第2210話
ダーブが近付いてくるのを、レイもただ黙って見ていた訳ではない。
デスサイズと黄昏の槍を構え、迎撃出来るように準備を整える。
ダーブの手には、街中で戦った時と違って短剣ではなく杖があった。
当然のように、その杖はただの杖ではなく、武器として使える杖なのだろう。
そんなレイの予想を裏付けるかのように、ダーブは杖の先端をレイに向け、鋭く突き出す。
そして杖の先端からは、いつの間にか鋭い針が生えていた。
仕込み杖。
普通、仕込み杖と言われて思い出すのは、刀が杖の中に収められているといったような武器だったが、ダーブの持つ仕込み杖は杖の先端から鋭い針が伸びるというものなのだろう。
(当然、杖もただの木って訳じゃないんだろうけどな!)
杖の先端から伸びている針でレイの顔面を貫かんとして放たれる一撃。
その一撃は、素早く、威力があり、それこそ道化師という組織に所属する者の中でもトップクラスの腕利きなのは間違いなかった。
「ふぉふぉふぉ」
そしてダーブの口から出る、相変わらず耳障りな笑い声。
その笑い声も、相手の集中力を削ぐという意味では十分に効果を発揮していた。
「厄介な真似を!」
鋭く叫びながら、レイは黄昏の槍で仕込み杖を弾き、デスサイズでカウンターの一撃を放つ。
二槍流のレイだからこそ、出来る芸当。
だが、本来ならレイのデスサイズが命中する筈だったダーブは、その外見からは想像も出来ないような身のこなしでデスサイズの刃を回避する。
一瞬にして背後に跳んだその動きは、ダーブの身体が風船ではなくゴムボールか何かで出来ているのではないかと、そう錯覚させるのには十分だった。
「厄介な!」
一瞬前に口にした言葉と全く同じ言葉を口にするレイ。
だが、遠くに行ったのなら、レイがやるべきなのは敵に向かって攻撃をするだけだ。
「飛斬!」
デスサイズがダーブではなく空中を斬り裂いたのを、手首の動きだけで強引に振り上げるようにして飛斬を放つ。
レイとセトに限って、重量を感じさせないという能力のあるデスサイズだからこそ、出来た一撃。
いや、場合によっては重量があっても出来るかもしれないが、その場合はここまで素早く追撃を放つことは出来なかっただろう。
デスサイズから放たれた飛ぶ斬撃は、レイから距離を取ったダーブに向けて真っ直ぐに飛んでいく。
「ほほほほほ」
だが、ダーブはそんな笑い声を上げながら、レイの放った飛斬を回避する。
跳ねるように動くその姿は、やはり風船よりもゴムボールという印象をレイに強く与えた。
「けど、だからって、そう簡単にそっちの好きにさせる訳にはいかないんだよ!」
叫んだレイは、黄昏の槍を投擲する。
風船を針で突くように……とは思わないでもなかったが、ダーブはそんな黄昏の槍の投擲をあっさりと回避する。
レイの投擲した槍の速度は、そう簡単に回避出来るものではない。
それを回避したところに、ダーブの実力が現れていた。
壁を破壊して隣の部屋に突っ込んでいった黄昏の槍を手元に戻す。
レイにとって、ダーブという相手は非常に戦いにくい相手だった。
本人の実力が非常に高いというのもあるが、何よりも道化師に所属する者らしく、非常にトリッキーな動きをしてくるというのが厄介だった。
真っ直ぐに攻撃をしてくるのなら、もしくは回避をするのなら、レイにもその動きを読むことは出来る。
だが、トリッキーな動きがそこに入ることで、自然と敵の攻撃がフェイント混じりのものになってしまうのだ。
勿論、今までレイがフェイントを多用してくる相手と戦ったことがない訳ではない。
それどころか、一定以上の実力ともなればフェイントを入れることは当然ですらあった。
だが、ダーブの攻撃はフェイントはフェイントであっても、かなり変則的な動きで、それがレイを戸惑わせていた。
(道化師の中から、俺の暗殺要員として選ばれただけのことはあるな。……仲間に対する思いとかは、そこまでないようだけど)
レイが情報を聞いていた女の背骨をへし折るという登場をして見せたダーブ。
当然の話だが、それはレイに情報を漏らしそうになった……それどころか、降伏しようとしていたのを防ぐ為だったのだろう。
