第2258話
「んー……こうしてみると、やっぱり見張りはいらなかったな。なぁ?」
「グルゥ?」
自分の身体に寄り掛かっているレイの言葉に、セトはそう? と喉を鳴らす。
夜空に瞬く星、煌々とした明かりを降り注ぐ月、それとレイの目の前で燃えている焚き火。
周囲に存在する明かりは、それだけだ。
どこまでも続く夜の草原は、それこそじっと見ていれば魂すら奪われるのではないかと思える程の闇が広がっている。
だが、レイはそんな中でもセトと一緒にいれば、特に不安になることもない。
……元々夜目が利くレイにとっては、目の前に広がっている闇は特に問題がないと、そう理解出来ていたからなのだろう。
そんな中でレイが呟いたのは、セトの持つ存在感はこの世界でも効果を発揮していると、そう確信出来たからだろう。
ここがエルジィンとは違う異世界だからこそ、もしかしたらセトの存在感があっても、モンスターや動物が襲ってくるかもしれないと、そう思っていた。
だが、レイの前に見張りをしていたケンタウロス達も、そしてレイが見張りをしてからも、全く何者にも襲われるようなことはない。
であれば、今の状況はセトの存在感によって迂闊に近寄ってくる相手はまずいないと、そう思ってもいいのだろう。
(とはいえ、ドラゴニアスがいれば、また話は別だろうけど)
飢えによって支配されているドラゴニアスにとって、セトという存在はそれこそ自らの餌としか思えない。
それだけに、もしドラゴニアスがここにやってきた場合、セトの存在を感じたからといって足を止めるといったことは期待出来ない。
それどころか、勝ち目の有無は無視し、嬉々としてセトに向かって襲い掛かってくるだろう。
……いや、それだけではない。
飢えに支配されたドラゴニアスは、相手がセトではなくてもテントで寝ているケンタウロスにも襲い掛かるのは間違いなかった。
(うん、ドラゴニアスの件を考えると、やっぱり見張りは必須だな)
結局はそのような結論に辿り着く。
「それにしても……やっぱりエルジィンとは違う世界なんだよな」
レイも、エルジィンから見える星の位置などというのを全て知っている訳ではない。
それでもこの草原から見上げる空で瞬いている星は、とてもではないがエルジィンから見える星と一緒の星には思えない。
「グルルゥ?」
レイの言葉に何かを感じたのか、セトは大丈夫? といった視線を向ける。
そんなセトに対し、レイは何でもないよと自分が寄り掛かっている身体を撫でながら、次の見張りと交代するまでの時間をすごすのだった。
「よし、じゃあ今日も元気に出発するか。何だかんだと、昨日は結構距離を稼いだしな」
武道会が終わってからすぐに出発したというのに、足が鈍るといったようなことがないままに走り続けることが出来たのは、さすが草原の覇者と呼ばれていたケンタウロスだけのことはあるのだろう。
また、テントも自分達が普段から使っている物をそのまま使えたということもあって、昨日の疲れを残している者はいない。
料理が得意な者がいたので、食事も普段通り……いや、今朝もまたセトが獲物を獲ってきてくれたので、その豊かな食材を使って集落にいる時よりも多少豪華な食事を食べることが出来た。
ケンタウロスの料理だけではなく、レイのミスティリングに入っている料理も当然のように皆で食べている。
そういう意味では、全員が満足出来る野営だった。
レイの言葉にケンタウロスの多くが大きな声を出して気合いを入れる。
……その中にはドラットの姿もあった。
「よし、残り四日。……いや、この調子だともっと短縮出来るかもしれないけど、一応何があってもいいように気持ちだけはしっかりとしておいてくれ。……セト」
「グルルゥ!」
レイの言葉に、セトは鳴き声を上げて走り出す。
そんなセトの横には、ドラゴニアスの本拠地を知っているケンタウロスが並ぶ。
他のケンタウロス達は、周囲の様子を警戒しながら草原を走る。
たっぷりと食べて、ゆっくりと寝て。
現在の一行は、気力が充実している状況だった。
「グルルゥ!」
早朝に出発してから数時間……そろそろ昼の休憩をした方がいいのでは? とレイが考えていると、不意にセトが鋭く鳴き声を上げる。
一体何があった?
そう思い、セトの見ている方を見るレイ。
すると、かなり遠く……それこそレイの視力でも豆粒程の大きさとなる場所で、戦いが起きているのが分かった。
その間もセトはそちらに向かって走り続けており、戦っている相手の片方は様々な色の鱗を持つドラゴニアスで……もう片方がケンタウロスであるというのも明らかだ。
だが、問題はケンタウロス側が不利だということだろう。
普通に戦えば、ケンタウロスはドラゴニアスに勝てない。
勝てないが、平均として見た場合、ドラゴニアスよりもケンタウロス側の方が足が速いのだ。
そうである以上、戦いで勝つことは出来なくても、逃げることは出来る筈だった。
しかし、レイの視線の先で行われている戦いでは、逃げるような真似をせずに戦いを行っている。
正面から戦った場合は、まず勝てないとケンタウロス側で理解しているのにも関わらず、だ。
「レイ」
草原で暮らしているだけあって、ザイもまた高い視力を持っているのだろう。
レイの隣までやって来ると、そう声を掛けてくる。
その一言だけで、ザイが何を頼んでいるのかは分かる。
そして、ザイの表情に苦渋の色があるのも。
ザイにしてみれば、これからドラゴニアスの本拠地を攻撃する為に移動しているのだ。
つまり、ここで無駄な戦力を消耗するのは馬鹿らしい。
それこそ、この戦いで仲間に被害が出れば、ドラゴニアスの本拠地を攻撃する際に戦力不足になってもおかしくはない。
おかしくはないのだが……それでも、ザイは同族のケンタウロスが襲われているのを見て、放っておくといった真似は出来なかった。ましてや……
(女子供、それに老人。……速度が遅い訳だ)
近付いてきたことで、ドラゴニアスと戦っているケンタウロス側についても詳しく観察出来た。
必死になってドラゴニアスと戦っているケンタウロス達はともかく、そのケンタウロス達から離れていく集団は、戦いには向かないような女。それに老人や子供といった者達の集団だった。
その集団の移動速度が遅い理由がそれだ。
「助けるぞ」
結果として、レイが下した判断は助けるというもの。
あるいは、これで戦っているのがケンタウロスの男達だけで、女子供や老人がいないのであれば、もしかしたらレイもそのまま無視したかもしれない。
だが、今のような状況であれば、助けた方がいいと判断したのだ。
「だが……」
レイの言葉に反対するように、ドラットがそう告げる。
だが、レイがドラットに視線を向けると、それに対して何も言わなくなる。
レイが出発前に言っていた内容を思い出したからだろう。
……それでも、若干不満そうな顔をしていたが。
ドラットにしてみれば、ここで戦力を消耗するような真似は絶対に避けたかった。
自分達はあくまでも自分達の集落を守る為にドラゴニアスの本拠地に向かっているのであり、他の集落の者達の為では決してないのだから。
それは冷たい判断ではあるが、どうしようもない現実を見据えての発言でもあった。
実際にドラットの言葉に同意するようなケンタウロス達もいたのだから。
そもそも、近隣でまだ無事だった集落には、自分達の集落に合流するようにと連絡はしてあるのだ。
それを誇りだったり、もしくは自分達が合流することによって既得権益をなくするのが嫌だったり、単純に他の集落が気にくわなかったり……様々な理由から、合流をしてこなかった者達がいる。
現在視線の先でドラゴニアス達と戦っているのも、その身勝手な欲望から自分達と合流するのを避けた集落の者である可能性は非常に高い。
普段ならともかく、ドラゴニアスの本拠地を叩きに行く今の状況でそのような相手を助けるのは……と、そう思う者が多いのは当然だろう。
それでも結局はレイが助けると言えば、それに従うしかないのだが。
「お前達は俺とセトを追ってこい。もっとも、ドラゴニアスの数はそこまで多くはない。あの連中の集落の戦士達が倒したのか、それとも元々集落に襲い掛かったのが少なかったか、あるいはあの連中が移動しているところを偶然偵察してたいたドラゴニアス達が見つけたのか」
そのどれもが有り得る可能性なのは間違いない。
襲われているケンタウロス達にとっては最悪の結果しかもたらさないが。
「ともあれ……早く来ないと、俺が全部倒してしまうぞ。セト!」
「グルルルゥ!」
レイの言葉にセトは鳴き声を上げながら、地を蹴る。
何気に戦いの場所までは結構な距離があるので、それこそ場合によっては空を飛んで移動した方が早いのかもしれない。
だが、敵を……ケンタウロス達を襲っているドラゴニアス達の注意を惹く為には、やはり地面を走って移動する方が見つかりやすかった。
「グルルルルルルルルルルルルルルゥ!」
走りながら、セトはドラゴニアス達の注意を惹くべく、高く、大きく、周囲に響き渡るような鳴き声……いや、雄叫びを上げる。
その雄叫びは、王の威圧のスキルを使っている訳ではないにも関わらず、周辺一帯にいる者達にセトの存在を知らしめ、同時にどれだけの存在の格なのかを知らしめる。
……レイとセトは、その鳴き声でドラゴニアスの注意を自分達に向けようとしていたのだが、予定外のことが一つ……ただし、致命的と言ってもいいようなことがあった。
それはセトの雄叫びを聞いて一瞬で格の違いを悟り、動きを止めたのが……ケンタウロスの女子供や老人といった者達だったことだろう。
セトの雄叫びが敵味方判別して効果があるのならともかく、そのような真似が出来る筈もない。
結果として、本来なら一番に逃げなければならない者達が動きを止めてしまったのだ。
不幸中の幸いだったのは、ドラゴニアス達が目の前にいるケンタウロス達よりもセトの方に狙いを定めたことだろう。
飢えに支配されているドラゴニアスをして、ケンタウロスよりもセトの方が美味い肉を持っていると、そう認識したのか。
四匹のドラゴニアスは、トカゲの身体を持つ下半身を利用して一気にセトとの距離を詰める。
……その際、女子供や老人のケンタウロスのすぐ隣を通ったのだが、そちらに意識を向ける様子は一切なかった。
(運がいいのか悪いのか……まぁ、ドラゴニアスは完全にこっちに向かって来ているし、運がいいってことにしておくか)
ミスティリングからいつものようにデスサイズと黄昏の槍を取り出しながら、ドラゴニアスが近付いてきたところでレイはセトの背から降りる。
敵が四匹である以上、セトに乗ったままでも十分に戦えるのだが、それでも近くに守るべき相手がいる以上は、可能な限り素早くドラゴニアス達を倒す必要があると判断した為だ。
……とはいえ、ドラゴニアスが食欲を示した相手は、あくまでもセトであってレイではない。
その為、当然のようにレイがセトの背の上からいなくなったところで、それに興味を示す様子もなく、四匹のドラゴニアスはセトに向かって襲い掛かった。
そう、レイに背中を向けて、だ。
「予想通りとはいえ、呆れるな!」
その言葉と共に、レイはデスサイズを振るい、黄昏の槍で突く。
それだけで、ドラゴニアスの一匹は首を切断され、頭部を爆散して地面に崩れる。
ドラゴニアスは飢えに支配されている為か、痛覚も非常に鈍い。
しかし、いくら痛覚が鈍いとはいえ、首を切断されたり、頭部を爆散されたりすれば、意味がない。
残り二匹となったドラゴニアスは、セトの振るう前足によって両方ともが首の骨を折られ、命の炎を消す。
数秒……いや、一瞬で四匹のドラゴニアスは倒された。
『……』
周囲に広がるのは沈黙。
特に四匹のドラゴニアスを相手に、何とか逃げている女子供と老人を庇っていたケンタウロス達は、自分達が何とか生き残ることで精一杯だったドラゴニアス達が、まさかこうもあっさりと倒されるとは思っていなかったのだろう。
ただ唖然とすることしか出来ない。
それは逃げていた女子供や老人達も同様で、自分達が必死に逃げていた相手が、まさかこうも容易く倒されるとは思ってもいなかったのだろう。
「レイ……俺達についてこいと言っておきながら……」
そんな沈黙を破ったのは、ようやく追いついてきたザイの呆れが大量に込められた言葉だ。
自分達に来るように言っておきながら、実際に来てみれば自分達が到着する前にドラゴニアスが全て倒されていたのだから、それも当然だろう。
「……ザイ、か?」
そんなザイに、先程までドラゴニアスと戦っていたケンタウロスの一人が声を掛けるのだった。
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