第2302話

 セトの一撃によって始まった戦いに、レイとヴィヘラもすぐに参戦する。

 ……高度百mからの降下と、パワークラッシュというスキル、そして剛力の腕輪による一撃は、落下した地面にクレーターを作るには十分な威力を持っていた。

 当然のように、その一撃を受けたドラゴニアスが無事な訳はなく、一撃で殺され、その身体は肉片と化して周囲に散らばっている。

 全く気がつかないまま上空から降ってきた一撃によって死んだのだから、そのドラゴニアスはある意味で幸運と言ってもいいのかもしれない。

 これ以上の飢えを感じないですんだというのも、この場合は大きいだろう。

 だが……他のドラゴニアスも飢えに支配されている以上、例え仲間が一撃で肉片にされたところで、飢えを満たす為にレイやセト、そして何よりヴィヘラを喰い殺すといったようなことを止めるつもりはない。

 ドラゴニアスは、最初セトに襲い掛かり、セトを襲えなかった者達はレイとヴィヘラにそれぞれ襲い掛かる。

 ケンタウロスよりも巨大なドラゴニアスだけに、例え相手がセトであっても一度に襲い掛かれる数はそう多くはない。

 結果として、残った者達はすぐ側にいる別の餌に向かって襲い掛かるのだ。


(そういう意味では、やっぱりヴィヘラが人気なんだな)


 戦う時に邪魔だろうと、距離を取ったレイとヴィヘラだったが、セトを襲わなかったドラゴニアスの大半がヴィヘラの方に向かったのを見て、レイはそんな風に思う。

 ヴィヘラの着ている薄衣から、その身体が柔らかいと認識出来るから、このように人気なのか、それとももっと別の理由で人気なのか。

 その辺はレイにも分からなかったが、ともあれ自分に向かって来たドラゴニアスよりも、ヴィヘラに向かったドラゴニアスが多いのは間違いのない事実だ。

 そうである以上、自分に向かって来たドラゴニアスを倒してから……そう思ったが、爪で引き裂こうとしているドラゴニアスの攻撃を回避しつつ、ミスティリングから取り出したデスサイズと黄昏の槍を使って反撃する。

 しかし、反撃しながらヴィヘラの方を見ると、すぐにその考えを否定した。

 何故なら、視線の先に広がっていた光景は、ある意味でレイの予想通りのものだったのだから。


「あはははは。ほら、こっちよ。追いついてご覧なさい」


 言葉だけを聞けば、それこそ恋人同士が砂浜で追いかけっこをしているような言葉にすら感じさせる。

 だが、現在そこで行われているのは、それこそ下手をすれば命を失いかねない追いかけっこなのだ。

 当然のように、ヴィヘラも逃げるだけではない。

 不意に自分を追っている敵に近付いては、手痛い一撃を与えてはまた距離を取るといったようなことをしている。


(うわぁ……あれはちょっと酷いな)


 ドラゴニアスの爪の一撃を回避しつつ、デスサイズで伸ばされた腕を切断しながら、レイはしみじみと呟く。

 ヴィヘラを襲っているドラゴニアス達にしてみれば、それこそ自分が追っている相手が死の象徴であるとは、到底思えないのだろう。

 少しでも早くヴィヘラの白く柔らかい肉を喰い千切りたいと、そう思っているのは間違いない。

 だが……その動きそのものがヴィヘラによってコントロールされているのだ。

 ドラゴニアスが飢えに支配されているのではなく、しっかりと自分で考える頭を持っている……もしくはレイが拠点で倒したような、金の鱗を持つドラゴニアスがいれば、もしかしたら自分達がいいようにあしらわれているということに気がついたかもしれない。

 しかし、ここにやって来たドラゴニアスは、ある意味偶然でここにやって来たのだ。

 そのような状況では、とてもではないが飢えに支配されずに行動しろという方が無理だった。


(これは、ドラゴニアスが持つ中でも、最大の弱点だよな)


