第2199話

「うおっ!?」


 黒き幻影のアジトに入った瞬間に待ち伏せしていた者達との戦いで、その指揮を執っていた男を倒したレイ。

 取りあえずこれで敵も多少は混乱するかと思ったのだが、指揮を執っていた男が倒れた瞬間、天井から槍が飛び出してきたのだ。

 半ば反射的にデスサイズを振るって天井から降ってきた槍を切り落とすが、降ってきた槍はその一本だけではない。

 レイのいる場所に向かい、天井から複数の槍が降ってくる。

 ……そう。槍が降ってくるのは、一ヶ所だけではない。

 それこそ、この部屋の天井から何本も槍が自動的に発射されるのだ。

 何らかのシステムでレイのいる場所を察知し、その場所に向かって槍を発射するかのように。

 とはいえ、最初の一撃こそ意表を突かれて対処にするのに焦ったが、一度そういう罠があると知れば、対処するのは難しい話ではない。


(というか、これってどうやって俺だけを狙うように出来てるんだ?)


 自分目掛けて降ってくる槍を回避し、斬り落とし、同時にまだ生きている黒き幻影の黒装束達が不意を突こうとするのに対処しながらも、レイは冷静に考えられる余裕があった。

 日本にいた時に映画か何かで特定の人物の体温や外見を判別し、その相手だけに天井に仕掛けられたマシンガンが自動的に発射される……というのを見た時があったが、それと同じようなものか? と若干の疑問を抱く。


(とはいえ、この世界のことを考えると、俺を認識しているのはマジックアイテムとかなんだろうけど。……もしくは、誰かが手動で狙いを付けてるとか? 過去に何度も裏の組織のアジトになっていた理由が分かるな)


 自分に向かって放たれる槍の一撃を回避しながら、レイにはまだそんなことを考えられるだけの余裕があった。

 勿論、余裕があるからとはいってもすぐに現状を打破出来る訳ではない。

 現在のレイがまずやるべきなのは、自分に向かって降ってくる……いや、発射されてくる槍をどうにかすることだろう。

 かといって、まさかここで天井全てを破壊する訳にもいかない。

 もしそのような真似をすれば、この建物が崩壊してしまう可能性があった。

 レイも、先程倒した指示を出していた男が、黒き幻影のトップだとは思っていない。

 幾ら何でも、組織のトップが真っ先に自分を待ち構えているなどとは思えなかったからだ。

 何より、レイの認識として黒装束達は人数が多いというのがある。

 これは、レイを暗殺しに来た黒装束の男が何人もの黒装束を従えていたというのもあるが、それ以外にも湖や生誕の塔に大勢で偵察に来たり、その際に捕まった黒装束達を護送している時に助けようと大勢の黒装束が襲ってきたり……といったのを見ているのが、その理由だろう。


(この仕掛けは、まさか自動的に発動したとかじゃない筈。つまり、誰かが操作して発動させた。もしくは、仕掛けをコントロールしている。……そうなると……)


 槍の攻撃を回避し、まだ生き残っていた黒装束達から時折飛んでくる短剣や長針、場合によっては矢を回避しながら、現状の打開策を考える。

 ……とはいえ、その打開策はそこまで難しいものではない。

 誰かがこの槍をコントロールしているのなら……敵が自分を狙えないような状況にすればいいのだと、そう判断しただけだ。

 そして何より、ここにいる黒装束は決して腕利きという訳ではない以上、レイならそれに付け込む隙は幾らでもあった。


「巻き込まれたら、悪いな!」


 そう叫ぶと、レイは生き残っている黒装束達に向かって駆け出す。

 走り出したレイを追うように、天井からは次々と槍が降り注ぐが、レイの速度に追いつくことは出来ない。

 それは、レイの身体能力が高いというのもあるが、それ以外にも罠を操っている者の技量が高くはないというのもあるのだろう。

 そんな状況の中で、レイが黒装束達に向かって突っ込んでいったのだから、突っ込まれた方は混乱して当然だった。


「ぎゃあっ!」


 レイが回避した槍の一撃が、レイの近くにいた黒装束の一人の太股を貫く。

 その痛みに悲鳴が上がり……その悲鳴の後、槍が降ってくることはなくなる。

 残っていた黒装束達を倒しながら、レイはやはりなと納得する。

 仲間に誤射した結果、次の攻撃は行われなくなった。

 それはつまり、自動的に罠が動いているのではなく、やはり誰かが意図的に罠を作動させているということの証だろうと確信したのだ。


(問題なのは、結局誰が罠を作動させているのか分からないことか。……まぁ、ここにいる全員を倒せば、それで罠も作動しなくなるけど)


