第2303話

 轟々と燃える炎。

 その炎は、ドラゴニアスの死体を瞬く間に燃やしていく。

 普通であれば、死体を焼くというのは相応の時間が掛かるのが普通なのだが、レイの魔法で生み出された炎であれば容易に燃やしつくすことが出来る。


「ねぇ、レイ。今更だけど……この死体はミスティリングに収納しなくてもよかったの? 色々な鱗のドラゴニアスがいたけど」


 レイの横で、朝日に髪を煌めかせながらヴィヘラがそう尋ねる。

 ドラゴニアスというのは、様々な色の鱗を持っており、その鱗の色によって属性が異なる。

 赤い鱗を持ち、炎に対して耐性を持つドラゴニアスは、レイの魔法ですら耐えるのだから。

 ……もっとも、現在レイの視線の先では、赤い鱗を持つドラゴニアスも普通に燃えているが。

 この辺は、ドラゴニアスが生きているか死んでいるのかの違いも大きいのだろう。

 生きていればレイの炎を防げても、死んでいればその鱗は効果を発揮しない。

 もしくは、デスサイズや黄昏の槍を初めとした攻撃で身体を切断されるなりなんなりして、鱗に覆われていない体内から焼かれていったのか。


「一応、色違いの死体は収納しただろ? ……ヴィヘラが倒した状態のいい奴が殆どだったけど」


 セトの一撃は基本的に相手の身体を爆散させる程の威力を発揮し、レイの場合は黄昏の槍で突くのはともかく、デスサイズで切断するといったような真似をした場合、その死体はとても状態がいいとは言えない。

 それに比べると、ヴィヘラが浸魔掌で殺したドラゴニアスの死体の場合、外的な損傷の類は皆無だ。

 ……もっとも、その代わり衝撃を直接叩き込まれた内臓の類は破壊されていることが多いのだが。

 そんな訳で、死体のサンプルをという意味では、ヴィヘラが倒した死体の方が適切だったのは間違いない。


「それで満足したの? それなら別に私からは何も言うことはないんだけど」


 ヴィヘラにしてみれば、こうして死体を燃やすよりもレイがミスティリングに収納した方が手っ取り早く死体を消すことが出来ると思っていた。

 そうである以上、何故今この状況でわざわざ燃やすのかと。

 レイもそれは分かっていたが、ドラゴニアスの死体は何故かエルジィンで外に出すと、一日かそこらで使い物にならなくなる。

 それが分かっているからこそ、ある程度のサンプルを手に入れた後は、纏めて燃やしたのだ。


「ドラゴニアスの死体なら、それこそこの先もっと大量に入手することが出来るし、ミスティリングに収納するのなら、そっちでもいいと思ってな」


 結局のところ、こうしてレイがドラゴニアスの死体をミスティリングに収納せず燃やしたのは、何となくそうした方がいいと思ったという理由でしかない。

 とはいえ、レイは自分の直感を信じている。

 実際に今まで何度となくこの直感に助けられてきたのだから、それは当然だろう。


「とにかく、今なら焼いても目立たない筈だ」

「そうね。炎は目立たないわね」


 悪戯っぽく笑ってそう告げるヴィヘラの視線の先にあるのは、死体が燃やされた結果生まれた煙だ。

 風も特にないせいか、空に昇っていく煙は、見ようによってはまるで狼煙のように見えないこともない。


(これ、狼煙と勘違いして偵察隊が戻ってきたりしないよな? もしくは、ドラゴニアスが興味を持ってこっちに来るって可能性も……いやまぁ、ドラゴニアスが来たのなら、倒せばいいだけだし)


