第2224話
「飛斬っ!」
空を飛ぶセトを噛み砕こうとして跳躍した巨大な水狼の一撃。
高度百m近い場所まで跳躍したことには驚いたものの、セトはその攻撃を回避し……空中を跳んでいる水狼をレイが放っておく筈もなく、デスサイズで斬撃を飛ばす。
真っ直ぐに飛ぶその斬撃は、当然のように水狼の頭部を斬り裂いていく。
ただし、水狼が生み出した小さな水狼を飛斬で攻撃した時は、左右真っ二つに切断するだけの威力があったが……巨大な水狼は生み出された水狼とは大きく違う。
放たれた一撃は水狼を斬り裂きはしたものの、その一撃は切断したのではなく、傷を付けるに留まった。
そして……当然のように、傷を付けられた水狼は全く効いている様子はなく、水面に着地するまでにその傷は周囲の水で埋められてしまう。
「ちっ、厄介な!」
やはり湖そのものを蒸発させる……とまではいかなくても、巨大な水狼そのものを蒸発させるような攻撃をする必要はあるのか?
そんな風に思い、だが、場所が悪いというのがレイにとって大きな……非常に大きな制約だった。
もし大規模な炎の魔法を使っても、水狼がそのままじっとしているとは思えない。
それこそ、跳躍してみせた今のように魔法を回避する可能性は高い。
何よりも厄介なのは、巨大であっても狼の持つ俊敏性を捨ててはいないということだろう。
その上で水面の上を自由に動き回ることが出来るということもあり、下手に大規模な魔法を使うと水狼ではなく湖そのものに大きなダメージを与えることになる。
最悪……それこそ水狼を倒せずにギルムに向かうような場合は、湖そのものを消滅させるつもりで攻撃してもいいだろう。
だが、ギルムにとっての湖の価値を考えれば、レイとしても出来ればそのような真似は避けたい。
……もっとも、それはギルムの為というのもあるが、それ以上に湖の魚を始めとして、レイがギルムで豊かな食生活を送ることが出来るかもしれないというのが最大の理由なのだが。
ギルムに大きな被害を与えないのであれば、レイとしては可能な限り湖に被害を与えることなく、水狼だけを倒したかった。
(そうなると……水狼に直接炎の魔法を叩き込むしかないか)
そう決意すると、レイはセトの背の上でデスサイズを手に呪文を唱え始める。
『炎よ、汝は炎で作られし存在なり。集え、その炎と共に。大いなる炎の翼を持ちて羽ばたけ!』
その呪文と共に、デスサイズの刃の部分に集まる炎。
そして……炎は次第に鳥へと姿を変える。
『空を征く不死鳥!』
三m程の鳥の形となった炎は、レイの思った通り水狼目掛けて飛んでいく。
当然のように水狼は炎の鳥の姿に気が付く。
あるいは、今が夜でなければそこまで目立たなかったかもしれないが、色々と明かりはあっても、今は夜だ。
そんな中で炎の鳥などという存在がいれば、当然のように目立つ。
水面を走ってレイとセトを追っていた小さな水狼が、炎の鳥に向かって襲い掛かる。
水面を蹴って跳躍し、空を飛ぶ炎の鳥に向かって体当たりをしたのだ。
炎と水。
普通であれば、炎が消えて終わりだろう。
だが、それはあくまでも普通の場合だ。
水狼を構成している水と、レイの魔法によって生み出された炎。
その二つがぶつかった時……水狼は、一瞬にして蒸発し、爆発する。
地球にいた頃のアニメや漫画の知識から、水蒸気爆発? とレイは思ったが、レイが知っている水蒸気爆発というのは巨大で……それこそ爆弾か何かではないかと思える程の爆発だった。
だが、こうして見た限りでは、レイの視線の先で起きた爆発はそこまで大きな爆発ではない。
レイの知っている水蒸気爆発の知識が間違っていたのか、それとも単純に水蒸気爆発ではない、別の理由による爆発だったのか。
その辺りの理由はレイにも分からなかったが、ともあれこうして見ている限りでは大きな爆発ではないというのは、間違いなかった。
しかし、次の瞬間にはそんな爆発の中から炎の鳥が飛び出してくる。
その姿には、水狼との接触で起きた爆発の影響はどこにもない。
水狼の攻撃は全く効果がなかったというのが、レイの感想だった。
「行け」
そんなレイの意思に従い、炎の鳥は真っ直ぐ巨大な水狼に向かって突っ込んでいく。