 デスサイズで黒装束の一人を斜めに切断しながら、次の獲物を狙う。

 切断された黒装束の下に豊かな双丘があったが、レイはそれを気にしている様子はない。

 この世界において、男女差などというものはそこまで重要ではない。

 それは、エレーナやマリーナ、ヴィヘラといった者達の実力が証明しているだろう。

 その結果として、レイは敵となった相手が男であろうが女であろうが、そこまで気にせずデスサイズや黄昏の槍を振るうことが出来る。


(ある意味、これも男女平等って奴なのかもしれないな)


 一瞬そんなことを思うが、吹き矢で自分を狙っている相手がいることに気が付き、そちらに黄昏の槍を投擲する。

 レイの膂力で投擲された黄昏の槍は、あっさりと吹き矢を持っていた黒装束の身体を貫き、そのまま背後にあった壁に黒装束を縫い付ける。

 レイの手から黄昏の槍が消えたのを見た何人かの黒装束が、これを絶好のチャンスと判断してレイに襲い掛かる。

 だが、次の瞬間にはレイの手の中には黄昏の槍が現れていた。

 一体、何が起きたのか。

 黄昏の槍に胴体を貫かれた黒装束は、そんな疑問を抱きながら命の炎が消える。

 周囲にいた他の黒装束達は、一体何があったのか理解出来ない様子で一瞬動きを止め……そこに、デスサイズが振るわれる。

 四人の黒装束達の胴体が纏めて上下に切断され、周囲に吹き飛んでいく。

 それを一瞬だけ眺めつつ、レイは再び黄昏の槍を投擲し、短剣を投げつけようとしていた黒装束の胴体を貫き……それだけで勢いは止まらず、背後にいた者の脇腹をも貫き、次の瞬間には再びレイの手元に黄昏の槍が姿を現す。

