第2194話
青の槍のアジトに入ったレイが見たのは、丁度建物の外に出ようとしている数人の男達。
当然のように、その数人の男達は青の槍に所属している者達なのだろう。
そして……当然のように、その狙いは攻めて来た相手を、レイを倒すことにあったのは間違いない。
ただし……
(槍か。組織名から考えれば当然だろうけど、建物外じゃなくて中で俺に会ったのは運が悪かったな)
青の槍という組織名通り、レイが遭遇した男達の手にあるのも、表の男が持っていたのと同じ青い槍だ。
槍というのは、間合いが広いという意味で非常に強力な武器なのは間違いない。
それこそ、場合によっては自分よりも腕の立つ相手とすら互角に戦えるような、そんな優秀な武器だ。
間合いの長さというのは、それこそ戦いの中で大きな位置を占める。
だが……そんな槍であっても、いつでもどこでも有利という訳ではない。
槍を活かせるのは、その槍を自由に振るうことが出来る場所。
つまり、こうして建物の中で……それも、何人も纏まって移動している中で、敵と遭遇してしまった場合というのは、槍は決して有利には働かない。
これがせめて、狭い場所であっても一人だけで移動しているのなら話は別だったのだろうが。
「なっ!?」
建物から出る前にいきなりレイと遭遇した男達の口からは、驚愕の声が上がる。
だが、レイは当然のようにそんな男に構う様子はなく、一気に前に出る。
相手に何かを言ったりといったようなことをする必要は全くない。
ここにいるという時点で……そして、青い槍を持っている時点で、レイの命を狙っている暗殺者の仲間なのは間違いないのだから。
無言で前に出たレイが振るった拳は、あっさりと青い槍を持つ敵の一人の胴体に埋まる。
表で会った男と同様に、手に伝わってくるのは骨の折れる感触。
その感触と共に吹き飛ぶ男は、他の男達にとっても対処するのが難しい相手となる。
何しろ、吹き飛んで味方にぶつかった結果として、味方の動きを邪魔したのだから。
「ちょっ、おい!」
これもまた、広い場所での戦いであれば、ある程度はどうにかなったのだろうが。
吹き飛ばされた男にぶつかった男が出来るのは、何とか自分の動きの邪魔にならないようにと、自分にぶつかった男を寄せるくらいだ。
そして……そうやって男を寄せたところで、気が付けばレイは自分の目の前に既に存在していた。
「残念だったな」
「ぐおっ!」
再び振るわれる拳により、男の肋骨が折れる。
だが……幸いにして殴られた男の側にいる男は、邪魔されながらもレイに対処する為の行動に出ることが出来た。
「貴様ぁっ!」
叫びながら、素早く突き出される槍。
槍を振るうといったことは、この狭さでは出来ないが、突くという行為であれば現在の状況は一変する。
槍を振るうような空間的な余裕がないだけに、突き出された槍の一撃を回避するのも、また難しいのだ。
……とはいえ、それはあくまでも普通ならの話だが。
腹部を狙って突き出された槍を、右足を後ろに退いて半身にすることで回避する。
それどころか、回避した槍の柄をしっかりと握る。
それだけで、突きを放った男は槍を動かせなくなった。
「なっ、何をしている! お前達もいいから早く槍で突け!」
最初にレイを攻撃してきた男が、この中では一番腕が立つリーダー格だったのだろう。
そんな男の指示に従い、他の者も鋭くレイに突きを放とうとするが……
「ごがぁっ!」
不意に横から襲ってきた強烈な衝撃により、突きを放とうとした男はそのまま吹き飛び、別の男にぶつかって動きを止める。
一体何が起こったのか分からないまま、頭部を打った衝撃で意識を失う男。
だが……その男は何が起きたのか分からなかったのだろうが、それ以外の何人かは一体何が起きたのかというのは十分に理解していた。……してしまっていた。
レイは、槍を掴んだままで強引に腕を振るったのだ。
リーダーの男は、握っている槍から手を離すようなことはないまま、味方に対する武器として使われてしまった。
咄嗟に槍を放せなかったのは、それだけ槍に対して強い思いを懐いていたからか、それとも自分の突きが呆気なく止められるとは思ってもいなかったのか。
