第2249話
それは自らの力を過信した増長でも何でもなく、本当に自分が出来ることを口にしたといった様子だった。
実際、レイにしてみればあの程度の相手をどうにかするのは難しい話ではないと、そう予想していた。
勿論、それはあくまでも自分が話を聞いた限りであり、実際に自分の目で見た訳ではない以上、確実にとは言わないが。
それでも、恐らくは何とかなるだろうと思えるのは、地球からエルジィンに転移した後で、多数の……それこそ普通の冒険者なら一生に一度経験するかどうかといったような戦いを、多数経験してきたからだろう。
とはいえ、この世界はエルジィンではない、また別の意味で異世界だ。
そうである以上、やはりここでの戦いは多少慎重になった方がいいのでは? という思いも、レイの中にない訳ではなかったが。
「さっきの戦いを見ていたザイは分かると思うが、俺にとってはああいう多数を相手にした戦いは、得意なんだよ。とはいえ、俺の魔法に耐えられる赤い鱗を持つドラゴニアスに対しては、個別に倒す必要があるんだが」
「その……あの赤い鱗を持つ奴が炎に耐えられるのなら、もっと別の方法で攻撃してはどうだ?」
基本的に魔法を使える者が少ないケンタウロス族だったが、ザイの場合は魔法についても多少の知識はあるのか、そう言ってくる。
だが、レイはそれに対して首を横に振る。
「残念だが。それは出来ない。俺は基本的に炎の魔法に特化しているからな。他の魔法も使えないことはないけど、そこまで威力は強くないからな」
デスサイズのスキルについては、取りあえずそう誤魔化しておく。
とはいえ、レイのその説明は決して嘘ばかりだという訳でもない。
ドラゴニアスは実際に強い。
デスサイズで使えるスキルは多種多様だが、その中でドラゴニアスを相手に致命的な一撃を与えることが出来るスキルというのは、そう多くはない。
そうである以上、レイの説明は多少の嘘はあれど、決して間違っている訳ではなかった。
「そういうものなのか。……長?」
一応といった様子で確認を求めるようにドラムに尋ねるザイだったが、それに対してドラムは首を横に振る。
「儂はレイがどのような力を持つのか、そしてどのような魔法を使うのか、その辺りは分からん。じゃが、レイがそう言うのであれば、それは決して間違っている訳ではないのじゃろう」
ドラムの説明に、ザイはそうですかと納得することしか出来ない。
実際、レイという存在はザイにとっても全く未知の相手であり、それを考えるとここで何か追求出来る訳でもないのだから。
「俺の魔法は強力な代わりに、色々と特殊だからな」
「……その割に、レイからは魔力を感じられぬが?」
「魔力を感知する能力を持ってるのか?」
レイの言葉に、ドラムはその通りだと頷く。
そんな二人のやり取りに、ザイは不思議そうな表情を浮かべていた。
ザイにしてみれば、今まで魔法を使える相手はドラムともう一人、お婆と呼ばれる者達しかいなかった。
だからこそ、魔法を使える者なら全員が魔力を感知する能力を持っているのだと、そう思っても不思議ではない。
「どういうことだ?」
「何らかの手段で魔力を感知する能力というのは、魔法が使えるからといって全員が持っている訳じゃない。実際、俺はその手の能力を持っていないしな」
「そういうものなのか。では……レイは長よりも魔法使いとして劣っていると? だが、あの魔法は……」
「ザイよ。確かに儂は魔力を感知する能力を持ってはいるが、だからといってそれが魔法使いとしてレイよりも優れている訳ではない。……勿論、魔法使いの能力として優れているのは間違いないが」
「そういうものなのですか?」
「うむ。……それで、レイ。お主からは殆ど魔力を感じられん。あれだけの魔法を使ったのだから、魔力が少ないということはないと思うのじゃが……何故か聞いてもいいかの?」
それは、ドラムの好奇心から出た質問だろう。
レイもそれは分かっていたが、別に隠すことではないだろうと指に嵌まっている指輪を見せる。
「これは新月の指輪というマジックアイテム……特殊な効果を持つ指輪で、これを嵌めていれば俺が持つ魔力を隠蔽することが出来る。正直な話、俺が持つ魔力は莫大だ。それこそドラムと同じように、何らかの手段で魔力を感知出来る能力を持つ者が俺の魔力を感じた場合、恐慌状態になるくらいにはな」
