第2292話
「あー……やっぱりこうなるか。いや、俺じゃなくてヴィヘラを相手にするってのは予想外だったけど」
そう呟いたレイの視線の先にいるのは、数人のケンタウロスとヴィヘラだ。
レイ達が現在いるのは、アドバガスという長が治めている集落。
アスデナと話した時の態度で何となく予想はしていたのだが、この集落はレイが当初予想していた以上に面倒な集落だった。
まず、二本足のレイとヴィヘラに対する差別意識が非常に強い。
それこそ、四本足の自分達の方が圧倒的に偉いと判断しているのか、明らかにレイとヴィヘラを侮っていた。
……それでいて、レイやヴィヘラの強さについては実力差が大きすぎたのか、もしくは純粋にこの集落にいる者は技量が低すぎたのかは分からなかったが、ともあれ実力差を感じるといったことは出来ず……その結果が、現在レイの視線の先で行われている出来事だ。
この集落のケンタウロスにしてみれば、ヴィヘラは容易に倒せる相手だと判断しているのだろう。
ヴィヘラと対峙しているケンタウロスは、見て分かる程に油断しきっている。
(こんな程度の実力者しかいないのに、よくも今までこの集落を維持出来たな。ドラゴニアスに襲撃されれば、それこそ即座に全滅してもおかしくないんじゃないか?)
そんな疑問を抱き、レイはザイに直接的にではなく、やんわりとそれを匂わせるように尋ねてみる。
が、そんなレイの言葉に戻ってきたのは、ザイではなくアスデナの言葉だった。
「アドバガスの集落は、戦士という意味では見ての通り大した実力はない」
「だろうな。ザイの集落はもとより、アスデナの集落の戦士達と比べても明らかに実力が劣る」
レイのその言い方には若干思うところがあったアスデナだったが、実際に自分の集落とザイの集落では、戦士の質という意味で負けているのが明らかだ。
そうである以上、不満を口にするようなことは出来ない。
……元々、ザイの集落はこの辺り一帯、草原全体で見ても、間違いなく最大級の集落だった。
当然そこには多くの実力者が集まっており、その上で今回のドラゴニアスの騒動によって多くの者が集まっている。
集まってきた大半の者は、集落から逃げてきた女子供や老人といった者達だったが、中にはその逃げた者を護衛する為の戦士も混ざっている。
そのような護衛を任される以上、そのケンタウロスは集落の中では最強……とまでいかなくても、上位に位置する者も多い。
そのような者達も、当然のようにザイの集落にやってきてからは戦士として働くことになり……結果的に、ザイの集落の戦力は増していた。
もっとも、偵察に向かってほぼ壊滅状態になったように、一方的に戦力が増えている訳ではなく、消耗もしているのだが。
「ともあれ、そんな戦士達の強さを補っているのが、アドバガスとその一族の使える魔法だ」
「……にしても、珍しいよな。俺が知ってる限りでは、ケンタウロスで魔法が使えるような奴なんて、そんなにいなかったと思うけど」
「それは否定しない。実際、俺の集落にはいないしな。だが……何にでも、例外はある」
アスデナが複雑な表情でアドバガスの集落に視線を向ける。
ケンタウロスで魔法を使える者は非常に珍しいが、それでもいない訳ではない。
実際、ザイの集落でも長のドラムやお婆が魔法を使えるのだから。
だが……ザイの集落と比べても明らかに規模が小さいこの集落で、アドバガスやその一族が揃って魔法を使えるというのは、レイにも驚きでしかない。
「うわあああああああっ!」
レイがアドバガスの集落に感心している間に、そんな悲鳴が周囲に響く。
誰がその悲鳴を出したのかは、それこそ考えるまでもなく明らかだ。
視線を声のした方に向けたレイが見たのは、地面に倒れ込んでいるケンタウロスの姿。
つい先程まで周囲で騒ぎ、囃し立てていた者達は、あまりに予想外の光景を見た為か固まっている。
まさか、二本足のヴィヘラに自分達の仲間が負けるとは、思ってもいなかったのだろう。
レイにしてみれば……そしてヴィヘラの実力を知っている者にしてみれば、こうなるのは当然の結果だったが。
そもそもの話、先程アスデナが口にしたように、この集落の戦士の実力は決して高くはない。
