第2198話

 黒き幻影のアジトは、かなりの広さを持つ一階建ての建物。

 ただし、今まで幾度となく持ち主を変えてきたということもあってか、外見はかなり古くなっている。

 そして、青の槍のアジトと違って、建物の周辺に護衛の姿はない。

 ……だが、それはあくまでも普通に見た場合に建物の周辺に護衛の姿がないということであって、本当にどこにも人の姿がない訳ではなかった。


(屋根と壁か)


 少なくても、レイから見て屋根に何人か伏せて隠れているのが分かったし、壁にも幾らか怪しい場所があるのは分かる。


(屋根はともかく、壁はどうなってるんだ? まさか、忍者みたいに壁の絵を描いた布を使って隠れてるとか……ないよな?)


 そのような真似をしているのなら、レイの目から見てもすぐに分かる筈だった。

 だが、ある程度建物に近付いても、そこに布に描いた絵で隠れているようには思えない。

 そうなると、レイにとって考えられる可能性としてはそう多くはない。


(人が入るくらいの隠し部屋……って表現はちょっとおかしいか? とにかく、そういうのに隠れている可能性は否定出来ないな。……うん、若干悲惨だろうけど)


 レイはドラゴンローブのおかげで快適にすごせているが、夏が近くなってきた今の季節、日中は相応に暑い。

 そのような中で、隠し部屋とでも言うべき場所にじっとし続けているというのは、かなり厳しいのは間違いない。

 ……何故かレイは、これから敵対する相手であるのを理解した上で、微妙に哀れみを抱きつつも、建物に近付いていく。


「セト、お前は屋根の上の奴を頼む」

「グルゥ」


 レイが気が付いていることだけに、当然のようにセトも気が付いてはいた。

 レイの頼みに任せてと鳴き声を上げ、一緒に歩いていたレイから少し離れ、軽く助走を付けた後に翼を羽ばたかせる。

 そうしてセトが建物の屋根に向かうのと、レイが建物に向かって走り出すのはほぼ同時だった。

 ……そんなレイとセトの対応にどうするべきか迷ったのは、当然のように屋根や壁に潜んでいた者達だ。

 レイとセトが来たということで、近付いてきたら先手必勝と先制攻撃を仕掛けるつもりだったのだが、気が付けばレイ達の方が先に行動を起こしており、完全にレイ達に不意を突かれた形だ。

 とはいえ、黒き幻影に所属する黒装束の者達も、実力でギルムの裏社会に自分達の組織を認めさせるだけの実力を持った者達だ。

 レイとセトの行動に驚いたのは、ほんの一瞬。

 次の瞬間には、すぐにそんなレイとセトの行動に対応するべく動き出す。

 元々がレイと一番早くに敵対した者達だけに、レイが自分達のアジトに近付いてくるとなれば、それに対応しない筈がなかった。

 奇襲を仕掛けるのに、声を出すような真似はしない。

 屋根に潜んでいた黒装束達は、音もなく跳躍してレイに襲い掛かる。

 ……とはいえ、レイは最初から敵が建物の屋根に潜んでいるというのは理解していた。

 そうである以上、音を立てずに跳躍してきても、ミスティリングからデスサイズと黄昏の槍を取り出す程度は容易に出来る。


「甘いんだよ!」


 鋭く叫ぶと同時に、デスサイズを振るうレイ。

 同時に、壁の一部が扉のように開き、黒装束達が飛び出してくる。

 そんな黒装束達を見ながら、隠し部屋のようになっていたのかという納得と、屋根から跳躍してきた相手もそうだが、黒装束のままであることに若干哀れみを抱く。

 黒というのは、言うまでもなく熱を集めやすい。

 それこそ、夏に近づき一日ごとに気温が高くなっているような今の状況で、直射日光を遮るものがなにもない屋根や、一人入るのが精々といったような場所に潜んでいるのは、それこそ自殺行為ではないかとすら思ってしまう。

 実際、襲ってきた者の中には気迫はともかくとして、動きに精彩のない者もいた。

 ……だが、それが寧ろ命を救う。

 レイが振るったデスサイズの一撃で、胴体を上下に切断された者が多い中、動きが鈍かったが故に胴体を切断されずにすんだのだから。

 もっとも、それはあくまでも胴体を切断されずにすんだというだけであって、黒装束を裂かれ、皮膚を裂かれ、肉を裂かれるといったことにはなってしまう。

 隠し部屋――という表現が相応しいのかレイには分からなかったが――から襲ってきた者達の中でも、体力を消耗していた者の何人かは黄昏の槍の一撃で重傷は負ったものの、死なずにすんだ。

