第2250話
「我らの、新たなる友に……そして友の協力によって、この集落が守られたことに!」
ドラムの言葉に、皆が持っていた木で出来たコップを掲げ、中に入っている酒を一気に飲み干す。
レイのみは、酒があまり得意ではないということでケンタウロス族が飲む独特な風味のお茶だったが、それ以外の者はほぼ全員が酒を飲んでいる。
数少ない例外としては、子供達だろう。
とはいえ、子供達が飲んでいるのも水や酒、動物の乳で薄められた酒なのだが。
ともあれ、皆が掲げたコップの中に入っていた液体を飲み干す。
……中には、ドラットやその取り巻きのようにレイの存在を必ずしも歓迎出来ない者もいたが、長老のドラムがレイを歓迎している以上、表だって不満は口に出来ない。
また、それ以外にも実際にレイがいたからこそ、この集落が救われたというのが間違いない事実である以上、そのような恩人の歓迎会を壊すようなことは出来なかった。
特にドラムという長老はケンタウロスの一族の中でも強い影響力を発揮しているのだ。
そうである以上、レイの存在に思うところがあっても、それをここで口にすることは出来ない。
そして何より……
(父上)
ドラットは心の中で、ドラムという自分の父親について複雑な心境と共に呟く。
自分もこの集落の中では十分に活躍しており、存在感を発揮しているという自負はあった。
だが、同時に自分と同年代のザイにはどうしても……どうしても、劣ってしまっているというのも分かっている。
それが悔しく、そして自分の不甲斐なさに怒りすら抱く。
(だが……もしレイがいなければ、この集落の被害は大きなものになっていた筈だ。それを思えば、やはり今回は感謝するしかないんだろうな)
喉を焼く酒の熱さを心地良く感じながら、ドラットは周囲の様子を見る。
レイがドラゴニアスを倒したからこそ、今こうして自分達は宴会を行っているのだ。
もしレイがいなければ、集落にいる者にも大きな被害が出ていただろう。
そうなっていれば、とてもではないがこうして皆が笑顔で宴を行うといった真似は出来なかった筈だ。
それを思えば、やはり今は何も考えずこの宴を楽しもうと考えるのだった。
「レイさん、この料理は美味しいですよ。この集落の名物料理です!」
女……いや、レイよりも年齢が下で、まだ十歳になったかどうかといったような少女が、料理の盛られた木の皿をレイに渡す。
最初はレイという存在を遠巻きにしていたのだが、少しずつではあっても、レイという存在に慣れてきたのだろう。
また、セトの存在もこの場合は大きい。
最初は自分達が全く見たことのないグリフォンを前に、どう接したらいいのか分からなかったケンタウロス達だったが、セトは持ち前の人懐っこさを最大限に発揮した。
いや、セトが狙ってそのような真似をした訳でなく、自分に攻撃をするような真似をしてこず、向こうが戸惑っている様子を見せていたので、それに対してセトから歩み寄ったというのが正しい。
結果として、セトは受け入れられた。
例え世界が違っても、女や子供、場合によっては男も人懐っこいセトの愛らしさには参ってしまったのだ。
……男の場合は、愛らしいと思うと同時に感謝の念も込められている。
戦場において、赤い鱗を持つドラゴニアスを相手にしてピンチになっていた時、セトに助けられた者は多い。
そんな者にしてみれば、自分を助けてくれた上にここまで愛らしい様子を見せているのだから、好意的になるなという方が無理だった。
「グルルルゥ」
出された肉の塊を、嬉しそうに食べるセト。
多くの集落から逃げてきたり、避難してきた者達が合流しているので、この集落の家畜も決して豊富な訳ではない。
それでもドラゴニアスを倒したことを……そして怪我人は出たが、死人は誰も出なかったことを喜ぶ宴だということで、羊や山羊を数頭潰している。
その肉の塊をじっくりと焼いた料理が出されたのだから、セトが喜ぶのは当然だった。
(自分の大きさを見ても怖がらないというのも、セトにとっては嬉しかったんだろうな)
甘酸っぱい果実を塗って焼いた肉を食べつつ、レイは嬉しそうなセトを眺める。
ギルムを含め、多くの場所で可愛がられているセトだったが、中には体長三m程もあるセトの姿に怯えるという者も決して少なくはない。