長のアドバガスを初めとした魔法使いと連携することを前提としているので、魔法がない状況では、本領を発揮出来ない。
……なら、何でそのような状況でヴィヘラに挑むのかとレイは疑問に思うが、この集落の者達にしてみれば、相手が二本足である以上、そんな相手に自分が負けるとは全く思っていなかったのだろう。
足の数だけで相手を自分達よりも下の存在だと思った結果が、これだった。
「どうしたの? この程度の実力しかないのに、喧嘩を売ってきたのかしら? これなら、まだドラゴニアスの方が楽しめるわね」
その言葉は、アドバガスの集落のケンタウロス達に喧嘩を売るには十分だった。
自分達が格下と見ていた相手に、こうまで露骨に侮辱されたのだ。
それぞれが自分の武器を持ち、その切っ先をヴィヘラに向ける。
「あら、本当のことを言っただけなのに。そこまで怒るということは、実は自分の中でそれを認めてしまったのかしら? そもそも、貴方達がドラゴニアスを相手にどうにか出来ると思う?」
「貴様ぁっ!」
ケンタウロスの一人が、槍を手にヴィヘラに向かって突撃する。
一瞬遅れ、他の者達もヴィヘラに向かって突撃していく。
だが、そんな攻撃をヴィヘラはまるで踊るように動きながら回避していった。
……それだけではない。
ケンタウロス達とすれ違う時、身体の一部にそっと触れるのだ。
それは、本気になれば今の状況でもそこを攻撃出来たと示す為の行動。
腕はそこまでではなくても、ケンタウロス達もそんなヴィヘラの行動が何を意味しているのかは、分かっているのだろう。
自分達がまるで相手になっていないのを理解し……やがてケンタウロスの波をヴィヘラがすり抜けるようにしながら突破したことで、動けなくなる。
もしヴィヘラが本気なら、間違いなく今の行動で大きなダメージを受け……場合によっては死んでいたと、そう理解しているからだろう。
「分かって貰えたかしら? ……せめて、ザイくらい強ければ、もう少し面白いんだけど」
その言葉に、襲い掛かったケンタウロス達は衝撃を受ける。
ザイというのは、この辺り一帯に存在する集落の中でも腕の立つ者として有名だ。
だが、今の話を聞いている限りでは、そんなザイであってもヴィヘラに歯が立たないと、そう言ってるも同然ではないか。
……実際、それは決して間違っている訳ではない以上、ケンタウロス達の考えは間違っている訳でもないのだが。
「そこまでにして貰えないか? そういう連中でも、この集落を守るのには必要なんだ、心をへし折られると、こっちが困る」
と、不意にそんな声が響いて数人のケンタウロスが姿を現す。
全員杖を持っており、それを見ただけで魔法使いだというのははっきりと理解出来た。
そんな魔法使いの男の一人が、他のケンタウロスの魔法使い達を率いながら一歩前に出る。
「貴方がアドバガスかしら?」
「いや、残念ながら違うよ。私はドルフィナ。父上……アドバガスの息子だよ」
「あら、そうなの。今この状況で出て来るということは、偵察に出て来るのは貴方なのかしら?」
「ああ、私とここにいる仲間が一緒に行くよ。君達を失望させることはないだろう」
「……随分と自信があるのね」
「一応、私には……いや、私達には実績があるからね。このくらいのことは言ってもいいと思うよ」
ドルフィナの様子には、強がりだったり、無理に自分を大きく見せようとしていたりといった様子はない。
本当に自信があるからこそ、そう言ってるようにヴィヘラには思えた。
「へぇ。……アドバガスってのは気にくわない様子だったけど、ドルフィナは性格的に問題ないように見えるが?」
「そうだな。以前会った時もそうだったが、ドルフィナは珍しく友好的な存在だ」
しみじみと呟くアスデナの様子に、レイは安堵する。
アスデナがそう言うのであれば、恐らく問題のない相手なのだろうと。
ヴィヘラと話しているのを見れば、ドルフィナなら問題ないと、そう思える。
「ともあれ、向こうが問題ないなら俺としても文句はない。早く荷物を収納した方がいいな」
「そうだな。このままこの集落に残っていれば、面倒なことになりかねない。……ザイ、アドバガスへの挨拶を頼めるか?」
アスデナの言葉に、ザイは微妙に嫌そうな表情を浮かべる。
だが、今回の偵察隊では自分が代表をしている以上、この場合アドバガスに挨拶をするのは当然だった。
「分かった、行ってくる。……レイは絶対に来ないでくれ」
「いや、言われなくてもそんな面倒そうな場所に行くつもりはないけど、そんなに嫌な奴なのか?」
「レイなら、アドバガスを殺してもおかしくはないくらいには、不愉快な相手だな」
その言葉で、レイはザイについていくのは止めておこうと判断する。
元からザイは連れて行かないと言っていたのだから、そのような心配をする必要はないのだろうが。
「レイ、荷物はこっちらしいわよ」
「ん? ああ、分かったすぐに行く」
ドルフィナと話していたヴィヘラが呼び、レイはそちらに向かう。
その際、当然のように周囲の……特にヴィヘラに呆気なくあしらわれたケンタウロス達が、レイに向かって敵意に満ちた視線を向けてくる。
ヴィヘラとの実力差を判断出来ない以上、当然のようにレイとの実力差も判断は出来ない。
(馬鹿ね)
そんな様子を見ていたヴィヘラの中にあるのは、そんな呆れの一言だけだ。
実際、自分に勝てないケンタウロス達が、レイに勝てると思っている方がどうかしている。
レイは自分よりも強い。
それは、ヴィヘラの中にある確固とした事実だった。
勿論、レイが自分よりも強いからといって絶対に勝てない訳ではない。
実際模擬戦では何度か勝利したこともあるし、本気で戦った場合でも浸魔掌を使えば勝機はある。
……もっとも、レイが本当の意味で本気になったら、それこそ遠距離から火災旋風を起こしたり、炎の矢を無数に放ってきたりといった真似をするのだが。
ヴィヘラの場合、その嗜好も関係しているだろうが、近接攻撃に特化している。
レイの魔法のように、遠距離攻撃の手段は存在しない。
その辺に落ちている石を投擲するといったような真似は出来るが、レイを相手にそのような攻撃で効果があるとは思えなかった。
そんな強さを持つレイに喧嘩を売ればどうなるかは、分かりきっている。
分かりきってはいるが、ヴィヘラはそれを止める気はなかった。
一度痛い目に遭わないと分からないだろうという思いもあったし、それ以上に自分の愛する男が侮られているというのは、面白いものではない。
そして予想通り、何人かのケンタウロスがレイに絡もうと蹄を進めるが……
「助かるよ。君が来てくれたからこそ、私達はドラゴニアスの本拠地を探しにいける。それにしても、君がレイか。一人でドラゴニアスの拠点を潰したという実力は頼もしいよ」
レイに話し掛ける振りをしながらも、その説明的な言葉は周囲にいるケンタウロス達……それもドルフィナが連れて来た者達以外のケンタウロス達に向けられたものだ。
その意図は、明白だろう。
この状況でレイに絡むような真似をすれば、絶対に勝てない。
そう思わせる為に、わざわざ説明したのだ。
そもそも、この集落の戦士達は魔法使いのサポートを得て、初めて一人前となる。
正確には魔法使いが戦士をサポートするのではなく、戦士が魔法使いをサポートするのだが。
そうである以上、ドラゴニアスの拠点を一人で潰すような相手に、自分達でどうにか出来る筈はない。
そう理解し、改めてレイの強さがどのようなものなのかを理解したのだ。
「仲間思いだな」
当然のように、レイもまた周囲のケンタウロスが自分に向かって絡もうとしていたのは分かっていた。
それをドルフィナが自分に話し掛ける振りをしながら、周囲に事情を説明して仲間を守ったのだ。
レイから見れば、本当に仲間のことを思って今のような言動を取ったのだろう。
「そう言われてもね。何だかんだと、彼らも重要な戦力だ」
この程度の連中が?
そう言いたくなったレイだったが、それを口に出せば面倒なことになると判断し、何も言わない。
実際、ドラゴニアスと戦った身としては、ヴィヘラとの戦いを見た限りでは、とてもではないが勝てるとは思えない。
もっとも、実際に敵を倒すのが魔法使いである以上、そのフォローという意味では可能なのかもしれないが。
そんな風に思いつつ、まずは物資の収納を行うべく行動するのだった。
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