第2197話
青の槍を潰したレイは、建物から出る。
すると、そこには何故かレイが建物に入る時に倒した以上の男達が地面に倒されていた。
それを見たレイが青の槍の構成員だろうと判断したのは、倒れた男達の周囲に青い槍が散乱していたからだろう。
そのような武器を使う者など、レイの知ってる限りでは青の槍の者達だけだ。
……いや、もしかしたら個人でならいるかもしれないが、揃いも揃ってとなると話が変わってくる。
「まぁ、そうだよな。建物の中にいるだけが全員って訳じゃなくて、外に出ていた連中がいてもおかしくはないか」
「グルゥ!」
褒めて褒めて、とセトがレイに近付いて喉を鳴らす。
レイはそんなセトを褒めながら頭を撫でる。
「レイさん、どうでした? いえ、無事なのは見れば分かるんですけど」
と、そんなレイとセトの様子を見て安心だと判断したのか、青の槍のアジトから少し離れた場所で建物の陰に隠れていた筈のラザリアが近付いてきて尋ねる。
本来なら、ラザリアの立場としてはあまり他人に見つかりたくはないのだろう。
だが、今回に限ってはレイとセトの態度からもう安心だと判断したのか。
……実際、アジトの中にいた青の槍は全員がレイに倒されるか殺されるかしているし、建物の外にいた者もセトによって気絶している。
(死んではいないようだけど、手足が曲がってはいけない方向に曲がってるんだよな)
セトにとっても、自分やレイを狙ってくる相手に容赦する必要はないと判断したのだろう。
もっとも、本当にセトが手加減をしないでその力を振るっていれば、手足の一本や二本が折れるどころではなく、それこそ身体から手足が吹き飛ぶといったことになっていてもおかしくはない。
そこまでなっていないということを考えると、これはセトが手加減をしたのは間違いないだろうと、レイにも理解出来る。
何故自分達を狙っている相手に手加減をしたのかというのは、残念ながらレイにも分からなかったが。
(恐らく手足が吹き飛んだりすればそれが腐って腐臭とかが周囲に漂ったりするから……とかか?)
セトの行動に一応そのような理由で納得しつつ、ラザリアに頷く。
「ああ。このアジトにいた青の槍のボスは始末したし、その部下達も……ボスの遺言を聞いていた奴なら、恐らくもう俺に襲い掛かってはこないだろう。……もっとも、暗殺者として派遣されている奴がどう出るのかは分からないけど」
アジトの中に、青の槍から派遣された暗殺者がいた可能性はそう高くはない。
そうである以上、この報告を青の槍の生き残りから受けた暗殺者が、一体どのような判断をして、どのような行動をとるのか。
その辺は、残念だがレイにも分からなかった。
もっとも、青の槍のボスにも言ったことだが、襲ってくれば反撃相応の対処をするだけだ。
「……知ってはいましたけど、本当に強いんですね」
ラザリアはしみじみといった様子でレイに声を掛ける。
ギルムに住んでいる上に、情報収集に長けている黒犬に所属しているだけあって、当然ながらラザリアはレイについての情報は多く持っていた。
もっとも、黒犬がレイについての情報を多く持っているのは、マリーナを姉や母のように慕っている人物が黒犬のトップだというのも関係しているのは間違いないだろうが。
ともあれ、そんな訳でラザリアはレイについての情報をそれなり以上に知ってはいた。
知ってはいたのだが……それでも実際にこうもあっさりと裏の組織の一つを潰してきたと言われれば、改めてその実力を実感してしまうのだ。
「こう見えても、異名持ちだしな。……なぁ?」
「グルゥ」
レイの言葉に、セトが同意するように鳴き声を上げる。
そんな一人と一匹を見て、ラザリアは何と言うべきか迷うも、自然と笑みが浮かぶ。
レイ達のことは心配するだけ損なのだと。
「えっと、じゃあもう青の槍はいいってことですよね?」
「ああ。次の組織を頼む」
「……一応、本当に一応聞くんですけど、休憩とかはいらないんですか? 僕、それなりにいい場所を知ってますけど」
普通なら、一つの組織を潰した後で続けて別の組織を潰しに行こうなどとは思わない。
体力的な問題もあるし、精神的な疲労も馬鹿にはならない筈だった。
にも関わらず、レイは特に疲労した様子もなくラザリアに次の組織の場所を尋ねてきたのだ。
