第2247話

 ドラゴニアスの死体は、草原のそこら中に広がっていた。

 当然のように、それをレイだけで集めるのは大変だったのだが、それを見たケンタウロス達は自然とドラゴニアスの死体をレイのいる場所まで集め始める。


「悪いな」

「いえ」


 ドラゴニアスの死体を持ってきてくれた、まだ若い――それでもレイよりは年上に見える――ケンタウロスに感謝の言葉を口にする。

 それを聞いたケンタウロスは嬉しそうにしながらもそう答える。

 ケンタウロスにしてみれば、ドラゴニアスという凶悪な……それこそ、ここまで自分達を追い込んだ相手を圧倒する実力を見せたレイは、まさに尊敬に値すべき存在だった。

 相手がケンタウロスではなく、足が二本しかない相手であっても、その強さがあればその程度のことは気にならない。

 そんな相手に感謝の言葉を口にされたのだから、嬉しくなるなという方が無理だった。

 他のケンタウロス達が持ってくるドラゴニアスの死体も、レイは次から次にミスティリングに収納していく。

 そんな様子を、ドラットは離れた場所から見ている。

 レイという存在が気にくわないのは、最初に会った時から変わらない。

 だがそれでも、その実力を見せつけられれば、それを無視する訳にいかないのも、間違いのない事実だった。

 とはいえ、これだけの力を見せつけられた以上、レイを力でどうこうしようとは思っていない。

 もし力で対抗した場合、それこそ負けるのは自分だと理解しているからだ。

 また……ドラット自身は絶対に認めたくはなかったが、レイの強さを自分で直接確認して、その実力を認めてしまったという一面もある。

 それは、現在ドラットの周囲にいる者達も同様だ。

 とはいえ、全員がレイに対してそのように思ったかといえば、また別の話でもある。

 中にはレイの力を間近で見て、それでも理解出来ないといったような者もいる。

 多くの者にしてみれば、そのような相手が何を考えているのかというのは全く理解出来ない。

 理解出来ないが、だからといって仲間である以上、見捨てるような真似が出来ないのも間違いなかった。


「ドラットさん、あのレイとかいう奴をあのままにしておいていいんですか!?」


 だからこそ、そのような戯れ言を口にする者がいても、見捨てるような真似はしない。

 今の状況で、レイを排除しようなどと考えれば、それこそ排除されるのは自分達だ。

 それくらい何故分からないのかと、苛立ち紛れにドラットは相手を睨み付ける。

 だが、睨み付けられた相手は何故自分がそのような視線で見られるのか分からず、困惑したように口を開く。


「ド、ドラットさん?」

「馬鹿が。お前はもう少し周囲の状況をしっかりと把握するようにしろ。今の状況でレイと敵対的な態度をしてみろ。下手をすれば、俺達は集落から追い出されるぞ」

「そんな!?」


 レイが気に入らないと言っていた男は、ドラットの言葉を聞き、幾ら何でも大袈裟なと言いたくなったが……自分の周囲にいる者達がドラットに同意するように頷いているのを見れば、それ以上は何も言えなくなる。

 実際、この場にいるケンタウロスでレイと敵対したいと思う者はいないだろう。

 戦ってみたい……腕試しをしてみたいと思う者はいるかもしれないが、それはあくまでもレイの実力を尊敬しての話であって、敵対したいとは思わないだろう。

 集落にいる者達にしても、集落の外で何が起きたのかというのは分からないだろうが、それでもレイが生み出した灼熱の地獄は集落の中からでも見えた者がいる筈だ。

 また、実際に戦いに参加した者達から話を聞けば、レイに対して尊敬し、感謝することはあっても排斥しようとする者はいない……訳ではないが、本当に少数だろう。

 そのような者達にしても、レイと敵対したいとは絶対に思わない筈だ。


「それにだ。今日はドラゴニアスを殲滅出来たが、ドラゴニアスの数を考えれば、今日倒したのは本当に一部だけだ。それこそ先遣隊の中でも突出してきたような、そんな部隊といったくらいにな」

「それは……」


 ドラットの言葉に、周囲の者達も深刻そうな表情を浮かべる。

 ドラゴニアスは、個としての能力がケンタウロスよりも上だが、その数という点でもケンタウロスよりも上だ。

 いや、最初はケンタウロスの方が多かったのかもしれないが、草原を巡っての戦いによってケンタウロス側は大きく数を減らした。

 そうして生き残ったケンタウロスが集まったのが、あの集落なのだから。


(出来れば、まだ生き残っている他の集落も合流して欲しいのだが……難しいだろうな)


 ドラットは周囲にいる他のケンタウロス達を見ながら、溜息を吐く。

 この草原に存在するケンタウロスは殆どがこの集落に集まっている。

 だが、それはあくまでも殆どであって、全てという訳ではない。

 少数の集落で、ドラゴニアスについて全く知らないような者達もいれば、これまでドラゴニアスに滅ばされてきた集落の者達のように、自分達ならドラゴニアスと正面から戦っても勝てると信じているような者達もいる。

 前者はともかく、後者は幾ら説得しても実際に自分で戦わない限りはドラゴニアスの本当の強さ、怖さ、異質さを実感は出来ない。


「ドラットさん?」

「いや、何でもない。それよりこれからのことを考えると、集落の場所を移した方がいいかもしれないな」

「でも、襲ってきたドラゴニアスは全滅させましたよ? なら、ドラゴニアスにこの集落についての情報は伝わらないんじゃ?」

「どうだろうな。確かにレイの使った魔法は強力だった。だが、ドラゴニアスの能力を考えれば、もしかしたら生き残った個体もいるかもしれない」


 それは否定が出来ない事実だった。

 実際にドラゴニアスと戦ってきた経験があるからこそ、ドラットの言葉を否定することは出来なかった。


「ドラット」


 と、そんなドラットに掛けられる声。

 声のした方に視線を向けたドラットは、不機嫌そうな表情を浮かべる。

 そこにいたのが、ザイだったからだ。

 ドラットにとって、ザイはライバルと言ってもいい。

 いや、正確にはライバルなどという言葉より、もっと深く強い対抗心を抱いている。

 それでいながら、戦う時は一緒に行動することも多い。……それが余計に強い対抗心をドラットに抱かせるのだが。


「何の用だ、ザイ」

「そろそろ集落に戻るぞ。長やお婆に今回の一件を報告する必要がある」


 その言葉に、ドラットは無言で頷く。

 自分とザイ。実力という点ではほぼ互角であるにも関わらず、ザイの周囲には人が集まる。

 自分の周囲にも人は集まるが、その中には有能な者は決して多くはない。

 また、レイという強者と親しいのも、ザイだ。

 現在のこの状況は、ドラットにとっては決して許容出来るものではなかった

 ……とはいえ、もしレイと最初に会ったのがドラットだった場合、ケンタウロス族はドラゴニアスの他にレイという敵を作っていた可能性が高い。

 見ず知らずの……それも二本足の相手を前にした場合、ドラットであれば友好的に接するという選択肢を選ぶことはなかっただろう。

 とはいえ、ドラットも一流の戦士だ。

 レイの実力はしっかりと理解出来るし、そういう意味ではレイの姿を見つけた場合は、それこそ接するような真似はせずに立ち去っていた可能性も高い。


「集落に戻ったら、これからのことを話し合うつもりだ。ドラットも参加してくれ」

「分かった」


 ドラットが頷くのを見て、ザイはその場から立ち去る。

 決して友好的ではない二人だったが、それでもこの状況で頷いた以上、話し合いに参加しないということはないだろうと、そう判断したのだ。


「ふんっ」


 そんなザイの背中に気に食わなさそうな視線を向けるドラットだったが、ドラゴニアスという圧倒的なまでの脅威を前にして、本格的な仲間割れをするような余裕がないというのは分かっている。

 ましてや、今はレイという凶悪な化け物の二本足もザイに協力しているのだ。


「集落に戻るぞ。これからどうするにしろ、まずは皆に今回の一件は無事に終わったと報告する必要があるからな」


 そう告げ、ドラットは取り撒きを引き連れて集落に戻るのだった。






「ドラゴニアスは殲滅した! もう、集落は安全だ!」


 ザイが叫ぶが、その言葉を聞いても嬉しそうにする者と、半信半疑……いや、二信八疑といったような者が多い。

 この集落に集まっているのは、ドラゴニアスによって自分達の集落を壊滅させられた者達だ。

 だからこそ、ドラゴニアスの強さを知っていた。

 そんな者達だけに、ドラゴニアスを殲滅したと言われてもそう素直に信じられる訳がない。

 そのような者達の考えを、ザイも理解したのだろう。

 ザイは、少し離れた場所で様子を見ていたレイとセトに視線を向け、口を開く。


「俺の新しい友、レイ。二本足だが、その実力は本物だ。この集落にいても、灼熱の地獄は見ることが出来た者が多いのではないか?」


 その言葉に、集落にいたケンタウロス達の全員がレイとセトに視線を向ける。

 ただし、その視線には疑惑の色が濃い。


(この集落……いや、ケンタウロス族だけかもしれないけど、足の数が少ないと弱いという認識らしいしな)


