第2246話
どしゃ、と。
そんな音を立てて最後のドラゴニアスが地面に倒れ込む。
上半身がないのは、レイによって切断されたからだろう。
「ふぅ。……取りあえずこれで一段落だな。何だかんだと、ここまで手こずるとは思ってなかったけど」
呟きレイはデスサイズの刃についていた血を払う。
そこで今更ではあるが、改めてレイはドラゴニアスの血も自分と同じ赤なのだと理解する。
(あれ? でも……まさか、鱗の色が赤いから血も赤いとか、そういうことはないよな?)
ドラゴニアスという異形の存在だけに、何となくそんな可能性があったとしてもおかしくはない。
何しろ、ここはエルジィンではなく異世界なのだから。
そう思うも、怪我をしたケンタウロスを見ると血は赤いので、恐らくこの世界でも血の色は赤いのだろうと、そう思い直す。
「グルゥ」
そんな鳴き声に視線を向けると、そこには予想通りセトの姿があった。
ドラゴニアスという異形の存在を倒したというのに、セトに疲れた様子はない。
また、当然のように怪我の類も存在はしなかった。
「セト、お疲れさん。よく頑張ってくれたな。お前のお陰もあってか、ケンタウロスに死者はいないみたいだ。……何人か重傷を負った奴はいるけど」
基本的に、レイもセトもドラゴニアスと戦っている中でケンタウロス側が危ない方に向かって乱入していた。
だからこそ、重傷者は出ても死人は出なかったのだ。
「グルルゥ」
レイの言葉に、セトは大丈夫、任せて! と鳴き声を上げる。
セトにしてみれば、ドラゴニアスとの戦いもそこまで苦労をするといったことはなかったのだろう。
セトの様子を見る限り、怪我をしている様子はない。
そのことにほっとしながら、レイはセトを撫でる。
そうして数分が経ち……セトがレイに撫でられるのを楽しんでいると、誰かが近付いてくる気配をレイが察する。
その気配の方に振り向くと、視線の先には複雑な……本当に複雑そうな表情を浮かべた、ザイの姿と、忌々しそうにしているドラットの姿があった。
ザイにしてみれば、レイには魔法を使って貰って大部分のドラゴニアスを倒して貰った以上、残っている赤いドラゴニアスは出来れば自分達の手で倒したかった。
だから、その戦闘に半ば無理矢理乱入してきたレイに対して、思うところがない訳でもない。
しかし、もしレイがいなければ一体どうなっていたのか。
今回の戦いでは、それこそ奇跡的にケンタウロス側で死んだ者はいない。
それはレイのおかげ以外の何物でもない。
もしレイがこの場にいなければ、ドラゴニアスの襲撃によって集落は壊滅していた可能性もある。……いや、ほぼ間違いなく壊滅していただろう。
それを考えれば、ここでレイに向かって不満を口にするような真似が出来る筈もない。
「助かった」
最終的にザイが口にしたのは、感謝の言葉だ。
ザイの側にいるドラットも、レイに対して思うところはあるのだろうが、この状況で余計なことを口にしたりはしない。
自分達を助けるために動いたレイに対し、幾ら誇りを踏みにじられたとはいえ、文句は言えないと判断したのだろう。
実際、もしここで不満を口にすれば、その誇りの為に仲間を……家族を、友人を、そして集落を全滅させる気だったのかと言われれば、それは否定出来ないのだから。
……そういう面では、ドラットよりもレイと接する時間が長かったザイは、レイに対してそこまで隔意は持っていない。
本音で今の状況が面白いか面白くないかと言われれば、当然面白くないのだが。
「そっちも無事で何よりだ。……それで一応聞きたいんだが、お前達はドラゴニアスの死体ってどうするんだ?」
「……どうする?」
レイの言葉の意味が分からないといった様子で首を傾げるザイ。
ザイは隣のドラットにも視線を向けるが、それに対して返ってきたのはやはり不思議そうな表情だけだ。
(あれ?)
レイはそんな二人の様子を疑問に思う。
倒したモンスターは食料にしたり素材にしたり、それ以外にも利用方法があれば使うのが当然というのがレイの認識だった。
……レイの中では、既にドラゴニアスはケンタウロスのような亜人ではなく、モンスターという認識になっている。
ケンタウロスの外見が人型……人間の上半身そのものであるのに対し、ドラゴニアスはリザードマンを更に凶暴化したような存在であるというのも、この場合は大きい。
また、本能だけで知性の類が存在せず会話が成り立たないというのも、この場合は大きい。
だからこそ、今の状況においてレイはドラゴニアスの死体をどうするのかと、そう聞いたのだ。
だが、ザイとドラットは戸惑い……以前レイが見た時にはお互いに険悪……いや、ドラットが一方的にザイを嫌っていたのは何だったのかと言わんばかりに、お互いに視線を交わす。
そんな中、やがてザイが口を開く。
「死体をそのままにしておけば悪い影響が出る。集めて焼くだけだが?」
「それは、お前達が倒したあの巨大なドラゴニアスの死体もか?」
他のドラゴニアスよりも一際巨大な個体。
ケンタウロスの中でも強者と呼ぶべきザイとドラットが協力し、それ以外にも多くのケンタウロスの力を借りて戦い、それでようやく勝った相手。
それこそレイの認識……エルジィンでの認識で考えれば、ドラゴニアスの上位種か希少種と思われる存在だ。
そのような存在である以上、レイとしては出来ればその死体は確保しておきたかった。
(魔石は……まぁ、あるかどうか分からないけど)
この世界は異世界である以上、レイの知ってるモンスターのように魔石があるとは限らない。
実際、トレントの森の隣に転移してきた湖に棲息するモンスターは、魔石を持っていないのだから。
その辺の事情を考えると、この世界のモンスターにも魔石があるかどうかというのは、調べて見る必要があった。
だからこそ、ドラゴニアスの死体を欲したのだが……
「そうだ。死体など何に使う? これが動物やもっとそれらしいモンスターなら、こちらとしても食料にするという使い道があるが」
外見は大きく違っても、トカゲの下半身にリザードマンの上半身がついているという形は、ケンタウロスと同様だ。
そうである以上、ケンタウロスとしてはドラゴニアスを食いたいとは全く思わなかった。
……ましてや、ドラゴニアスの肉を食った場合、下手をすればドラゴニアスのように飢えに襲われて本能だけで生きるといったことにもなりかねないのだから。
「なら、ドラゴニアスの死体は俺が貰ってもいいか?」
「それは……別に構わないと思うし、死体の処理の手間を考えれば寧ろこちらにとっても助かるが……いいのか?」
ザイの疑問の込められた視線に、レイは問題ないと頷く。
このドラゴニアスが具体的にどのような役に立つのかは分からない。
だが、異世界のモンスターというだけで、エルジィンにおいては天井知らずの価値になるだろうし、研究者気質のグリムにとっても非常に興味深い代物だろう。
そうである以上、レイとしてはドラゴニアスの死体を渡すことに異論はない。
そもそも、レイがこうしてこの世界にいられるのもグリムの協力によるものだ。
もしグリムがいなければ、この世界に空いた穴は既に閉じてしまっており、レイはこの世界に来ることは出来なかっただろう。
もしくは、この世界に取り残される羽目になっていたかもしれない。
その辺の事情を考えれば、やはりグリムに感謝の気持ちを抱くのは当然だった。
「ああ、勿論。俺の知り合いには研究熱心な奴がいてな。そいつにドラゴニアスの死体を渡せば、何か分かるかもしれない。場合によっては、ドラゴニアスを倒すのに有効な武器や道具が作られる可能性も……」
「本当か!?」
レイが最後まで何かを言うよりも前に、ザイがそう叫ぶ。
レイの言葉を聞いていたドラットもまた、レイの言葉が本当かどうかを確認するような視線を向けていた。
それだけではない。
周囲でレイとザイ、ドラットの様子を窺っていた者達はレイが何を言ってるのかは分からなかったが、それでもザイが叫んだということで何かあったのだろうとレイに視線を向けている。
普段は謹厳実直といった様子のザイが、こうして大きく叫ぶということは滅多にないのだ。
だからこそ、一体何があったのかといったことを、疑問に思ってもおかしくはない。