色々と重要な情報を得られる機会を奪ったダーブは、レイにとって苛立ちを覚える相手でもあった。
ここでダーブを倒しても、レイが欲しい情報が手に入ることはないだろう。
ダーブの様子を見ても、とてもではないが情報を漏らすようには思えない。
(こうなると、本格的にこの建物を燃やしつくして破壊するってのを本気でやる必要があるな。……とはいえ、それをやるにしてもダーブを倒してからだろうけど)
ゴムボールのように壁にぶつかっては跳ね返るといった真似をしているダーブだったが、そのような真似をしながらもレイから視線を逸らすようなことはせず、レイが何をしてもすぐに反応出来るように準備を整えていた。
その視線を受けながらも、レイは床を蹴る。
一気にダーブとの間合いを縮めるレイ。
黄昏の槍の投擲は、点の攻撃だ。
それが回避されるのなら、線の攻撃。デスサイズによる斬撃を放とうとしてのものだった。
ダーブはそんなレイに向かって仕込み杖の先端、鋭く長い針を向ける。
だが、レイはそんなダーブの行動に構う様子もなく、デスサイズを振るう。
デスサイズの刃が杖に当たり……次の瞬間、杖の先端の針があっさりと切断される。
普通なら、自分の武器が破壊されたことで動揺してもおかしくはない。
にも関わらず、ダーブは武器が破壊されたことに動揺した様子はなく、杖を持っていた手を引く。
「だと思ったよ!」
仕込み杖の柄の部分が引き抜かれた先に刃があるのを見て、そう叫びつつ黄昏の槍を放つ。
柄の中に収まっていたのは、刀……ではなく、レイピアのような刺突に使われる武器。
「ほっ!」
そのレイピアを使って、黄昏の槍の一撃を逸らすことが出来たのは、ダーブもこの展開を狙っていたからだろう。
そうして黄昏の槍を逸らしたところで、すぐにレイに向かって……正確にはレイの顔面に向かって、鋭い突きを放つ。
「ちっ!」
舌打ちと共に、顔を傾けるレイ。
一瞬前までレイの顔のあった空間を貫くレイピア。
その一撃を回避しながら、レイは右手に持つデスサイズを振るう。
間合いが縮まっているが、今は相手に攻撃を命中させることを優先させる必要があった。
そういう意味では、寧ろ今回はダーブの方が意表を突かれたのだろう。
レイが持つデスサイズと黄昏の槍は、双方共に長物だ。
そうである以上、間合いを詰めれば効果的な反撃は出来ないだろうと、そう判断したというのに……いざ間合いを詰めてみれば、レイはそんなことなど全く関係なくデスサイズを振るってきたのだから。
勿論、レイも何の意味もなくそのようなことをした訳ではない。
デスサイズの場合、刃は凶悪な外見に相応しい威力を持っているのだが、柄の部分は見ただけで凶悪さは分からないが、実際にその柄で殴られた時の威力は大きい。
何しろ、百kg程もあるデスサイズの柄で殴られるのだから。
「ぐぼぉっ!」
そんな悲鳴を上げながら、吹き飛ぶダーブ。
それでもその風船のような体格のおかげか、レイの放った一撃は致命傷とは呼べないようなダメージしかダーブに与えることは出来なかった。
……寧ろ、その弾力のある身体でレイに殴られたことにより、レイとの間合いを取ることが出来たことが、ダーブにとっては幸運だったのだろう。
(固い、な。見掛け通りの身体じゃないってことか)
デスサイズでダーブを殴ったレイは、そんな感想を抱く。
デスサイズから伝わってきた感触は、とてもではないが脂肪や贅肉といった肉体を殴った時のような、柔らかな感触ではなかった。
それこそ、日本にいた時に実家で使っていたトラクターのタイヤを殴った時のような、そんな感触。
つまり、外見からは太っているようにしか見えないダーブだったが、実際にはその身体は鍛え抜かれた戦士――この場合は暗殺者と表現すべきか――のものだった。
もっとも、レイもそのくらいは予想していた。
そもそもの話、ただ太っているだけの男があれだけ機敏に動ける訳はないし、曲がりなりにもセトと互角に戦える筈もないのだから。
あるいは、服の下に何かそのように見える装備をしているという可能性もあったが、デスサイズで殴った感触から考えて、恐らくそれはないと思える。
(となると……あの動きもあって、自由に動かさせない方がいいのは間違いないな。なら……)
吹き飛んで壁に当たってバランスを崩したダーブに向かい、レイは急いで間合いを詰めつつ、スキルを使う。
「マジックシールド」
どのような攻撃であっても、一度だけだが絶対に防げるという光の盾が生み出される。
つまり、一度なら敵の攻撃を受けても平気だということだ。
そうして光の盾が生み出されたところで、レイはデスサイズの間合いにダーブを捉えて次のスキルを発動させる。
そんな中で、ダーブの放つレイピアの一撃が光の盾によって防がれ……
「多連斬!」
放たれたる斬撃を見て、ダーブも危険だと察知したのだろう。
その風船のような身体で器用に攻撃を回避しようとするが……
「ぐっ!」
デスサイズの刃の一撃は無事に回避することが出来たが、多連斬は本来の攻撃の斬撃以外に追加の一撃が放たれる。
その斬撃の一撃がダーブの腹に直撃したのだ。
斬り裂かれた腹から吹き出る液体を見て、レイは最初血だと思った。
思ったのだが……吹き出た液体は、黒い。
血も時間が経てば黒くなる。
だが、新鮮な血が黒くなるということはない。
その黒い液体に疑問を覚え、追撃の一撃を放つのではなく距離を取ることを優先する。
黒い液体が床に落ちるが、特に何が起きる様子もない。
床を溶かすような、そんな液体なのかという思いがあったのも間違いないのだが、幸いにしてそのような能力はなかった。
そのことに安堵したレイは、傷口を押さえて憤怒の表情を浮かべるダーブと向き合う。
今まではピエロと呼ぶに相応しい言動をして、決して本気の表情を出すようなことはしなかった。
だが、今は化粧をしていてもレイに向かって強烈な怒気と殺気を込めた視線で自分を睨み付けているダーブの姿がある。
(何だ?)
自分と敵対しており、レイの攻撃で傷を負ったのだから、レイに憎しみを抱くのは分かる。
だが、これまで短いが接してきたダーブの性格から考えて、自分が傷を負ったという理由だけでここまで憎しみを露わにされるとは思わなかったのだ。
(考えられるとすれば、あの黒い液体か? ……そもそも、あの黒い液体って、一体何なんだ?)
そんな疑問を抱きながらも、レイはダーブがどう行動してもいいように準備をする。
だが、ダーブはまず多連斬によって切断された場所を治療しており、レイを睨み付けはするが、まだ行動を起こす様子はない。
(いや、治療? あの黒い液体が血でなければ、治療じゃなくて修理とかそんな感じなんじゃないか? ……もっとも、向こうにしてみればどっちでも変わらないみたいだけど)
取りあえず、ダーブが一体何をしてるのか分からない以上、挑発の言葉を口にする。
「どうした? いつまでそうやって俺に怯えてるつもりだ? あれだけ自信満々だったのに、今のお前の顔にはあの余裕が全くないぞ」
「……ふぉふぉふぉ。そうですね。いつまでもこのような真似はしていられませんか」
レイの言葉にそうダーブが返すが、笑い声は今まで聞いたものに比べると、無理をしていると思えるものだった。
それを聞いたレイは、少しでも情報を集めようと再度口を開く。
「それで、さっきの黒い液体は何だったんだ? お前の血は黒いのか?」
「さて、どうですかな。もしかしたら、殺された者達の恨みがあのような色になってしまったのかもしれませんな。であれば、どれだけ恨みを買っていたかの証拠かと」
「そうか? 恨まれるのなら裏の組織たるお前達の方がよっぽど恨まれていてもおかしくはないんじゃないか?」
そう告げるレイだったが、それこそレイが今まで殺してきた者の数を考えれば、レイの方が恨まれていてもおかしくはない。
レイもそれは分かっているのだが、今は向こうの情報を得る必要があるので、意図してそう言ったのだ。
それはダーブにも分かっているのか、特に動揺した様子もなく、寧ろ笑みすら浮かべてから、次の瞬間には一気に跳躍……いやゴムボールの如く弾むという表現が相応しいかのような動きで、レイピアを手にレイに向かって突っ込んでいくのだった。
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