第2211話

 自分に向かって真っ直ぐ突っ込んでくるダーブ。

 そんなダーブに向かい、レイは黄昏の槍で突きを放つ。

 もしダーブが攻撃を回避しないのであれば、その風船のように膨らんだ身体は黄昏の槍によって貫通していただろう。

 だが、それはあくまでも回避しなければの話だ。

 ダーブは手にしたレイピアを使い、黄昏の槍の一撃を受け流す。

 ……レイピアのような刺突に特化した武器で黄昏の槍を受け流すといった真似は当然ながら非常に難易度が高く、それだけでダーブがどれだけの技量を持っているのかということの証だった。

 だが……レイにしてみれば、これまでの戦いでダーブが高い技量を持っているというのは、当然のように知っている。

 そうである以上、黄昏の槍の一撃が受け流されるというのは、最初から予想したことでもあった。

 だからこそ、黄昏の槍の一撃が受け流されても、レイは特に動揺した様子もなく追撃としてデスサイズを振るう。


「多連斬!」


 それも、先程ダーブの身体に傷を負わせ、黒い液体を噴き出させたのと同じスキルを使用して。


「ぬぅっ!」


 だが、ダーブも一度攻撃を食らっているだけに、多連斬がどのようなスキルなのかというのは当然知っている。

 自分に向かって振るわれたデスサイズを見るや否や、瞬時にその場から退避する。

 しかし、遅い。

 デスサイズの斬撃が一つだけなら、あるいは回避も出来たかもしれないが、レイが使った多連斬は通常の斬撃の他に三つの斬撃を放つという攻撃だ。

 デスサイズの刃そのものは回避することが出来ても、新たに生まれた三つの斬撃全てを回避することは出来なかった。


「ぐぅっ!」


 呻き声を上げながら、レイから離れるダーブ。

 その際に、また黒い液体が少しだけ床にこぼれ落ち……


「え?」


 ダーブに向かって追撃を行おうとしていたレイが、一声漏らしてその場で足を止める。

 本来ならこれで仕留める。

 そう思っていたレイの足を止めたのは、違和感だった。

 ……正確には、ギルムに入ってからの違和感、そして道化師のアジトであるこの建物に入ってからより大きくなっていた違和感が、不意に幾らか弱まったのだ。

 違和感に悩まされてきたレイにとって、その違和感が弱まる、もしくは薄まるというのは完全に予想外であり……同時に、希望でもある。

 そして何が原因で違和感が弱まったのかと言われれば、思い当たることは一つしかない。


「なるほど。その黒い液体が俺の違和感に何か関係していた訳か。……この建物に入ってから違和感が強くなった理由は分からないけど」

「……」


 レイの指摘に、ダーブは何も言わない。

 言わないが、それでも実際に黒い液体がダーブの胴体から零れたことにより、レイの違和感が少なくなったのは間違いのない事実だ。

 そうである以上、ダーブの言葉を聞くような真似はする必要もない。


(もっとも、ダーブのあの胴体がどうなってるのかってのは、かなり気になるけどな。……デスサイズの手応えから、てっきりあの胴体は筋肉だとばかり思ってたんだけど)


