第2248話

 ドラットのその言葉は、周囲で今のやり取りを見ていたケンタウロス達にとっても驚くべきものだった。

 レイもまた、自分を気にくわないと思っているドラットがそのようなことを口にするということに驚く。

 とはいえ、ドラットが自分を庇ったことによって集落に残っていたケンタウロス達のレイに向ける視線が変わったのも事実だ。

 レイとしては、出来ればこの集落で自分の影響力を高めてアナスタシアとファナの情報を得ようと考えていた件もあり、ドラットの態度には感謝の思いが強い。

 もっとも、ドラットとしては別にレイを庇おうとして今のような態度をとった訳ではなく、誇り高いケンタウロスとして、自分達の集落を救ってくれた相手を貶めるような真似は避けたかったというのが、正直なところなのだが。

 もしレイがドラットに対して感謝の言葉を口にしても、間違いなくドラットはそれを喜ばないだろう。


「ともあれ、レイによってこの集落が助かったのは事実」


 ドラットに賛同するように、ザイもまたそう口にする。


「レイは今日この地にやってきたばかりだ。今日はレイの為に宴を開こうと思う。……もっとも、今の状況ではレイの活躍に相応しい宴を開くことは出来ないが。受けてもらえるか?」

「あー……うん、そうだな。楽しませて貰うよ。ただ、俺は酒が飲めないから、料理の方で頑張ってくれると嬉しい」


 酒が飲めないとレイが口にした瞬間、何人かのケンタウロスから侮るような視線が向けられる。

 酒を飲めないというのは、ケンタウロスにとって……いや、男にとって恥だと、そう思っているのだろう。

 とはいえ、集落を救ったレイに対して正面からそのようなことを言える筈もなく、今は黙り込む。

 現在の状況を考えれば、そんな真似はする訳にはいかないと、そう理解している為だろう。

 レイはレイで、そんな周囲の視線には気が付いていたが、特に気にするようなことはなく……寧ろ、今の集落の状況で宴を開いてもいいのか? という疑問を抱く。

 現在この集落には多くのケンタウロスが集まってきている。

 だとすれば、当然のように食料の量も限られている筈であり、それを宴で消費してもいいのか? と、そんな疑問を抱くのは当然だった。

 勿論、他の集落から逃げてきた者達が合流した時に、家畜の類を引き連れて移動してきた者もいるだろう。

 だが、ドラゴニアスの一件を考えれば、そうやって家畜と一緒に合流出来た者の方が少ないというのは、レイにも予想出来る。

 そんな状況で宴をするのなら、いっそミスティリングの中に入っている食料を出した方がいいのでは? という思いもあった。

 しかし、結局レイはそのような真似をしなかった。

 ケンタウロス達が自分を歓迎してくれるというのだから、この状況で自分が食料を出すような真似をした場合、向こうの面子を潰すことにもなりかねない。

 ただでさえ誇り高い種族だけに、ケンタウロスの面子を潰すような真似は可能な限りしたくはなかった。

 それがどうしても必要だというのなら、話は別だったが。


「よし、宴の準備を頼む! 俺はレイを長と会わせてくる」


 ザイのその言葉に、ケンタウロス族の者達が宴の準備を始める。

 食料が乏しいのは間違いないが、士気を高めるという意味でも、また様々な集落から集まってきた者達が一つになるという意味でも、宴というのは悪い話ではない。

 そう考えている者もいれば、単純に集落に漂っていた暗い雰囲気を吹き飛ばすという意味で宴を楽しもうという者もいる。

 そんな者達の様子を眺めていたレイだったが、ザイに連れられて集落の中を進む。

 長というだけあって、集落の中央に位置する一際巨大なテントに住んでいるらしい。


「凄いな」


 そのテントを見て、レイが呟く。

 レイにしてみれば、他のテントでも十分凄いと思ってはいるのだが、集落の中央に位置するテントは他のテントとは大きく違う。

