第2223話
巨大な……そう、巨大としか言えないような大きさの狼のモンスター。
それが一体どのような存在なのか、遠く離れている場所からでもある程度は理解出来た。
問題なのは、大きさだけではない。
いや、勿論大きいというのはそれだけで強いということを意味しているのだから、警戒すべき存在ではある。
だが、それでもレイやセトにしてみれば、自分達よりも大きな敵と戦うというのは珍しいことではない。
そんな状況でセトが警戒の鳴き声を発したということは、あの巨大な狼のモンスターはただ大きなだけではなく、セトですら警戒すべき理由があるということになる。
(確かに感じる迫力は強い。けど、セトがここまで警戒すべき存在か?)
敵の様子を警戒しながらも、レイは疑問に思う。
そして、丁度その瞬間……まるでレイの考えを読んだかのように、狼の雄叫びが夜空に響き渡る。
「ワオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!」
相手を威嚇するかのような、そんな雄叫び……ではないというのは、次の瞬間にはっきりとした。
「お、おい。あれ……何かあの狼から生まれてないか?」
近くにいた冒険者の一人が驚きの声と共に、そして信じたくないといった思いと共に呟く。
実際、その冒険者の意見は他の者達……それこそリザードマン達やこの場の責任者とされている騎士にとっても同様だっただろう。
他の者達よりも視力のいいレイは、より正確に現状を把握出来ていた。
湖の水面に立つ巨大な狼。
その狼の身体からは、小さな――あくまでも最初の狼と比べてだが――狼が何匹も生み出されているのだ。
一体何が起きてるのかというのは、レイにもよく分からない。
分からないが、それでも厄介な相手がいるのだということくらいは理解出来る。
そして、恐らく時間が経てば経つ程に、敵の数は増えていくのだということも。
「厄介な。……来るぞ!」
巨大な狼から生まれた小さな狼……それでもセトの半分くらいの大きさはあるその狼達は、親と同じく水面を歩けるという能力を持っているらしく、湖の水面を走ってレイ達の方に向かってくる。 この場にいる者達は、全員が相応の実力を持った者達だ。
それだけに、レイの声に反応し……あるいはレイの声がするよりも前に、しっかりと迎撃態勢を整えていた。
「飛斬っ!」
最初に攻撃をしたのは、レイ。
デスサイズを振るい、飛ぶ斬撃を放つ。
その斬撃は、真っ直ぐに近付いてくる狼に向かい……次の瞬間、狼を左右真っ二つに切断する。
(弱い?)
飛斬も覚えた当初に比べればレベル五になって威力は高くなっているのだが、それでもまさか一撃で相手を殺せるというのは、レイによっても予想外だった。
だが……飛斬で破壊された狼がバシャリという音を立てて湖の水と化したのを見て、理解し……強い危機感を覚える。
「気をつけろ! あの巨大な狼から生まれた奴は水の性質を持つみたいだ!」
「はぁ? 水って……うわ、俺にとっては相性最悪じゃねえか」
槍を持った冒険者が、嫌そうに……それこそ、心底嫌そうに告げる。
もっとも、レイもその気持ちは分かる。
槍の主な攻撃方法は突きだ。
薙ぎ払いもあるが、それでもやはりメインは突きなのだ。
だが、身体が水で出来た狼となると、突きではあまり効果があるとは思えなかった。
斬撃であれば、先程の飛斬のように水で構成された狼を切断して殺すことが可能であったりもするのだが。
「打撃系の武器を持ってる者が主戦力となれ!」
騎士の指示に従い、棍棒やメイスといった武器を持っている者が前に出る。
棍棒やメイスといった武器は、主力の武器としては使わなくても予備の武器として持っている者も多かった。
もしくは、トレントの森の近くにあるということで折れた枝を武器にしている者もおり……そうして多くの者が武器を変えたところで、水の狼……水狼が水面を蹴ってレイ達のいる場所に到着する。
『ワオオオオン!』
水狼が吠えながら、一斉に敵に向かって……レイ達に、向かって襲い掛かる。
それを迎え撃つレイ達。
数の差で言えば、水狼の方が圧倒的に多い。
何しろ、水狼を生み出している巨大な水狼は、未だに延々と水狼を生み出し続けているのだから。
(いい加減にして欲しいんだけどな。せめてもの救いは、この水狼が弱いことか)
襲い掛かってくる水狼に苛立ちを覚えつつ、レイはデスサイズと黄昏の槍を振るう。
黄昏の槍は当然のように槍である以上、武器としては水狼に対して決して有効ではない。
だが、そこは黄昏の槍。
レイの魔力を流された黄昏の槍は、槍であるにも関わらず水狼に対して致命的な一撃を与え続けている。
また、黄昏の槍で突くのではなく、横薙ぎに振るうといった攻撃をしているので、水狼は纏めて倒されることも珍しくはない。
次々に倒される水狼。
これはレイや他の面々が腕利きであるというのもあるが、それ以外にも単純に水狼が決して強いモンスターではないというのもある。
(にしても、今日は厄日か!?)
今日に限って、何故これだけ連続して大きなトラブルが発生するのかと、レイは半ば苛立ちを込めてデスサイズで数匹の水狼を纏めて斬り裂く。
日中はギルムのスラム街で裏の組織を幾つも潰し、生誕の塔に戻ってくればガガと素手の模擬戦を行い、そしてこの巨大な水狼の騒動だ。
(ケルピーは分かるけど、水狼ってのは……何より、湖から出て来たモンスターだってのが痛い)
湖に棲息しているモンスターは、素材の類はあるが魔石がないというのはほぼ間違いない。
つまり、折角モンスターを倒しても、モンスターの中で一番高価な魔石は入手出来ないのだ。
ましてや、レイとセトの場合は魔石を使って新たなスキルを習得する魔獣術を持つ。
そうである以上、今のままでは水狼はレイにとっていい相手とはとても言えない。
何よりも、巨大な水狼はともかくそれから生まれた小さな水狼は倒しても水に変わるだけで素材の一つすら落とさない。
「レイ、このままだとどうにもならない! 大元を叩いてくれ!」
長剣を振るって水狼の一匹を切断しながら、騎士が叫ぶ。
現状で湖の奥にいる巨大な水狼に対して有効な攻撃手段を持っているのは、レイだけ……正確にはレイとセトだけだと、そう理解したからだろう。
その言葉にレイは頷く。
「セト!」
「グルルルゥ!」
前足の一撃で数匹の水狼を吹き飛ばしながら、セトがレイの声に鳴き声を上げる。
戦いながらも、当然のようにセトの耳は騎士とレイの会話を聞き取っていた。
そうなれば、当然のように自分に声が掛かるというのも理解していたので、すぐに反応出来たのだ。
途中にいる水狼を体当たりで水飛沫に変えながら、レイの近くまでやってくる。
レイは走ってきたセトの速度を落とさず、そのまま跳び乗る。
レイとセトがお互いに信じ合ってるからこそ、出来ることだろう。
「あの巨大な水狼だ。あれを倒すぞ」
「グルルルルゥ!」
レイの言葉に、セトは喉を鳴らして翼を羽ばたかせ、空中を駆け上がっていく。
そんなセトに危険を感じたのか、何匹かの水狼が襲い掛かろうとするが……その前に、近くにいた冒険者やリザードマン達によって倒され、水飛沫へと姿を変える。
「頼む、レイ! さっさとあの化け物を倒してくれ!」
水狼の一匹をメイスで叩き殺した……いや、壊した冒険者が叫び、レイはそれにデスサイズを振るって返事代わりにする。
そんなレイを乗せ、セトは翼を羽ばたかせながら巨大な水狼に向かう。
湖そのものは、ギルムと同じくらいの大きさがあるが、幸いにしてレイ達に向かって攻撃を仕掛けてきた水狼はそこまで遠くにはいない。
体高十mに及ばない程度の大きさである以上、普通に考えればもの凄く大きいのだが、それでも遠くにいる場合はどうしても小さく見えてしまう。
岸の側でレイが見た感じでは、比較対象がないのでそこまで正確な位置は分からないが、それでもそこまで遠い訳ではない筈だった。
そうして、セトで空を飛ぶと瞬く間に水狼との間合いが縮まっていく。
(やっぱり水狼だよな)
近づくことでしっかりと敵の姿を確認出来るようになり、レイは納得する。
大きさこそ段違いだったが、その姿形は岸で冒険者やリザードマン達が戦っている水狼とほぼ同じ姿をしているのだ。
もっと近付いてしっかりと確認すれば、小さな水狼と違う場所も見つけることは出来るかもしれないが、今のレイにそのような余裕はない。
(というか、もしかして湖の水をそのまま自分の身体の一部として使ってるとなると、厄介だな)
水狼からは、今も延々と小さな水狼が生み出され続けている。
生み出された水狼の数を考えると、幾ら巨大な水狼であっても身体を構成してる以上の水はもう消費していなければおかしい。
だというのに、巨大な水狼は巨大なままで全く大きさが変わっていない。
(こっちも追ってくるか。……当然だよな)