そうはさせじと、小さな水狼が次から次に炎の鳥に向かって襲い掛かるが、レイによって操作された炎の鳥は敵の水狼の突撃を回避していく。
それに対して、巨大な水狼はこのままでは危険だと判断したのか、水で出来た前足を大きく振るう。
その一撃は、見ているだけではそこまで迫力があるようには思えない。
だが、それでも純粋な威力という時点では、水狼の身体を構成している水の質量がそのまま攻撃力に転化される。
命中すれば、炎の鳥であっても大きなダメージを受ける可能性があったが……レイは、寧ろそんな相手の攻撃を歓迎するように炎の鳥を動かし、巨大な水狼に向かって体当たりする。
そして……次の瞬間、先程の小さな水狼で受けたのとは全く違うような、巨大な爆発が生み出された。
その衝撃は激しく。空を飛んでいたセトもバランスを崩し、翼を羽ばたかせながら何とか空中で体勢を整える。
……当然のように、その爆発は湖の側で小さな狼と戦っている冒険者やリザードマン達にも伝わっていた。
リザードマンの方ではいきなりの爆発に混乱や動揺した者もいたが、冒険者や騎士にしてみれば、巨大な水狼にレイが向かった時点で何が起きても特に驚くようなことはない。
それどころか、中にはやっとかといった表情を浮かべている者すらいた。
残念だったのは、小さな水狼の方でも特に動揺した様子がなかったということだろう。
巨大な水狼に生み出された存在である以上、自我の類がないのか、それともあったとしても薄いのか。
その辺りの理由はどうあれ、巨大な爆発で水狼が動揺するようなことはなかった。
「ちっ、大元の水狼がダメージを受けたってのに、全く動揺した様子がねえ。お前達には、親を心配する心はないのか!?」
そんな叫びと共に振るわれたメイスが、水狼の頭部を爆散させる。
だが、仲間の水狼が殺されても他の水狼は全く動揺した様子もなく、冒険者やリザードマン達に向かって襲い掛かる。
「うおおおおおっ! 負けるな! ここを抜かれれば、後ろには生誕の塔があるんだぞ! 子供達をこのようなモンスターの餌食にするなぁっ!」
騎士が周囲で戦っている者達に向かい、そう叫ぶ。
一緒の場所で生活していれば当然のことだが、冒険者や騎士にとってもリザードマンの子供達は守るべき存在として認識されている。
リザードマンの子供達が人懐っこく、冒険者達を恐れていないというのも、その理由の一つだろう。
最初はリザードマンの子供? と嫌そうにしていた者もいたのだが、それも本当に最初のうちだけだ。
無邪気に湖で遊んでいたり、トレントの森の中で遊んでいるリザードマンの子供達を見れば、それで守るべき相手と思うなという方が無理だった。
騎士のその言葉に、冒険者達は奮起する。
そうして奮起している冒険者達の姿を見れば、リザードマン達もその理由はともあれ、負けてはいられないと判断し、こちらもまた奮起するのは当然だった。
水狼の数に押されつつはあったが、それでも湖の側での戦いは、互角に近くなるのだった。
「ダメージはどうだ?」
岸でそのような戦いが行われているとは知らないレイは、水狼と炎の鳥の接触でどっちにダメージが大きかったのかといったことを疑問に思う。
小さな水狼に触れた時とは、全く規模の違う爆発。
そんな爆発の煙が夜の湖に流れる風によって流されていく。
そうして残ったのは……
「ちっ、駄目か」
巨大な水狼の前足が一本……いや、前足どころか、肩の辺りまで消滅しているのを見て、レイが忌々しげに呟く。
水狼の核のようなものがあれば、もしかしたら今の爆発で消滅させることが出来ていたかもしれない。
そんな思いがレイの中にもない訳ではなかったが、残念ながらそれは希望的な観測でしかなかったのだろう。
「グルゥ?」
レイを背中に乗せているセトが、どうするの? と喉を鳴らす。
そうしながらも、セトの視線は巨大な水狼から外されていない。
先程セトが飛んでいる場所まで水狼が襲い掛かって来たのを覚えているからだろう。
前足を一本どころか、肩の辺りまで消滅してしまった今では、自分のいる場所まで跳躍出来るとは思えない。
だがそれでも、もしかしたら……本当にもしかしたらの話だが、水狼のことだからすぐにでも上空にいる自分達に向かって襲ってくるという可能性は、やはり否定出来ない。
それだけ、水狼が高度百mもの高さまでやって来たのは、セトにとっても驚きだったのだ。