ましてや、ケンタウロスは強さを尊ぶ一族だ。
それだけに、レイの魔法や直接戦っている光景を目にしては、色々と思う所があってもおかしくはない。
ケンタウロスの中には、その力に尊敬……いや、崇拝の念すら抱いている者もいる。
あるいは、これが最初に使った魔法だけであれば、ここまで敬われることはなかっただろう。
ケンタウロスは魔法が使いにくい種族らしく、魔法に対しては理解が出来ないからだ。
レイが使った魔法が凄いというのは理解出来るだろうが、それが具体的にどれくらい凄いのかは分からない。
それに比べると、その後の戦い……レイがデスサイズと黄昏の槍を使ってドラゴニアスと戦った姿は、魔法を使わない戦いをする者が多数のケンタウロスだからこそ、その実力がとんでもないものだというのが分かった。
また、ケンタウロスの視線を集めたのはレイだけではなく、セトも同様だ。
自分達では一対一で勝つのが難しい相手に、あれだけ容易く勝ったのだ。
誇り高いケンタウロスだからこそ、自分の目で見た光景を否定するような真似は出来なかった。
……レイとしては、ケンタウロス達からの信頼を得る為にやったことではあったのだが、ゾゾのように深い忠誠を抱かれたりするのは、あまり面白くなかったが。
ともあれ、レイは周囲の視線を気にしないようにして口を開く。
「あくまでも、その可能性があるというだけで、絶対に出来る訳じゃない。それに……アナスタシアとファナを捜す必要もあるし」
元々レイがこの世界に来たのは、アナスタシアとファナを捜す為だ。
そうである以上、この状況を利用した方がいいだろうという思いもあった。
(というか、ケンタウロスの集落にいないってことは、もしかしたらドラゴニアスに捕まってるとかじゃないよな? その場合、下手をしたら喰い殺されてる可能性も……いや、アナスタシアなら自力でどうにかしそうだけど)
エルフだけに、精霊魔法を得意としているアナスタシア。
マリーナ程ではないにしろ、その精霊魔法の技量が確かなのはレイも自分の眼で見て知っている。
とはいえ、ドラゴニアス達の強さを考えれば完全に安心出来ないというのも、間違いのない事実なのだが。
「では、そのアナスタシアとファナだったか? その二人を見つけることが出来れば、何とかなるかもしれない、と。そう言うのだな?」
「あくまでも、かもしれないだからな。確実にドラゴニアスに有効な何かを見つけられるとは限らないぞ」
「分かっている。それでもドラゴニアスを何とかすることが出来るのなら……」
「これ以上、草原を侵食されて堪るか」
ザイの言葉にドラットが吐き捨てるように続ける。
ドラットにしてみれば、ザイの存在は気にくわないし、そんなザイがどこからともなく連れて来た……それも二本足のレイはもっと気にくわない。
だが、それでもドラゴニアスと比べれば、随分とマシなのは間違いないのだ。
ドラゴニアスは何でも食う。
それこそ、草原にいる動物やモンスター……場合によっては植物もだ。
実際、ケンタウロスの中の何人かがドラゴニアスに占領された地域に偵察に行った時、そこは草原ではなく荒野と呼ぶべき姿になっていたという報告を受けている。
……その情報すら、偵察に向かった者の大多数が喰い殺され、何とか生き残った者から得られた情報だったが。
(侵食ね)
その言葉の意味の全てを理解することはレイにも出来なかったが、ドラゴニアスの飢えに満ちた様子を見れば、予想するのは難しい話ではない。
「ともあれ、ドラゴニアスの死体は俺が貰ってもいいんだな?」
確認するように尋ねるレイに、ザイは問題ないといったように頷く。
「ドラゴニアスの死体で現状を打破出来る可能性があるのなら、全く問題はない。そもそも、こちらとしては焼いて処分するだけだしな」
「なら、早速」
レイは少し離れた場所にあった死体に手を触れ、ミスティリングに収納する。
まだ初めて見てから時間が経っている訳ではないからだろう。
レイの様子を見ていた者が、揃って驚きの声を出す。
そんな周囲の反応は、レイにとって見慣れたものだ。
それこそ、今まで限りなく何度も経験してきたことである以上、特に気にした様子もなく、淡々とドラゴニアスの死体をミスティリングに収納していくのだった。
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