第2294話

「レイ、ちょっといいかい?」


 野営の準備が終わり、ケンタウロスの中の何人かが全員分の食事の準備をしている中、少し離れた場所でデスサイズと黄昏の槍を取り出して訓練をしていたレイは、不意にそんな声を掛けられる。

 声のした方に視線を向けると、そこにいたのはドルフィナ。

 魔法使いが非常に珍しいケンタウロスの中でも、どのような理由か分からないが魔法使いが多数存在している集落からやって来た男だ。

 デスサイズを軽く一振りして、空気……どころか、空間そのものを斬り裂くような一撃を放ってから、レイは訓練を止める。


「どうした? 何か問題でもあったか?」


 そう言いながら、食事の準備をしているケンタウロス達に視線を向ける。

 基本的に、食料はそれぞれの集落から出して貰っているが、集落ごとにそれぞれ別れて料理をするということになれば、当然のように無駄が多い。

 薪の量も多くなるし、洗う食器の量も多い。

 だからこそ、全員分の食事を料理上手な者達が集まって作るということになる。

 ……何気に、それはレイと一緒にやってきたザイにとっても助かっている。

 レイのミスティリングの中に大量の料理が入っているのは、以前拠点を潰しに行った一件でザイにも分かっている。

 ヴィヘラはそんなレイと親しい関係である以上、当然レイの料理を食べることが出来るだろう。

 だが、ザイの立場としては、レイに料理を欲しいとは言えない。

 つまり、ザイは自分の料理を自分で用意しなければならなかったのだが……残念ながら、ザイは決して料理が得意な訳ではない。

 それぞれが別個に料理をするとなると、当然ザイも料理をしなければならない訳で……だからこそ、料理の担当を決めて全員分を一気に料理するというのは、ザイにとっては助かることだった。


(いっそ、料理を専門にする奴を連れて来てもよかったのかもしれないな)


 普通に聞けば馬鹿らしいと思うかもしれないが、料理というのは活動する上で絶対に必要なものだ。

 それが美味い料理であれば士気も高まるし、不味い料理であれば士気も低くなる。

 日本にいた時のTV番組において、料理が不味かったり悪くなった肉が料理に入っていることで、部隊の反乱を招いた……というのを、レイは見たことがあった。

 勿論TVである以上、それが大袈裟に表現されているだけだという可能性も理解出来るが、それでも食事が不味いというのは決してこの偵察隊にとっていいことではないのは間違いない。

 であれば、やはり料理を得意としている者を連れて来た方がよかったのではないか。

 そう思いながら、レイはドルフィナに向かって口を開く。


「料理の方で何かあったのか?」


 レイのその言葉に、ドルフィナは少し驚く。

 まさか、そのようなことを言われるとは思ってもいなかったのだろう。


「いや、違うよ。ただ、レイと少し話したかっただけさ。……その前に、私の集落で不愉快な思いをさせたことを謝っておきたい」


 そう言い、ドルフィナは頭を下げる。

 そんなドルフィナの姿は、料理をしたり、それ以外に野営の準備をしている者達からも見える。

 当然のように、ドルフィナと一緒にやって来た者達は、そんなドルフィナの様子に驚く。


「ドルフィナ様! 二本足の者に頭を下げる必要など!」


 ドルフィナの仲間が、すぐにやってきて頭を上げさせようとする。

 だが、ドルフィナはそんな仲間を気にした様子もなく、頭を下げたまま口を開く。


「レイ、それにヴィヘラ。君達にとっては不愉快な思いをしたかもしれないが、出来れば許して欲しい。勿論、今後このようなことはないようにする」

「……頭を上げてくれ。別に俺はそこまでお前のことを怒ってはいないよ。それに、集落にいた時に、もうその辺は謝って貰ったと思うが?」

「それでも、私は改めて謝罪しておきたかったんだ」

「分かった。許す。だから頭を上げろ。今のお前をそのままにしておけば、俺が悪役じゃないか」


 そんなレイの言葉を聞き、ようやくドルフィナは頭を上げ……


「ドルフィナ様!」

「黙れ」


 レイに頭を下げたことを気にくわない者が再度何かを口にしようとしたが、ドルフィナが普段とは違う口調でそう告げる。

 その口調はいつものドルフィナとは違い、言われた方は思わず背筋を伸ばすような鋭さを持っていた。


「私はレイを尊敬している。……今まで、私達もドラゴニアスと戦ってきた。だが、その戦いで、誰が魔法を使ってドラゴニアスを倒した? いや、一匹や二匹ならともかく、拠点となっていた場所にいた、大量のドラゴニアスを殲滅するような真似をしたのだ」


 ドルフィナのその言葉に、レイに頭を下げるのが気にくわなかったケンタウロスも何も言えない。

 ドルフィナの言ってることが、間違いない事実だと、そう理解しているからだ。

 ケンタウロスの中では魔法という才能に恵まれている自分達だが、レイと同じことが出来るかと言われれば、その答えは否だ。

 いや、それどころかこの草原にいるケンタウロスの中には、絶対にそのような真似が出来る者はいないだろう。

 何しろ、最初にその話を聞いた時は嘘なのではないかと、そう思ったのだから。

 だが、ザイの集落から派遣されたケンタウロスは、疑っているのなら拠点のあった場所に案内してもいいとまで言った。

 そこまで言っている以上、ケンタウロスが嘘を口に出来るとは思えなかった。

 つまり、レイが信じられないような魔法の力を持っているのは、間違いのない事実なのだ。

 それは分かる。分かるのだが……それでも、ケンタウロスとしての常識から、どうしてもドルフィナが……アドバガスの血を引く者の中で最も魔法の才能に恵まれた者が二本足の者に頭を下げるというのは、許容出来ない。

 この男も、アドバガスの血を引く者ではあるし、魔法を使えるのは間違いない。

 だが……それでも、やはり今の状況では思うところはあった。

 しかし、ドルフィナはそんな男の様子に拘らず、レイに向かって声を掛ける。


「私は君の魔法の実力について、興味がある。もしよければ、魔法について話を聞かせて貰えないだろうか?」


 それがドルフィナの本音なのは、間違いなかった。

 ドルフィナの話を聞いたレイは、その言葉に納得の表情を浮かべる。


「魔法についてか。……そうだな。なら、食事が終わった後でなら時間をとってもいいぞ」

「本当かい!?」


 レイの言葉を聞いたドルフィナは、まさに歓喜といった表情を浮かべる。

 ドルフィナにしてみれば、レイがまさかここまであっさりと自分の言葉に頷いてくれるとは思わなかったのだろう。

 だが、これはドルフィナだけに利益があるのではなく、レイにもまた利益があった。

 ザイの集落で、お婆の魔法を見て空中を自由に移動出来るような魔法――まだ使いこなせてはいないが――を開発した。

 なら、ドルフィナからもケンタウロス族特有の魔法を見せて貰えば、また何か別の魔法を覚えることが出来るかもしれない。

 そう期待するのは当然だろう。

 ……これが感覚で魔法を使い、イメージ――元ネタは日本にいた時のアニメや漫画、ゲーム、小説等――で新しい魔法を作るレイではなく、エルジィンでもっとしっかり基礎から魔法を習得した者であれば、エルジィンの魔法とこの世界の魔法で具体的にどのような違いがあるのかといったようなことにも、興味を抱けたのだろうが。


「ああ。俺もケンタウロスがどんな魔法を使うのか知りたいし。俺が知ってるのは、ザイの集落にいるお婆の、地面から少し浮いて移動するといった魔法だけだ」

「ああ、あの魔法か」


 レイの説明だけで、すぐにどのような魔法なのかを理解したのだろう。

 ドルフィナは感心したように頷く。


「あの魔法は汎用性が高いし、魔力の消費も少ない。ただ、使いこなすのは難しい魔法なんだよ」

「そうなのか?」


 レイが見た限り、お婆は特に問題なく魔法を使っているように思えた。

 年齢のせいか、そこまで長時間魔法を使うようなことは出来なかったみたいだが。

 それでも、制御に苦労しているようには見えなかったのは間違いない。

 だが、そんなレイの様子にドルフィナは当然といった様子で頷く。


「そうだ。その魔法を使った者が、そこまで問題なく使いこなしていたように見えたのなら、それはそれだけその人物が魔法の技量に優れていたということなのだろう。……興味深い。この偵察が終わったら、紹介して貰えないかな?」

「それはいいけど……もう偵察は成功するのが前提なんだな」


 レイは若干の呆れと共にそう告げる。

 ドルフィナの言葉は、この偵察が絶対に成功すると確信しているように思えたからだ。

 実際、その言葉は決して間違っているという訳ではない。

 レイもそう確信していたが、それでもまさかドルフィナが同じようなことを口にするとは思ってもいなかったのだ。


「レイがいるんだから、成功は間違いないだろう?」


 ドルフィナにしてみれば、レイはドラゴニアスの拠点をたった一人で殲滅出来るだけの実力の持ち主だ。

 最初にザイの集落から来た者の話を聞いた時には、かなり誇張表現をしていると思っていたのだが、実際に会ってその感想は一変している。

 そんなレイが一緒にいる以上、少なくても今回の偵察は以前そうだったと聞いてるように、一人を残して全滅ということはないと確信出来た。

 ……もっとも、死なないのはともかく、敵の本拠地を見つけられるかどうかというのは、また別の話だったのだが。


「そうだな。成功するといいな。……ともあれ、ここで話すのも何だし、少しここから離れるか」


 まだ周囲には他のケンタウロス達……特に先程ドルフィナに頭を下げるなと言っていたケンタウロスがいるのを見て、レイは場所を移そうとする。

 他の者達も、いきなり頭を下げたドルフィナから始まった一件を見ている者が多かったので、他の者の目が少し気になったのだ。

 ドルフィナも若干周囲の視線には思うところがあったのか、レイの言葉に素直に従う。

 そうして二人が野営地の準備をしていた場所から少し離れてると、当然のようにセトもそれについてくる。

 まだ合流したばかりの集団なので、セトと気楽に接することが出来る者は少ないのだ。

 だからこそ、セトもレイと一緒にいることを選んだのだろう。

 ……ちなみにヴィヘラは、ザイを始めとした何人かのケンタウロスと模擬戦を行っている。

 そちらはそちらで、ヴィヘラの実力を直接自分の目で見たことがなかった者が、驚きの表情で眺めていた。


「グルルルゥ」


 レイと一緒に移動したセトだったが、野営地の方から漂ってくる食事の香りには、心惹かれるものがあるのだろう。

 何度か料理をしている方に視線を向けて喉を鳴らす。


「ほら、取りあえずこれでも食べてろ」


 そんなセトを落ち着かせる為に、レイはミスティリングの中からサンドイッチを幾つか取り出してセトに与える。


「グルゥ!」


 嬉しそうに皿の上に置かれたサンドイッチをクチバシで咥え、味わう。

 そんなセトの近くの草原に座り、レイはドルフィナに視線を向ける。


「それで、魔法の話だったか。ドルフィナはどんな魔法が得意なんだ? ちなみに俺の場合は、炎に特化してる」

「炎か。それは便利そうだね。けど、便利という意味では私も負けていないよ。私が一番得意な魔法は、風だ。他の属性の魔法も使えるので、レイのように特化型という訳ではないけど」

「ふーん。……ん?」


 その話を聞いて、ふとレイは疑問に思った。

 いや、レイだからこそ疑問に思ったのかもしれない。

 この世界は、エルジィンではなく異世界だ。

 だが、それでも魔法の属性についての話は、普通に通じるのだと。


(まぁ、でも……言葉が普通に通じたり、俺がケンタウロスと認識してるのがきちんとケンタウロスだというのを考えると、世界の法則が近いのかもしれないな。平行世界とかパラレルワールド的な感じで)


 少なくても、ゾゾ達のようなリザードマンとは最初言葉も分からず、意思疎通をするのに苦労した。

 そういう意味では、エルジィンの常識が通じて、更にはレイ達と言葉も通じるこの世界は、ゾゾ達の世界に比べれば間違いなくエルジィンに近いだろう。

 それが分かっただけに、レイとしては驚きだった。


「レイ? どうかしたのか?」

「いや、何でもない」


 まさか自分が異世界から来たなどということは教えることが出来ず、レイはそう誤魔化す。

 ドルフィナも、レイが何かを誤魔化したというのは何となく理解出来たが、魔法について話す方が先だと、それ以上突っ込むような真似はしない。

 それに安堵したレイは、この前開発した魔法について話す。


「そう言えば、この前空を飛ぶ魔法を作ったんだけど、まだ制御……うわっ!」


 言葉の途中で、これ以上ない程に真剣な視線を自分に向けているドルフィナに気が付き、レイは驚きの声を上げるのだった。

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