 一匹ずつの能力を見た場合、ドラゴニアスはかなり強い。

 それこそ、ケンタウロスが数人でようやく相手に出来る程度には。

 だが……そうして一匹ずつが個として強く、何より飢えに支配されているからこそ、仲間と協力するといったようなことは出来ない。

 その割には一応は集団として活動しているのがレイには疑問だったが、それはそれといったところなのだろう。

 飢えに支配されているからこそ、多少のダメージを受けても全く諦めるといったようなことはない。

 だが……飢えに支配されているからこそ、自分の飢えを満たすことだけしか考えられず、仲間と協力して敵に対処するといったような真似は出来ないのだ。


(ドラゴニアスを支配している者……もしくは作り出した者が、何を考えてこんな真似をしたのかは分からない。だが、個としての能力を上げることだけを考えて、それ以外の要素は全て排除……いや、一応金の鱗を持つドラゴニアスがいるから、全てを排除したって訳じゃないのか)


 そうやって考えている間も、レイはデスサイズと黄昏の槍を使ってドラゴニアスと戦っていた。

 そして……気がつけば、レイの周囲に集まっていたドラゴニアスは、その全てが死体となって夜の草原に転がり、月明かりに照らされている。

 もっとも、襲ってきたドラゴニアスは三十匹程度と、レイ達にしてみればそこまで多くはない。

 ましてや、そんなドラゴニアスの中で最も襲ってきた数の少ないのがレイだ。

 そんな状況である以上、最初に戦闘が終わったのがレイなのは当然のことだろう。

 セトの方は……と視線を向けると、そこでは最後のドラゴニアスの上半身を前足で砕いているところだった。

 そう、まさに肉片にするという意味で砕くという言葉が相応しい一撃。

 こうして戦っているセトを見ると、とてもではないが皆に可愛がられているグリフォンだとは思えない。

 もっとも、レイにしてみればセトはセトだ。

 そうである以上、セトの戦闘を見たからといってどうにかするといったようなつもりはなかった。


「グルルルゥ」


 セトも戦闘を終えた後で、レイが自分を見ていることに気がついたのだろう。

 褒めて褒めて、と。嬉しそうにレイに向かって近付いてくる。

 ……つい先程までの戦いを考えると、とてもではないが同じ存在とは思えない程に人懐っこい。


「ありがとな、セト。いつも助かってるよ。……後はヴィヘラの方だけか」


 レイに撫でて貰うことに、嬉しそうに目を細めるセト。

 そんなセトに笑みを浮かべると、レイの視線はヴィヘラに向けられる。

 だが、そこで行われている戦闘も、そろそろ終わりが近付いてきてるのは間違いない。

 最初はドラゴニアスに追い掛けさせて、それぞれ別々になったところで一匹ずつ倒していくといった戦闘をしていたヴィヘラだったが、今は違う。

 ドラゴニアスの数が少なくなってきたからか、残っている全てのドラゴニアス……とはいえ、三匹程度だが、そんな三匹と戦っていた。

 当然の話だが、三匹が残っているとはいえ、そんな相手にヴィヘラが手加減をするといったようなことはしない。

 そしてドラゴニアスも、仲間と協力するようなことはなく、ひたすらにヴィヘラに襲い掛かる。

 偶然仲間と協力するような形になっても、結局のところ自分の飢えを満たすのが最優先なのだ。

 そうである以上、ドラゴニアスにとっては寧ろ同族は仲間ではなく競争相手……いや、敵とでも呼ぶべき存在なのだろう。

 そんなドラゴニアスを次々と倒していくヴィヘラ。

 最後の一匹の胴体に浸魔掌を放って内臓を破壊すると、すっきりとした……それこそ、爽やかなと表現するのが相応しい笑みが浮かぶ。

 もっとも、周囲の光景はとてもではないがそのような言葉が相応しい状況ではなかったのだが。

 そんなヴィヘラが近付いてきて、レイに話し掛ける。


「少し待たせてしまったかしら?」


 そう告げてくるヴィヘラだったが、その目にはまだ戦い足りないとったような表情が浮かんでいた。

 襲ってきたドラゴニアスの数が、思ったよりも少なかったのだろう。

 出来ればもっと戦いたかった。

 そう態度で示すヴィヘラだったが、それでもレイに今この場で戦おうと言わないだけの分別はあったらしい。


「いや、そうでもない。俺の方にも結構敵が来たし、それを倒した後はセトと一緒にヴィヘラが戦ってるのを見てたからな」

「あら、ならもう少し見栄えがいいような戦い方をすればよかったわね」


 そう告げるヴィヘラだったが、その戦い方は月明かりが降り注ぐ中、薄衣を身に纏って草原の中で踊るように戦うといった様子だったので、それこそ見ている者にしてみれば幻想的という言葉が相応しい光景だったのは間違いない。