 昨日と同じ三十匹程度なら、それこそレイとセト、ヴィヘラがいれば……いや、場合によってはヴィヘラだけであっても倒せる。

 あるいは、ヴィヘラによって模擬戦を繰り返されているケンタウロス達の相手としても悪くない。

 何となくそんな風に思っていると……やがて、ザイがレイのいる方に向かってやってくる。


「レイ、襲ってきたドラゴニアスの処理は、これでいいんだよな?」

「ああ。こんな近くでアンデッドになられたりしたら、最悪だし」


 敵がアンデッドであっても、倒そうと思えば倒すのは難しくはない。

 だが、ゾンビの類になると、モンスターであっても腐臭は絶対に存在する。

 普通の人間よりも敏感な嗅覚を持っているレイと……そんなレイよりも更に鋭い嗅覚を持つセトにしてみれば、腐臭漂わせるゾンビというのは最悪の相手だ。

 寧ろ、普通にドラゴニアスと戦うよりも、こちらの方が厄介な相手だと思えるくらいには。

 そんなレイの意見にはザイも同様だったのか、素直にその言葉に頷く。


「そうだな。アンデッドの類は非常に厄介だ。ドラゴニアスの力を持ったアンデッドなんて、洒落にもならん」

「あ、そういう意味か」


 アンデッドは厄介だという意見はレイと同じだったが、その厄介という意味がレイとザイでは大きく違う。

 レイは腐臭が、そしてザイはただでさえ強いドラゴニアスの力が更に強まるという意味で。


「けど、力は強くなっても、動きそのものは鈍くなるんだから、寧ろ戦いやすくないか?」

「いや、本来戦わなくてもいいドラゴニアスの死体と戦うという時点でどうかと思うが」


 ザイの口から出たその言葉には、レイも納得するしかない。

 一度倒したドラゴニアスの死体が再び蘇って襲い掛かってくるのだ。

 それは本来なら、戦わなくてもいい相手だというのは間違いのないことだった。


(ネクロマンサーとかがいたら、ドラゴニアスのアンデッドでまだ生きているドラゴニアスに攻撃させるといったようなことも出来るんだろうけど……俺にはその手の魔法は使えないしな)


 空を飛ぶことが出来る魔法すら生み出すことが出来たのだから、上手くすれば死霊魔法のような魔法を開発出来る可能性はある。

 だが、魔法を開発するには、レイが心の底からそれを考える必要がある。

 ……しかし、レイにとって死霊魔法は決して馴染み深いものではないし、それこそ決して好ましいとも思ってはいない。

 そうである以上、今の状況で炎の魔法で死霊魔法に似たような魔法を作るというのは、まず不可能だった。


「取りあえず、ドラゴニアスの死体を片付けた以上、いつまでもここにいるのはどうかと思うし、そろそろ野営地に戻らないか? 向こうにも戦力を残しているから安心だとは思うけど、万が一を考えれば、やはり今回の件を不安に思ってる者もいるだろうし」


 思考を切り替えてそう告げるレイの言葉に、ザイも頷く。

 ……そして少し離れた場所で話の行方を見ていたヴィヘラも、野営地に戻れるということで笑みを浮かべていた。

 ヴィヘラにしてみれば、ドラゴニアスと戦うのはともかく、その死体の処理は面倒だという思いがあったのだろう。

 もっとも、死体の処理もザイ達が死体を一ヶ所に集め、それをレイが魔法で燃やしたからあっさりと終わったのだが。

 本来なら死体の処理はもっと手間が掛かる。

 それを考えれば、ここにレイがいたというのは多くの者にとって救いだっただろう。


「グルゥ?」


 と、不意にセトが野営地の方を見て喉を鳴らす。

 昨日の、ドラゴニアスの接近に気がついた件もあり、周囲にいた者達はそんなセトの態度に緊張する。

 ……ただ、セトと付き合いの長いレイとヴィヘラの二人は、今のセトの様子は危険を察知してのものではないと理解し、特に緊張した様子も見せずにセトの視線が向けられている方角……野営地の方に視線を向ける。

 するとそこでは、ケンタウロスの男が一人、見て分かる程に全速力でレイ達のいる場所に向かって走ってきていた。


「何だ?」


 レイの視線を追ったザイも走っているケンタウロスの姿を見つけ、そんな風に呟く。

 もしかしたらまた敵が来たのか? そう思いもしたが、そんなザイの予想とは裏腹に、走ってくるケンタウロスの表情に切羽詰まった色はない。

 ザイもようやくそのことに気がついたのか、安堵した様子を見せる。

 ただ、そうなると今度は何故野営地からここまで来たのかといった疑問が浮かぶが。

 何があったのかは、それこそやって来た者に聞けばいい。

 そう判断し、レイ達は特に何をするでもなくケンタウロスがやって来るのを待ち……やがて、ケンタウロスが到着する。

 そしてレイの側までやって来たケンタウロスは、真剣な表情で口を開く。


「偵察隊が戻ってきた」

「……は? 昨日の今日でか?」


 偵察隊が戻ってきたという報告は、ザイにとっても完全に予想外だったのだろう。

 何かの間違い……それこそ、新たに今まで合流していなかった集落のケンタウロスの集団がやって来たのではないかすら思ってしまう。

 実際、昨日はザイが接触を持ったことがなかった集落のケンタウロスと接触してきたのだ。

 そのケンタウロスから、他にも集落が幾つも存在している……もしくはいたと、そう聞いている。

 いた、と過去形になっているところがあるのは、ドラゴニアスによって全滅した集落もある為だ。

 文字通りの意味で集落の全てを喰い殺された者や、ザイの集落に集まっているように別の集落に合流して消滅したりと、その過程は色々とあるが、結果として集落が消滅したのは間違いのない事実だ。


