第2298話

 百人規模の探索隊。

 その数を少ないと見るか多いと見るかは、人によって違うだろう。

 だが、レイにしてみれば、最終的にはケンタウロスが百人以上集まったというのは、十分に驚くべきことだった。

 ……とはいえ、その百人の中には料理を専門に行う者もいれば、それ以外の雑用を専門に行う者もいる。

 最初……人数が少ない時は、皆が自分で自分の雑用をすることが多かったが、これからは偵察で忙しくなる。

 そうなると、誰かが専門でその手の作業をした方がいいと判断し、ザイが幾つかの集落を回っている時に、そのような者達も連れて来たのだ。

 勿論、強引に連れて来た訳ではない。

 そのような者達は自分から進んで協力したいと言ってきたのだ。

 この草原にいるケンタウロス達にしてみれば、ドラゴニアスの本拠地を潰すというのは、自分が生き残る為には是非とも必要なことだ。

 そして何よりも大きいのは、実際に偵察に参加はしていなくても偵察隊に参加したという名誉は得ることが出来る。

 誇り高いケンタウロスにとって、名誉というのは非常に大きな意味を持つ。

 ましてや、それがかつては草原の覇者と呼ばれたケンタウロス達を駆逐するかのような勢いと強さを持っているドラゴニアスの本拠地を探す為の偵察隊に入ったというのは、十分すぎる名誉だった。

 少なくても、子々孫々まで――あくまでもこの生存競争に勝ち残れればの話だが――語り継がれることになるのは間違いない。

 そんな偵察隊の面々は、現在草原を走っている。

 先頭を進むのは、ザイ。

 本来なら偵察隊を率いている者が部隊の先頭を走るのはどうかとレイは思うのだが、この辺りはケンタウロスとしての特徴や性質といったものなのだろう。

 そんなザイのすぐ後ろを、レイとヴィヘラを背中に乗せたセトが走る。

 他のケンタウロス達もまた、周囲の様子を確認しながら草原を走り続け……やがて、ザイがその速度を落としていく。

 ケンタウロスの速度を考えれば、それこそ走る速度を落とせば前に走る者に追突してもおかしくはないのだが、幸いにしてケンタウロスはその程度のことで前を走る者にぶつかるような真似はしなかった。


「よし、昼食にする。その間に、ここから偵察でそれぞれどう分かれるかを決めるから、各集落から一人は俺のいる場所に集まって食事をして欲しい」


 その言葉と共に、それぞれが食事の準備を始める。

 とはいえ、野営をするのではなくあくまでも食事をするだけだ。

 その為、レイがミスティリングから食料を取り出すと、料理の担当する者達がそれを手に、素早く昼食を作っていく。

 料理が作られている最中には、薪を用意したり、別の集落出身のケンタウロスと話していたりといったようなことが起きている。

 同じケンタウロスであっても、交流のない集落のケンタウロスとは今回初めて会ったという者もいる。

 そのような相手と会話をして相互理解を深めるのは、やはり今回の偵察という行為をする上で必要なことだろう。

 基本的に偵察は集落を一部隊として行われることになっているが、人数の関係や能力の関係から、どうしても他の集落の者達と一緒に動かなければならないという場合もある。

 だからこそ、このように他の集落の者達と話をして、しっかりと相互理解するようにする必要があった。

 ただし、違う集落ともなれば当然のように価値観が違う者も出て来る訳で……


「ふざけるな! 何でそんなことになるんだよ!」

「お前こそふざけるなよ!」


 当然のように意見の違いから、このように言い争いになるといったようなことも珍しくはない。

 とはいえ、そんな言い争いを見て混乱した様子を見せている者はそう多くはない。

 今までにも、同じようなことが何度もあったからだろう。

 ……ただし、最後の方に合流してきた集落の者達は、戸惑った様子を見せていたが。


「なぁ、おい。止めなくてもいいのか?」

「放っておけ。そのうち止めるだろうし……もし止めないようなら……」


 最後の方で偵察隊に合流してきたケンタウロスは、その意味ありげな言葉に疑問を覚える。

 だが、それが一体どういう意味なのかというのを聞くよりも前に、事態は動く。


「いい加減にしなさい。食事の準備中に近くで下らない騒ぎをやるなら、もっと離れたところでやりなさい。でないと……お仕置きをする必要が出て来るけど?」


 そう言ったのは、この集団の中に二人だけしか存在しない二本足の人物……ヴィヘラ。

 そんなヴィヘラの登場に、周囲で見ていた者の大半がこれで騒動は終わると思った。

 少数の者が、何故周囲がそんな態度をしているのか分からないといった様子で……


「ふざけるな! 二本足風情が俺に何を言うつもりだ!」

「離れてろ、二本足の女が!」


 争っていた二人は、双方共に少数派に位置していた為か、ヴィヘラに向かって叫ぶ。

 そんな叫びに、ヴィヘラとの模擬戦で嫌になる程実力を思い知らされた多くの者達は、あちゃあといった様子で顔を押さえる。

 それが自殺行為以外のなにものでもないと理解していた為だ。

 だが、争っている二人は興奮している為に、周囲のそんな様子にも全く気が付かない。


「そう」


 短く一言呟いたヴィヘラが、争っている男達に近付いていく。

 当然のように、争っていた男達も近付いてくるヴィヘラを見て、自分達に何か危害を加えようとしているのは理解したのだろう。

 数秒前まで争っていたのが嘘のように、それぞれ隣り合い、ヴィヘラに向かって構える。


(それを最初からやればいいのに)


 呆れながらも、目の前の二人にはいい機会だからまだ自分やレイを侮っているケンタウロスに対する見せしめになって貰おう。

 そう考え、二人のケンタウロスに近付くヴィヘラの足は止まる様子がない。

 ケンタウロスのうち、片方は自分に近付いてくるヴィヘラから得体の知れない迫力を感じ……半ば反射的に、拳を振り上げる。

 偵察隊に選ばれるだけあって、その実力は決して低くはない。

 興奮している為か、ヴィヘラの実力を感じるといったような真似は出来ないのは不幸としか言いようがなかったが。


「ぬおっ!」


 そんな言葉と共に、振るわれる拳。

 真っ直ぐに放たれたその拳は、ヴィヘラの顔面に向かう。

 何人か……特にまだヴィヘラの実力を知らない者の多くが、そんな様子を見て思わず悲鳴を上げる。

 だが、ヴィヘラの実力を知ってる者にしてみれば、その程度の一撃が一体何の意味があるといったように思うのは当然だった。

 それこそ、ヴィヘラにその程度で一撃を与えることが出来るのなら、自分達は模擬戦で苦労をしてはいない。

 当然のように、ヴィヘラはその一撃を回避し……相手の動きを利用し、そのまま放り投げる。

 ケンタウロスという下半身が馬の相手だけに、人間に対するよりは難易度が高かったが、ヴィヘラの格闘センス……いや、戦闘センスがあれば、その程度の調整は難しいものではない。

 あっさりと地面に倒されたケンタウロスは、その衝撃で息が詰まる。


「げほっ、ごほっ、一体何が……」


 これが、もしカウンターの一撃で殴り返されたのなら、自分がどのようにしてやられたのかが分かっただろう。

 だが、今のヴィヘラは相手の力を利用して投げたのだ。

 言わば、合気道や柔道に近い。

 レイからそのような武術が日本にはあると聞き、これがいい機会だからということで試してみたのだが……残念なことに、まだヴィヘラにとっても完全に使いこなすといったような真似は出来ない。


「さて、どうする? 来るのなら丁度いいから相手をするけど」


 それは、寧ろ自分の訓練相手にちょうどいいから、掛かってこい。

 そんな思いを込めての言葉だった。

 残っていたもう一人のケンタウロスも、それは感じたのだろう。

 我知らず、数歩後退る。

 だが、ヴィヘラはそうして後退った……本能的に自分の不利を認めた相手であっても、見せしめにする必要がある以上、ここで見逃すという手段はない。


「来ないの? そのまま逃げるのなら、もう追撃はしないけど?」


 それは、誇り高いケンタウロスにとって絶対に聞けない言葉。

 いや、人によってはその辺の判断基準は違うのだろうが、このケンタウロスにとってはここで逃げるという選択肢は存在しなかった。

 これがザイやアスデナ、ドルフィナといった者達であれば、迷うことなく一旦退くことを選んだのだろうが。


「う……うおおおおおおおおおおおおっ!」


 後ろに下がったのは助走をする為だった。

 そう言わんばかりに、ケンタウロスは勢いを付けてヴィヘラに向かって殴り掛かる。

 先程の流れを見ていただけに、迂闊に手を取られないように注意しながらの一撃。

 それも、拳ではなく足……馬の足を使った一撃。

 一般的に足の力は腕の力の三倍から五倍はあると言われているが、それはあくまでも普通の人の場合だ。

 下半身が馬となっているケンタウロスの場合、その足の力は人間の足とは比べものにならないくらいの強さを持つ。

 その足を使った攻撃。

 ……ただし、当然ながら馬の足を使っての攻撃となると、人間が繰り出すような蹴りを使うことは出来ず、男が取ったのは踏みつけだった。


「あら」


 短い一言を発するヴィヘラだったが、周囲でそれを聞き、見ていた者達の顔に浮かんでいたのは驚愕。

 何しろ、自分目掛けて天から――というのは若干大袈裟だが――振ってきた蹄の一撃を、呆気なく受け止めたのだから。

 勿論、正面から力だけで受け止めた訳ではない。

 体重移動や身体の動かし方を絶妙に組み合わせることにより、威力の殆どを地面に流したのだ。

 その上で……


「おわぁっ!」


 掴まれた足を軽く捻られただけでバランスを崩し、ケンタウロスはそのまま地面に倒れる。

 それも、最初のケンタウロスはそこまで強く地面に叩きつけられたりはしなかったのだが、今回はかなりの勢いで。

 周囲に響く音は、それこそ見ている者を驚かせるには十分なだけの迫力があった。


「が……」


 地面に叩きつけられた衝撃により、ケンタウロスは声を発することも出来なくなる。


「さて、他に何か文句のある人はいる?」


 そう告げるヴィヘラだったが、当然のように誰もそれに対して口を挟むような真似はしない。

 もし何か文句があると言えば、間違いなく次は自分があのように地面に叩きつけられることになるのは、一目瞭然だからだ。

 大地と共に生き、大地と共に死す。

 それがケンタウロスだが、だからといって地面に叩きつけられるのを楽しむつもりは一切なかった。


「すまない、その辺にして貰えないだろうか」


 静寂を破り、そう言って近付いてきたのは一人のケンタウロス。

 たった今、足を持って地面に叩きつけられたケンタウロスと同じ集落の男だ。

 そんな男とヴィヘラは、黙って視線を交わらせる。

 周囲で様子を見ているケンタウロス達は、一体どうなるのかといった様子で緊張しながら見守っていたのだが……


「そうね。じゃあ、この辺にしておきましょうか」


 予想外なことに、ヴィヘラの口から出たのはそんな一言。

 二人のケンタウロスをあっという間に倒した現場を見ていただけに、まさかヴィヘラがこうもあっさりと矛を収めるとは思っていなかったのだろう。

 周囲で様子を見ていたケンタウロス達も驚いたが、寧ろ一番驚いたのはヴィヘラに話しかけた男だろう。

 それこそ、最悪ヴィヘラと一戦交えなければならないかもしれないとすら思っていたのだから。

 だからこそ、ヴィヘラの言動は完全に予想外だった。

 ヴィヘラとしては、今回必要なのはあくまでも見せしめだ。

 暴れていた二人が十分、見せしめになってくれた以上、話し掛けてきた男をどうこうする必要はないと判断したのだろう。

 ……これで、話し掛けてきた男もヴィヘラが二本足だからということで見下すような相手であれば、三人目の見せしめも生まれたかもしれないが。

 だが、幸いなことに話し掛けてきた相手は自分の集落の者と他の集落の者が見せしめになった光景を見ていたので……その上で、ヴィヘラとの力の差を感じるだけの実力は持っていたので、丁寧に話し掛けた。

 そのおかげで、ヴィヘラからは見逃された形だ。


「この馬鹿にはこちらから言っておく」

「ええ、そうしてちょうだい。ただでさえ色々な集落から集まってきてるんだから、自分勝手な真似をしていれば……死ぬわよ?」


 それは決して大袈裟なものではない。

 偵察隊が探している本拠地には、当然のように多くのドラゴニアスがいる筈なのだから。

 ドラゴニアスは、基本的にケンタウロスよりも強い。

 そして、もしドラゴニアスに負ければどうなるかは……それこそ考えるまでもない。

 喰い殺されるのだ。

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