第2228話
「これは……」
ゴブリンを倒しながら生誕の塔まで戻ってきたレイが見たのは、大量のゴブリンの死体だった。
「おう、レイ。戻ってきたのか? もう少し早く戻ってきてくれれば、こっちも助かったんだけど」
レイの姿を見た冒険者の一人が、笑みを浮かべてそう声を掛けてくる。
生誕の塔の護衛としてギルドに推薦された腕利きだけあって、ゴブリン程度が襲ってきても誰も大きな怪我をしている者はいない。
……何人かはかすり傷を負っており、ゴブリンを相手にして怪我をしたことを仲間の冒険者にからかわれたりもしていたが、言ってみればその程度でしかない。
「何があった? って話は聞かなくても、この状況を見れば明らかか」
「ああ。レイ達がいなくなってから少ししたら、いきなりゴブリンが襲撃してきた」
地面に転がっているゴブリンの死体は、百匹近い。
トレントの森の中に隠れているだろう死体も合わせれば、その数は更に多くなるだろう。
「アナスタシアとファナを送っていた時に何度かゴブリンに遭遇したけど……この様子だと、トレントの森のどこかに大規模なゴブリンの集落が出来てるのかもしれないな。……厄介なことに」
ゴブリンは弱いので、倒すのは問題ない。
だが、今回の場合はその数が問題だった。
幾らゴブリンが一撃で死ぬような弱さで、更にこの地にいる冒険者全員が強いとはいえ、それでも一撃は一撃だ。
その一撃を振るってゴブリンを殺す間に、他のゴブリンが襲ってこないとも限らない。
「ゴブリンの集落か。早めにどうにかした方がいいのは間違いないだろうな。……そうなると、まずはゴブリンの集落を見つけ出す必要があるが。……レイ、頼めるか?」
「そうした方がいいだろうな。ただ、木々に紛れるようにして集落を作っている場合、その集落を見つけるのは難しいぞ?」
「セトがいてもか?」
「セトがいてもだ。……勿論、普通に探すよりは見つけられる可能性はかなり高くなるが、だからといって容易に見つけられる訳じゃないし」
レイの言葉に、冒険者は悩ましげな表情を浮かべる。
セトならゴブリンの集落を容易く見つけられると、そう思っていたからだ。
だが、実際には見つからない可能性もあるとなると、それに落胆してもおかしくはない。
(セトなら見つけられると……そう思うのは分かるし、実際に見つけられる可能性も高いとは思うんだけどな。けど、本当にそうなるかは探してみないと分からない。だとすれば、やっぱり今はまだその辺を言わない方がいい)
取りあえず後でゴブリンの集落がどこにあるのか、セトに飛んで貰って探してみよう。
そう判断したレイは、冒険者に向かって話し掛けようとしたのだが……
「なぁ、おい。あれっていいのか?」
視界に入ってきた光景に、そう呟く。
何故なら、視線の先では冒険者やリザードマンがゴブリンの死体を運んでは、水狼に与えていたのだから。
現在の水狼は、出掛ける前に見たセトより少し小さい状態ではなく、かなり大きくなっていた。
昨日レイと戦った時に比べれば小さいのだが、それでも人を一呑みに出来るくらいの大きさは持っている。
そんな大きさを持つ水狼が一呑みにしているのは、人間……ではなく、ゴブリンの死体。
せっせと運ばれてくるゴブリンの死体を、次から次に呑み込んではその身体の中で溶けて消えていく。
何をしているのかは、水狼の様子を見れば分かる。
だが、それが分かっても、本当にいいの? という疑問を抱くのは……ゴブリンの肉の不味さに理由があった。
例えば、これがゴブリンの死体ではなくオークの死体であれば、皆が喜んでその死体を解体して肉にするだろう。
だが、奇跡的な不味さというべきゴブリンの肉をああやって食べているのは本当に問題ないのか? と、そう疑問に思うのは当然だった。
そんなレイの言葉に、冒険者は分かるとしみじみとした様子で頷く。
この世界で生まれ育ち、冒険者として活動している以上、当然ながらゴブリンの肉がどれだけ不味いのかというのは理解しているのは当然だった。
「俺達も最初は驚いたんだけどよ。水狼を見た限りでは、全く何の問題もないようにゴブリンを食ってるんだよ。味覚がないのかもしれないな」
「いや、味覚はある筈だ」
昨夜レイが渡したオークのブロック肉を、水狼は美味そうに食べていた。
丸呑みにして身体の中で溶かすといった食べ方をしているのは今と同じだが、それでも十分満足そうに肉を味わっていたのだ。
その辺の事情を考えると、それこそ一体何故ゴブリンの肉を食べても問題ないのかという疑問を、レイも感じない訳ではなかったが。
「あるのか? でも、ゴブリンを平気で食ってるぞ? いや、俺達にはその方が助かるけど」
ここにいる冒険者達にしてみれば、ゴブリンの素材や討伐証明部位、魔石といったものはわざわざ持って帰る必要はない程度の安物だ。
それこそ、労力的に考えればマイナスですらあるという認識の者が多いだろう。
「考えられるとすれば、味覚を感じたり感じなかったりを好きに変えられるか、もしくは水狼にとってはゴブリンの肉でも純粋に美味いのか」
ゴブリンを不味いと判断しているのは、この世界の住人の味覚だ。
……正確にはレイは異世界出身なのだが、レイの身体がゼパイル一門によって生み出された存在である以上、その味覚もこの世界特有の物になっていてもおかしくはない。
だが、水狼は異世界からやって来た存在である以上、その味覚がこの世界と同一とは限らなかった。
あくまでもそれはレイの予想だったが、実際にそれらによってゴブリンの死体を燃やしたりせずにすむというのは、非常にありがたい。
ゴブリンの死体を燃やせば、当然煙が出るし、その煙もゴブリンの肉を焼いてるだけあって悪臭と表現するのが相応しい。
それこそ、目に染みると言って嫌がる者もいるくらいだ。
処分の手間を考えると、水狼が吸収してくれるというのは非常にありがたいのは間違いなかった。
(最悪、地形操作を使って埋めるという手段もあるけど……まぁ、水狼がそのまま食べてくれるのなら、任せればいいだけか)
レイはそう判断し、ゴブリンの死体については水狼に任せることににする。
(あ、トレントの森に置いてきた死体。……いや、そこまでは気にする必要はないか。動物や他のモンスターが食ってくれることを祈ろう)
もしくは、トレントの森に生えている木の栄養となることか。
そんな風に考えつつ眺めていると、セトが水狼に近付いてくるのが見えた。
(昨日の大きな状態での時は、水狼に嫉妬した。今日の自分よりも少し小さかった時は、嫉妬しなかった。そうなると……今の大きさなら、どうなるんだ?)
そんな疑問を抱きながら、レイは水狼に近付いていくセトを眺める。
レイの隣にいた冒険者も、レイの視線を追ってセトの行動を眺めた。
一体今の状況でどうなるのかといったことを疑問に思い……
「グルゥ」
「ワウ? ……ワン」
何やらやり取りをしているように、レイには見えた。
勿論、セトは自分と全く種族の違うイエロとも、鳴き声で意思疎通が可能だ。
そう考えれば、水狼と意思疎通が出来てもおかしくはないのだろう。
そう納得するレイだったが、同時に今この状況で何を話しているんだ? というのが気になるのも事実。
「なぁ、あれ……会話出来てるのか?」
「どうなんだろうな。その辺は俺にも分からない。もしかしたら、会話出来る振りをしてるだけかもしれないし」
冒険者の言葉に、レイはそう返す。
昨夜の出来事を思い出しても、セトと水狼がしっかりと意思疎通をしていたようには思えなかった。
であれば、この短時間でセトと水狼は会話を出来るようになったということになる。
(もしかして、昨夜セトの近くにやって来て話をしていたとか? いや、けど昨日の時点ではセトは水狼をかなり警戒していた筈だ。だとすれば、それはないと思うんだが)
だが、セトと水狼が接していた時間が決して多くないのも、間違いのない事実なのだ。
であれば、レイが視線の先の様子を見て疑問に思うのは当然だった。
……セトと水狼が意思疎通出来るというのが、レイに不都合な訳ではないので、それを特に気にするようなつもりはなかったが。
「セトと水狼が意思疎通出来る云々ってのはともかくとして、ゴブリンの死体の処分を考えなくてもいいってのは大きいな。水狼の様子を見る限りだと、腹一杯になるってことはないみたいだし」
呑み込んだゴブリンの死体は、水狼の中で瞬く間に溶けて吸収されていく。
そうである以上、水狼が満腹になることはないのではないかと、レイには思えた。
ゴブリンの死体を食べすぎて、味に飽きるといったことはあるのかもしれないが。
「そうだな。ゴブリンを運ぶ手間は掛かるけど、それ以外は食べてくれるから助かる。……難点なのは、湖の水と繋がってる感じだから、そんなに遠くまではいけないってところか」
「あー……そんな感じだな」
レイが見た限り、水狼は基本的に湖の中にいる。
朝に見た時のように、湖から上がっている時もあるが、その時も水狼は湖の水と繋がっていた。
言ってみれば、水狼と湖は水の紐とでも呼ぶべきもので繋がっているのだ。
もしその水の紐が切れたらどうなるのか。
そもそも、今こうして見ている水狼が本体なのか、それとも水狼の形を作って動かしているだけなのかすら、レイには分からない。
(いや、そんなことを考えてもどうにもならないか。水狼がどういう存在なのかは、それこそこの先いずれ分かるだろうし。幸い、水狼は何故かこっちに対して友好的だし)
不思議な程に、水狼はレイ達に対して友好的に接している。
一体何故そこまで? と思ってしまうくらいに。
レイとしてはそれに助けられている以上、文句はないのだが。
「ともあれ、ゴブリンの集落については見つけられるかどうかは分からないが、とにかく早く見つけた方がいいのは間違いないか。……セト!」
「グルゥ?」
水狼と話していたセトは、レイの呼ぶ声にどうしたの? と喉を鳴らしながら近付いてくる。
そんなセトの頭を撫でながら、レイは口を開く。
「ゴブリンがいるとかなり厄介だから、取りあえずトレントの森の上空を飛んでみて、集落がないかどうかを探そうと思う。手伝ってくれるか?」
「グルルルゥ!」
当然! とレイの言葉に喉を鳴らすセト。
レイが言ってるのだからというのもあるが、それ以上にセトもトレントの森を移動している時にゴブリンに襲われるのが非常に面倒臭いというのがある。
普通のモンスターならセトとの力の差、存在の格を理解すればそのまま逃げ出すことが多いのに、ゴブリンに限っては基本的にそのようなことはなく、襲い掛かってくる。
それでいながら、戦って勝ち目がないと分かればすぐに逃げるのだ。
本当に面倒この上ない相手だけに、ゴブリンの集落がトレントの森にあるのなら真っ先に潰したいと、そうセトが考えてもおかしな話ではない。
「よし。なら、俺はちょっと出て来る。……水狼は、ゴブリンの片付けを頑張ってくれよ」
「ワウ!」
レイの言葉に嬉しそうな鳴き声を上げる水狼。
その様子を見る限りでは、やはりゴブリンの死体を美味いとそう思っているのだろう。
(もしかして、水狼のいた世界の者にとってはゴブリンは美味いと感じるのか?)
文字通りの意味で異世界の存在である以上、味覚に大きな違いがあってもおかしくはない。
……もっとも、なら何でこの世界でも美味いと言われているオークの肉も美味いと感じたのかは、レイにも疑問だったが。
「その辺は後で考えればいいか。……セト、行くぞ」
セトの背に乗ったレイが声を掛けると、セトは助走をして翼を羽ばたかせながらその場から上空へと駆け上がっていく。
そうしていつもの高さまで上昇すると、トレントの森に異変がないか……正確にはゴブリンの集落がないかを確認していく。
トレントの森はかなりの広さを持つが、それでもセトであれば上空を飛ぶのは特に苦労はない。
また、集落を作るとなると当然のように生えている木々は邪魔となる。
知能が高ければ、木々を上空からのカモフラージュとして使ったりもするのだろうが、ゴブリンであれば上位種のような例外でもない限り、そのようなことを行ったりはしない。
そう思っていたのだが……
「うん。まぁ……そうだよな」
上空に飛び立ってから、そう時間も経っていないのに、それを見つけたのはある意味で当然だったのだろう。
トレントの森の一部、それこそレイ達がいる場所や樵達が木を伐採している場所からかなり離れた場所で、木が疎らに生えているゴブリンの集落を発見したのだった。
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