「ああ。間違いない。……本拠地かどうかは分からないが、ドラゴニアスが集まっている場所を見つけたらしい」

「っ!?」


 それは、ザイだけではなく、レイやヴィヘラ、セト……それに周囲で話を聞いていた他のケンタウロス達の注意を惹くには十分な言葉。


「それは本当か?」

「見つけたって言って戻ってきたのは本当だ。ただ、俺が直接見た訳じゃないから、何ともいえない」

「……分かった。なら、ここでやるべきことは終わったし、野営地に戻ろう」


 ザイのその言葉に、話を聞いていた全員が頷く。

 ドラゴニアスの本拠地を見つける為に各集落から人を募って結成された偵察隊だったが、もしかしたら……本当にもしかしたらだが、いきなり本拠地を見つけたかもしれないのだ。

 それで緊張するなという方が無理だった。


(もっとも、一日程度の距離に本拠地があるにしては、昨日来たドラゴニアスが三十匹程度ってのは、正直疑問なんだよな。……まぁ、飢えに支配されているドラゴニアスの考えを読めって方が無理だろうけど)


 そう考えているレイは、多分偵察隊が見つけたのは本拠地ではなく、自分が以前殲滅したような拠点の一つだろなと、そう思う。

 ただし、レイが殲滅した拠点にいたドラゴニアスの数を考えると、決して侮っていいような相手ではないのだが。

 ドラゴニアスの強さを考え、その数を考えると非常に厄介な相手なのは間違いないのだから。

 とにかく詳しい事情を聞かなければ分からないということで、レイ達は野営地に戻る。

 するとその野営地の真ん中では、数人のケンタウロス達が待っていた。


(数が減ってない?)


 そう、レイが見たところ、そのケンタウロス達の数は全く減っていないように思えた。

 勿論、レイも偵察隊に出ている者達全員の顔を完全に覚えている訳ではない。

 だがそれでも、こうして見ている限りではこの集団の数は減っていないように思えたのだ。

 また、ドラゴニアスの拠点、もしくは本拠地を見つけたということでかなり衝撃を受けているようには見えるが、仲間を失った悲しみを感じているようには思えない。

 それはつまり、この偵察部隊が誰も殺されないで戻ってきたか……もしくは、もし死んだ者がいたとしても、それは一緒に行動していた全員に嫌われていて、それこそ死んでも構わないと……いや、寧ろ死んだ方がいいと、そう思っていたのだろう。


(いや、そんなことはないよな)


 半ば自分に言い聞かせるようにしながら、レイは戻ってきた偵察隊のケンタウロスに話し掛ける。


「本拠地か拠点かは分からないが、ドラゴニアスが集まっているところを見つけたと聞いたけど、本当か?」

「え? ああ、うん。本当だよ。正直、レイから話を聞いてなければ、すぐに逃げていたと思う」


 そう告げる様子に、レイはなるほどと納得する。

 ザイの集落で行った偵察隊は、金の鱗を持つドラゴニアスが非常に知能が高かったというのもあるが、何よりもドラゴニアスの数に驚き、それで敵に見つかり……その上でドラゴニアスの数に驚いた結果が、一人以外全滅だったのではないかと、そう思っているからだ。


「そうか。それで、ドラゴニアスの数はどれくらいだ?」

「しっかりと数えた訳じゃないけど、五百くらい……だと思う」

「少ないな」


 それが五百と聞いてレイが口にした正直な感想だった。

 そして間違いなく本拠地ではなく拠点の一つだとも認識する。

 レイにしてみれば、その程度といった印象だったが、ドラゴニアスの脅威を実際に知っている者にしてみれば、そんなレイの言葉はとてもではないが平静に聞くことは出来ない。

 それでも、レイにしてみればその程度の数ならどうとでも出来るので、安心させるように頷くのだった。

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