第2255話
「助かったよ、グリム」
『気にするでない。セトがいなければ、レイの能力も十分に発揮されないのじゃろう? であれば、この世界に来る時もセトは必要となる筈じゃ』
「グルゥ」
レイの言葉にグリムはそう返し、グリムの能力によって地上から草原の世界にやって来たセトは嬉しそうに鳴く。
レイと一緒にまたこの世界に来ることが出来たのが、それだけ嬉しかったのだろう。
「そうだな。俺の場合はセトがいてこそ完全体って奴だし。……ちょっと違うか? 本領発揮出来るってのが正しいか?」
『ふぉふぉふぉ。まぁ、その辺の事情はよく分かっておるよ。魔獣術で生み出された存在は、それを生み出した相手の大事な相棒になるしのう』
グリムの言葉は、それこそ実際にゼパイル達が生み出した魔獣術について知っているからこその、強い説得力があった。
レイもグリムがゼパイルに憧れているというのは知っているので、今は特にこれ以上は何も言わずに頷き、話題を変える。
「そう言えば、ドラゴニアスの一件はどうなったんだ? 調べてみて、何か分かったのか?」
『残念じゃが、あまり分かったことはないのう。特に、一番気になっていた鱗が急速に劣化してしまうのが痛い』
「……それ、本当か?」
グリムの口から出た言葉は、レイにとっても完全に予想外だったのだろう。
驚きの表情を浮かべ、グリムに尋ねる。
だが、そんなレイの言葉にグリムは頷く。
『うむ。数時間も経てば鱗が劣化していく。……死んでから時間が経てばそうなるのか、それとも儂らの世界に来たからこうなったのか。その辺の事情は分からんが』
グリムの言葉に、レイは悩む。
時間が経てばそのようになるのなら、取りあえずミスティリングに入れておけば鱗の劣化を心配する必要はない。
だが、そうなるとダスカーに渡してきたドラゴニアスの死体も、鱗が劣化するのか。
レイにとって唯一の幸運は、ドラゴニアスの鱗がそこまで急速に劣化するのであれば、炎に対して強い抵抗力を持つ防具やマジックアイテムの類が開発される心配はしなくてもいいといったところか。
勿論、それはレイにとって利益があることばかりではないのだが。
炎の類は攻撃手段として有効である以上、モンスターや人であっても使うことが多い。
それだけに、もしドラゴニアスの鱗によってそれらに対する手段となれば、ギルムの冒険者や兵士達はこれからの起きるかもしれない戦いでは炎による負傷をあまり心配する必要もないのだ。
『その辺は、あまり気にする必要はないじゃろう』
レイが思っていることを口にすると、グリムはそう返す。
それが一体どのような意味を持つ言葉なのかは、レイにも分からない。
分からないが、それでも今の状況を思えば取りあえず納得しておこうと、そう判断する。
「そう言えば、昨日はその日のうちだから、無事にここに戻ってこられたけど、今度は十五日くらい帰ってくるつもりはないんだ。そうなった時、どうにかして隠れているこの穴を見つけるような方法ってないか?」
『ふむ、そうじゃな。……ならば、対のオーブを使えばいい。それを使えば、儂もレイとセトが戻ってきたのを察知することが出来る』
「ああ、なるほど」
考えてみれば、非常に簡単なことだった。
そう思いつつも、一応この世界でも対のオーブが使えるかどうかを確認する。
ミスティリングや黄昏の槍、デスサイズといったマジックアイテムが使えたのだから、普通に考えれば使えるだろう。
だが、レイはまだこの世界のことを殆ど分かっていない。
そうである以上、場合によっては対のオーブのみが使えないといったようなことになっても、おかしくはないのだ。
とはいえ、使ってみれば普通に使えたので、レイは十五日後に限らず向こうの世界に戻る時には対のオーブを使うことをグリムに告げ、セトの背に跨がる。
「じゃあ、俺は行くな。……そう言えばこの穴を固定するのは俺が偶然入手したマジックアイテムでやってるってことになってるから、それっぽいマジックアイテムがあったら用意してくれると助かる」
『今頃言うな、今頃』
若干呆れた様子で告げるグリムだったが、それでも次の瞬間には仕方がないといった雰囲気と共に頷く。