 ……実際に行われていたのは、本格的な戦闘だったのだが。


「ドラゴニアスは全部倒したし、野営地に戻るか。向こうでも結構心配……あ」


 レイが最後まで言葉を口に出来なかったのは、野営地の方から戦える者達を引き連れたザイがやってくるのを発見したからだ。

 そう言えば、料理や雑用を担当している者達を一纏めにした後で、余裕があったら助けに来て欲しいと言っていたのを思い出す。

 レイの指示通り、それが終わってから戦える者を引き連れてやって来たのだろう。

 本来なら偵察隊を率いているのはザイなのだが、やはり咄嗟の時に素早く判断をするとなると、これまで幾多もの戦いを潜り抜けてきたレイの方が上なのだろう。


「……来る必要はなかったな。考えてみれば当然かもしれないが」


 レイ達の側までやって来たザイが、周囲の様子を見ながら呟く。

 明かりは月明かりしかないが、そんな中でもドラゴニアスの姿がどこにもないのは、見れば明らかだ。

 正確には、ドラゴニアスの姿はある。

 デスサイズや黄昏の槍、前足、手甲、足甲といった武器によって原型を保っていないのも多いが。

 一番綺麗な死体は、浸魔掌にとって内部を破壊されたものとなってしまう。


「それでこれ……どうする? まさか、このままにしておく訳にはいかないよな?」


 ザイの言葉に、レイを含めて皆がその言葉に同意するように頷く。

 現在使っている野営地は、それこそもう暫くは使い続ける予定となっている。

 そうである以上、死体のまま近くに置いておくのは、当然のように避けるべきだろう。

 時間が経てば臭いが漂ってくるだろうし、ドラゴニアスの死体を目当てに他のモンスターや動物が襲ってくるという可能性も否定出来ない。

 そうである以上、どうにかした方がいいのだが……


「やっぱり燃やすのが手っ取り早いか」


 骨も残さない程に燃やしてしまえば、腐臭の心配をする必要もないし、アンデッドの心配もいらない。


(あれ? この世界でもアンデッドっているのか? 普通に言葉とかが通じてるし、アンデッドもありそうな気がするけど)


 そう疑問に思い、レイはザイに尋ねてみるが……普通にこの世界にもアンデッドが存在するということが判明する。

 つまり、死体をそのままにしておくというのは、やはり色々な意味で危険なのだ。


「とはいえ、今の状況で死体を燃やしたりするのは……止めておいた方がいいだろうな」


 レイが夜目が利くから問題ないが、今は夜なのだ。

 そんな中で、焚き火程度ならともかく、三十匹分のドラゴニアスの死体を纏めて焼くなどといった真似をしたらどうなるか。

 それこそ、かなり遠くからでもその炎を見つけることが出来るだろう。

 特にこのような草原で暮らしていることもあってか……もしくはケンタウロスという種族の特性なのか、視力が高い。


(あ、でもケンタウロスなら別に問題ないのか。この付近にいるかどうかは別として)


 この辺りは既にドラゴニアスの勢力圏内でもおかしくはない。

 そうである以上、敵がいるのは当然だろうし、炎を見てやってくるとすればそのような相手になるだろう。

 もっとも、飢えに支配されているドラゴニアスが、火を見てそれを火だと認識出来るかどうかは、レイには正直なところ分からなかったが。


「燃やすのは明日だな。ただ、出来れば今のうちに死体を一ヶ所に集めておきたいんだが……」

「あ、それは俺がやるよ。レイ達にはここで十分頑張って貰ったし」


 そんなザイの言葉に甘え、レイはセトとヴィヘラと共に野営地に戻る。

 セトに乗って草原を走れば、それこそすぐにでも到着するのは当然だった。

 そしてレイ達が戻ってくれば、当然のように野営地の中でも奥まった場所から、恐る恐るといった様子で姿を現すケンタウロス。


「その、近付いてきたという敵は……」

「ああ、もう大丈夫だ。ドラゴニアスが三十匹程近付いてきていたけど、全部倒したから」


 そんなレイの言葉に、野営地に残っていた者達は安堵し、喜びの声を上げるのだった。

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