「そうだな。出来れば友好的な関係でも築きたいところだけど、まず無理だろうし」
「グルゥ」
レイの言葉にセトも当然といった様子で同意する。
水狼は姿を現した最初から様子を見ることなく攻撃してきた。
そうなると、向こうが友好を求めてやって来たとは思えない。
(そう、俺がガガとの戦いで……おい、ちょっと待て)
ふと、嫌な予感を覚える。
レイとガガの戦い。
それもお互いに得意な武器を持っていないとはいえ、かなり本気での戦い。
当然のように殺気や闘気といったものが二人からは放射されている。
それもレイもガガもその辺の実力者とは比べものにならないくらいの実力を持つ。
だからこそ、そんな二人から放たれる殺気や闘気といったものは大きく、濃いものになる筈だった。
これが昼……もしくは夕方であれば、そこまで問題はなかったかもしれないが、今は夜で、モンスターが活発に活動する時間帯だ。
そのような場所でレイとガガ程の者達が戦えばどうなるか。
それは、考えるまでもなく明らかだろう。
「……セト、水狼の近くまで降りてくれ」
「グルゥ!?」
レイの言葉に、セトは驚きの声を漏らす。
当然だろう。水狼はその巨体や高度百mの場所まで跳躍出来る能力、そして子供か分身かは分からないが、それを無数に生み出し、更には高い再生能力まで持っているのだ。
転移してきた湖に棲息しているモンスターである以上、この世界のモンスターのランクで強さを計る訳にはいかないが、それでもB……いや、Aに届くランクの持ち主ではないかと、そう思える相手だ。
そんな強力なモンスターが、うかうかと近付いてきたレイとセトを見逃すとは思えない。
セトも高ランクモンスターだからこそ、そう思えるのだ。
だが……そんなセトの考えを理解しているのかいないのか、レイは再度口に出す。
「セト、頼む」
「グルゥ……グルルゥ!」
そう言われても……考え直して。
そう主張するセトだったが、レイはそんなセトに三度頼む。
「一度だけでいいんだ。それで駄目なら、俺も本気でどうにかする方法を考える」
レイのことが大好きなセトは、レイの頼みは大抵無条件で聞く。
だが、明らかに高ランクモンスターであると思われる存在に近づいて欲しいというのは、素直に頷く訳にはいかなかった。
「グルゥ……」
「な? 頼む」
「……グルゥ」
三度目の正直ならぬ、四度目の正直。
レイにそこまで頼まれては、セトもその頼みを聞かない訳にはいかず、渋々と了承の鳴き声を上げる。
勿論、近付いた瞬間に水狼が攻撃をしてきた場合は、即座に反撃をするつもりで、翼を羽ばたかせながら、ゆっくりと高度を下げていく。
当然の話だが、水面に立っている水狼はレイの魔法で受けたダメージは既に完全に回復……いや、再生しており、降下してくるセトをじっと見ている。
湖の近くで戦っている他の者達を気にした様子がないのは、そちらよりもレイとセトの方が強敵だと理解しているからだろう。
とはいえ、水狼もセトをじっと見ているが、攻撃する様子は見せない。
もしこれで、セトが急降下でもしてくれば、水狼もそんなセトに対処するように本気で攻撃をしただろう。
だが、セトは翼を羽ばたかせながら、ゆっくり、ゆっくりと、少しずつ水狼との距離を詰めてくる。
それこそ、水狼がその気になれば、すぐにでもセトを攻撃出来るような動きで。
水狼の高い身体能力は、先程少し戦っただけでセトも分かっていた筈だ。
それを知った上でこうして来るのだから、そこには何か意味があるのではと、そう水狼が考えるのも当然だろう。
そんなセトの背に座っていたレイは、デスサイズと黄昏の槍をミスティリングに収納してから、目の前の水狼に向かって話し掛ける。
「俺の言葉が分かるか? ……分からなくても、俺に戦意がないのは分かると思うが」
目の前でミスティリングに武器を収納したことで、自分に戦意はないというのは分かって貰える筈だった。
ランクAモンスターと同等の能力を持っているのであれば、知能が高い個体も多いのだから。
そんなレイの言葉に、水狼は特に反応せず、じっとその姿を眺めていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます