第2293話

「ようこそ、来てくれました。待っていましたよ」


 その集落に到着すると、予想していたよりもかなり友好的に迎えられた。

 アドバガスの集落では、いきなり面倒なことになったので、てっきり次の集落でもそうなるのではないか。

 そのように思っていたレイだったが、今回は予想外に友好的な雰囲気だった。

 勿論、レイとしてはその方が嬉しい。

 嬉しいのだが、何故このように友好的なのだ? という疑問がある。

 ザイの集落の周辺に存在する他の集落は、基本的に何らかの問題がある集落だ。

 それ以外の多くの集落は、その多くがザイの集落に合流したのだから。

 ……それでもザイの集落がそこまで大きくなっていないのは、合流してくる集落の多くがドラゴニアスに襲撃された時の生き残りだという点が大きい。

 その結果として、ザイの集落には多くの者が集まっているが、その規模はそこまで大きくはなかった。

 ともあれ、そのような状況で集落に合流してこないのは、自分達の実力に絶対の自信を持っているのか、もしくは何か問題があるというのが大半だ。


(せめて、前者であってくれればいいんだけどな)


 レイは現在の偵察隊の面々に視線を向けながら、そう考える。

 とはいえ、偵察隊の人数的にはそこまで多くはない。

 ザイの集落からは、ザイ、レイ、ヴィヘラ、セト。

 アスデナの集落からは、アスデナを入れて五人。

 アドバガスの集落からは、ドルフィナを入れて五人。

 合計十三人と一匹。


(偵察隊に派遣されるのは、精鋭であってもトップクラスの実力者じゃないって聞いてたんだけどな。……もしかして、その集落によってその辺は違うのか?)


 ザイの集落ではそうだったが、アスデナは集落の中で最高峰の戦士であると聞いているし、ドルフィナも集落の中では魔法使いとして突出しているという話を聞いている。

 そうである以上、今回の一件を考えると疑問がない訳でもない。

 ……とはいえ、今の状況を考えると助かるのは間違いないのだが。


(この集落で出してくるのは、一体どんな奴なんだろうな)


 ザイと話しているケンタウロスは、レイが見たところでは決して強いという訳ではない。

 一応戦士としての訓練は受けているようだったが、それでも偵察隊に入るだけの実力があるかと言われると、それは多少疑問だろう。

 であれば、もしかしたらこの集落からはそこまで強い者はこないのでは?

 レイがそのように思っても、それはおかしくないだろう。

 ……実際にどうなのかは、直接見てみなければ分からなかったが。

 だが、何か問題が起こるのではないか? といったレイの疑問とは裏腹に、この集落では特に何も問題の類は起こらず、テントを始めとした物資をミスティリングに収納し、ザイが長に挨拶をするとすぐに出発することになる。