そんなラザリアの言葉に、レイは何も問題はないと頷く。
「構わない。というか、出来ればこの騒動は今日のうちに片付けたいんだ。具体的に潰す組織がどのくらいあるのかは分からないが、それでも、出来れば急ぎたい」
「……え?」
レイの口から出た言葉は、レイという存在をある程度は理解したラザリアにとっても十分に驚きだった。
「その……本気ですか? 組織の数は十近いんですよ? それを全部今日一日で潰すと?」
「そのつもりだ。……とはいえ、全部の組織を本気で潰すという感じにはならないと思う。多分だけど、幾らか組織を潰せば降伏してくると思う。……もっとも、その降伏を俺が認めるかどうかは微妙なところだが」
レイに向かって降伏するとしても、当然のようにレイもそれを素直に受け入れるつもりはない。
正確には、もしこれでレイがあっさりと相手の降伏を受け入れてしまった場合、次に何者かに襲われた時に、面倒なことになりかねない。
降伏すればそれで許されると知れば、それこそレイを邪魔だと思った者は取りあえずレイを攻撃して、殺せればそれでよし。
もし殺せなければ、すぐに降伏すればいいと、そんな風に考える者が出て来かねないのだ。
そうなると非常に厄介なことになるので、レイもあっさりと敵の降伏を認める訳にはいかない。
……もっとも、そのような事情がなくても、自分を狙ってきた相手をあっさりと許せるかと言われれば、レイは首を横に振るだろう。
「えっと、じゃあその……取りあえず、次の組織の場所に行きますね」
ラザリアは、このままレイと会話を続けると妙な……それこそ、出来れば聞きたくないようなことまで聞いてしまいそうだと判断し、半ば強引に話題を変える。
とはいえ、その変えた話題もレイが向かう次の場所についてのものだったが。
「ああ。そうしてくれ。次に向かう組織はどんな組織だ?」
「実力行使をする時は、黒装束を身に纏っている組織です。名前は黒き幻影ですね」
「あー……あの連中か」
襲ってきた暗殺者達の中で、黒装束とは一番接触した回数が多い。
湖や生誕の塔を調べに来た者から、捕らえたその者達を救出しに来た者達。そしてギルムの街中で襲ってきた者の中にもいた。
「知ってるんですか?」
「ああ。色々とあったからな。今回の一件で一番俺を恨んでる組織なんじゃないか?」
「……なら、別の組織にしますか? 僕が知ってる限りでは、黒き幻影以外にも幾つか同じ距離に組織がありますが」
ラザリアにしてみれば、ここでわざわざレイに強い恨みを持っている組織を壊滅させなくても、他の組織を攻撃した方がいいのではないかと思えた。
恨みを持っている組織ということは、当然のように攻撃性は青の槍の者達よりも強くなる筈だった。
であれば、やはり別の組織を先に襲撃した方がいいのでは、と。
そんな風に思っての提案だったのだが、それに対してレイは首を横に振る。
「いや、黒き幻影を最初に滅ぼしておきたい。俺を憎んでいる組織があっさりと滅ぼされたとなれば、敵にとっても大きな衝撃だろ」
「いえ、一日で複数の組織が連続して潰されただけで十分大きな衝撃だと思いますけど」
ラザリアの言葉は、非常に正しい。
普通に考えれば、一日に幾つもの組織を潰すということは、まず考えられないのだから。
それでもやるというのは、ある意味でレイらしいと言えるだろう。
「そうか? これくらいのことを出来る奴を、俺は何人も知ってるけどな」
実際、レイがパーティを組んでいたり、一緒に住んでいる面々……具体的には、エレーナ、マリーナ、ヴィヘラといった面々なら、レイが考えているようなことを平気で出来るだろうと、レイは確信を持っている。
他にも、ギルムには腕利きの冒険者が多数いるのだから、本人のやる気にもよるが、その辺りのことを出来る者は相応にいる筈だった。
「それ……とてもじゃないけど、普通は無理なんですが」
ラザリアにしてみれば、そう判断するのは当然だった。
レイは近くに強者と呼ぶべき者が多いからこそ、そのように言えるのだろうが、実際に現在ギルムにいる者の中でそのような真似が出来るのがどのくらいいるのかと言われれば、その数字は驚く程に低いだろう。