「……それ程か。いや、それだけの魔力を持っていなければ、あれだけの魔法を行使は出来んだろう。そういう意味では、こちらとしても納得出来ることではあるな」
その言葉に、レイは少しだけ驚く。
てっきり、実際に新月の指輪を外してみて、どれくらいの魔力があるのかを確認させて欲しいと、そう言われると思ったからだ。
だが、ドラムはレイの説明だけで納得したように頷き、指輪を外すようにといったことを言う様子はない。
「てっきり、指輪を外してみろと言われるかと思ったんだけどな」
「儂のような年寄りが、あれだけの魔法を使う魔法使いの魔力を間近で感じれば寿命が縮むわい」
何故か嬉しそうに笑うドラム。
何故そこで笑うのかはレイにも分からなかったが、ともあれ満足そうにしているのだから、レイが特に何か言う必要はないだろうと判断する。
「ともあれ、今日……は無理だけど、明日にでもドラゴニアスを倒してくるってことでいいのか?」
レイの言葉に、ドラムは難しい様子を見せてザイに視線を向ける。
この集落の長としては、レイの提案に乗りたい。
だが、集落の長ではなく、誇り高いケンタウロスの一員としては、ドラゴニアスとの戦いを完全にレイに任せてもいいのかと思ってしまう。
それでも、迷ったのは短い時間しかない。
ケンタウロス族としての誇りを重要視しているのは間違いないが、長としての立場を考えればレイの提案に乗らないという選択肢はないのだ。
「うむ。それで頼む。……じゃが、レイに何かあっても大変じゃろう。ザイ、お主が何人か率いてレイと一緒に行くといい」
それは、レイの援軍としてザイを派遣するという建前。
実際には、レイの実力を間近で見る為にザイ達を派遣するということだ。
そのような真似をすることで、多少なりとも集落にいる者達の誇りを汚さないようにするという、そんな思いからの言葉。
当然のように、ザイももその言葉の意味は理解出来る。
自分の実力のなさを悔しく思いながら、それでも自分に……そして集落の戦士達に配慮してくれたドラムに、頭を下げる。
「ありがとうございます、長」
「何、構わんよ。……ただし、感謝するのは儂ではなくレイに向けてじゃな。そもそもの話、レイが連れていかないと言えばこの話はなかったことになる。……どうじゃ?」
ここまでお膳立てされた上でそう聞かれれば、レイとしても断りにくい。
何より、実際にドラゴニアスがどこにいるのか分からない以上、道案内は必要なのだ。
セトに乗って上空を飛んでいれば、もしかしたらドラゴニアスのいる場所を見つけられるかもしれないが、それはかなり運に頼っている。
なら、最初からドラゴニアスがどこにいるのかを知っているケンタウロス達に案内して貰った方が、道に迷ったりしないだろう。
またレイとセトは何気に方向音痴気味でもあり、この集落から飛び立った場合、またここに戻ってこられるかどうかは微妙なところだというのも、この場合は大きい。
「そうだな。道案内も必要だし、この辺りの風習とかそういうのも俺は知らないから、その辺に詳しい奴が一緒に来てくれれば助かる」
「では……」
「ああ。それについてはこっちとしても助かる。ただ、ドラゴニアスのいる場所までどれくらい掛かるかってのが問題だな」
レイとしては、ドラゴニアスの存在がケンタウロスに……この世界において友好的な存在にとって致命的な存在である以上、出来れば何とかしたい。
だが同時に、この一件についてダスカーに知らせる必要もあった。
ウィスプが何をどうなってこの世界に通じる穴を開けたのか、そしてアナスタシアとファナがどこに行ったのか。
その辺りについては、取りあえず最低限ダスカーに知らせる必要があった。
不幸中の幸いなのは、ウィスプの件を知っている者の数が少ないことだろう。
おかげで、この一件で情報を共有すべき相手というのはそこまで多くはないのだから。
……もっとも、それは意見を出し合う相手が少ないということも意味しているのだが。
とはいえ、今の状況ではどちらを優先させるかと言えば、やはり機密維持だというのが、レイの判断だった。