 数秒と経たないうちに、一掃された黒装束達。

 そんな者達を一瞥したレイは、隠し部屋から出て来た者を前足の一撃で吹き飛ばしているセトに声を掛ける。


「セト、外にいる連中は任せる。青の槍と同じく、建物から外に出た奴がいたら倒しておいてくれ。それと、何らかの理由で外に出ていた奴が戻ってきた場合も頼む」

「グルゥ」


 レイの言葉に、大丈夫と喉を鳴らすセト。

 そんなセトの様子を見ながら、これなら大丈夫かとレイもまたデスサイズと黄昏の槍を持ったまま、建物の中に入っていく。


「っと!」


 黒装束……黒き幻影の者達も、建物の外で戦いが行われていたというのは、理解していたのだろう。

 レイが建物の中に入った瞬間、短剣や長針が待ち構えていた者達から一斉に放たれる。

 青の槍の時は、二階にある広い部屋でレイを待ち受けていた。

 それが、黒き幻影のアジトでは建物の中に入った途端に攻撃してきたのだ。

 元々が多くの裏の組織が使ってきた建物だけに、相手が攻めて来た時に対処しやすいようになっているのだろう。

 実際にレイが入った場所ではいきなり広くなっていた。

 だからこそ、敵の攻撃を受けた時のことを考えた作りになっていたのだろう。

 そんな攻撃に、レイはデスサイズを振るうことで対応する。

 ドラゴンローブがあるので、命中しても致命的な被害を受けることはない。

 それはレイも知っていたが、それでもむざむざと敵の攻撃を受けるという選択肢はなかった。

 周囲に激しく響き渡る金属音。

 短剣も、長針も、レイを狙った攻撃の全てがデスサイズの盾を突破することは出来なかった。


「くっ! まだだ! 攻撃を続けろ! レイを倒せば、ギルムでの覇権は貰ったも同然だぞ!」


 黒装束達の指揮を執っていると思しき男の声が、周囲に響く。

 その言葉に、レイは敵の思惑を理解する。

 青の槍を壊滅させてからすぐに黒き幻影のアジトにやってきたとはいえ、万全の状態でレイを倒すつもりでいるのなら、それこそ他の組織から応援を呼ぶことも出来た筈だ。

 だが、それをしなかった理由が、今の叫びだ。

 他の組織に援軍を頼まず、自分達だけでレイを倒せば、手を組んでいる新興組織に……いや、ギルムの裏の組織や、表の組織にすら強い影響力を発揮出来る。

 また、黒き幻影とレイは色々と因縁もある。

 それらの理由から、レイを自分達だけで倒そうと考えてもおかしくはない。

 ましてや、この建物は黒き幻影のアジトだ。

 そこにレイを呼び込めば、仕掛けてある罠や集まっている戦力を使うことで倒せる筈だと、そう判断したのだ。

 実際、その判断はそこまで間違っている訳ではない。

 ここにいるのは黒き幻影の中でも最精鋭という訳ではないが、それでも相応の実力の持ち主達なのだから。

 ……そう、判断そのものは間違っている訳ではないのだ。

 ただし、それは相手がレイでなければの話だが。


「ばっ、馬鹿な……」


 指示を出していた男が、デスサイズで投擲攻撃の全てを防いだレイを前に、驚愕の声を出す。

 勿論、この男も今の攻撃でレイを殺すことが出来るとは思っていなかった。

 それでも、傷の一つや二つを与えることくらいは出来ると、そう思っていたのだ。

 そして今回投擲した短剣や長針のような武器には、毒の類が塗られている。

 それこそ、相手を麻痺させるような毒から、体内に入っただけで即座に死ぬ毒、変わり種では笑いが止まらなくなるといった毒もあった。

 それ以外にも多種多様な毒があったが、そのどれもが傷をつけなければ効果は発揮しない。

 中には気体の毒を使う者もいるのだが、このような密室で……それもレイがデスサイズを自由に使っている状況でそのような物を使えば、それこそ打ち返されるなり何なりして黒き幻影の者達が被害を受ける可能性が高く、危険だ。