視線を湖に向けたレイは、巨大な水狼に生み出された無数の水狼のうち、半分近くが湖の水面を移動しながらセトを追ってきているのに気が付く。
水面を歩けるだけで空を飛べないので、今のセトに攻撃するような真似は出来ない。
だが、それはあくまでも今だからこそであって、巨大な水狼がもしかしたら空を飛ぶ水狼を……いや、空を飛ぶ水の鳥といった存在を作り出す可能性も皆無ではない。
本体が狼の姿である以上、鳥を生み出すような能力はないと思うが、それも絶対ではない。
その辺の事情を考えれば、やはりここは少しでも早く水狼の本体を倒すべきなのだが……
(問題なのはどうやって倒すか、だな)
取りあえず攻撃をしてみようと判断し、レイは黄昏の槍に魔力を込めて投擲する。
セトの背中に乗ったままの投擲なので、地上にいる時のような威力はない。
だが、それでもレイの魔力を込められた黄昏の槍は、空気を貫くかのような速度で真っ直ぐに水狼に向かって飛んでいく。
黄昏の槍が自分に向かって飛んでくるのを、巨大な水狼は何もせずにそのままの状態で受け……次の瞬間、水狼の頭部が破壊される。
「やったか!?」
水狼の頭部が破壊されたことで思わずそう叫んだレイだったが、次の瞬間には消滅した水狼の頭部が水によって復元される。
「……うげ」
黄昏の槍を手元に戻しながらそんな言葉を漏らすレイを背中に乗せたセトは、取りあえず顔が吹き飛んでもすぐに再生した水狼を危険だと判断したのだろう。
一際強く翼を羽ばたかせて、水狼が攻撃してきても届かないだろう高度まで上昇する。
だが、水狼は水で頭部を再生するだけで、レイとセトに攻撃をしてくる様子はない。
これが、再生に専念して攻撃するだけの余裕がなかったからなのか、それとも単純に今の状況では攻撃をするまでもないと判断したからなのか。
その辺はレイにも分からなかったが、それでも分かることが一つだけある。
水狼は倒すのが非常に厄介な相手だということだ。
(問題なのは、どれだけの再生能力があるか、だよな。……まさか、湖の水全部が水狼の再生に使われるなんてことはないと思いたいけど)
広大な湖の水の全てを回復に使えるのだとしたら、それこそ水狼を倒す手段として考えられるのは、レイの魔法で湖そのものを蒸発させてしまうことくらいだろう。
出来るか出来ないかでと言われれば、レイは恐らく出来ると答える。
だが、この湖は異世界の湖がそのまま転移してきたという、極めて稀な……いっそ、奇跡的とすら言ってもいいような湖だ。
実際にこの湖からは、この世界では見たこともない生物が次々に見つかっているし、モンスターも魔石を持たないという、このエルジィンから考えれば全く信じられないような特徴を持っている。
それ以外にも、しっかりと調べないと分からないがこの世界には存在しない何らかの資源が眠っている可能性もある。
様々な事情から考えて、やはりここで湖そのものを燃やすといった手段は使えない。
(そうなると……核とかあったりするのか?)
魔石は存在しないが、あの水狼は頭部を破壊されてもあっさりと再生した。
それでも、何らかの核となるべき部分がある……という可能性は否定出来ない。
「……いや、そうでもないか? 本当に核があるのなら、水狼をそのまま蒸発させてしまえば……」
とはいえ、水狼がどのような存在なのか分からない以上、下手に刺激するような真似は出来ない。
「グルゥ!」
レイが考えていると、不意にセトが鋭い鳴き声を上げ、翼を羽ばたかせてその場から退避する。
次の瞬間、セトのいた場所を、水狼の牙が貫く。
高度百m程の場所を飛んでいるというのに、水狼は助走もなしで跳躍し、その高さまで到達したのだ。
「厄介な。……つくづく、今日は厄日だな!」
先程も思ったことを、レイは再び口にするのだった。
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