 黒装束の生き残り達は、一連の動きを見てようやくレイが何をしているのかを理解する。

 レイの放った黄昏の槍が、いつの間にか手元に戻っているのだと。

 これはレイが持つ黄昏の槍の能力でも割と知られている能力の一つなのだが、黒装束達は知らなかったらしい。

 もしかしたら、暗殺者として派遣された者達だけに知らされていたのかもしれないが。

 ともあれ、黒装束達は黄昏の槍の能力が判明するまでに相応の死者を出した。

 だが、この場合問題なのは、黄昏の槍が手元に戻ると知っていても、それに対処する方法は決して簡単ではないということだろう。

 例えレイの手元に戻る能力を有していると知っていても、レイが投擲する黄昏の槍を回避出来る訳ではない。

 それどころか、防ぐというのすら難しい。

 放たれる一撃によって、大きな……まさに致命傷となる傷を容易に相手に与えることが出来るような一撃となると、対処するのは難しかった。

 少なくても、ここにいた黒装束達には。

 ……それでも、何も知らないよりは多少なりとも対応出来るのは、黒装束達にとって不幸中の幸いだろう。

 だが問題なのは、既に指揮を執る男もおらず、残っていた黒装束達もその多くが既に死んでいるか、戦闘不能の傷を負っているということか。

 結果として、レイの暴れっぷりを止めるようなことは出来ず……


「そこまでです!」


 黒装束達の中で、まだ立っているのが残り数人となった頃……不意にそんな声が周囲に響く。


「……誰だ?」


 レイの動きが止まったのは、それだけ掛けられた声に力があったからだ。

 これが、例えばその辺にいる黒き幻影の構成員が何かを言ったのであれば、レイはそれを聞き流して残っていた者達を仕留めていくだろう。

 だが、レイに掛けられた声は、明らかにその辺の者が口にするような言葉ではなかった。

 レイの視線が向けられた先にいたのは、四十代、もしくは五十代といった年齢の女。

 黒き幻影の中でも立場のある人物なのは間違いないと思えたのは、声に力があったのもそうだが、黒装束を身に纏っていなかったというのも大きい。


「私は、黒き幻影の責任者、ニナッシュです。……深紅のレイさんですね?」

「ああ。それにしても、責任者が出て来てくれたのは、こっちにとっても助かったが……よく俺の前に出て来るつもりになったな。死ぬとは思わなかったのか?」

「思いましたよ。ですが、このままでは組織そのものが壊滅してしまいますから」


 レイの前に出て来て、それも自分が殺されるかもしれないというのにニナッシュには全く怯えた様子がない。

 仮にも一つの組織の支部を任されるだけの人物だということだろう。


「俺に暗殺者を送ってきたんだ。それ以外にも、黒き幻影には色々と襲われている。潰せる機会があるのなら、それを逃すということはないな。悪いが、お前が出て来たところで何も変わらない。このまま潰させて貰うぞ」

「もう少し話してみない? そんなに急がなくてもいいと思うけど」


 笑みすら浮かべてそう尋ねてくる様子は、それこそここではないどこか……例えばスラム街ではなく表通りの店の前で見れば、その辺の家の主婦――外見的には主婦というよりお袋さんといった感じだが――のように見えてもおかしくはない。

 だが、ここは裏の組織のアジトで、周囲にはレイによって殺された黒装束達の強烈な血臭が漂っているし、床には内蔵や肉、骨、手足の一部といた諸々が普通に転がっている。

 そのような場所で笑みを浮かべることが出来る女だ。

 とてもではないが、その辺の主婦と一緒にするようなことは出来ないだろう。


「残念だけど、急ぐ必要があるんだよ。何しろ、この後で他にもまだ幾つかの組織を潰す必要があってな。だから……悪いが、話を聞いてる訳にはいかない」


 ニナッシュにそう告げると、レイはデスサイズと黄昏の槍を構える。

 だが、ニナッシュはそんなレイの態度が目に入ってないように、口を開く。


「黒き幻影は、ギルムから撤退することになりました」

「……賢明な判断だとは思うが、決断するのが遅かったな。今この状況でそんなことを言われても、俺がここでお前達を見逃すと思うか?」


 そもそも、レイと黒き幻影は今回の一件では一番因縁深い。

 そんな状況で自分達が負けそうになったからギルムを撤退すると言われても、それを素直に信じられる筈もなかった。

 そのようなことをするのなら、それこそここで綺麗さっぱりと黒き幻影を壊滅させた方が面倒が少なくてすむというのが、レイの正直な気持ちだった。

 ニナッシュも、当然レイがそのように考えているのは分かっていただろう。

 あるいは、レイがこのアジトに攻め込む前なら、まだ話を聞く価値もあったかもしれない。

 だが、既にレイはアジトの中にいて、黒き幻影に所属している黒装束達と戦っているのだ。

 そんな中で、自分達が危なくなったから急にそんなことを言っても説得力はない。


「そう思うでしょうね。だから、勿論こちらも見逃して貰うのに相応しい、相応の代価を支払うわ」

「代価、か。この状況で見逃して貰うだけの代価となると、相当に高くなるぞ? お前だけじゃなくて、まだ生きてる連中の命の値段でもあるしな」


 黒装束達を見ながら、そう告げる。

 自分や自分の仲間達を大勢殺し、重傷を負わせたレイが偉そうしているのが気にくわないのだろう黒装束が、それこそ視線で相手を殺せるのなら確実に殺せるといった強烈な視線で睨む。

 とはいえ、その状況で手を出してくるような事はない。

 このままレイと戦いを続ければ危険だと、そう理解しているのだろう。

 レイもまた、相手の気持ちが分からないでもなかったが、何かを口に出すようなことはしない。


「ええ、分かってるわ。……私達が支払う代価は、ポーション」

「……ポーション?」


 ニナッシュの口から出て来たのは、あまりに予想外の言葉だった。

 とはいえ、この状況でただのポーションを渡す訳がないだろうと判断し、改めて口を開く。


「それで? どんなポーションなんだ?」

「値段にしてみれば、白金貨数枚のポーションよ。当然回復効果もそれに相応しいものがあるわ」


 ニナッシュの口から出た言葉は、レイにとっても驚きだった。

 ただのポーションではないというのは分かっていたが、それでもまさか白金貨数枚分もするポーションを差し出すとは思わなかったのだ。


「そのポーションは一つだけか?」

「いえ、十本あるわ。……どうかしらこれを手打ちの代金として受け取って貰えない?」


 そう告げるニナッシュに、レイは少し考え……やがて頷くのだった。

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