第2222話

 ガガと向かい合ったレイは、小さく息を吐く。

 分かってはいたことだったが、ガガは素手でも十分な強さを持っている。

 ガガが普段使っているのは、身長三mのガガが持っても巨大と表現出来る大剣だ。

 そのような大剣を軽々と振り回せるだけに、ガガの持つ腕力は非常に強い。

 素手での戦いともなれば、当然のようにその腕力を使った一撃が繰り出される。

 ましてや、先程のガガは肘を放ったのだ。


(何度かガガと模擬戦はしてるけど、あそこまで鋭い肘はあったか?)


 空気を斬り裂くかのような鋭い音を立てての、肘の一撃。

 その一撃は、当たれば間違いなく大きなダメージを受けるだろう。

 勿論、これは模擬戦だ。

 もし当たったとしても、それに対して追撃をしてくるなどといった真似はしないだろうし、そのくらいはレイもガガを信頼している。

 だが……それでも、肘の一撃というのは強力極まりないものなのは間違いなかった。


「やるな」


 恐らく、レイと戦う時の為に修行を積んでいたのだろう。

 そういう意味を込めて呟くレイだったが、ガガはレイの言葉は理解出来ない。

 出来ないが……それでも、今まで何度も模擬戦を行ってきたライバルだけに、何となくレイが何を言ってるのかというのはガガにも理解出来た。

 レイの賞賛の言葉に獰猛な笑みを浮かべて返し……ガガは、再び地面を蹴る。

 その巨体からは信じられない程の速度でレイとの間合いを詰めたガガは、拳を振るう。

 ……レイの間合いの外から攻撃出来るガガだったが、それでも敢えてレイの間合いの内側に入って攻撃をしたのは、肘による攻撃があると知られた為だろう。

 一度見せた以上、当然のようにレイはそれを警戒する。

 そうである以上、隠しておく必要はもうない。

 それどころか、肘打ちがあると見せつけ、それによってレイを警戒させた方がいいと、そう判断したのだろう。

 実際、それは間違ってはいない。

 先程の肘打ちの一撃を見たレイは、ガガの攻撃を警戒せざるをえず、先手を打つのではなく様子見に徹する。

 肘打ちの一撃を回避したのはいいが、それは半ば反射的なもの。

 出来れば、実際に目の前でその一撃を見ておきたいと、そう思っての行動だった。

 だが、ガガにとっても肘打ちを持っているというのは知られたが、それが一撃必殺の威力を持つ一撃である以上、そうやすやすと使う訳にはいかない。

 見せれば見せる程に、レイは鋭く自分の一撃に反応してくるのだから。

 そうならない為に、放つ時はレイにダメージを与える時であるのが望ましい。

 それはあくまでも理想ではある。

 だが、同時にガガは自分ならそのような真似が出来ると、そう理解もしていた。


「●●●●●●●●!」


 大きく吠えながら、レイの前で跳び上がりつつ背中を見せるガガ。

 レイの間近でそのような真似をするのは、一見すれば自殺行為でしかない。

 だが、ガガはその巨体で出来るとは思えないような素早い動きで回転し、蹴りを放つ。

 空中後ろ回し蹴り。

 だが、そのような大技はレイも回避するのは難しくはなく、呆気なく回避し、そのまま反撃しようとして……


「っ!?」


 そのまま空中で更に回転しながら振るわれた尻尾を見て、反撃ではなく回避する。

 真っ直ぐ自分に向かって放たれたガガの尻尾は、極めて素早く……しなやかな一撃だった。

 ガガの尻尾だけに、当然のように他のリザードマンと比べても、その尻尾は立派だ。

 そんな立派な尻尾が……それこそ下手な棍棒よりも太い尻尾が、鞭のように振るわれたのだ。

 棍棒が鞭として振るわれる。

 そんな行動に少しだけ驚くレイだったが、それでも実際に目の前でやられれば、それに対処しない訳にもいかない。

 素早く身を屈め、二回転以上は出来ないだろうと判断し、カウンターの一撃を放つ。

 だが……ここでもまた、ガガはレイの予想を覆す。

 空中で二回転以上出来なかったのは間違いないが、そうして身体を回転させた動きを利用して放たれた、裏拳。

 岩すら砕くのではないかと思われるような剛拳が、レイに目掛けて放たれたのだ。

 しかし、この攻防で何度もレイを驚かしたガガだったが、次の瞬間に驚くのはガガとなる。

 ガガの拳による裏拳を、レイはあっさりと受け止めたのだ。