「これは……予想外だったな。本当に何も起きなかったのか?」

「何がだ?」


 次の集落に向かって移動中、レイはセトの背の上で呟く。

 すると、セトに併走する形で走っていたザイが、不思議そうな表情で尋ねてくる。


「いや、初めて行く集落だったし、何か問題が起きるとばかり思ってたんだよな。けど、実際には特に問題らしい問題も起きなかった。それが不思議でな」

「問題が起きる集落ばかりだとすれば、それは俺が困るんだが」


 そう告げるザイの表情は真剣な色がある。

 ザイにしてみれば、集落に寄る度に問題が起きるというのは絶対に勘弁して欲しいのだろう。

 偵察隊を率いる者として、それこそ何かが起こればそれは自分の責任になるのだから。


「それに、アスデナの集落では特に何も問題が起きなかったように思えるけど?」

「俺が最初にアスデナの集落に行った時は、アスデナに絡まれて問題が起きたぞ」

「ちょっと待て。別に絡んだ訳ではないぞ」


 レイとザイの会話が聞こえていたのか、近くを走っていたアスデナは不満そうに告げてくる。

 だが、レイにしてみれば、いきなり模擬戦を挑まれたのだから、あれは絡まれたようなものだ。

 そう告げるレイだったが、アスデナは即座にそれを否定する。


「そもそも、俺がレイに模擬戦を挑まなければ、他の奴がレイに模擬戦を挑んでいたぞ。そうなればそうなったで、余計に面倒なことになったのは間違いない」

「そうか?」

「そうだよ。……それに、迷子になったレイを案内しただろ?」


 迷子という言葉に、微妙に嫌な表情を浮かべるレイ。

 自分でも迷子になったというのは分かっているのだが、だからといってそれを認めるのはレイにとっては難しい。


「ともあれ、だ。今後もこの調子で特に問題なく集落で人員を集めていければいいんだけどな」


 アスデナの言葉を誤魔化すように、レイはそう告げる。

 そんなレイの様子に何か思うところがあったのだが、取りあえずアスデナは黙っておく。


「問題があるのならあるで、私は構わないんだけどね」


 黙って話を聞いていたヴィヘラが、レイの後ろでそう告げる。

 ヴィヘラにしてみれば、集落で何か問題が起きたら自分が出ればいいと、そう思っているのだろう。

 とはいえ、ヴィヘラの性格を考えれば、それも当然だったが。


(ただ、ドラゴニアスとの戦いで十分満足している今の状況を考えると、ヴィヘラが絡んで来たケンタウロスと戦っても、満足出来るとは思えないけどな)


 アドバガスとの集落でもそうだったが、レイやヴィヘラに絡んでくるような相手というのは基本的に弱い者達だ。

 レイやヴィヘラの実力を察することが出来る者なら、とてもではないが絡んだりといったような真似はしないのだろうが。

 それが分からない以上、レイやヴィヘラにしてみれば雑魚といった扱いになってもおかしくはない。

 また、そのような者達は自分がどう思われているのか察するのが得意なので、余計にレイやヴィヘラから雑魚だと、自分が相手にするまでもない存在だと思われていることを悟り、それで余計にレイやヴィヘラに絡む。

 二本足の者が自分達にそのような態度をとるのは、絶対に許せないと。

 そのような思いから。


「問題はないと思うけど、怪我人は出来るだけ出さないようにしてくれると助かる」

「あら。そう? レイがそう言うのなら、そうさせて貰おうかしら。……ただ、向こうが妙な真似をしてきたら、こっちも手加減はあまりしないわよ?」


 あまりという言葉に不吉な思いを抱くレイだったが、それでも相手を殺すような真似はしないだろうと判断し、頷く。


「分かった。なら、何かあったら頼む」

「いや、待て。集落に行くのは、偵察隊に協力してもらう為だ。だというのに、そのような相手を倒すのは……」

「別にこっちが好き好んで戦いを挑む訳じゃない。向こうが何もしなければ、こっちだって特に何かしたりはしないぞ」


 ザイの言葉にそう返すレイだったが、ザイにしてみればレイやヴィヘラといった存在そのものが他の集落を刺激すると理解している。

 あるいは、この草原では見たことがないグリフォンのセトを従えているのが、面白くないと思う者もいるだろう。


「えっと、その……今の話を聞いてる限りだと、あの人はそんなに危険なんですか?」


 少し離れた場所を走っていたケンタウロス……先程の集落から合流してきたケンタウロスが、近くを走っていたドルフィナに尋ねる。

 そんなケンタウロスの言葉に、ドルフィナは笑みを浮かべて頷く。

 先程の集落では、特に騒動らしい騒動もなかったので問題なく出発出来たが、ドルフィナの集落では戦士達がレイやヴィヘラに絡んだのだ。

 その戦いの全てを見た訳ではないが、ドルフィナにしてみれば、その実力は一級品……どころか、到底自分では勝てないと、そう思う程だった。

 魔法使いのドルフィナは、当然魔法を得意としている。

 そうである以上、真っ向勝負でレイと戦ってどうにか出来るとは、最初から思ってもいない。

 ……出来ればレイと魔法について話したいという思いはあったのだが、残念ながら今のところはそこまで話す機会に恵まれてはいなかった。

 やはり、集落で戦士達が絡んだのがいけなかったのだろうと思いつつも、一緒に行動する以上は、これから話す機会は間違いなくある筈だと思い込む。


(それに、そろそろ夕方です。野営をするのなら、話す機会はあるでしょう)