 高さでは倍、広さという点では三倍……いや、もっと広いのではないかと思える程の、そんなテント。

 基本的に集落にあるテントはすぐに持ち運びが出来るようになっているという話をレイは聞いていたのだが、このテントも持ち運び出来るのか? と、そんな疑問すら抱く。


「だろう?」


 レイが驚いた様子を見て、ザイが満足そうに告げる。

 ザイにしてみれば、レイという存在には驚かされっぱなしなのだ。

 そうである以上、こうしてレイが驚く光景を目にすることが出来るというのは、非常に嬉しい。


「さぁ、中に入るぞ。……長は礼儀には厳しくないから、その辺は特に気にする必要はない」

「それだと、俺も助かるよ」


 堅苦しいのは苦手なレイだったし、何よりもここは異世界でエルジィンの常識は通じない可能性がある。

 また、ケンタウロス族の長が相手である以上、それこそ余計にレイの常識は通じない可能性が高かった。


「長、失礼します。レイを……集落を救った英雄を連れて来ました」

「中に入るがいい」


 聞こえてきたその声は、短くはあったがそれでも十分な迫力がある。

 それでもレイはその迫力に負けるようなことはなく、テントの中に入る。

 そうして真っ先に見たのは……テントの中央に位置するケンタウロス。

 いや、その相手を本当にケンタウロスと表現してもいいのかどうか、レイには分からなかった。

 まず、大きさが違う。

 それこそ普通のケンタウロスよりも大きく、ドラゴニアスと同じくらいの大きさだ。

 そして次に驚くのは、テント中で座っている長の足が、四本ではなく倍の八本あるということだった。


(スレイプニル?)


 レイの知識では、八本足の馬はスレイプニルというモンスターだ。

 場合によっては神獣という場合もある。

 ともあれ、普通の馬とは一線を画す存在なのは間違いない。

 ……尚、レイの履いている靴はスレイプニルの靴といい、そういう意味では何気にレイとの共通点とも言える。


(もしかして、この長はスレイプニルと同じように空中を走ったり出来るのか?)


 目の前にしたケンタウロス族の長を見てそんなことを考えたレイだったが、そんなレイに向かって長は笑みを浮かべながら声を掛ける。


「お主がレイか。儂がこの集落の長、ドラム・ケル・ラーディッシュ。……お主のお陰で、この集落はドラゴニアスの魔の手から逃れたと聞く。ありがとう」


 年齢でいえば、初老と呼ぶくらいのドラムが、そう言いながらレイに向かって頭を下げる。


「長!?」


 それが一体どれだけのことなのかは、レイをここまで連れてきたザイの様子を見れば明らかだろう。


「一応、俺も自己紹介はしておくか。もう知ってるみたいだけど、レイだ。この集落を救ったのは、別に正義の為とかそういうのではなく、単純にケンタウロス族に恩を売る為だ。だから、そこまで気にしなくてもいい」

「ふふっ、そこまではっきり言われると、いっそ気持ちいい。……しかし、恩を売るというのは、何故じゃ? お主程の力があれば、出来ないことの方が少ないだろうに」

「そうでもない」


 実際、レイは莫大な魔力を持ち、その戦闘力は深紅の異名を持つ程に高い。

 だが、それだけの力があっても、出来ないことは相応にあるのだ。

 少なくても、この未知の世界において自分の実力だけでアナスタシアとファナの二人を見つけるような真似は出来ない。

 だからこそ、ケンタウロスという機動力の高い者達に恩を売ったのだ。……半ば以上成り行きでそうなったというのも、間違いのない事実だったが。


「ふむ。色々と訳ありのようじゃな。こちらとしてもお主に力を貸したいとは思う。じゃが、今のこの集落の現状を知っていよう? レイの手助けをしようにも、それこそ現在は儂等が生き抜くだけで……いや、生き抜くことも出来るかどうか分からぬ」

「ドラゴニアスか」


 端的にその言葉を口にするレイに、ドラムは頷く。

 今日の戦いを思えば、その辺りの事情は考えるまでもなく明らかなのだから、ドラゴニアスという言葉を口にしても感心されるようなことはない。

 とはいえ、レイにとってドラゴニアスという存在は全く意味不明だ。

 ケンタウロスなら、それこそ日本にいた時に様々な漫画や小説、アニメ、ゲームで見たので、何となく理解出来た。

 だが、そんなケンタウロスと比べて、ドラゴニアスという存在はレイから見ても全く理解出来ない。

 上半身がリザードマンをベースにしたような化け物で、下半身が巨大なトカゲのような化け物。

 それ以外にも、鱗の色が赤のドラゴニアスは、レイの魔法にすら耐えることが出来るだけの防御力を持つ。

 そして何より大きな特徴としては、やはり飢えだろう。

 理性や知性よりも飢えが表に出ており、それによって手当たり次第に食う。

 それは敵対しているケンタウロスでも同様で、実際にレイはドラゴニアスによって肉を喰い千切られたケンタウロスを目にしている。

 レイから見ればモンスターという扱いをするのが相応しい相手だし、実際にレイもそのように認識している。

 だが、それはあくまでもレイの認識であって、この世界の常識でどうなるのかは、レイにも分からない。

 だが……だからこそ、レイはドラムに提案出来る内容があった。


「そのドラゴニアスだが……場合によっては、俺が一掃してもいい。あ、いや、違うな。赤い鱗を持っているドラゴニアスには俺の魔法が効かないみたいだから、赤い鱗を持つドラゴニアス以外は、だな」


 実際には赤い鱗を持っているドラゴニアスも、レイとセトなら倒すことが出来る。

 だが、魔法で殺せない以上、実際に自分の手で一匹ずつ殺していく必要があった。


(あ、いや。もしかしたら、炎帝の紅鎧を使えば何とかなるか?)


 奥義とも言える炎帝の紅鎧は、レイの魔力を濃縮し、凝縮するスキルだ。

 普通の魔法で倒すことは出来なくても、炎帝の紅鎧なら魔力量が直接強力な一撃となる。

 幾ら何でも、炎帝の紅鎧による攻撃までは無効化されないだろうというのが、レイの予想だ。

 とはいえ、炎帝の紅鎧を使っても基本的に一匹ずつ倒していくことになるのは変わらないので、戦いの速度そのものは上がっても、基本的な戦い方そのものは変わらないだろうが。


「それは……本当か?」


 レイの口から出た言葉があまりにも予想外だった為だろう。

 ドラムは十秒近く絶句した後で、ようやくそれだけ言葉を返す。

 ドラムもドラゴニアスの強さについては、当然のように知っている。

 それだけに、レイがあっさりと一掃すると言ったことを、素直に信じられなかったのだ。

 とはいえ、レイの実力については実際に報告を受けているし、ドラムも集落の中から灼熱の地獄が生み出された光景の片鱗を見ることくらいは出来た。

 そうである以上、この状況でレイが出来もしないことを口にするとは思えなかった。

 とはいえ……ケンタウロスとしてのプライドが、自分達の敵の殲滅をレイに……赤の他人に任せてもいいのかという思いを抱かせる。


「ああ、本当だ。ただし、こっちの要望も聞いて貰うけど」

「要望とは?」

「幾つかある。まず一つは、ドラゴニアスの死体の所有権は俺の物にすること。それと、赤い鱗以外のドラゴニアスを発見した場合は、すぐ俺に知らせること。後は、ザイに言ったけど俺は人を捜している。ケンタウロスではなく、俺と同じ二本足の女が二人。アナスタシアとファナという名前だ」

「うむ。その話については聞いている」

「あとは……そうだな。何か不思議な能力を持つ武器や道具の類があったり、それについての情報があったら教えて欲しい」


 本来ならマジックアイテムと口にしたかったのだが、ザイと話した経験から、この世界ではマジックアイテムという名称は広まっていないように思えた。

 勿論、それはあくまでもケンタウロス族がマジックアイテムを知らないだけであって、他の場所……特に人間が作っているという国に行けば、マジックアイテムの類が存在する可能性もあるが。


「……まぁ、それも問題はなかろう」


 そう告げるドラムの言葉に、レイは安堵する。

 もしここでこの条件が許容されなかった場合、ケンタウロス達との交渉について考える必要があった為だ。

 とはいえ、この世界にどれだけマジックアイテムと呼べるような存在があるのかどうかは、レイとしてもまだ殆ど分かってはいなかったのだが。


「なら、その条件で構わない。俺がドラゴニアスの大半を殲滅する。……それでいいか?」

「頼むと言いたいところじゃが、お主はドラゴニアスが具体的にどれくらいいるのか分かっておるのか?」

「正確には分からない。ただ、ザイとかの様子から考えると、さっき戦った連中は本隊どころじゃなくて、先遣隊の……それも一部ってところだろ?」


 それは、ケンタウロスにしてみれば絶望的な内容。

 実際、レイの魔法で生き残った赤い鱗を持つドラゴニアスを相手にして、この集落で戦える者のほぼ全てを出してようやく互角に近い戦いが出来たのだから。

 だが……それでも……


「だが、それがどうした?」


 レイはあっさりとそう告げるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る