 お互いの身体の大きさから、片手でという訳にはいかなかったが、それでも両手で拳を掴み……なんと、そのまま強引にガガを投げ飛ばす。

 柔道のように、柔よく剛を制するといったように技術で投げたのではなく、純粋に腕力だけでガガを投げ飛ばしたのだ。

 剛よく剛を制すといったところか。


「●●っ!」


 背中を強引に地面に叩きつけられたガガは、その衝撃に痛みの声を上げる。

 それでもグラン・ドラゴニア帝国の中でも最高クラスの強さの持ち主である以上、このままやられる訳にはいかないと、そう判断したのだろう。

 背中の痛みを我慢しながら、半ば無理矢理起き上がる。

 起き上がるが……気が付けば、ガガの前にはレイの姿があり、次の瞬間には腕を取られて地面に押さえつけられる。


「これで終わりだ」


 呟くレイの言葉は、ガガにも理解出来なかっただろう。

 それでも何を言ってるのかは分かったのか、やがて自分の負けを認めるように力を抜く。


「結構強かったぞ」


 そう言い、レイはガガの腕を放す。

 ガガも自分が負けを認めた以上、ここで不意打ちをするような真似はしない。

 ガガの近くには、多くのリザードマンが近付いていく。

 そんなガガとは裏腹に、レイの側には冒険者達が近づいてくる。


「てっきりもっとお遊び的な戦いになるかと思ってたんだが、まさかここまで本格的な戦いになるとは思わなかったな」

「そうか? ……まぁ、普通に考えればそうかもしれないな。ただ、俺としては有意義な戦いだったと思うけど」


 実際、模擬戦として考えた場合、ガガとの戦いは決して悪いものではなかった。

 そういう意味で、今回のガガからの要望はレイにとっても有益だったのだ。

 ……レイとしては、出来れば裏の組織を幾つも潰した今日ではなく、明日以降にして欲しかったという思いがあったが。

 だが、ガガがそこまで無理を言って模擬戦を挑んで来た以上、今日でなければ駄目だった理由があるのは、間違いない。


(もしかして、今日は俺が疲れてるから模擬戦を挑んできたとか、そういうことはないよな? ……ガガの性格を考えれば、ないか)


 ガガは戦いを好むが、相手が疲れている時や弱っている時に戦いを挑むといったような真似はしない。

 それは正々堂々と戦うことを好んでいるから……という訳ではなく、純粋にそれでは相手が全力を出せないから、自分もつまらないという思いからだろう。

 ともあれ、冒険者達と話していると、やがてゾゾが近付いてくる。


『お疲れ様でした、レイ様』

「いや、構わない。それで、ガガは何で急に模擬戦をやるなんて言ったんだ? 自分の力を試したかったって訳じゃないだろ?」


 そういう意味での模擬戦であれば、それこそ朝に訓練をしている時に行ってもいい。

 今回の一件を思えば、そういうのとはまた別の理由で模擬戦を挑んで来たのは、間違いなかった。


『そうだと思います。ですが、兄上もその辺の事情は私にも教えてくれず……申し訳ありません』

「そうか。ゾゾにも何も……分かった。なら、そのうちガガが何か言ってくるだろうから、それを待ってるよ」

『ありがとうございます』


 レイの言葉にゾゾは深々と一礼すると、ガガに向かって歩き出す。

 ガガが何を思って今回の模擬戦を挑んだのかは分からない。

 だが、取りあえずレイとしてはそこまで気にしないことにして、冒険者達と話す。


「それで、賭けでもしてたのか?」

「してねーよ。大体、賭けをしたって誰が勝つのか分かってるんだから、皆がレイに賭けるだろ」


 リザードマン達に聞かれていれば、騒動になってもおかしくないな。

 そんな風に思いながら、レイはガガの側に集まっているリザードマン達を見る。

 リザードマン達にとって、ガガというのは自分達の象徴とも言うべき存在だ。

 転移してきたリザードマンが軍人だからこそ、グラン・ドラゴニア帝国の中でも圧倒的な強さを持つガガに対する尊敬の念は強い。

 これが、軍人以外のリザードマンでも同じように思うのかどうかは、レイにも分からなかったが。

 そんなレイの視線を見て、冒険者も何を言いたいのか理解したのだろう。

 頭を掻きながら言葉を続ける。


「言っておくが、もし他の奴とガガが戦って賭けをやるとすれば、きちんと賭けは成立するんだからな。それも、恐らくはガガの方が本命って形で。レイが相手だからこそ、ガガとの戦いでも賭けにならないって言っただけだ」

