第2229話

「さて、ゴブリンの集落を見つけた以上、そのままって訳にはいかないし、するつもりもない」

「グルゥ」


 レイの言葉に、セトは同意するように鳴き声を上げる。

 だが、問題なのはどうやってその集落を殲滅するのかということだった。

 スラム街で裏の組織のアジトを燃やした時のように、魔法で焼くか?

 一瞬そんな思いがレイの中に生まれたが、すぐにそれを却下する。

 あの時は、曲がりなりにも建物として独立していた存在だったので、魔法を使って焼くことも出来た。

 だが、眼下に存在するゴブリンの集落では、そのような真似も出来ない。

 最大の理由が、集落を作る際に完全に木々を伐採している訳ではなく、ある程度の木は生えたままとなっているのが大きい。

 トレントの森の木が建築資材としても優れている……というのもあるが、それだけならそれこそ数本の木が燃えるだけなのだから、問題はないだろう。

 この場合に問題なのは、スラム街の時と同じ魔法を使った場合、下手に木々が生えているだけに延焼の可能性があるということだった。

 特定の範囲の外は燃えないのが『火精乱舞』という魔法の特徴だったが、周囲に生えている木の一部……もしくは半分だけが魔法の効果範囲にあり、それ以外は効果範囲外だった場合どうなるのかというのは、実際に魔法を使っているレイにも断言は出来ない。

 出来ないが、魔法を使っている本人としては恐らく延焼するのでは? という予感が強くあった。


(そうなると、やっぱり普通に集落を攻撃した方がいいか。幸い、冒険者やリザードマンは結構な数がいるし)


 とはいえ、冒険者は生誕の塔の護衛としている以上、あまり多くの冒険者を連れてくることは出来ない。

 水狼は友好的な存在だったが、それ以外の湖のモンスターも友好的だとは限らないのだから。

 実際に今まで何度も湖のモンスターに襲われている以上、護衛を放っておくといったような真似は出来ない。


(となると、冒険者じゃなくてリザードマンが主戦力になるな。……まぁ、十分だけど)


 幸いにして、この世界に転移してきたリザードマン達は、その多くが戦士だ。

 そうである以上、ゴブリンの集落を殲滅するという点では全く問題ない筈だった。


「セト、一旦戻るぞ」

「グルゥ?」


 このまま殲滅しないの? と、不思議そうに喉を鳴らすセト。

 そんなセトの首の後ろを撫でながら、レイは口を開く。


「俺達だけであの集落に攻撃すれば、間違いなくあの集落にいるゴブリン達は四散して逃げ出す。集落ごと燃やすのも不可能である以上、やっぱりある程度の人数は必要なんだよ」


 出来れば俺達だけでゴブリンの集落を燃やしたかったんだけどな。

 そう告げるレイの言葉に、セトは残念そうにしながらも頷く。

 セトにしてみれば、ここでゴブリンを纏めて倒すことが出来ないのは非常に残念だ。

 だが、レイの言う通りゴブリンが四散して逃げ出すといったことになれば、それこそ洒落にならないだろう。

 なら、ここは一旦野営地に戻って戦力を整え、その後またこの集落に戻ってくればいいだけの話だ。

 そう理解したセトは、じゃあ戻る? と自分の背中に乗っているレイに向かって喉を鳴らし、尋ねる。

 レイとしても、そんなセトの意見に否はないので、その言葉には素直に頷く。


「ああ、戻るとしよう。最大の偵察目標だったゴブリンの集落はこうして見つけたんだ。なら、ここで無理をする必要はない」


 そんなレイの言葉に、セトは喉を鳴らしてその場から飛び去るのだった。






「早いな。もう見つけたのか」


 レイの報告を聞いた騎士は、驚きの表情を浮かべる。

 冒険者達から、レイとセトがゴブリンの集落を探す為に行動をしているという報告は受けていた。

 だが、その報告を受けてから一時間も経たないうちに、ゴブリンの集落を見つけて戻ってきたと言われるのは、騎士にとっても驚きでしかなかったのだろう。


「ゴブリンだからな。トレントの森の木が邪魔だったのか、かなり伐採していた。太い木は諦めたみたいだったけど」

「……なるほど。それで、ゴブリンの数は?」

「上空から見ただけだから、はっきりとした数は分からない。けど……多分数百匹……場合によっては千匹に届いてる可能性もある」

「それ程か」


 騎士の言葉に嫌そうな色が混ざる。

 当然だろう。ゴブリンというのは、基本的には邪魔なだけだ。

 素材も特に高くはないし、魔石も小さく、討伐証明部位の換金額も安い。

 そうである以上、出来れば関わりたくないというのが正直なところだった。

 だが、十匹二十匹といった数ならともかく、その数が数百匹、もしくは千匹にも届くとなれば話は変わってくる。

 このまま何もしなければ、ゴブリンの数は増すばかりとなるだろう。

 そうなると、当然のように野営地にも被害が及ぶ。

 ……そもそもの話、少し前にもゴブリンによってこの野営地は襲撃を受けたのだから、既に被害は出ているのだ。

 その辺の事情を考えれば、ここで手を出さないという選択肢は存在しない。

 可能な限り速やかにゴブリンの集落を殲滅する必要があるのだが……また、問題もある。


「その集落を殲滅するのはいいが、一体どうやる? レイの魔法か?」


 騎士にしてみれば、広範囲殲滅魔法を得意としているレイがいるのだから、それこそ魔法でその集落を纏めて焼き払ってしまえばいいのでは? と、そう考えたのだろう。

 だが、そんな騎士の言葉にレイは首を横に振る。


「下手な魔法を使えば延焼する可能性もあるし、特定の範囲だけを燃やすという魔法もあるにはあるけど……トレントの森にある木々のせいか、多分むりだと思う。この辺は明確に理由がある訳じゃなくて、あくまで感覚的なものだからはっきりとはしないけど」

「……なるほど。そうなると、地道に攻撃するしかない訳か。ここの防衛のことを考えると、少し難しいな」

「俺もそう思う。けど、冒険者だけじゃなくて、リザードマンを使えばどうだ? リザードマンは何だかんだと結構な数がいるし、それを考えればゴブリンの対処をするのは難しくないんじゃないか?」

「なるほど。それはいいかもしれないな。俺が頼むのは無理でも、レイが頼むならリザードマンも喜んで手を貸してくれる筈だ」


 騎士のその言葉は、決して間違ってはいない。

 元々リザードマンは強者を尊敬する思いが強いというのもあるのだが、ゾゾが従っており、ガガを倒したレイは、種族こそ違えどかなり尊敬されている。

 その上で、レイはガガに勝ったのは一度だけではない。

 他のリザードマン達が見てる中でということでは、昨日の武器を持たない素手での模擬戦もある。

 ……普通に模擬戦でということであれば、マリーナの家にいた時にかなり勝利数が多いのだが、それは他のリザードマン達が知らないことだ。

 そのような理由から、レイがゾゾを通してガガやリザードマンに頼めば、ゴブリンの集落の殲滅を手伝ってくれるのはほぼ確実だった。


「ああ、それでどうする? 許可を貰えるのなら、ゾゾを通して他の連中にも声を掛けるけど」

「……そうだな。今日のように何度もゴブリンに襲撃されるというのは、面白くない。その辺の事情を考えれば、今のうちに潰した方がいいだろう。分かった、頼む」


 この場の責任者たる騎士からの許可を貰い、レイは早速ゾゾのいる場所に向かおうとするが……


「レイ、ゴブリンの死体は持って帰ってきてくれ。そのままにしておけば不味いことになるだろうし。幸い……ここにはゴブリンの死体を喜んで食べてくれる相手がいるんだから、献上品として利用しよう」

「ゴブリンの死体って……全部か?」


 レイの表情には、嫌そうな……それも心の底から嫌そうな表情が浮かぶ。

 十匹程度ならともかく、数百……もしかしたら千匹にも達するかもしれないだけの数がいるのだから、それを全部持ってくるというのはレイの労力的に非常に面倒だった。


「ワン!」


 と、不意に水狼が鳴き声を上げる。

 ワンという鳴き声から、もうレイの中では水狼ではなく水犬でもいいのではないか? と、そう思わないでもない。

 それでもすぐに考えを否定し、改めて水狼の方を見る。


「それで、どうしたんだ? もしかして……ゴブリンの集落の討伐に、お前も来るのか?」

「ワン!」


 何気なく、それこそ半ば冗談のつもりで言ったレイだったのだが、水狼は即座に返事をする。

 水狼は人の言葉を理解出来る。

 つまり、レイの言葉に返事をしたということは、間違いなく自分も行くと、そう言ってるのは間違いなかった。


「えっと……本気か? いやまぁ、戦力的には助かるんだけど」


 今の水狼も体長三mのセトよりも少し小さいくらいである以上、相応に強いだろう。

 だが、レイの知っている水狼は、今よりも遙かに巨大な姿だ。

 実際に戦った時間はそう長くはなかったが、それでもセトと……それもレイを背中に乗せたセトとある程度互角に戦えるだけの実力を持っているのはレイも知っている。

 そんな水狼がゴブリンの集落の殲滅を手伝ってくれるのはありがたい。ありがたいのだが……


「ゴブリンの集落があるのは、ここから結構……いや、かなり遠いぞ? お前はそこまで湖から離れることが出来るのか?」


 現在も水狼は湖から出ているが、水狼と湖の間には水のロープのような物が存在する。

 問題なのは、その水のロープがどこまで延びるのか。そして何より、何らかの原因で水のロープが切れた場合、湖と切り離された水狼はどうなるのか。

 その辺りはレイにも分からない。

 水狼の能力を考えれば、問題はないだろうというのは予想出来るが、それも絶対ではない。

 場合によっては、水のロープが切れた瞬間に水狼が死ぬという可能性だって否定は出来ないのだ。

 水狼は友好的な存在である以上、死んで欲しくないというのが、レイの正直な気持ちだった。

 湖に棲息しているモンスターで、レイ達に友好的な存在は光って飛ぶクラゲといった存在もいるので、唯一無二という訳ではない。

 ないのだが……それでも、あのクラゲは友好的ではあっても意思疎通が出来ないという点がレイにとっては致命的だった。

 だからこそ、レイは水狼の要望に対し、首を横に振る。


「いや、それは止めておいた方がいいんじゃないか? もしお前に何かあったら困るだろ?」

「ワウウ」


 そんなレイの言葉に不満そうに鳴き声を上げる水狼。

 もしかして、ゴブリンが美味い――あくまでも水狼の味覚ではだが――からこそ、ここで自分がゴブリンを食べたいと思っているのか。

 水狼の様子からそのような想像をしてしまうレイだったが、取りあえずこうして様子を見る限りでは、何となくその予想は当たっているように思えた。


「どうする?」

「俺に聞かれても困るぞ。水狼が交渉相手として選んだのは、あくまでもレイだろ」


 騎士に尋ねたレイだったが、返ってきたのは素っ気ない言葉。

 とはいえ、その言葉は決して間違ってはいない。

 水狼は冒険者やリザードマンと友好的に接しているが、あくまでも交渉すべき相手はレイだけだと、そう認識している。

 であれば、それこそ今この場で騎士が何を言っても、水狼はそれを聞き流すだけだろう。


「うーん。……セト、どう思う?」

「グルゥ? ……グルゥ、グルルルゥ!」


 いつの間に仲よくなったのかは分からなかったが、セトはレイの問いに大丈夫! と喉を鳴らす。

 えー……と、そうレイの口からは声が漏れる。

 ここで何を言っても、恐らくセトは水狼を庇うのを止めないだろう。

 昨夜の一件は一体なんだったんだ?

 そう思いながらも、取りあえずレイはこれ以上は何を言っても無駄だと考える。

 ここで水狼に、一緒に来るのは駄目だと告げても、別に水狼がそれを守る必要はないのだ。

 それこそ、レイ達が向かった場所に自分も向かえばいいのだから。


「分かった」


 結局根負けしたのは、レイだった。

 これで水狼が全く戦力にならないのなら、レイも絶対に連れていかないという選択が出来ただろう。

 だが、水狼が強い以上どうしようもない。


(水のロープについては……丈夫であることを祈ろう。もしくは、この水狼は人形のような存在であることを期待した方がいいか)


 半ば無理矢理自分に言い聞かせるように考え、レイは頭を切り替えてゾゾの姿を探す。

 ゾゾの姿はすぐに見つかった。

 少し離れた場所で、ガガと模擬戦を行っていたのだから。

 ゾゾも、ここにいるリザードマンの中では最高峰の強さを持つ。

 だが、ガガはそんなゾゾが本気になっても、それで互角に戦えるような相手ではなかった。

 模擬戦用に用意された、刃のついてない木刀を振るわれ、ゾゾはあっさりと吹き飛ばされる。

 それでも、ゾゾはすぐに立ち上がって、再度ガガに向かって立ち向かう。

 レイは模擬戦が一段落するまでは、声を掛けるのを待つのだった。

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