『取りあえずそれっぽいマジックアイテムは用意しておくから、ドラゴニアスの件が片付いてこっちの世界に戻ってきた時には渡すとしよう』
「悪いな」
『お主にはドラゴニアスの死体を貰ったからな。じゃが……もし感謝するのであれば、次は赤い鱗以外のドラゴニアスの死体を用意して欲しい』
「いや、けど……素材として使えないかもしれないんだろ?」
『構わんよ。そのような性質を持っていると知っておれば、それに対処する方法はない訳でもないのでな』
自信に満ちた様子で告げるグリムのことを思えば、レイとしてもそういうものかと思うことにする。
実際、グリムならその程度のことはやってもおかしくはないと、そう思えたのだから。
「分かった。ちょっと難しいけど、可能な限り用意する」
レイがやろうとしているのは、ドラゴニアスの本隊を火災旋風で纏めて焼き殺すことだ。
当然そのような真似をすれば、炎に対して強い適性を持つ赤い鱗のドラゴニアスはともかく、それ以外の色の鱗を持つドラゴニアスは焼き殺されてしまう。
……ただし、動き回る火災旋風と偶然接触しないといったような運のいいドラゴニアスがいれば、赤い鱗以外のドラゴニアスの死体を入手出来る可能性は残っている。
また、グリムの要望以外にも、レイとしてはドラゴニアスの死体が何かに使える可能性が高い以上、出来るだけ確保しておきたいというのが、正直なところだった。
『うむ、頼んだぞ』
短く言葉を交わし、今度こそレイはセトに頼んでその場から飛び立つ。
レイとセトの様子を見守っていたグリムは、やがて小さく頷くと穴を隠してエルジィンに戻っていくのだった。
「お、見えた。あそこだな」
セトの背の上で、レイは地上に集落があるのを見て安堵する。
昨日の今日でまたドラゴニアスがやってこないとも限らないというのもあったが……何よりもレイが安堵したのは、無事に集落に到着出来たからというのが大きい。
道に迷う様子もなく、セトは真っ直ぐケンタウロス族の集落に到着したのだ。
「グルルゥ」
レイの呟きを聞いて、自慢げに喉を鳴らすセト。
普通に考えれば、そこまで得意がるようなことではないのだが、レイもセトも自分達が微妙に方向音痴気味だというのは自覚している。
だからこそ、セトはこうして上手い具合に集落に到着したことを喜んでいたのだ。
「ありがとな。セトのおかげで無事に到着出来たよ」
そう言い、目の前にあるセトの首を撫でるレイ。
そんなレイの行為を嬉しく思いながら、セトは翼を羽ばたかせながら集落に向かって降下していく。
……この際、集落の中に突然降りるのではなく、集落の外に降りたのはエルジィンにおける癖からだろう。
とはいえ、そんなセトの姿に集落にいたケンタウロス達は驚く者も多い。
昨日集落を助けてくれたレイとセトだと、そう判断出来た者はそこまで驚くようなこともなかったが、いきなりの行動でレイとセトだと認識出来ていない者にしてみれば、突然何者かが空から降下してきたと驚くのも当然だろう。
特に現在はドラゴニアスとの戦いもあると考えれば、警戒するなという方が無理だった。
とはいえ、それでも目のいい仲間からレイとセトだと聞かされれば、その帰還を喜ぶ者の方が多くなったのだが。
地上に着地したセトの背から降りたレイは、セトと共にケンタウロスの集落に向かう。
当然のように、集落には一連の騒動を聞きつけた多くの者が集まっていた。
昨日ドラゴニアスの襲撃があったのだから、この対応の早さは当然だろう。
そして集まっている者の中には、レイにとっての顔見知りもいる。
ケンタウロス族の中でも屈指の強さを持ち、戦士達を率いている立場のザイ。
族長たるドラムの息子にして、こちらも屈指の強さを持つドラット。
もっとも、実力はザイと同程度ではあっても、人望という点ではドラットが一歩劣っているのだが。
『レイ』
ザイとドラット、二人の口からレイの名前が出る。
だが、レイの名前を呼んでいてもそこに込められている感情は正反対のものだった。
ザイはレイを見て嬉しそうにし、ドラットは苦々しげな色が強い。
そんな二人の様子を見れば、それぞれがレイに向かってどのような思いを抱いているのか、考えるまでもないだろう。
とはいえ、最初にレイがこの集落に来た時と違って、今のドラットはレイをどうこうしようとは思っていない。
