第2300話
結局、新たに来たケンタウロス達は偵察隊と合流することになった。
今まで殆ど接触したことのない相手だけに、問題が起きるのでは? とレイは心配したのだが、お互いがケンタウロスであり、何より新たにやって来た者達は人格的に優れているということもあってか、特に問題らしい問題は起きなかった。
……ただし、それはあくまでも現在野営地に残っている者達との間での話だ。
現在偵察に出ている者達が戻ってきた時、そのような者達を相手にしても問題が起きないかと言われれば、正直なところ微妙だろう。
血の気の多い者、疑り深い者は何人かいるので、そのような者達にしてみれば新しくやって来たケンタウロスが気にくわなかったり、もしくは信用出来なかったりといった内容で騒動が起きるのはほぼ確定だった。
もし騒動が起きた場合、間違いなくヴィヘラに鎮圧されることになるだろうが。
もしくは、騒動を起こすだけの余裕があるのなら、訓練も出来るだろうと模擬戦に巻き込まれるか。
その辺りが具体的にどうなるのかは、レイにも分からなかったが……ヴィヘラとの訓練は、ケンタウロス達にとってはかなり厳しい。
ドラゴニアスとの戦いを想定しての訓練である以上、当然かもしれないが。
「ともあれ、今はまだ平和な訳だ」
草原に沈む夕日という幻想的な光景を眺めつつ、レイは呟く。
「グルゥ?」
そんなレイの横では、セトがどうしたの? と喉を鳴らす。
今日はずっとレイと一緒にのんびり出来た為か、セトはかなり上機嫌な様子だ。
レイはセトの頭を撫でつつ、じっと夕日を眺め……
「どうした?」
後ろから……集落の方から近付いてくる気配を感じ、そう声を掛ける。
声を掛けられた方は、特に驚いた様子もなく、レイの隣に並ぶ。
別に気配を隠していた訳ではないので、レイが自分の存在に気が付くのは当然だと、そう思っていたのだろう。
「あら、何か用事がないと、レイに会いにきちゃいけないの?」
少し悪戯っぽい声は、セトと同様に上機嫌である証だろう。
今日は食事と休憩以外、ずっと訓練を行っていたのだ。
ヴィヘラは訓練の途中でケンタウロス達は諦める……もう今日は終わりにして欲しいと、そう言ってくるかと思っていたのだが、実際には誰もそんなことを口にするようなこともなく、最後まで訓練を続けた。
これはケンタウロス達がドラゴニアスとの戦いを想定して、少しでも強くなっておきたいという思いがあったのは勿論だが、それ以外にも他の者がまだ諦めてないのに自分だけ諦めるといった真似は出来ないと、プライドが邪魔をしてギブアップ出来なかったというのもある。
「その様子だと、十分に満足出来たみたいだな」
「そうね。ドラゴニアスと比べるのはどうかと思うけど……それでも、それなりに充実した時間だったのは間違いないわ。……レイも今日はゆっくり出来たんでしょう?」
「ああ。何だかんだと、結構悪くない日だった。いつまでもこういう日が続けばいいんだけどな」
そう呟くレイだったが、それが無理だというのはレイ本人が一番知っている。
そもそもの話、今回の一件はドラゴニアスの本拠地を見つけるのが目的なのだ。
そうである以上、このような平和な時間をすごせるのは、そう長くはない筈だった。
(いや、寧ろ出来るだけ早くドラゴニアスの本拠地を見つけるという意味では、出来るだけ早くこの平穏な時間が終わって欲しいと祈った方がいいのか。……あまり気が進まないけど)
正直なところ、レイにはドラゴニアスと戦うことに利益はない。
だが、アナスタシアとファナの二人がこの世界に迷い込んでいる以上、その二人が危険に……ドラゴニアスと遭遇するよりも前に、どうにかしたいというのは、レイの正直な気持ちだ。
(新しく合流してきたケンタウロス達も、結局アナスタシアとファナのことは知らなかったしな)
当然の話だが、今もレイはアナスタシアとファナの行方を捜すことを諦めてはいない。
この偵察隊に合流してきた他の集落の者達にも、アナスタシアとファナを見たことがないかといったように何人にも尋ねている。
今日合流してきたケンタウロス達にも尋ねてみたが、残念ながらそちらも何の情報も持ってはいなかった。
