第2256話
レイとセトがやって来た騒動で中止されていた、集落の中での武道会。
それは一時間程でようやく終了する。
レイが見たのはその一時間程度だったが、それでも戦っている者が皆かなり本気で戦っているというのが、レイには理解出来た。
ケンタウロス族にとって、自分達の陥っている危機を救うのはレイだけに頼るのではなく、やはり自分達も関わる必要があると、そう判断したのだろう。
頼り切る様子を見せないのは、レイとしても立派だとは思う。思うのだが、だからといって大勢が自分と一緒にドラゴニアスの殲滅に向かうというのも、レイとしては遠慮して欲しいというのが正直なところだ。
これが普通――ドラゴニアスを殲滅するというのはとても普通とは言えないが――なら、片道五日程の旅に必要な各種物資を運ぶ人手が必要だったり、ドラゴニアスの飢えを考えれば可能性は少ないが、溜め込んでいるお宝を運んだり……また、ケンタウロス達は欲しないが、レイは欲しているドラゴニアスの死体を運ぶ為の人手が必要だったりする。
だが、それはあくまでも普通の場合ならの話だ。
レイの場合はミスティリングが存在するので、旅に必要な荷物や向こうでもし何らかのお宝があったりしても問題はないし、当然のようにドラゴニアスの死体を確保するのにも問題はない。
そんな訳で、連れていく人数はそう多くはなくても問題は何もないのだ。
それどころか、自分や一緒に行くケンタウロス達がいない間の集落の護衛を考えると、連れていく人数は少なくても問題はない。
……今の集落にとって一番の難敵はドラゴニアスなのは変わらないが、それ以外にも野生の獣やモンスターの類、それ以外にもこの草原にはケンタウロス以外にも別の種族がいて、その全てと友好的な関係を築いている訳でもない。
その辺りの警戒も必要なのは間違いないのだ。
「で……こうして集まって貰った訳だが……」
本当にいいのか?
そんなニュアンスを含んだ言葉が、レイの口から出る。
何故なら、レイと一緒に行くメンバー十人の中にはザイとドラットの姿があったからだ。
その十人の中には、当然のようにドラゴニアスについて偵察に向かった生き残りの姿もある。
そして、他の面々……ザイはいい。
元々レイと最初に接触したのがザイで、その上でレイとも友好的な関係を築いているのだから。
だが、ドラットは決してレイと友好的な存在ではない。
それこそ、敵対視していると言ってもいいだろう。
それだけに、今のこの状況でドラットが自分と一緒に旅をするのは、それこそ百害あって一利なしという状況なのではないかと、そう思えたからだ。
……実際、今もレイに向けて面白くなさそうな視線を返しているのだから。
いいのか? とレイはザイに視線を向ける。
そのザイもレイが何を言いたいのかは分かっているのだろう。
すぐに問題はないと頷きを返す。
(ドラットのことは、何かあってもザイが何とかするだろ。ドラットの性格から考えると、集落の為に動いている以上、妙なことはしないと思うし。ただ、俺に敵意を持ってるからといって、それを態度に出されると、ちょっと問題だよな)
少し考えたレイは、やはり直接確認しておくべきだと判断し、ドラットに視線を向ける。
「ドラット。お前が俺を気にくわないと思ってるのは分かってる。だが、ドラゴニアスの本拠地に行くまでに俺に敵対的な態度を取るのなら、邪魔なだけだ。お前は集落に残った方がいいんじゃないか?」
「……お前の指示には従う」
そう告げるドラットの様子に、その態度が問題なんだがとレイは思う。
自分の指示に従うにしても、不満そうな様子を態度で示していれば、それがいずれ面倒な事態を起こすことになる。
勿論、今回は片道五日程度の旅である以上、そこまで気にする必要はないのだろうが……
「分かった。だが、俺の指示に従わなかった場合は、すぐに集落に戻って貰うからな。これはドラットだけに言ってる訳じゃない。他の面々も同様だ」
レイの言葉に反論する者はいない。
最初にレイがこの世界に来た時、ザイが口にしたように、ケンタウロスは強者を尊ぶ。
そして集落内で勝ち残った者達は、その全員が昨日ドラゴニアスとの戦いにおいて、レイの強さを見ているのだ。
草原の覇者と呼ばれたケンタウロスを、個の力で圧倒するドラゴニアス。
そんなドラゴニアスに対し、レイはその辺の草でも刈るかのように、あっさりと命を刈っていった。
それを思えば、この状況でレイの言葉に反論しようなどと思う者がいないのは当然だった
……寧ろ、レイの強い言葉を頼もしいとすら思ってしまう。
そんな風に思われているとは知らず、レイはドラット以外のケンタウロス達にも視線を向ける。
だが、ドラットやザイを含めて十人のケンタウロス達は、レイに視線を向けられても特に反応する様子はない。
それを見れば、ドラットも含めて取りあえず自分の命令には従うのだろうと、そう判断する。
「じゃあ……どうする? 本来なら明日出発だったんだけど、まだ日は高い。それでもこうして本格的に戦っていたのなら、予定通り今日は休んで明日の早朝に出発するか?」
「いや、大丈夫だ。ケンタウロスであれば、この程度の疲れは疲れではない」
レイの言葉を否定するように……それこそ、自分達を侮らないで欲しいといったようにザイが告げる。
そんなザイの様子を見て、レイは少し考え……やがて頷く。
「分かった。ザイがそう言うのなら大丈夫なんだろ。……大丈夫なんだよな?」
一応確認の為に他のケンタウロス達にも尋ねるレイだったが、全員がレイのそんな言葉に問題ないと頷く。
「遠征に必要な荷物も用意しておいた。レイが何だったか……」
「ミスティリングだな」
「そう。それで持っていってくれると言っていたが、それで構わないんだな?」
「ああ、問題ない。荷物を集めてある場所に案内してくれ」
その言葉に、ザイは安堵する。
昨日はレイがミスティリングで荷物を持ってくれるとは言っていたが、気が変わったといったように思われたらどうするべきかと、そう考えていたのだ。
レイがそのような行為をするとは考えられなかったが、レイと会ってからまだ一日しか経っていない以上、その性格を完全に理解しろと言うのは無理だった。
(何だ?)
そんなザイの様子に疑問を抱いたレイだったが、ともあれ今はまず荷物を確認して収納するのを優先するべきだという考えがあったので、取りあえず気にしないことにする。
そうしてザイに案内された場所にあったのは……当初レイが予想していたよりも大きな荷物の数々。
食料や水があるのはいい。その中に酒があっても、レイは飲めない――正確には飲めるが好まない――が、ケンタウロス達にとって酒は必要だろうし、いざという時の消毒に使えるかもしれないという思いはある。
武器の類も、これから戦いに行くのだから予備の武器はあればあった方がいいだろう。
特に矢は消耗品である以上、可能な限り多く持ちたいというのも分かる。
そこまでは理解出来るのだが、それ以外の荷物としてそこにあったのは、分解したテント。
ゲルのようなテントだけに、持ち運びが出来るというのは予想していたし、それこそ寝る時には非常に便利なのだろうというのも理解出来る。
だが、まさかそのテントを分解して持っていくとは、レイにとっても予想外だった。
「体調を整えるって意味だと、間違いなく普段眠っているのと同じテントを使った方がいいんだろうけど」
「無理か?」
少しだけ心配そうに尋ねるザイ。
ザイにとっても、用意はしたがもしかしたら無理なのでは? と思っていたのか。
だが、レイは問題ないと首を横に振る。
「大丈夫だ。昨日、ドラゴニアスの死体を大量に収納したのを見てただろ?」
「いや、だからこそもう無理なのではないかと、そう思ったのだが」
ザイのその説明に、レイはなるほどと納得出来た。
実際、あれだけの数のドラゴニアスの死体を収納したのだから、普通ならミスティリングの容量が一杯になると思ってもおかしな話ではない。
……実際、簡易型のアイテムボックスの類であれば、その多くがドラゴニアスの死体すら全て収納することは出来なかっただろう。
だが、レイの持つミスティリングは、簡易型ではなく本当の……本物のアイテムボックスだ。
それもただのアイテムボックスではない、歴史上最高の錬金術師と言われているエスタ・ノールが最高の素材を使って技術の粋を凝らした、まさに世界にただ一つのアイテムボックスだ。
ミスティリングに具体的にどれだけの量が収納出来るのかというのは、それこそレイにも正確なところは分からない。
少なくても、一軍の軍事行動に必要な物資の類が収納出来るのは、ベスティア帝国との戦争で経験しているが。
それだけに、あの程度のドラゴニアスの死体を収納した後で目の前にあるザイ達が必要とする物資を収納するくらいは全く問題がない。
「その辺りは全く問題ない。これで全部なら、取りあえず全部収納するぞ」
そう言い、レイは次々とそこに置かれていた食料、水、武器、テント……それ以外にも大小様々な物をミスティリングに収納していく。
昨日の戦いでドラゴニアスを収納した光景を見た者も、改めてその光景を見て驚く。
また、当然ながら初めてこの光景を見る女子供老人といった者達は、目の前の光景に唖然とするだけだ。
一体目の前で何が起きているのか。
何も知らない者にしてみれば、そう思うのも当然だろう。
とはいえ、レイとしてはミスティリングを見て驚かれるというのは慣れているので、周囲の様子を気にした様子もなくミスティリングに収納していく。
そして数分と経たずに全てを収納し終わると……
「さて、行くか」
「あ、ああ……」
レイの言葉に、若干呆然とした様子でザイが頷く。
そこまで驚かなくても……とレイは考え、すぐに納得する。
エルジィンにおいては、アイテムボックスという存在は広く知られている。
非常に希少で、実物を見た者はかなり少ないが、それでも噂だったり昔話だったり、伝承だったり……様々な理由で、その存在そのものは知られていた。
だからこそ、ミスティリングを使っているのを見ても、驚きはするが、そこまで極端に驚くといったようなことはない。
だが、ここはアイテムボックスについて広く知られているエルジィンではなく、異世界だ。
そのような場所でミスティリングを使えば、エルジィンと比べても驚かれるのは当然だろうと。
(まぁ、今更その辺を気にしてもしょうがないか)
そう判断し、レイは少し離れた場所で様子を見ていたセトを呼ぶ。
「セト!」
「グルルルゥ」
レイの声に、セトはすぐに近付いてくる。
その背に跳び乗ったレイは、ザイを含めた今回の襲撃に同行する面々に向かって口を開く。
「さて、行くぞ」
短い一言。
だが、その一言に込められた力は、ザイ達全員の意識を切り替えるには十分なだけの何かが込められていた。
ザイもドラットも、この草原で生き抜いてきただけあってかなりの修羅場を潜り抜けてきている。
そんな二人であっても、思わず従ってしまうような……そんな強力な何か。
それは、ザイやドラットよりも多くの修羅場を潜ってきたレイだからこそ、持っている何かなのだろう。
セトが地面を走り出し、それに続くようにザイ達も走り出す。
とはいえ、レイもセトもドラゴニアスの本拠地が分からない以上、そこを知っている者に道案内を任せるしかないのだが。
「こっちです」
案内役のケンタウロスも、それが分かっていたのだろう。
走り出してから少しすると、セトの隣に移動してきてそう告げる。
そのケンタウロスと共に、一行は進む。
ケンタウロスだけあって、走る速度はかなり速い。
……それでもセトはある程度加減して走っていたが。
(言うだけのことはあるな)
セトの背の上で、レイはケンタウロス達の様子を見ながら感心する。
武道会での戦いを勝ち抜いた直後にこうして走っているのに、特に疲れた様子は見せていない。
勿論ケンタウロスだからというのも影響しているのだろうが、それでもセトに置いていかれない速度で走ってるのは、凄いと言ってもいいだろう。
あれだけ自信満々にザイが問題ないと言っていた理由はレイにもしっかりと理解出来た。
(さて、そうなると今日でどれだけ距離を稼げるかだろうな。……セト籠を使えば……)
そうも思うが、昨夜のザイとの会話でそれが出来ない以上、やはりこうして地上を走るしかない。
ドラゴニアスの強さを考えれば、ヴィヘラを連れてくれば喜んでくれたかもしれない。
そう思いながらも、レイはセトの背の上に乗って草原を走るのだった。
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