第2299話
「では、まずは二日だ。二日経っても何も見つけることが出来なければ、この拠点に戻ってきてくれ。もちろん、何か……具体的にはドラゴニアスのアジトや拠点を見つけたら、すぐに戻ってくるように」
ザイのその言葉を聞いた者達が、それぞれ決められた方に散っていく。
……最初は自分達が偵察に行く方向は自分達で決めると言っていた者もいたのだが、レイとヴィヘラが視線を向けるとすぐにその言葉を撤回することになる。
食事の前にヴィヘラが見せしめとしてケンタウロスと戦ったやり取りは、十分に効果を発揮したと言えるだろう。
当初はレイの見た目――ヴィヘラより背が小さく女顔――から、レイのことを侮っている者もいた。
ミスティリングを持っており、物資の運搬の為にいる二本足なのだろうと、そう思っている者もいたのだが……そのように侮っていた者達は、他のケンタウロスからレイもまた凶悪な程に強いと教えられ、それからレイの言葉にも素直に従うようになった。
ザイの集落から派遣された伝令からの報告で、レイが具体的にどれだけの実力者なのかというのは、知っていた筈なのだ。
にも関わらず、その外見から侮るような真似をするというのは……それこそ、愚かでしかない。
ザイの集落からの情報を聞いた者にしてみれば、その言葉が真実であるとは、とてもではないが思えなかったのだろう。
それでも結果としてヴィヘラが圧倒的な実力を見せたことにより、レイもまた実力を知らない者達から尊重されるようになった。
「それにしても……俺達はここで待つのか」
野営地となった場所に残ったレイは、青い空を見上げながら呟く。
偵察に向かった以上、その先に何があったのかという情報を持ってくる必要がある。
そうなると、当然のように集まってくる場所が必要であり……それがこの野営地だった。
そしてレイやヴィヘラが野営地での待機組となったのは、もしドラゴニアスの本拠地や拠点を見つけたという報告があった場合、すぐにでもそこを殲滅する為に向かう必要があるからだ。
四方八方に偵察に向かったケンタウロス達の、どこからそのような報告が来るか分からない以上、レイとしてはここで待つことしか出来ない。
勿論、ここに残っているのはレイ、ヴィヘラ、セトだけではない。
偵察隊の責任者たるザイは当然だが、それ以外にも料理や雑用を任された者達、他にも何かあった時にすぐ動けるように、三十人程戦力となる者が残っている。
基本的に各集落から何人かずつ残していった形だ。
正直なところ、レイとしてはそこまで戦力はいらないんじゃないか? と思わないでもない。
この野営地が襲われたのなら、レイがいれば……もしくはヴィヘラやセトがいれば十分だろう。
だが、ドラゴニアスが何か妙な真似をしたりといったようなことがあった場合、それこそどこかに伝令に出したりといったようなことをする必要がある。
だからこその、伝令兼戦力といったところなのだ。
とはいえ……
「ほら、一ヶ所に集中しすぎると、防御が甘くなるわよ」
現在集落に残ったケンタウロスの大半は、ヴィヘラとの模擬戦を行っていたが。
ヴィヘラにしてみれば、この模擬戦そのものはそこまで面白くはない。
それでもケンタウロスは誇り高い為か、諦めるといったようなことをしない。
それはヴィヘラにとっても少しだけ興味深かった。
……勿論、本心としてはドラゴニアスと戦う方が面白いと思ったのだが。
しかし、肝心のドラゴニアスがいない以上、どうしようもない。
(出来れば、今回の偵察で敵の本拠地……とまでは言わないけど、拠点の一つでも見つけられればいいんだけどな)
地面に座ったセトに寄り掛かりつつ、そんなことを考えるレイだったが、実際に拠点が見つかっても、ヴィヘラだけで敵を殲滅するのは難しい……無理とは言わないが、基本的にヴィヘラの戦闘スタイルでは時間が掛かりすぎるだろうと思った。
広範囲に攻撃出来る魔法やスキルを持っているレイとは違い、ヴィヘラは基本的に一対一での戦いが主なのだから。
……もっとも、レイが以前見た限りでは、ドラゴニアスは何故か妙にヴィヘラに固執していた。
ケンタウロスと違って肉が柔らかいと思ったからなのか、もしくはそれ以外の何か別の理由なのか。