「それはともかくとして、黒き幻影だったか。早いところそのアジトに連れていってくれ」
「それはともかくとされると、少し困るんですが……まぁ、レイさんですしね」
何故かレイに関わる者の多くが口にする言葉を、ラザリアも告げる。
そのことに若干思うところがない訳でもないレイだったが、今の状況を考えれば余計なことは言わない方がいいだろうと判断して黒き幻影について話す。
「それで、黒き幻影のアジトはここからどのくらいの場所だ? 出来れば、近いと嬉しいんだけど」
「そうですね。かなり近いと思いますよ。じゃあ、行きましょうか」
そう言い、ラザリアは歩き出す。
レイとセトもまた、そんなラザリアを追う。
進む道は、当然のように青の槍のアジトに来た時と同様、人目に付きにくい狭い道だ。
セトもサイズ変更のスキルを使い、そのような道を進んでいく。
途中で何人かのスラム街の住人が、ラザリアにちょっかいを出そうとしたのだが、一緒にいるのがセトだと分かると、何もせずに離れていく。
「セトちゃんがいると、スラム街を歩くのも凄く楽ですね」
ラザリアが、しみじみとそんなことを呟く。
比較的顔立ちが整っており、美人というよりは可愛いと評するのが相応しいラザリアだけに、一人でスラム街を歩くというのはそれなりに危険だ。
ラザリアが黒犬のメンバーであると知っている者なら、手を出すようなことはないだろう。
だが、それを知らない者にしてみれば、ラザリアはいい獲物でしかない。
そんなラザリアだったが、セトと一緒にいれば襲われるということはないのだから、それを喜ぶのは当然のことだった。
「そうだな。それは否定出来ない事実だ」
レイもまた、その外見から一人でいれば絡まれることが多い。
特にギルム以外の場所でセトと一緒にいない場合には、そのようなことが頻繁に起きる。
だが、セトが一緒にいればそれがレイであるということの証にもなるし、例え深紅という異名を知らない者であってもグリフォンと一緒にいる相手をどうこうしようとは思わないだろう。
そのような経験が豊富で、レイが今まで行った色々な場所で絡まれてきた経験があるだけに、レイはラザリアの言葉に深く同意出来た。
もっとも、女顔ではあってもしっかりと男であるレイと、可愛い女のラザリアでは絡まれるということの意味が大きく変わってくるのだが。
「そう言って貰えると、こちらとしても助かります。……あ、ほら。黒の幻影のアジトが見えてきましたよ」
会話をしつつ、ラザリアが示した場所にあったのは、一階建ての建物。
ただし、スラム街にあるにしてはかなり広く作られている。
青の槍が使っていた建物は三階建てだったが、その一階と二階を合わせたのと同じくらいの広さはあるだろう。
「あの建物、黒き幻影がくるまでは別の組織が使っていたんです。でも、黒き幻影との抗争に負けて……」
「奪い取ったか」
「はい。もっとも、前に使っていた組織も以前に他の組織から奪ったって聞いてますけど」
「……スラム街にある建物だけに、いい場所は多くの者が欲するか。もっとも、かなりボロくなってるけど」
スラム街にある建物。それも幾度も組織同士の抗争で持ち主が変わっている建物だ。
当然のように、その建物にはこれまでの戦いで経験してきた傷跡が残っていてもおかしくはない。
それなら壊れた場所を直せばいいのではないかと、そうレイは思うのだが、その辺についてはレイがどうこう考えても仕方がない。
あくまでも、現在この建物を使っている黒き幻影の面々が判断するべきことで、その判断によって、現在はこのような状況になっているのだろう。
「見張りは……ああ、いるな」
「え?」
建物を眺めていたレイの言葉に、ラザリアは半ば反射的に近くの建物の陰に隠れる。
ラザリアから見て、建物の周囲に人がいるようには思えない。
だからこそ安心して建物を見ていたのだが……それが実は見張りがいると言われれば、驚くなという方が無理だった。
「取りあえずまだ見つかってないから安心しろ。じゃあ、早速行ってくるから、青の槍の時みたいに隠れててくれ」
そう告げ、レイはセトと共に黒き幻影のアジトに向かうのだった。
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