結果として、レイが出来るのはアナスタシアとファナが危険な目に遭う可能性を出来るだけ減らす為に、ドラゴニアスの数を減らす……もし可能なら、本拠地を叩いて全滅させることだった。
「そう? たまにならいいけど、私はこういう日が続けば、そのうち飽きてくると思うわ。レイも多分、そんな感じだと思うわよ?」
ヴィヘラの言葉に何かを言い返そうとしたレイだったが、実際に今日のような日々が続けば、恐らくつまらなく感じるだろうというのは何となく予想出来た。
結果として、レイもそれを自覚したからこそ、これ以上は何も言わなかったのだ。
「そう言えば……今年はまだ海に行ってないな」
夕日に照らされ、赤く染まる草原を見ながら、レイはふと呟く。
去年皆で海に行き、思う存分遊んだのだ。……実際には魚を獲るという意味の方が強かったが。
だが、今年はまだ夏になったばかりではあったが、まだ海に行ってはいない。
「そうね。セト籠もあるんだし……この一件が片付いたら、海に行く?」
「海産物は結構残ってるけど、遊ぶという意味ではそれもいいかもしれないな」
エルジィンにおいて、海というのはモンスターにとってかなり有利な領域だ。
それだけに、漁をするならともかく、海で泳ぐといったようなことをする者はいない……訳ではないが、かなり少数派だ。
そしてレイやヴィヘラ達は、その少数派に属する。
二人とも……そしてエルジィンに残している仲間達も含めて、海にいるモンスターであってもどうとでも対処出来るだけの実力を持っているからだ。
また、レイが以前エレーナから聞いた話によると、貴族の中には海に網を張り、一定以上の大きさのモンスターがその網の中に入らないようにして海水浴を楽しむといったような者もいると、聞いている。
「じゃあ、約束ね。……そうすると、出来るだけ早くこの一件を片付ける必要が出て来るんだけど……それはそれで難しいのよね」
はぁ、と、夕焼けに染まる草原を眺めつつ、ヴィヘラは残念そうに息を吐く。
もっとも、ヴィヘラにしてみれば敵と戦うという意味でも、決して諦めないドラゴニアスは望むべき相手だ。
そういう意味では、この世界での戦いは決して悪いことばかりではないのだが……レイと一緒に海で遊ぶのと、ドラゴニアスと戦うのを一緒にする訳にいかないのも、間違いない事実だ。
「ともあれ、海に行くにも何をするにしても、こっちの世界の一件をどうにか片付けないといけないのは間違いないよな。……アナスタシア達って、どこにいると思う?」
「そう言われても、アナスタシア達がこの世界に来てから、レイもすぐにこの世界に来たんでしょ? なのに、会わなかったというのは正直おかしいわよね?」
ヴィヘラの言葉は、決して間違いではない。
この世界とエルジィンが繋がってから、レイがこの世界にやって来るまではそう時間が経過していない筈だった。
その上で、この世界に出た場所は周辺一帯どこまでも広がっている草原だった。
だとすれば、アナスタシア達がどこに移動していても、それを草原で見つけることが出来てもおかしくはない。
だというのに、アナスタシア達を見つけることが出来なかったのには、多少の疑問がある。
……もっとも、この世界に繋がっている穴をグリムが固定するまでの間に、別の場所に繋がっていたという可能性もあるし、それ以外にもアナスタシアの精霊魔法を使って高速で移動した可能性もあった。
その辺りのことを考えると、色々と難しくなってしまうのは間違いない。
「ともあれ、今の俺達に出来るのはドラゴニアスの本拠地を壊滅させて、アナスタシアとファナに少しでも危険が及ばなくするといったことだろうな。……この草原にいるのかどうかは、ともかくとして」
草原にいない場合は、レイにとってもかなり面倒なことになる。
実際に調べた訳ではないが、この草原は相当の広さを持っているのは、セトに乗って高度百mまで上がっても、地平線は草原しか広がっていないのを見れば明らかだ。
この草原のどこかにいるかもしれないというだけで、見つけるのは非常に難しい。
だというのに、もしアナスタシア達がこの草原の外にいた場合……見つけるのが一体どれだけ大変なのかは、考えるまでもないだろう。
「それにしても、結局今日は偵察隊が戻ってこなかったわね」
不意にヴィヘラの口から出た言葉に、レイは一瞬意味が分からないといった表情を浮かべる。
何故なら、偵察に向かった者達はまず二日進み、その後戻ってくることになっているのだ。
そうである以上、予定では戻ってくるのは四日後になる筈なのだが……
「何で今日? 戻ってくるのは四日後だろ? まぁ、偵察している中でドラゴニアスの拠点や本拠地を見つければ、話は別だけど」
「レイ、他にもう一つ忘れてるわよ。……偵察隊が、自分達では対処出来ない数のドラゴニアスと遭遇した時」
「うん、なるほど。それを考えてたのか」
ヴィヘラが何を考えていたのかを知り、半ば呆れながらそう答えるレイ。
つまりヴィヘラは、ドラゴニアスと遭遇した偵察隊が、この野営地に逃げ戻ってくることを期待していたのだ。
そうなれば、自分がドラゴニアスと戦えるから、と。
とはいえ、別にヴィヘラが偵察隊の心配を全くしていない訳ではない。
ドラゴニアスと比べた場合、ケンタウロスの方が走る速度は速い。
つまり、ドラゴニアスと遭遇しても逃げるだけなら問題ないのだ。……ケンタウロスよりも足の速い特殊な個体がいない限りは。
そしてドラゴニアスは獲物を見つければ飢えに支配されて喰い殺そうとするので、基本的にはどこまでも追ってくる。
つまり、もしケンタウロスがドラゴニアスと遭遇した場合、上手くすればこの野営地まで引っ張ってくることは可能だった。
そうなれば、当然のようにここにいる者達で戦わねばならない。
野営地にある程度の戦力が残っているのは、そもそもそういう時に対処する為という理由でもあるのだから。
「そうなったらそっちの方面の偵察が遅れることになるから、出来ればそういう事は起きないで欲しいんだけどな」
「あら、そう? ……残念ね」
本当に心の底から残念そうに告げるヴィヘラ。
レイはそんなヴィヘラの様子に、相変わらずだなと思いながら、漂ってきた匂いで食欲を刺激される。
この偵察隊で優れていることの一つは、様々な集落が集まっているので、その集落独自の料理を食べられるということだろう。
勿論、料理をする為に来て貰った者達に比べれば腕は落ちるが、それでも同じような料理でありながら、微妙に味付けや入っている具材が違っていたりと、レイにとっては興味深い代物も多い。
「料理の上手い面々が作った料理を食えるってのは、この野営地は当たりなんだよな」
「そうね。偵察隊に行った面々の中にも、料理が得意な人はいるでしょうけど……それでも、実際にはそこまで美味しい料理は作れないでしょう」
「偵察中だしな」
レイの場合はミスティリングがあるので、大量の食材を持ち歩ける。
……いや、料理その物を持ち歩いているのだが。
だが、偵察隊にはそのような便利なマジックアイテムがない以上、普通に食料を持ち運ぶ必要がある。
それでもケンタウロスだけに、普通の人間より身体能力は高いので普通の冒険者よりは多くの物を持ち歩けるが。
ただし、偵察中である以上は周囲に食欲を刺激するような匂いは厳禁だ。
ただでさえ、捜しているのは飢えに支配されたドラゴニアスなのだから。
つまり、偵察中に食べることが出来るのは……気軽に食べられて、匂いが周囲に広がらない……いわゆる、保存食の類となる。
干し肉や焼き固めたパンといったような。
(うん、やっぱりこっちに残って正解だったな)
しみじみと思いながら、レイはヴィヘラと共に野営地の中でも料理をしている方に向かう。
今日は追加で合流してきた者達がいたので、その者達の分も料理を作らなければならなかったが、合流してきた者達もある程度の――保存食が中心だったが――食料を持ってきているので、食料が足りなくなるということはない。
レイが腹一杯食べられる量があるかと言われれば、それには全く足りないのだが。
やがて食事が出来たという声が周囲に響き……野営地に残っているケンタウロス達が、次々と集まってくるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます