第2259話
死体になったドラゴニアスを見て、レイは笑みを浮かべる。
ケンタウロスを守れたというのもあるが、それ以上に倒したドラゴニアスを見てのものだ。
何故なら、レイとセトが倒したドラゴニアスの鱗は、青と緑が二匹ずつだったのだから。
以前ザイ達の集落を襲ったドラゴニアスは、レイの魔法で赤い鱗を持つ者以外は炭も残らないくらいに焼き殺されてしまった。
結果として、レイのミスティリングに入っているのは、炎に対して強い耐久力を持つ、赤い鱗のドラゴニアスだけとなる。
これからのことを考えれば……また、グリムからの頼みもあって、出来れば赤以外の鱗を持つドラゴニアスの死体も欲しかったのだが、それがまさにかなった形だ。
(あ……そう言えば、死体が使えなくなる件、まだ聞いてなかったな)
エルジィンに持っていったドラゴニアスの死体は、何故か……本当に何故か、一晩で駄目になった。
それがこの世界でも同じなのかどうか、ザイにでも聞こうと思っていたのだが、昨夜は武道会の件について話が盛り上がっていたこともあり、レイがそれを聞くようなことは出来なかった。
今日にでも、出来れば聞いておこう。
そう思いながら、四匹のドラゴニアスの死体をミスティリングに収納すると、ザイの方に……正確には、ザイと話しているケンタウロス達の方に近付いていく。
ザイと話していたケンタウロス達は、そんなレイとセトの姿を見て驚き、何より怖がる。
もし自分達を助けたのがケンタウロスであれば、そこまで気にするようなことはなかっただろう。
だが、レイとセトはケンタウロスではない。
それだけに、強く警戒するのも当然だった。
それでも、レイとセトに向かって攻撃するようなことがなかったのは、レイとセトが自分達を助けてくれたというのを理解している為だろう。
畏怖と恐怖が混ざったような視線を向けてくるケンタウロス達には気が付かない振りをして、レイはザイに声を掛ける。
「それで、一体何があったんだ?」
「どうやら、集落が危険だと判断して避難している最中に、ドラゴニアスと遭遇してしまったらしい」
「予想通りか。で、この連中はどうするんだ? そもそも避難するってのは……ザイ達の集落にか?」
「そうだ。俺達の集落は、恐らく現在最も大きな集落だ。実際に多くの集落からケンタウロス達が集まってきているし」
「そうして集まってこなかったのが、この連中の集落とかなんだろ?」
ビクリ、と。
レイの言葉を聞いていたケンタウロス達が反応する。
とはいえ、レイもこのケンタウロス達を責める気はない。
レイはそのような選択をしたのは集落を率いている者達だと、そう聞かされていた為だ。
「そうだ。だが、この者達は長の言葉を信じられなくなって、逃げ出してきたらしい。……ドラゴニアスの被害を受けても、場当たり的な対処しかしていなかったようだ」
「やっぱりそういうケンタウロスもいるんだな」
レイがしみじみと呟く。
そのようなケンタウロスがいるというのは、レイも前もって聞いて知っていた。
知っていたのだが、今まで遭遇したケンタウロスは、その手の愚者と呼ぶべき者はいなかったこともあり、実感が出来なかったのだ。
レイの存在を疎ましく思っているドラットにしても、ドラゴニアスをどうにかするにはレイの実力が必要だとなると、その不審や不満を表に出さないようにして、集落の為に自分の思いを殺している。
だが、こうして逃げてきた者達の集落では、ドラットが出来るような事すら、やっていないのだ。
(あ、でもケンタウロスは強者を敬うって話だったし、そう考えるともしかしてこのケンタウロス達の長も実は強かったりするのか? ……強くて、自分の利益の為だけに戦ってるとなると、最悪だな)
ケンタウロス達を少しだけ哀れに思いつつ、結局のところこの逃げてきた面々をどうするのかといった問題に突き当たる。
基本的には先程言っていたように、ザイの集落に向かうということでいいだろう。
問題なのは、この面々だけで無事に辿り着けるのかといったことだ。
護衛……というか、レイ達が見つけた時にドラゴニアスと戦っていたケンタウロス達も、無傷という訳ではない。
それでも重傷ではないのは、せめてもの幸運といったところか。
ともあれ、この一団だけで集落に向かうには、戦力的な不安がある。
そうなると、一番安全な選択肢としてはレイ達と来ている十人の中から護衛を派遣することだろう。
だが、ザイやドラットは腕の立つケンタウロスとして、ここでレイと別行動を取るといった選択肢はなく、また以前偵察に行った生き残りもレイを案内するという意味では決して外せない。
そうなると残り七人なのだが、護衛として派遣するのが一人だけでは戦力的に不安だということもあり、数人は必要となる。
「どうするんだ? 俺としては、そっちの判断に任せるけど」
レイの口調にそこまで深刻な色はない。
そもそも、本来ならレイは一人だけで……いや、セトも入れると一人と一匹だけでドラゴニアスの本拠地を襲撃するつもりだったのだ。
そんなレイとセトに、助けられるだけではケンタウロスとしての誇りが許さないといった理由で、ザイ達はレイと一緒に行動しているのだ。
つまり、ドラゴニアスを倒すというだけなら、レイとセトで十分可能となる。
それが分かっているからこそ、レイは気楽にそう告げるのだが……ケンタウロス達はそう簡単にレイと一緒に行動するのを止められる筈もない。
そもそも、レイと一緒に行動するという役目を手に入れる為に、集落で行われた武道会で勝ち抜き、それでようやくこの役目を手に入れたのだ。
そうである以上、そう簡単にここから離れるといったようなことはしたくなかった。
(俺に任せるのなら、それこそセト籠で連れていってもいいんだが……ケンタウロスが空を飛ぶのは、ザイの様子を見る限りでは絶対に無理っぽいしな)
レイがセト籠についてザイに話した時の様子を考えれば、とてもではないがその言葉を受け入れるような真似はしないだろう。
どうしてもセト籠を使うのなら、それこそケンタウロス達を気絶させて乗せるといったような真似をする必要がある。
そこまでしても、空を飛んでる最中に意識が戻ってしまえば意味はない。
いや、それどころか最悪セト籠から空に飛び出して、死んでしまう可能性もあった。
「それは……いや、だが……」
レイのどうするかという言葉に、ザイは迷う。
実際、このままの状況で自分達の集落に向かわせるような真似をしても、今回のようにドラゴニアスと遭遇すれば、間違いなく被害が出る。
今回はレイ達がいたからこそ、ドラゴニアスを相手にしても対処することが出来たのだ。
その辺の事情を考えれば、どうしようもないのは間違いなかった。
足の遅い女子供や老人がいなければ、男のケンタウロス達はドラゴニアスから逃げ切れるだろう。
だが、そのようなことをすれば、当然のように女子供や老人達をドラゴニアスの餌として差し出してしまうことを意味している。
そうならないようにする為には、やはり何らかの手段を講じなければならないのは明らかであり、逃げてきた者達にしてみれば、レイ達から護衛を派遣して貰うというのが必須事項だった。
……これで、女子供がいないのであれば、それこそレイ達と一緒に行動するという選択肢も存在するのだが、今の状況でそのような真似が出来る筈もない。
「頼む。そちらから数人、護衛として貸して欲しい」
頭を下げるのは、護衛をしていたケンタウロスの一人だ。
自分達だけでは、とてもではないが全員を守ってザイ達の集落に到着出来ないと、そう理解しているのだろう。
あるいは、自分達の集落を出る時には守り続けることが出来ると思っていたのかもしれない。
だが、実際に自分達でドラゴニアスと戦ってみて、現実をしっかりと理解したのだろう。
「……分かった……」
ザイが渋々と、本当に渋々といった様子だったが、それでも話し掛けてきた相手の言葉に頷いた。
正直なところ、出来れば自分達の人数を減らしたくはない。
だが、違う集落……氏族の者であっても、同族であるのは間違いなかった。
結果として選択したのは、自分達の人数を減らすということだ。
本当に人数を減らしたくはなく、その上で逃げてきたケンタウロス達を無事に集落まで送り届けるのなら、全員纏まってザイ達の集落に戻るという手段もあるにはある。
だが、ここまで一晩の野営を行ってきたのだ。
ケンタウロスの移動速度を考えると、既にかなりの距離を走っている。
レイとしても、一日を無駄にしたくはない。
一応五日の余裕を持って今回の襲撃について必要な日数を計算しているが、だからといってその余裕の日数を無駄に使っていい訳ではない。
「ありがとう。助かる」
頭を下げるケンタウロス。
ザイと一緒に行動していた者達は、それぞれが複雑な表情を浮かべる。
同族のケンタウロスを見捨てたくはない。
だが同時に、レイと一緒にドラゴニアスの本拠地を襲撃したいという思いもある。
そして、どうやって護衛組と襲撃組に分けるのかが非常に気になっていた。
「取りあえず、そっちの連中を休める必要があるだろ。その間にどうするのかを決めてくれ。それに、そろそろ昼食の時間だし、ついでに料理も用意するよ」
少し考える時間があった方がいいだろうという思いから、レイはザイに向かってそう告げる。
「助かる」
ザイがレイに向かって感謝の言葉を口にする。
それに軽く手を振り、レイはミスティリングの中からケンタウロス達が使うテントを幾つか取り出す。
ドラゴニアスと戦っていたケンタウロス達は、武器は持っていても荷物や食料の類は持っていない。
そうである以上、ゆっくり休むのであればテントがあった方がいいのは間違いなかった。
「グルルゥ」
昼食をどうしようかと考えていたレイだったが、セトのその声に視線を向ける。
セトが何かを期待したような視線を自分に向けているのを見て、何をしたいのかが理解出来た。
つまり、何かモンスターか動物、鳥でも獲ってきてもいいかと、そう尋ねているのだ。
レイにしてみれば、食材が増えるというのは嬉しい。
だが、解体の手間を考えると、今から獲ってきてそれを解体して調理してとなると、やはり今回の昼食で食べるのは難しかった。
ただ、セトが狩りを楽しむというのであれば、レイとしてはそれを止めるつもりはない。
「分かった。行ってきてもいいぞ。ただし、遅くなると昼食を食べ損ねるぞ」
「グルゥ……グルルルゥ!」
レイの言葉に、セトは鋭く鳴いてその場から走り去る。
「レイさん、セトはどうしたんですか?」
セトが離れて行ったのを見て、ケンタウロスの一人が不思議そうにレイに尋ねてくる。
ケンタウロス達にしてみれば、レイとセトは常に一緒にいたからこそ、突然のセトの行動を疑問に思ったのだろう。
実際には、今までも鳥を獲ってきたりと別行動をしていたことはあったのだが。
この辺りはやはり印象によるものなのだろう。
「セトは気分転換を兼ねて、何か獲物がないかを探しに行った。戻ってくれば、何か獲物を持ってくるだろ」
セトが狩りに出かけた以上、何の獲物も獲ってこないという考えはレイの中にはなかった。
……勿論、獲物が何もいなければ話は別だが。
「なるほど。セトですからね」
ケンタウロスもまた、そんなセトについて理解を出来たのだろう。
納得した様子でレイの言葉に同意する。
「取りあえず、逃げてきたケンタウロス達にも料理を出すぞ。……あの連中、空腹の奴が多いだろ」
あの集団が自分達の集落から逃げ出した時に、一体どれだけの食料を持ってきたのかは分からない。
だが、ケンタウロス達が持って来ている荷物が殆どないのを見れば、食料の類を十分に持ってくることが出来なかったのは見れば分かる。
戦士達はまだしも、女子供や老人達に対しては食料を渡してもレイとしては困らない。
レイの持っている食料が少なければ、分けることを躊躇したかもしれない。
だが、レイが持つミスティリングの中には大量の料理が入っているし、ザイ達の集落が用意した食料の類もかなり余裕を見てのものだ。
そうである以上、ここで食料を渡さないという選択肢は存在しない。
「ありがとう」
「いや、別にお前に感謝される必要はないと思うんだけどな」
「それでも、仲間のケンタウロス達に食事を分けて貰えるのは嬉しいですから」
そう笑みを浮かべるケンタウロスに、レイはそれ以上は特に何を言うでもなく、ミスティリングの中から料理を取り出すのだった。
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