 だからこそ、このような攻撃になった訳だが……レイの強さは、完全に指揮を執っている男の予想を超えていた。

 とはいえ、レイを自分達のアジトに引き込んだ以上、もうここでやり直すといった真似は出来ない。


「行け! レイが持っているのは長柄の大鎌だ! 懐に入ればこちらが有利!」


 その男の叫びに、黒装束達がそれぞれの武器を手にレイとの間合いを詰める。

 当然のように、レイとの間合いを詰める者達を援護するように他の者達は武器の投擲を続けていた。

 厄介なと一瞬思ったレイだったが、それでも行動に躊躇はない。

 指揮を執っている男は、レイの懐に入れば自分達が有利だと口にしたが、それは長柄の武器を使っている全員に言えることだ。

 そして、この世界に来てからデスサイズという長柄の武器を使い続け、更にはデスサイズだけではなく黄昏の槍まで使うようになったレイは、当然のようにそのような時にどう対処するのかは訓練や実戦で習得していた。


「近づけるなら、近付いてみろ!」


 一番手っ取り早いのは、やはり敵を近づけさせないこと。

 デスサイズと黄昏の槍を振るいながら叫ぶレイに、近付こうとした者は近付くことが出来ない。

 何とかしようとしても、二本も持っている長柄の武器の振るわれる速度は回避するのが難しい速度だ。

 何とかデスサイズを回避しても、その次の瞬間には黄昏の槍が襲ってくるのだから、対処するのは非常に難易度が高かった。

 あるいは、精鋭……暗殺者としてレイを狙う為に派遣された者達なら、何とかなったかもしれない。

 だが、ここに残ったのはそこまで腕の立つ者ではない。

 ……しかし、精鋭ではない代わりに、ここにいる者達は数が多い。

 何人もが一斉に襲い掛かれば、レイの持つ隙を偶然突くこともあり……


「させるか!」


 レイは手首の動きだけで半ば強引にデスサイズの動きを変える。

 もしデスサイズの持つ重量をレイも感じていれば、とてもではないが無理だっただろう動き。

 その動きが出来たのは、レイが持っていた場合、デスサイズは殆ど重量を感じさせないという能力があった為だろう。


「ぐおっ!」


 レイにとっては殆ど重さを感じないデスサイズだが、敵にしてみれば百kgの重量だ。

 そのような重量だけに、それこそまともに当たらずかるく触れただけでも、吹き飛ぶには十分な威力だった。

 その隙間すら何とか抜けてきた相手には、レイの足を使った一撃が放たれる。

 とはいえ、相手の意識を一撃で奪うような蹴りではなく、相手の足を止める、もしくは掬って転ばせるような動き。

 そうして転んだ相手の胴体には、デスサイズの刃で掬い上げるような一撃を放ち、胴体や頭部、もしくは身体の一部を切断する。

 血が噴き出し、暴れていたり死体となっている身体を、自分に向かって突っ込んできた相手に向かって蹴り飛ばす。

 身体の一部がなくなっているとはいえ、それでも人の身体だ。

 当然のようにその重量は相当なもので、普通なら蹴ろうと思ってもそう簡単に蹴れないし、離れている場所にいる相手に向かって蹴り飛ばすような真似も出来ない。

 だが、レイの筋力ならそれが出来る。

 そして吹き飛ばされた者は、その重量が凶器に代わる。

 正確には、その身体にぶつかった程度でダメージを受けるようなことはないのだが、レイを相手にしてそのように動きを止めるのは自殺行為でしかない。

 仲間の身体で動けなくなったところで、レイが突っ込んでいく。

 ……自分達が攻めることはあっても、まさかこの状況でレイが攻めてくるとは思わなかったのだろう。黒き幻影の者達はそんなレイの意表を突いた行動に、一瞬動きを止める。

 レイを相手にそのような行為は、文字通りの意味で自殺行為であると知ったのは、次の瞬間。

 黒装束達の中に自分から突っ込んでいき、その中で大きくデスサイズと黄昏の槍を振るったのだ。

 当たるを幸いと吹き飛ばしていくその光景は、まさに鬼神の如しという表現が相応しい。

 吹き飛ぶ、吹き飛ぶ、吹き飛ぶ、吹き飛ぶ。

 壁にぶつかって首の骨を折る者もいれば、強い衝撃で意識を失う者もいる。

 レイの一撃により、次々と戦闘不能になっていく黒装束達。

 そんな中でレイが次に狙ったのは、黒装束達に指示を出していた男。

 当然のように自分に向かってくるレイに男も対処しようとするが……その行動は遅く、武器を構えようとした時には既にレイの姿は間近に迫っており……

 斬っ、と。

 男の身体は袈裟懸けに振るわれたデスサイズにより斜めに切断されたのだった。

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