そのような者も、最初は怯えているのだが、セトと接すればすぐに慣れるのだが。
最初にセトという存在に怯えるというステップがないので、セトとしても嬉しいのだろうというのが、レイには予想出来た。
(にしても、セトを見ても驚かないってことは、もしかしてこの世界にグリフォンはいないのか? もしくは、いるのかもしれないけど。この草原にはいないとか。……ケンタウロスはいるのにな)
レイが知っている存在が全てこの世界にいないかもしれない。
考えてみれば当然のことではあったのだが、それでもやはりどこか不思議な思いを抱く。
ただ、エルジィンにおいてもグリフォンは非常に希少なモンスターだったので、この世界でも希少だとしても驚くべきことではないのだが。
(その辺の情報も集める必要があるな。……もしこの草原以外でグリフォンが希少なモンスターであれば、もしかしたら狙われる可能性は高いし)
この世界にいる権力者がグリフォンを欲するようなことがあれば、当然のようにそれは大きな戦いとなる。
そうなれば、最悪ケンタウロス族を巻き込んでしまいかねない。
ただでさえドラゴニアスの襲撃によってケンタウロス族の数が減っているのを考えれば、セトを欲している者がいても決して退くことは出来ない。
だからこそ、そのようなことにならないようにする為に、前もって色々と調べておく必要があるのだ。
「レイ? どうした?」
串焼きを食べながら、ザイが不思議そうに尋ねてくる。
宴が行われている中で、真剣な表情をしているのを疑問に思ったのだろう。
そんなザイに、レイはセトの方を見ながら口を開く。
「この世……いや、この辺りにはグリフォンってモンスターはいないのか?」
「いや、俺は初めて見たな。長老も知らないと言っていた」
ザイの言葉に、やはりグリフォンはこの辺りでは珍しいのかと、レイはそう納得する。
とはいえ、珍しいからといって今の状況でセトをエルジィンに戻したり、この場に置いていくといったようなことは、全く考えていないのだが。
そもそも、セトがいないとレイはドラゴニアスに対する行動をどうやって行うかという問題がある。
今回レイが使おうとしているのは、今までにも何度か使ってきた火災旋風だ。
だが、この火災旋風はレイだけで起こすことは出来ない。
セトの協力があってこそ、生み出すことが可能なのだ。
それ以外にも、レイにとってセトは自分の半身というべき存在だ。
……また、セトがいないと移動手段をどうするかという問題もある。
レイはセトと一緒にいることが多いので、どうしてもセトの臭いが染みついており、普通の馬はそれを嫌がる。
そもそもの問題として、ここはケンタウロス族の集落だ。
皆が移動する時は自分の足で走って移動する。
そうなると、セトがいなければレイは自分で走るか……もしくは、誰かの背に乗って移動するという事になってしまう。
レイとしては、そこまでケンタウロスに迷惑を掛けたくはなかった。
「やはりセトは珍しいのか? この草原にはいなくても、レイのいた場所なら珍しくないのではないかと思っていたんだが」
「そうだな。俺がいたところでも、それなりに知られていたけど、実際に見たことがあるって者はいなかったな、まぁ、普通はグリフォンってあそこまで人懐っこいモンスターじゃないから、遭遇すれば殺される可能性が高いけど」
取りあえず、嘘は吐いていないと思いながら、レイはそう告げる。
実際、ギルムで……いや、ミレアーナ王国、もしくはエルジィン全体で見ても、グリフォンという存在は非常に珍しいのは間違いなかった。
「なるほど。そうなると、ああいう扱いは止めた方がいいのか?」
ザイの視線は、セトを可愛がっているケンタウロス達に向いている。
そこまで希少なモンスターなら、もっと丁重に扱った方がいいのではないかと。
しかし、レイはそんなザイの言葉に首を横に振る。
「セトは元々人懐っこいからな。ああやって構って貰うのは嬉しいんだよ。寧ろ喜んでると思うぞ。……勿論、それはあくまでも友好的な相手に対してだけだが」
友好的な相手に対しては友好的に、敵対的な相手に対しては敵対的に。
それが、セトのスタンスだったし、レイもまた同様だった。