 現在の状況にそう納得しつつ、ドルフィナは草原を走る。

 ケンタウロスの中では非常に珍しい魔法使いのドルフィナだったが、だからといって走るのが苦手という訳ではない。

 この偵察隊に参加している精鋭の戦士と比べると、当然のように身体を動かすということでは劣っているが、それでもケンタウロスである以上、普通程度には走れる。

 それこそ、騎兵の移動力を持った魔法使いという、極めて強力な存在だ。

 弓兵は弓でしか攻撃出来ない。

 だが、魔法使いなら、自分が使える属性の魔法なら何でも使えるのだ。

 それを考えれば、ケンタウロスの魔法使いというのは極めて強力な存在と言ってもいいだろう。

 ……とはいえ、ケンタウロスそのものに魔法使いは非常に少ないし、走りながら集中して呪文を唱えて魔法を発動させるのは、相応に難易度が高いのだが。

 そういう意味では、ドルフィナが偵察隊に参加したというのは大きいだろう。

 言ってみれば、セトに乗って移動しながら魔法を放つレイの下位互換的な存在なのだから。


「よし、そろそろ日も暮れてきたし、野営の準備を始める!」


 先頭を走っていたザイの声が、周囲に響く。

 そうしてザイの走る速度がゆっくりになり、全員その場に停止する。


(よし。この機会を逃さないようにしないと)


 野営となったことにより、レイと話す機会が出来たと喜ぶドルフィナ。

 ザイが野営にすると言ってくれたのは、ドルフィナにとってはまさに幸運だった。

 現在二十人近くなっているだけに、当然野営の準備ともなれば相応に時間が掛かる。

 料理をするということも考えると、まだ夕方になるかどうかといったような今の時間からでも、しっかりと準備をする必要があった。


「テントは纏めてこっちに置いておくぞ。それぞれ自分の分を持っていってくれ」


 レイがそう言いながら、ミスティリングの中からテントを取り出す。

 合計で四つの集落分のテントがあるのだが、そのテントは大まかな部分は一緒であっても、細かい場所では集落ごとに結構な違いがある。

 だからこそ、多数のテントがあって自分の集落のテントと間違えるといったことはない。

 どうせなら名前でも書いておけば、もっと確実なのでは? とレイは思ってしまうが。

 だが、そんなレイの思いとは裏腹に、ケンタウロス達はさっさと自分のテントを持って、建てていく。


「ねぇ、レイ。私達のテントは」

「すぐに出すよ」


 ヴィヘラに促され、レイはミスティリングの中からマジックテントを取り出す。

 ケンタウロス達が使うテントと違い、マジックテントは既に使える状態で収納されているので、手間は掛からない。

 ……最初はヴィヘラが使うテントを持ってこようとしたのだが、ヴィヘラが自分はレイと一緒に寝ると言ったので、その通りになった。

 ザイやその仲間達にしてみれば、二本足というのも関係しているのかもしれないが、レイとヴィヘラはそういう関係であると思っていたのだ。

 実際、ヴィヘラとしてはそういう関係になっても全く問題はないので、笑みを浮かべていたが。

 もっとも、もしレイとそういう関係になるのなら、最初はエレーナという思いもある。

 その為、ヴィヘラは本気で自分からレイを誘うような真似はしないと決めていた。

 ただし、レイの方から求められた場合は、それを素直に受け入れるつもりだったが。


「言っておくけど、ヴィヘラが寝るのはベッド、俺が寝るのはそのソファだからな」


 念を押すように告げるレイ。

 普通ならソファで眠ったら身体が痛くなったり、十分な睡眠をとれなかったりするのだが、マジックテントの中にあるソファはかなり高価なソファで、ベッド代わりにしても全く問題はない。

 野営ということを考えると、それこそソファであっても固い地面に横になって眠らなくてもいいというだけで、十分なのだが。


「ああ、それとテントは今日は建てて貰ったけど、明日からはそのまま収納していく。そうすれば、俺のマジックテントみたいに、出せばすぐに使えるからな」


 周囲でテントを建てている面々に向かい、そう告げるレイ。

 マジックテントが出て来るのをその目で見ていたケンタウロス達は、その言葉に特に不満を持たずに頷く。

 テントを建てるのは慣れているが、それでも面倒なのは間違いない。

 そうである以上、レイのミスティリングで楽が出来るのなら、それもいいだろうと思うのは当然だった。

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