その理由はともかく、レイに槍を掴まれた瞬間に手を離すことが出来なかったのは、最悪の結末に結びついた。
肉の棍棒として振り回された男は、そのまま仲間に被害を与え、そこでようやく槍から手を離し……そこでもまた仲間の身体にぶつかって、周囲に被害を与える。
狭い場所で行われた、凶悪な行動。
とはいえ、その場にいた者達にとっての悲劇はまだ終わらない。
槍を持っていた男が吹き飛んだことにより、まだ無事だった者は反射的にレイに向かって攻撃しようとしたが、次の瞬間には男が手を離して自由になった槍をレイが振るう。
それこそ誰かを狙って槍を振るうのではなく、取り合えず当たればそれでいいだろうといったような、そんな一撃。
また、槍は軽い。
……いや、正確には相応の重量があるのだが、その槍を持つレイの膂力を考えれば、その槍を振り回すのは特に大変なことではなかった。
結果として、レイの膂力で振るわれる槍は次々に男達を打ちのめしてく。
不幸中の幸いだったのは、レイの握っているのが穂先のすぐ近くだったから、振るわれたのは槍の柄だったことか。
刃ではない打撃。
……だが、レイの膂力で振るわれれば、寧ろ刃の方が一撃で命を奪ってくれるだけ、幸せだったのかもしれない。
槍の柄が命中した場所の骨は折れ、その折れた骨が肉を裂き、皮を破くといった者も多かったのだから。
数分も経たず、レイに対する応援としてやってきた青の槍のメンバーは、全員が床に崩れ落ちていた。
中には槍の柄が頭部に当たり、頭蓋骨が陥没したり、首の骨を折ったりして死んでいる者もいるのだが、レイはそんな相手を見ても特に何か感情を動かした様子はない。
レイにしてみれば、ここにいるのは自分の命を狙った組織に所属している者であり、つまりは敵だ。
もしかしたら、本当にもしかしたらだが、中にはレイを狙っているというのを全く知らなかった者がいた可能性もある。
だが、レイにとってはそんなのは関係ない。
自分に敵対した以上、当然のようにこうなる覚悟はしているだろうと、そう判断しているからだ。
「さて」
全員が死んでいるか気絶しているかで、取りあえず意識がないというのを確認したレイは、手に持っていた槍をその辺に捨てる。
表では倒した相手から青い槍を奪ったのだが、レイが奪って武器として使っていた槍は戦いの衝撃で歪みが出来ており、更には柄の部分に血や体液、眼球の一部といったものが付着しており、とてもではないが続けて使いたいとは思わなかった為だ。
他の者達が持っていた槍は……と、周辺を眺めるレイだったが、他の者達が持っていた槍も持ち主や仲間の血で汚れているものや、死体や意識を失った身体の下になっているので、敢えてそれを集めようとはレイも思わなかった。
槍を集めるのは、レイにとってはあくまでもついでだ。
……もっとも、その槍に関しても黄昏の槍がある現在は、本来なら集める必要はないのだが。
「これだけ騒いだんだから、当然俺の存在には気が付いてる筈だよな? ……まぁ、セトの存在に気が付いて俺を連想してるって可能性もあるけど」
呟きながら、建物の中を進む。
とはいえ、最初と違って誰かが出て来る様子はない。
レイが来たということで怯えて隠れているのか、それともレイを攻撃するのに集中する為に、どこかに人を集めているのか。
どうなっているのかはレイにも分からなかったが、ともあれ今は自分を襲うという決断をした組織に殴り込みをしているのだから、遠慮する必要はないと判断して行動する。
最初に見つけた部屋に入ってみたが、そこは特に何もない部屋だった。
……そう。それは文字通りの意味で何もないのだ。
椅子やテーブルの一つでもあれば多少なりとも生活の痕跡があると理解出来たのだろうが、そのような類の物も何一つ存在しない。
「何の部屋だ? ……待機部屋とか?」
そう考えるも、それこそ待機部屋の類なら椅子やソファがあってもおかしくはない。
取りあえず何もない部屋ということで、次の部屋に向かう。
(俺を待ち伏せするなら、それこそああいう部屋の方が動きやすくていいんじゃないのか? ……もっとも、そうなると俺の攻撃から逃げられないってことを意味してるけど)
家具の類があれば、それこそ隠れたりといったことは出来る。
だが、あのように何もない部屋であれば、当然のように隠れたりは出来ない。
(倉庫って訳でもなさそうだし)
何も物がない場所となれば、倉庫として使ってもおかしくはない。
また、レイとしてもここが倉庫であれば、何らかのマジックアイテムを入手出来たという可能性があった。
(いや、今更そんなことを考えてもな。……まずは、次の部屋だ)
そう判断し、次の部屋の扉を開け……
「ひっ、ひぃっ! な、な、何ですか!?」
扉を開けた瞬間、怯えた声がレイの耳に入ってくる。
敵が待ち受けているだろうという思いを抱いていたレイだったが、部屋の中にいたのは気弱そうな中年の男。
「えーと……」
これには、レイもどう反応すればいいのか迷う。
例えば、筋骨隆々で悪人顔の男がいれば、自分を待ち受けていた相手だと認識し、戦いを挑むことも出来るだろう。
もしくは、青い槍を手にした者達が待ち受けていたというのでも、攻撃をするという選択はすることが出来る。
だが……こうして、明らかに予想外の相手がいるとなると、レイもどう対処したらいいのか迷い、取りあえず尋ねる。
「お前は青の槍に所属してる奴か?」
この態度から何となく違うだろうなという思いを抱きつつ尋ねるレイだったが、予想通り男はレイの言葉に首を横に振る。
「いえ、ちがいます。わ、わ、私は、その……少し事情があってこの建物に連れてこられただけで……」
「連れてこられた? ……まぁ、裏の組織だし、そんなことをやってもおかしくはないか」
男の言葉に納得するレイだったが、同時に何故このようなひ弱そうな中年の男を連れてくる必要が? という疑問を抱く。
例えば、これが若く美しい女なら、レイも連れて来た理由が分かる。
だが、それが中年の貧相な男。
一体何の用事があってこのような男を連れて来たのか、レイには全く分からなかった。
「事情があるって言ってたな。それはどういう事情だ?」
「いえ、それは、その……」
まさか自分が連れてこられた理由を聞かれるとは思わなかったのか、男は口籠もる。
「何だ? 俺に言えないような理由なのか?」
「違います! 実はその、私は以前飾りを作る仕事をしてまして。それを知ったこの組織の人達が私をここに連れて来たんです」
「……飾り?」
「はい。槍の石突きの部分を自分だけの形にするのがこの組織では流行っているらしく……」
「ああ、なるほど」
納得するも、裏の組織がそのような……言ってみればお洒落をするというのは、どうなのだ? という思いがレイの中にはある。
(いや、日本の戦国時代とかでも、兜とか鎧とかを自分専用の物にして、目立っていたって話だし。……まぁ、戦国武将と裏の組織の人間が同じようなことをするとは、ちょっと思えないけど)
一応敵ではないと判断しつつ、暗殺者に狙われ続けたことを考えると、それこそ完全に信用することは出来ない。
もしかしたら、青の槍のメンバーが自分を油断させようとしているのではないかとすら、思ってしまう。
とはいえ、まさか明確に敵対している訳ではなく、それどころか見るからに悪人とは思えない相手に手を出す訳にもいかない。
「取りあえず、この青の槍という組織は今日で潰れる。このままここにいれば、お前も戦いに巻き込まれることになるかもしれないから、さっさと出て行った方がいい。……ああ、その前に一つ聞いておきたいんだが、青の槍の他の連中はどこに行ったか分かるか?」
「いえ、分かりません。突然皆で出て行ったので」
「そうか」
半ば予想はしていたが、それでもやはり残念だという気持ちがレイの中にはあった。
「じゃあ、とっとと建物から出てくれ。場合によっては、建物諸共なくなる可能性があるからな」
「わ、分かりました。では、私はこの辺で失礼します。助けてくれてありがとうございました」
そう言い、何度も頭を下げて去っていく。
……実は、もしかしたら……本当にもしかしたら敵が無害な一般人を装っているのではないかと、若干ながらも怪しんでいたレイだったが、結局何もなく出て行った男には何だか肩すかしを食らったような、微妙な気分になるのだった。
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