 これまで散々二本足、二本足と言われてきたので、レイとしてもそのくらいの予想は出来ている。

 それだけに、今のような視線を向けられるのは仕方がないという思いがあった。

 少なくても戦闘に参加した者は自分で経験した分、レイの実力を疑うなどということはないだろうから、集落にいた者達に関しては、これから信頼を得ていけばいい、と。

 出来るだけ早くアナスタシアやファナの情報を集めたいので、そのこれからというのが出来るだけ早く来てくれると助かるのだが。


「嘘だ!」


 と、不意にそんな声が上がる。

 嘘? とレイが……そして他の者達が声のした方に視線を向けると、そこにいたのはレイにとっても見覚えのある相手。

 ドラットの取り巻きの一人が、レイを指さしながら言葉を続ける。


「そいつだ! そいつがドラゴニアスをここに呼んだんだ!」


 その言葉は、話を聞いていた者達に驚きを与える。

 何故ここにドラゴニアスがやって来たのか。

 そして都合よくそこにレイがいたのは何故か。

 実際には偶然の産物でしかないのだが、何も知らない者にしてみればレイがドラゴニアスを呼び寄せたという言葉を信じてもおかしくはない。


「おい、今のって……」

「いや、けど二本足がドラゴニアスを呼ぶとか、もしくは操るとか出来るのか?」

「ねぇ、ママ。あの人がパパを殺したの?」


 そんな声がどこからともなく上がり、瞬く間に広がっていき……


「ふざけるなぁっ!」

「ぐわっ!」


 その声と共に振るわれた拳が、レイがドラゴニアスを呼んだと、そう言った男を殴り飛ばす。

 かなり力を込めた一撃だったのか、殴られた方は吹き飛び、地面を転がる。

 そして顔を上げ……自分を殴ったのが誰なのかを知ると、何故そんな真似をといったように叫ぶ。


「ドラットさん、何で!」


 その言葉に、ドラットは何も言わない。

 ……いや、正確には何も言わないのではなく、言えないのだ。

 今ここで口を開けば、それこそ目の前にいる男を心の底から罵ることになるのは確実だ。

 だが、今のこの集落はかなり危うい。

 そんな中でそのような真似をすれば、それこそ集落そのものが立ち行かなくなる可能性すらあった。

 そう思い、自分の中にある怒りを何とか抑えようとするドラット。

 周囲にいる者達は、一体何がどうなってそうなったのかが分からない。

 仲間の一人が突然二本足の相手を非難したかと思えば、次の瞬間にはドラットに殴り飛ばされていたのだから、それも当然だろう。


「あの二本足は……レイは、確かに気にくわない奴だ。だが、この集落の為に命を張った。今回のドラゴニアスは、ほぼレイ一人の力で倒したと言ってもいい。この集落を救ったのは、レイだと言っても言いすぎではない」

「でもっ! その男は二本足の分際で偉そうに! ぐはっ!」

「誰が口を開いてもいいと言った!?」


 足の力は、腕の力の三倍から五倍程あるというのが、一般的だ。

 勿論そこには個人差があるし、種族差もある。

 走るということに特化した馬の身体を下半身に持つケンタウロスともなれば、その足の力は一体どれ程のものか。

 そして、その足の力で蹴られた際の威力がどれだけのものなのか、それこそ蹴られた者でなければ正確には分からないだろう。

 ……いや、見ている方もケンタウロスという存在が吹き飛ぶのを見れば、その威力がどれだけのものなのかの予想は出来るだろうが。


「レイがいなければ、この集落を守ることは出来なかった……とは言わない。だが、レイがいなければ、集落が無傷ということも有り得なかった。違うか!?」


 そう叫ぶドラットに、蹴り飛ばされた男は何も言えなくなるのだった。

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