……レイとしては、ここで面倒なことになって丘の向こう側にあるドラゴニアス達を刺激したくないという思いの方が強かったのだが。
「取りあえず一旦ここから距離を取るぞ。ここは隠れる場所も何もないから、もしドラゴニアスが丘の上まで来たら、すぐに見つかってしまう」
レイの言葉に、誰も異論はなかったのだろう。
すぐにその場から移ることになる。
……とはいえ、周辺には何も身を隠せる場所がなく、延々と草原が広がっているだけだ。
そうである以上、どこまで離れればいいのかと考え……結局面倒になったレイは、ある程度丘から離れたところで停止する。
「レイ? どうするんだ?」
ケンタウロスの一人が戸惑ったように尋ねるが、レイはその言葉を聞き流しながらミスティリングからデスサイズを取り出し、石突きを地面に触れさせ、スキルを発動する。
「地形操作」
その言葉と共に、地面は百五十cm上がり、そして上がった場所と隣接している場所の地面が百五十cm下がる。
結果として、三mにも及ぶ塹壕が出来上がる。
取りあえず二十人が入ればいいので、そこまで大きな塹壕ではないが。
ざわり、と。
それを見た者達が驚きの声を上げる。
当然だろう。レイが炎の魔法を使うというのは知っていたが、まさかこのような魔法も使えるとは思っていなかったのだ。
……実際には、魔法ではなくデスサイズのスキルなのだが。
「ほら、とにかく中に入れ。後は夜になるまで待つぞ」
そんなレイの言葉に、全員が大人しく従うのだった。
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