(まぁ、ダスカー様はアナスタシアにかなり世話になったみたいだったから、混乱するかもしれないけど)
ともあれ、レイとしてはまずダスカーにこの件を知らせる必要があるのは間違いない。
「距離は、以前報告のあった場所から変わっていなければ、片道五日といったところらしい」
「五日か……それはまた……」
ケンタウロスがどれだけの速度で走れるかというのは、レイも知っている。
この世界に来た場所からこの集落のある場所まで、ザイやその仲間達と共に走ってきたのだから。
その時の移動速度を考えると、ケンタウロスの足でも五日となると、かなりの距離があるということになる。
(今日倒したドラゴニアスは、その距離を走ってやって来たのか? その場合、何を食ってきた? あの様子から考えて、飢えは……そうなると、食い散らかした痕跡を辿れば……いや、駄目か。今日戦った連中は、あくまでも先遣隊の一部といった感じだ。だとすれば、その痕跡を辿っても……)
いるのは恐らく先遣隊だろう、と。
そうなると、やはりレイとしてはザイに案内をして貰って移動する必要があった。
「分かった。なら……明後日だ。本来なら明日と言いたいところだが、明日は俺も色々とやらないといけないことがあるからな。そっちをどうにかしてから、明後日に出発する。それでいいか?」
「レイがいいのなら、それで構わない。こちらもある程度は人数を揃える必要があるからな」
レイとしては、道案内という意味ではザイだけがいればいい。
だが、ザイは自分以外にも何人か連れていくつもりでいるのだろう。
それにレイは何かを言おうとしたが、ザイがそれでいいのなら……と、それ以上は何も言わないことにする。
レイはこの世界のことをまだ殆ど知らないのだ。
そんな中でザイが必要だと言うのであれば、レイとしてはそれを尊重するしかない。
ミスティリングがあるので、荷物の心配がいらないというのも大きいが。
「荷物に関しては、ミスティリング……俺のデスサイズや黄昏の槍を収納している奴があるから、それで収納して移動出来るぞ。何だかんだと、荷物を持って移動するのは大変だろうし」
ケンタウロスが一日どのくらいの食事をし、水を飲むのか。
それ以外にも、テントやその他諸々、五日もの旅……往復を考えると十日の旅となれば、当然のように色々と必要な物は多い。
普通に考えれば、それらの荷物を持って移動するだけでかなり足は遅くなる。
だが、レイのミスティリングがあれば、荷物に関して心配する理由はない。
ここが異世界である以上、あるいはミスティリングが誤動作するという可能性もあったのだが、デスサイズや黄昏の槍、スレイプニルの靴といったようにマジックアイテムを使った経験から……そして何より、今まで何度もこの世界でミスティリングを使った経験から、恐らく大丈夫だろうと思えた。
「それは助かるが……いいのか? ドラゴニアスの件を解決して貰う上に、そこまで世話になって」
「構わない。ザイ達が楽に移動出来るのなら、こちらとしても助かるからな」
「そうか。……なら、正直なところ悔しいが、今回はレイの言葉に甘えるとしよう」
「ふむ。話は決まったようじゃな。レイよ、お主のお陰でこの集落は救われる。……感謝するぞ」
「それは、実際にドラゴニアスを倒した後にしてくれ」
まだドラゴニアスを殲滅出来ていない以上、今の時点で感謝の言葉を言われても、この作戦が失敗する可能性もある。
勿論、レイは自分が出る以上は絶対に成功させるつもりだったが、ドラゴニアスという存在について分かっていることは、そう多くはない。
であれば、もしかしたら何らかの理由によって今回の作戦が失敗するという可能性も否定は出来ないのだ。
「長、レイ。これからのことはともかく、そろそろ宴の準備が終わっている筈だ。今はまず、宴を楽しもう。何しろ今日は、レイという新しい友を迎え……更にはレイの力を借りてだが、誰も死なずにドラゴニアスを殲滅することが出来たのだから」
そんなザイの言葉に、レイとドラムは視線を合わせてから頷くのだった。
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