……いや、正確にはレイがそのような態度を取っていたからこそ、セトもそれに影響されたという方が正しいだろう。
そんな訳で、ああして皆が友好的に接している分なら、セトが何かをするということはない。
レイの説明に、ザイはそうなのかと納得する。
「明後日の一件……色々と大変なことになると思うけど、よろしく頼む」
不意に話題が変わる。
いや、実際にはセトの件はそれを話したいが為の前振りだったのだろう。
ザイの真面目な性格を考えれば、レイにもそのくらいは予想出来た。
「そうだな。片道五日だったか。結構な長旅になりそうだ」
「いや、荷物をレイが持ってくれるのだろう? だとすれば、一日か……場合によっては二日くらい、時間が短縮する可能性もある」
片道五日、往復で十日の旅というのは、それだけ多くの荷物を必要とするのだ。
ましてや、ケンタウロスは身体が大きいだけに食べる量も多い。
……食べる量という点では、ケンタウロスよりも身体の小さなレイも、そう大して変わらないのだが。
それ以外にも、レイがドラゴニアスを攻撃しても赤い鱗のドラゴニアスは生き残るだろうし、それ以外の色のドラゴニアスもダメージは受けても生き残る可能性はある。
「そこまで短縮出来るのか」
「あくまでも予想だがな。実際に行動してみないと、正確なところは分からん」
いっそセト籠を使えばもっと早く移動出来るのでは?
そう思ったレイは、葉野菜の酢漬けを口に運びながら、提案してみる。
「俺の持ってるマジックアイテムに、セトが掴んで飛ぶ為のセト籠ってのがある。それを使えば、もっと早く移動出来ると思うけど、どうだ?」
「空を……飛ぶのか? 俺達が?」
レイの口から出たのは、ザイにとっても完全に予想外の言葉だったのだろう。
恐る恐るといった様子で、そう尋ねる。
レイにしてみれば、移動する際には頻繁にセトに乗って飛んでいるし、セト籠を使ったことも一度や二度ではない。
だからこそ、ザイの言葉に当然だと頷く。
「正確にはザイ達が飛ぶんじゃなくて、ザイ達が巨大な籠に入って、それをセトが掴んで運ぶんだけどな」
「無理だ」
レイの説明を聞き、ザイは即座に断言する。
え? と、レイはそんなザイの様子に不思議そうな……そして意外そうな表情をする。
まさか、ザイがそこまであっさりと自分の意見を却下するとは思わなかったからだ。
「俺達は大地を走る生き物だ。そうである以上、空を飛ぶといったことをした場合、何が起きるか分からない。……それこそ予想外の衝撃で死ぬということも有り得る」
「それは……」
幾ら何でもそれはないだろう。
そう思うレイだったが、それはあくまでもレイだからこそ思えることでしかない。
この世界のケンタウロスがそのような特徴を持っているとすれば、空を飛ぶというのは自殺行為になってしまう。
そのような危険を冒すくらいなら、普通に地面を走って移動した方がいい。
「分かった。ザイがそう言うのならそうするよ」
「助かる。地を駆けるのなら誰にも負けるつもりはないが、空を飛ぶといったような真似は可能な限りしたくないからな。……それで、レイが寝る場所だが……」
「ああ、大丈夫だ。今夜はちょっと用事があるからな」
「……用事? だが夜に草原を出歩くのは……いや、レイの実力があれば問題はないか」
夜の草原は、様々な動物やモンスター、もしくは盗賊といった者達が動き回る格好の時間だ。
この集落のケンタウロスであっても、夜にはそう簡単に外に出たりはしない。
……とはいえ、ドラゴニアスの殆どを一撃で焼き殺すような実力を持ったレイだ。
それこそ、何が襲ってきても容易に対処することが出来るのは確実だった。
寧ろ、レイにしてみれば盗賊の類が襲ってくるのは望むところだった。
盗賊喰いと呼ばれるレイの本領が発揮されるのだから。
また、モンスターの存在もこの世界についての情報を持ち帰るという意味で、歓迎出来る。
「そうだな。明日の夜はこっちに泊まるけど、今夜と明日の日中はやることがあるから、そのつもりで頼む」
レイのその言葉に、ザイはしっかりと頷くのだった。
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