「ならいいんだけどな。……けど、リザードマンの中にも最近は言葉を覚えている奴がいるんだから、注意した方がいいぞ。下手に聞かれたりしたら、向こうを怒らせるだろうし」


 そんなレイの言葉に男は頷く。

 男が口にしたように、ガガの強さは当然のようにここで護衛を任されている者なら知っている。

 模擬戦を行う時に混ぜて貰うこともあるのだから、それこそ自分で実力を理解しているのだ。

 それでもレイと戦えば賭けにならないというのは、それだけレイの強さが知られている証だろう。

 レイが冒険者になってから行ってきた様々なことを考えれば、それはある意味で当然だったかもしれないが。


「ともあれ、だ。模擬戦は終了したし……」


 そろそろ眠りたいと言おうとしたレイだったが、不意に少し離れた場所でセトが鋭く鳴く声が聞こえてきた。


「グルルルルルルルルゥ!」


 それは、周囲に警戒を促す声。

 セトに詳しくなくても、その辺りの事情は理解出来たのだろう。

 数秒前までは遊び半分といった様子だった冒険者やリザードマン、それにこの場の指揮を任されている騎士も、一瞬にして戦いの場に立つ者としての顔になる。


「何があった?」


 素早く周囲を見ると、レイによって倒されたガガも素早く構え、何があってもいいように準備を整えていた。

 難点としては、素手での模擬戦ということで、愛用の大剣を持っていないことか。

 素手という点ではレイも同様だったのだが、レイの場合はミスティリングがあるので、その辺の心配はいらない。

 ミスティリングからデスサイズと黄昏の槍を取り出し、ついでに以前盗賊から奪った長剣をガガに向かって放り投げる。


「それを使え」


 言葉の意味は分からなくても、状況からレイが何を言ってるのか理解したのだろう。

 ガガは地面に落ちた長剣を拾い上げ、構える。

 ……だが、巨体のガガが持つと、普段の大剣を持っている姿を見慣れているだけに、どうしても長剣が頼りなく思える。

 盗賊から奪った長剣である以上、品質という点でも欠けたり錆がないだけ上出来なのかもしれないが。

 それでも慣れない素手で戦うよりは、得意な武器で戦った方が戦力として期待出来るのは間違いなかった。


「ワオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!」


 と、周囲に響き渡る大きな声。

 その特徴的な鳴き声を聞けば、それが一体どのような存在なのかを想像するのは難しくない。


(狼系のモンスターか。……厄介だな)


 月明かりや燃えているスライムや焚き火があろうとも、今は夜なのに変わりはない。

 そして狼というのは、夜に遭遇するモンスターの中でも厄介な部類に入るモンスターだ。


(不幸中の幸いなのは、一匹だけってことだけど。問題なのは……)


 狼型のモンスターは、基本的に群れを作って行動していることが多く、連携して獲物に襲い掛かる。

 当然のように、一匹と戦うのではなく複数の敵……それも連携している敵と戦うのは、厄介だ。

 そういう意味では、レイが考えたように不幸中の幸いだというのは間違いないのだろう。

 だが……問題なのは、雄叫びの聞こえてきた方向が湖だったことだ。

 これがトレントの森の中から聞こえてきたのであれば、セトが反応したということで厄介だと思いつつも、まだ納得しただろう。

 だというのに、雄叫びが聞こえてきたのは湖の方。

 それは、明らかにおかしなことだった。

 先程警告の声を上げたセトも、いつの間にかレイの側まで移動してきて湖に顔を向け、警戒に喉を鳴らしている。

 そのようなセトの行動からも、敵が湖にいるのは明らかだった。

 そして……その存在は姿を現す。

 いや、まだ近くにいないにも関わらず、その姿を確認出来たと言うべきか。


「嘘……だろ……何だよ、あれ……」


 レイの側で槍を手にしていた冒険者の男が、呆然とした様子で呟く。

 しかし、そのように声を出すことが出来ただけで、十分だと言ってもいいだろう。

 何しろ……レイ達の視線の先にいるのは、体高七mから八mはあろうかという、巨大なモンスターだったのだから。

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