 ともあれ、事態が判明した以上はレイのやることは変わらない。

 それこそ、レイが自分を狙っている組織を襲うことにしたのは、ギルムに来てからの違和感が最大の理由だった。

 そして目の前には、自分とセトにその違和感を与えていた元凶とも言うべき相手がいるのだ。

 そのような状況で、やるべきことは一つしかない。


「さて、このまま逃がすようなことはしない。……しっかりとここで倒させて貰うから……な!」


 その言葉と共に、レイはダーブに向かって襲い掛かる。

 向こうが何をしても、それに対処出来るように準備をしながら。

 そんなレイの気迫は、当然ながらダーブにも理解出来たのだろう。

 メイクをしていても分かる、苛立たしげな表情を浮かべながらレイに向かって手にしたレイピアを突き出す。

 だが……純粋な実力という点では、レイとダーブでは既にはっきりとしている。

 ダーブもそれは分かっていたのだろうが、それでも自分に向かってくるレイをどうにかする為には、迎撃をするしかなかった。

 顔面を貫こうとして、真っ直ぐに迫ってきたレイピア。

 それにレイは驚きの表情を浮かべる。

 何故なら、レイピアを持つダーブの手がゴムのように伸びていた為だ。

 そうして手を伸ばした為に、レイの持つ黄昏の槍の間合いの外にいるにも関わらず、レイピアの刃はレイに届く。

 とはいえ、レイピアの一撃が届いたからといって、それだけでレイにダメージを与えられる訳ではない。

 レイは自分に向かって伸びてきたレイピアの先端を、顔を傾けることで回避すると、突きの形で放った黄昏の槍の柄を離す。

 当然、そうなればレイの持つ黄昏の槍は本来以上の間合いで攻撃出来る。

 とはいえ、突きの動きの中で柄を離すのだから、その一撃の間合いは伸びても、威力そのものは普通に放つよりも劣る。

 劣るが……それでも、ダーブの顔に傷を付けるくらいに、刃は鋭さを持つ。


「ぬぅっ! ……よくも!」


 ダーブの口から出る怒りの声。

 本性が現れた……いや、レイに攻撃をされてばかりで、余裕を持つことが不可能になってしまったのだろう。

 だが、レイはそんなダーブの顔を……いや、顔から流れている黒い液体を見て、再度の疑問を抱く。


(どうなってる? 顔に傷を付けても血じゃなくて、あの黒い液体が流れるのか? 一体、何がどうなって、そうなってるんだ? ……いや、寧ろこれは俺にとっては悪いことじゃない筈だ。あの黒い液体がダーブから流れれば流れるだけ、俺にとっても有利になるんだから)


 ギルムに来てからの違和感は、それこそ非常に厄介な代物だった。

 だが、その違和感を解除……もしくは排除する方法があるのなら、レイにはそれに手を出さないという選択肢はない。

 胴体だけではなく、顔を傷つけても……そして恐らくは身体中どこを傷つけても黒い液体が流れて、その分だけ違和感が減るのであれば、レイとしては寧ろ願ったり叶ったりだ。

 とにかく、どこでもいいから攻撃を命中させればそれでいいのだから。


「お前がどんな存在なのかは分からないが、とにかくお前の身体から黒い液体が流れれば流れただけ、こっちに有利になるらしいな。なら、お前には出来るだけ早く死んで貰う!」


 レイの攻撃を嫌がり、距離を取ろうとするダーブに向けて、デスサイズが振るわれる。


「飛斬!」


 放たれる飛ぶ斬撃。

 その斬撃がダーブの腹を斬り裂き、周囲に黒い液体を零す。

 ダーブは半ば反射的に、その液体の流れている場所に手を伸ばすが、それはつまりレイにとって隙を晒すということを意味していた。


「パワースラッシュ!」


 グギョ、と。

 妙な……それこそ生身の肉体を叩いたとは思えない程の音が周囲に響き、ダーブは勢いよく吹き飛んでいき、壁にぶつかる。

 斬撃の鋭さよりも、一撃の威力を増したスキル。

 下手に使えば、それこそレイの手や手首、腕といった場所に衝撃によるダメージを受けてもおかしくはない、そんな一撃。

 幸いにして、レイはその衝撃を無事に受け流すことに成功しており、本人にとってのダメージはなかった。 

 そんな一撃を食らったダーブは、壁に叩きつけられた衝撃で腹につけられた傷から再度黒い液体を零し、それがまたレイの中にある違和感を消す。


「どうした? 身体を庇いながら戦える相手だと思われていたのは、少し不満だな!」


 本当にそう思っている訳ではなく、それはあくまでも挑発する為の一言。

 だが、意外なことにそんなレイの挑発はダーブに一定の効果を与える。

 ダーブにしてみれば、現在は自分が圧倒的に不利だと理解しているが故に、そう反応せざるをえなかった、というのもあるのだろう。

 もしこれでダーブがまだある程度の余裕があるのなら、もう少しレイの行動に対して冷静に対処は出来たのだろうが。


(身体から流れている黒い液体が、ダーブの焦りの理由だろうな。……そうなると、やっぱりあの黒い液体を少しでも多く流させる必要がある訳だ。……血じゃないよな?)


 レイから見ても、あの液体はとてもではないが血とは思えなかった。

 また、何よりも血の臭いたる鉄錆臭がないのも、血ではないとレイが判断した理由だ。

 その液体が流れたことにあれだけ慌てたのだから、それが弱点……とまではいかなくても、その液体を零すのはダーブにとって最悪に近い出来事なのは間違いない。


「今日はまだ他の組織も潰しておきたいところだから、道化師の壊滅にあまり時間を掛けてもいられない。……そろそろ、終わらせて貰うぞ」


 自分の勝利を確信したかのようなレイの言葉。

 それがまた、ダーブの気に触ったのだろう。

 レイピアを手に、化粧の上からでも分かる程にレイを殺気の籠もった視線で睨み付ける。

 だが、恐らくダーブの奥の手だったのだろう、手を伸ばして黄昏の槍の間合いの外からでも突きを放てるという行動を、レイは既に見ていた。

 そもそも、手を伸ばすというのは初見では相手の意表を突くという意味でかなりの効果を発揮するだろうが、そういう攻撃方法があると知っていれば、対処するのは難しい話ではない。


(にしても、胴体には黒液体。手はゴムか何かのように伸びる。……河童じゃあるまいし)


 レイが日本にいる時、学校に向かう途中の通学路にかなり大きな沼があった。

 その沼には昔から河童が住んでいると言われている沼で、河童というのは腕が身体の中で繋がっており、片方の腕が伸びるともう片方の腕が短くなると、そんな風に伝わっていたことを思い出し……


「っと!」


 そんなレイの隙を突くように、ダーブは伸ばした腕で間合いの外からレイピアで突く。


「どうしました? そろそろ終わらせると言った割には、随分と油断しているようですが」

「こういうのは、油断じゃなくて余裕って言うんだよ」


 取りあえず現状を繕ってそう言い……ダーブとの間合いを詰める。

 そんなレイに対し、ダーブは近づけさせまいとしているが、その動きは鈍い。


(これも黒い液体が零れたからか?)


 疑問を抱きつつも、レイの踏み込みは鋭く、一気にダーブをデスサイズの間合いに入れる。


「ペインバースト!」


 レイが使ったのは、デスサイズで斬りつけた際に傷みが増すというスキルだ。

 現在のレベルは三で、その痛みは普通に斬った時の八倍にもなる。

 何故そのようなスキルを使ったのか。

 それは、レイから見てダーブがとても生身であるとは思えなかった為だ。

 実際に見た限りでは、その外見は生身に思える。……もっとも、ピエロのような化粧をしているので、顔をしっかりと確認は出来ないのだが。

 ともあれ、風船のような腹を斬ればそこから黒い液体が漏れたり、生身だとは思えない程に腕が伸びたり。

 おまけに黒い液体はレイの違和感に関わっているとなれば、それで生身だと判断しろという方が無理だった。

 だからこそ、与える痛みを増幅するペインバースト。

 スキルを発動したのは、ダーブも当然気が付いていたのだろう。

 レイの振るうデスサイズの刃を何とか回避しようとし……だが、レイもダーブを逃がさない。 胴体を真っ二つにするようなことは出来なかったが、大きく斬り裂くことには成功する。

 今までよりも一層派手に傷口から吹き出る黒い液体。


「ぬぅっ!」


 だが、ダーブは唸りながらも、その傷口を押さえるだけだ。

 ……そうやって押さえているだけで、自然と黒い液体の流出が止まるのと、何よりもペインバーストを使って放った斬撃だというのに全く痛みを感じていないところから、レイは納得する。

 やはりダーブの現在の姿は、生身ではないのだと。


(パワードスーツの類なのか、それとも遠距離から何らかの手段で操ってるのか。その辺は分からないけど……出来ればパワードスーツのように、直接着てるタイプだと助かるんだけどな)


 遠距離から操っているタイプだと、それこそ場合によっては目の前にいるダーブを倒しても、また同じダーブが姿を現す可能性がある。

 それをどうにかする為には、それこそ操っている相手を直接倒す必要があった。

 だが、パワードスーツのようにダーブの外見を着込んでいるのであれば、それこそ前にいるダーブを倒してしまえばいい。


(結局、倒して見ないとその辺は分からない、か。……なら……)


 覚悟を決めたレイは、床を踏み締めて前に出る。


「マジックシールド!」


 光の盾が生み出されるが、それはダーブも見ている。

 その光の盾が自分の攻撃を防ぐというのは分かっているし、同時に一度だけしか効果がないというのも分かっている。

 だからこそ、素早く二度の突きを放つが……

 きんっ、という金属音と共に、二度目の突きが黄昏の槍で弾かれ、次の瞬間振るわれたデスサイズによって胴体を上下二つに切断し、同時にダーブの頭部には黄昏の槍が突き刺さるのだった。 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る