その辺りはレイにも分からなかったが、時間を掛ければヴィヘラがドラゴニアスの集団と戦っても勝てるとは思う。あくまでも、ヴィヘラの体力が限界にならなければの話だが。
「レイ」
そう声を掛けてきた方に、寝転がったまま頭を動かさないで視線を向けると、そこにはザイの姿があった。
どこか呆れたような視線をレイに向けているのは、決して気のせいではないだろう。
ザイにしてみれば、今のこの状況でリラックスをしているレイの様子は、とてもではないが納得出来ないのだ。
だが、そんな視線を向けられたレイはザイの様子を特に気にした様子もなく口を開く。
「どうしたんだ? 今は急いで何かやるようなことはないと思うけど」
「そうだな。けど、今の状況でこうしてゆっくりとしているのはどうかと思うぞ」
もし他のケンタウロスがいれば、ザイの言葉に深く同意するだろう。
この野営地はドラゴニアスの本拠地を探す為の拠点であり、当然のように非常に重要な場所だ。
もし偵察に散っていった部隊がドラゴニアスと遭遇し、どうしても勝てないと思った場合はこの集落まで逃げてくるということになっていた。
戦闘能力という点で、ケンタウロスはドラゴニアスには敵わない。
だが、走る速度という点ではケンタウロスが優勢なのだ。
実際には、ドラゴニアスは個々によってその姿形は大きく変わっていたりするので、中にはケンタウロス並に走れるドラゴニアスがいてもおかしくはないのだが。
ただし、今のところはそのようなドラゴニアスが出たという報告はない。
……あくまでも、レイにそのような報告がないだけで、もしかしたらその手の個体がいるという可能性は決して否定出来ないのだが。
「とにかく、今はやることがないからゆっくりと体力を温存しておきたいんだよ。模擬戦はヴィヘラがやってくれてるしな」
「それだ」
レイの言葉に、一瞬の躊躇もなくそう告げるザイ。
その様子から、模擬戦についてが自分に話し掛けてきた理由なのだろうと察したレイは、相変わらずセトに寄り掛かりながら口を開く。
「ヴィヘラがどうかしたのか? こうして見る限りでは、しっかりと模擬戦をやってるように見えるけど」
「その模擬戦についてだ。もしドラゴニアスに襲われて偵察隊が戻ってきても、ヴィヘラが訓練をしているような状況では、戦力にならないだろう」
「……まぁ、だろうな」
模擬戦の方に視線を向けると、そこではヴィヘラによって蹴り飛ばされたケンタウロスが地面に倒れている。
ヴィヘラも本気で相手を殺すつもりで攻撃している訳ではない以上、吹き飛ばされた方も大きな怪我を負ったりといったようなことはない。
だが、それでも吹き飛ばされたというのは、間違いのない事実だ。
あのような激しい模擬戦を繰り広げていれば、もしドラゴニアスがやって来ても迎撃をするどころではない。
そうザイは言おうとしたのだろう。
「ドラゴニアスが襲ってきても、今までの経験から考えると、ケンタウロスを無視して真っ直ぐヴィヘラに襲い掛かりそうだけどな」
「それは……」
ザイも自分の集落でドラゴニアスと戦った時の光景は覚えているので、レイの言葉に反対するような真似は出来ない。
それこそ、ザイですらその言葉には頷いてしまいかねないのだから。
そうである以上、ここで大人しく引き下がる……かと思いきや、その場に踏み留まる。
「ともあれ、ドラゴニアスが動くまではこちらとしてもあまり消耗したくないんだ。ヴィヘラに少し言ってくれないか?」
「そこまで気になるなら、ザイが自分で言ったら……あー、うん。ザイが言おうとすれば、訓練に巻き込まれるか」
ザイの実力は偵察隊に参加しているケンタウロスの中でもトップクラスだ。
その上に実直で誇り高い性格をしており、だからこそヴィヘラも訓練をしていて面白い相手であると認識している。
(ああやって吹き飛ばされても、受け身を上手い具合に取るのかすぐに起き上がるしな)
レイの視線の先に存在するのは、先程ヴィヘラに蹴り飛ばされたケンタウロスだ。
蹴りの威力を受け流したりといったことが出来なかったのか、倒れている状態から起き上がることが出来ないでいる。
レイにしてみれば、四本足で受け身というのはどうやるのかといった疑問がない訳でもなかったが。
「とにかく……」
そうザイが何か言おうとした時、不意に今まで寝転がっていたセトが顔を上げる。
ただし、それは危険を察知したといったようなものではない。
何か危険を察知してという訳ではないだけに、セトに寄り掛かっているレイもそこまで緊急性を感じたりはしなかった。
それでも、何かあったのかとセトの視線を追うと……
「ケンタウロス?」
そう、セトの視線の先にいたのは間違いなくケンタウロスだった。
だが、そのケンタウロス達はレイには見覚えのない顔だけだ。
勿論、百人近いケンタウロスが集まっている以上、この短時間でレイも全員の顔を覚えている訳ではない。
それでも一人くらいは見覚えがあってもいいし……何より、やって来たケンタウロスの集団は十人を超えている。
そうである以上、考えられる可能性というのはそう多くはない。つまり……
「偵察隊に参加した以外の集落から派遣されてきた連中か?」
「恐らくそうだろうが……少し行ってくる」
ザイはそう言い、近付いてきたケンタウロス達の方に向かう。
そんなケンタウロスの姿に、ヴィヘラや訓練している他のケンタウロス達も気がついたのだろう。そちらに不思議そうな視線を向けていた。
(取りあえずセトの様子から考えても険悪な雰囲気じゃないのは間違いないよな)
もし相手が敵意を持っているのなら、それこそセトもすぐに理解出来た筈だった。
だが、こうして見た限り、セトは既に上げていた頭を降ろしてまた寝る態勢に入っている。
それを見たからこそ、レイもまた危険な相手ではないと判断したのだ。
そして実際、新しくやって来たケンタウロス達と話しているザイは、特に剣呑な様子を見せてはいない。
それどころか、友好的な笑みすら浮かべていた。
それを見れば、相手が危険な存在ではないというのは明らかだった。
(知り合い……って訳でもなさそうだったけどな)
やって来たケンタウロス達を見た時、ザイの表情は見知らぬ相手を見るようなものだった。
もし知り合いや顔見知りの類であれば、あのような表情は浮かべないだろう。
それはつまり、初めて会ったということなのは明らかだ。
ザイの様子を眺めつつ、恐らく心配はいらないだろうが、何かあったらすぐに動けるように準備をしていたレイだったが……新しくやって来たケンタウロスの代表と握手したのを見て、レイは完全に気を抜く。
「グルゥ」
何気にセトもザイの様子を気にしてはいたのか、レイにだけ聞こえるように喉を鳴らす。
そうして十分程が経過し……やがてレイは自分達のいる方に近付いてくる足音を聞き、立ち上がる。
相手がザイだけなら、わざわざ立ち上がるような真似はしなかっただろう。
だが、新しくきたケンタウロス達もいるとなれば、まさかセトに寄り掛かったままでという訳にもいかないだろう。
「レイ」
ザイの呼び掛けに何だ? と視線を向けるレイだったが、新しく来たケンタウロス達の視線が自分に向けられても、そこに二本足だからという侮りの色がないことに、気分をよくする。
今までは散々二本足だから云々といったようなことを言われてきたのが大きいのだろう。
レイにしてみれば、それだけでも結構新鮮だった。
……実際には、レイに紹介するよりも前にザイがレイやヴィヘラについて紹介したというのが大きかったのだろうが。
特に離れた場所ではヴィヘラが未だに模擬戦を行っており、ケンタウロスが蹂躙される様子はここからでも十分確認することが出来る。
そのような状況で、二本足だからといったようなことを口にする勇気は、新しく来たケンタウロス達にはなかった。
「それで、結局そっちのケンタウロス達は?」
「ああ。俺達とは違う……それこそ離れていて今まで殆ど関わったことがない集落の者達だ。目的は俺達と同じく、ドラゴニアスの本拠地の探索」
「そういうのもあるのか。てっきり、草原に存在する集落は全部知り合いだと思ってたけど」
「この草原の広さを考えれば、それは無理だろ」
ザイがしみじみと告げ、セトに乗って空を飛ぶと地平線の全てが草原になっているのを思い出したレイはしみじみと納得するのだった。
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