レイの実力でドラゴニアスを撃退したのは事実だし、何よりもその時に実力差をこれでもかと見せつけられたのだから。
レイの存在は気にくわないが、集落の為になるのであれば許容する。
それがドラットの判断だった。
「待たせたか? 昨日言ってた時間通りだと思うけど」
「そうだな。時間通りだ。ただ……こちらの方で問題が起きてな」
「問題?」
「そうだ。多くの者が自分も同行したいと主張してるのだ」
「……意外だな」
ザイの言葉は、レイにとっても驚き以外のなにものでもない。
ドラゴニアスの本隊を急襲して殲滅するという今回の一件は、正直なところかなりの危険を伴う。
火災旋風で本当にドラゴニアスを殺せるかどうか。
また、殺せても赤い鱗を持つドラゴニアスは魔法では殺せないので、魔法以外で殺すことになる。
そしてケンタウロスは草原の覇者と呼ばれるくらいには強いのだが、それでも個々の質として考えれば、ドラゴニアスの方が強い。
そのような状況で、何故レイと同行したいというのか。
「これは、あくまでも俺達の問題だ。その原因を片付けるのに、レイの力だけを借りて俺達は何もせずに黙っているというのは、誇りが許さない」
なるほど、と。
レイはそう言えばケンタウロスってのはそういう種族だったなと思い出す。
まだ会ったばかりである以上、その全てを理解しているとはとてもいえない。
だがそれでも、今の状況を思えばケンタウロス達の性格を理解するのは難しい話ではなかった。
また、これでケンタウロス達がレイの足を引っ張るような実力しかないのなら、レイとしても断ることは出来る。
しかし、ケンタウロスが速度と身の軽さという一点においては、ドラゴニアスに勝っているのはレイも見ている。
そういう点では、勝つことは出来ないまでも相手の気を引いて囮になるといったような真似は出来る。
何より、ドラゴニアスは飢えているのだ。
目の前にケンタウロスのような食べ応えのある存在がいれば、飢えにより襲い掛かるだろう。
ケンタウロスに比べると、レイは小さく食べるところが少ない。
勿論、そんなレイが襲い掛かって来たとなれば、ドラゴニアス達も反撃はするだろうが。
「そっちの言い分は分かった。けど、この集落の戦力を空にする訳にもいかないだろ?」
昨日のドラゴニアスはともかくとして、これからレイが本隊のいる方に向かっている間に、別のドラゴニアス達がやって来ないとも限らないのだ。
その場合、護衛がいなければこの集落にいる生きとし生ける者全てが喰い殺される可能性があった。
それはザイも分かっているのだろう。レイの言葉に当然だといった様子で頷きを返す。
「その通りだ。だからこそ、現在誰を派遣するのかを決めていたところだ。そこにレイがやって来たのだが……」
「決めるって、一体どうやって?」
「単純に強さによってだ」
レイが詳しい話を聞いてみると、どうやら小さな武道会のようなものを行っていたらしい。
その武道会の上位の者が、レイと一緒に行くということで。
……尚、ザイとドラットの二人も現在のところ勝ち抜いているらしい。
(ザイはともかく、ドラットまで参加してるとは思わなかったな)
レイも、自分がドラットに嫌われているというのは知っている。
それだけに、自分と一緒に旅をする為のメンバーを決める武道会にドラットが参加しているというのは、完全に予想外だった。
ドラットがレイを嫌っているのは間違いないのだが、この場合は話が違う。
レイを嫌っているからといって、ドラゴニアスを倒すという行為の全てをレイに任せるというのは、ドラットにとって許容出来るものではない。
……もっとも、ドラットの性格から考えて、絶対にそれをレイに言うようなことはなかったが。
「話は分かった。なら、取りあえず早いところ一緒に行く奴を決めてくれ。ただ、あまり人数が多いと、移動している時にドラゴニアス達に見つかる可能性もあるから、人数は少なめで頼む」
そんなレイの言葉で、一緒に行ける者の倍率が更に上がり……武道会に参加している者達は気合いを入れるのだった。
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