第2193話
スラム街の中を進むレイとラザリア、セトの二人と一匹。
スラム街と一口に言っても、そこには色々な場所がある。
レイが黒犬に所属する男と出会ったような大通りもあれば、その男がレイを黒犬のアジトまで連れて行く時に通ったような狭い道もある。
そのような分類をする場合、ラザリアが通っているのは間違いなく狭い道だった。
……それこそ、セトが再びサイズ変更を使わないといけないような、狭い道だ。
当然のように、セトがサイズ変更を使って七十cm程度まで縮むのを見たラザリアは、驚いた。
まさか、セトが小さくなれるとは思ってもいなかったのだろう。
レイがこうも簡単にサイズ変更のスキルを見せたのは、既にレイをアジトまで連れていった男の前で見せていた為だ。
間違いなくあの男から黒犬に情報が伝わっている筈だった。
セトの持っている未知のスキルとなれば、その情報は非常に大きな価値がある。
それこそ、多くの者が知りたいと思える情報だろう。
とはいえ、黒犬がそう簡単に自分の持っている情報を売るとはレイには思えなかったが。
それでも黒犬にサイズ変更のスキルを知られたのは間違いない以上、ラザリアの前で使っても構わないというのが、レイの考えだった。
「それにしても、随分とまた狭い道を通るんだな」
レイの呟きに、前を歩いているラザリアは頷いて口を開く。
「最初はもう少し広い道を通ろうと思ってたんですけど、セトちゃんが小さくなれると知ったので。大きな道って、どうしても人目に付きやすいので、僕はともかくレイさんとセトちゃんが歩いていると、どうしても目立つんですよね」
「あー……まぁ、そうだろうな」
「グルゥ?」
レイがラザリアの言葉に同意すると、セトはそう? と小首を傾げる。
いつでも目立っているセトにとっては、敢えて目立つと言われても、そこまで気にすることはないのだろう。
(俺だけなら、ドラゴンローブの効果もあって、多分目立たないと思うけど……そうなればそうなったで、また別の面倒に巻き込まれそうな気がするんだよな)
セトがいない場合、レイをレイと認識出来ないと、それはただの魔法使い見習い、もしくは冒険者になったばかりの、魔法使いと認識されることが多い。
それだけに、スラム街の住人にしてみれば手頃な獲物と認識されてもおかしくはなかった。
……もっとも、そうして勘違いしてレイに襲い掛かった場合は、最終的に最悪の結末を迎えることになるだろうが。
「道はともあれ……最初の組織のアジトに到着するのはどのくらいだ?」
「もうすぐですよ。相手もギルムに来たばかりなので、広い道ならともかく、こういう抜け道のような細い道は全て把握してないんですよね。だから、敵に邪魔されることなくアジトに到着する訳です。……ほら、あそこを見て下さい」
そう言ったラザリアが示したのは、細い道を曲がった先にある建物。
三階建てと、黒犬のアジトよりも大きい。
……ただし、外見はかなり古く、大きな地震でも来ればすぐに崩壊してしまいそうな、そんな建物だ。
「あれが?」
「はい。青の槍という組織です。その言葉通り、槍を使う者が多いと言われています」
「……槍、ね」
ラザリアの言葉に、今回の一件で遭遇した暗殺者の中に槍を持っていた相手がいたか? と思い出すレイだったが、特に思い出すような相手はいなかった。
もしかしたら槍を武器にしていた相手もいたのかもしれないが、レイの記憶に残る程の強さや驚きを見せることがなかったのだろう。
「それで、その青の槍って組織が俺に暗殺者を送ってきたのは間違いないんだな? まさかないとは思うけど、実はこの青の槍って組織が単純に黒犬と敵対しているから俺を騙して潰させようと……いや、そんな様子はないか」
コクコクコクコクコクと、何度も繰り返し頷くラザリア。
ラザリアにしてみれば、レイを騙して利用するというのは自殺行為にしか思えない。
少なくても、ラザリアはそんなことをするつもりはなかった。
……もっとも、ラザリアは前もって教えて貰った場所に案内しているだけなので、もし黒犬の上層部……特にゾラックがレイを利用しているのであれば、ラザリアも騙されている可能性は十分にあるが。
「なら、いい。考えてみれば、ゾラックもそんな馬鹿な真似はしないだろうし」
もしそのような真似をした場合、ゾラックが姉とも母とも慕っているマリーナに嫌われるのは間違いない。
ゾラックがそのような真似をするとも思えず、なら視線の先にある建物が敵の組織の一つが使っているアジトで間違いないだろうと判断する。
(出来れば、あの組織がこの違和感の正体であってくれればいいんだけどな)
レイにしてみれば、正直なところ自分が狙われているというのもそうだが、違和感の方を先に何とかしたいというのが、正直なところだった。
この違和感のせいで、殺気の類も非常に感じにくくなっており、ギルムにいる間ずっとこのような違和感に襲われるというのは、洒落にならない。
勿論、暗殺者の件を放っておくのが出来ないというのも間違いのない事実なのだが。
(取りあえず、警戒は……薄いな)
相手に見られないよう、建物の陰に隠れながら視線を向けると、アジトの警備は必ずしも万全なようには見えなかった。
勿論、警備をしている者がいない訳ではない。
だが、その警備は黒犬のアジトと似たようなものでしかなく、それこそレイという相手と敵対しているにしては随分と生温い。
(あれ? もしかして……俺がスラム街にやって来たって、全く気が付いていないのか? いや、そんなこと……ない、よな?)
レイがスラム街にやって来たというのは、少なくても催眠なり洗脳なりを使う暗殺者は知っている筈だ。
実際にスラム街でレイは襲われたのだから。
だというのに、アジトを守る者が何故かレイを警戒した様子が全くないのが気に掛かる。
一体、何があればそんな真似をするのか。
それが、レイには全く分からない。
(いや、もしかして……俺がスラム街にいるってのに気が付いていないのか? 槍を象徴的な武器にしている組織と、催眠や洗脳を使う暗殺者となれば、得意分野的に全く違う。そして、新興の組織だろうとなんだろうと、別の組織であるのは間違いない)
レイを倒すということで、現在は協力しているだろう新興の組織達だが、それはレイを倒してしまえば協力する必要がないということも意味している。
戦後――という表現は些か大袈裟かもしれないが――のことを考えれば、自分達以外の組織には出来るだけ弱くなっていて欲しいと思うのは、そうおかしな話ではなかった。
とはいえ、それはあくまでもレイの予想でしかないのだが。
「それで、どうするんですか? セトちゃんがいるとなると、陽動で……」
「は?」
ラザリアの言葉に、レイは何を言ってるのかと本気で分からないような視線を向ける。
それはレイだけではなく、セトですら同じような視線を向けていた。
「え?」
そんな一人と一匹の視線を向けられたラザリアは、それこそレイとセトの言動の意味が理解出来なかった。
「えっと、その……あの建物に攻め込むんですよね? なら、相手の陽動とかをする必要が……」
「それはいらないな。寧ろ、陽動とかしないで正面から乗り込んで相手を倒す。そうすることで、こっちの強さを敵に……あの青の槍とかいう組織以外の組織にも教えてやることが出来る」
「……その、本気なんですか?」
ラザリアにしてみれば、本気ではなく正気ですか? と聞きたいのが正直なところだろう。
組織を潰しに行くというのは聞いていた。聞いてはいたが……それこそ、レイが得意としているような炎の魔法を使って、どうにかするのではないかと思っていたからだ。
……実際、レイもそれを考えないではなかった。
だが、そのような真似をして建物そのものを消滅させてしまった場合、自分を狙っている暗殺者の情報や、何よりもギルムに来てからの違和感についての情報も聞き出すことが出来なくなってしまう。
それ以外にも、青の槍が持っているマジックアイテムも燃やしつくされてしまう。
何らかの依頼ではなく、あくまでも自分を暗殺しようとする相手をどうにかしようとしている以上、レイとしては出来れば青の槍を始めとした組織が所有しているマジックアイテムやお宝の類は迷惑料として貰っておきたかった。
その辺の事情を考えれば、やはり正面から叩き潰すのが最善の選択だと、レイはそう判断した。
……とはいえ、これはあくまでも異名持ち冒険者のレイだからこそ出来ることであり、普通の冒険者がやろうとしても、自殺行為以外のなにものでもないのだが。
「本気だ。取りあえずラザリアはここで隠れてろ。出来る限り青の槍の連中には見つからないようにな。セト、行くぞ」
「グルゥ」
「えっ、あ、ちょ……」
ラザリアをその場に残し、レイは特に緊張した様子もなく青の槍のアジトに向かって進む。
当然のように、レイに呼びかけられたセトもそれに続き、一人残されたラザリアはレイにどう声を掛ければいいのか迷っている間に、既にレイはラザリアから離れていた。
もしここでラザリアがレイに声を掛ければ、その声は間違いなく青の槍のアジトの護衛達にも聞こえてしまうだろう。
それを理解したラザリアは、大人しく建物の陰に隠れる。
出来るだけ早く青の槍が壊滅するように祈りながら。
「ん? おい、あれ」
そう言ったのは、青の槍の一員。
組織の名称に相応しく、その手には青く染められた槍が握られている。
声を掛けられた男も同様に、青い槍を持っていた。
「グリフォンって……ちぃっ、殴り込みだ! 俺は少しでも時間を稼ぐから、お前は建物の中にいる連中に知らせてこい!」
青の槍は、レイと敵対している。
そうなれば、当然のように組織に所属している構成員にはそのことを知らせていた。
他の組織にも言えるが、不運だったのは組織としてギルムにやって来たことだろう。
だからこそ、レイについての情報は知っていても、本当にどれだけの実力があるのかというのは分からなかった。
勿論、情報屋の類から色々な情報を買ったり、もしくは暴力で奪ったりといった真似をして情報を集めてはいたのだが。
だが、やはり人から聞いただけでしかないというのは、この場合非常に大きい。
だからこそ、青の槍の護衛は自分が時間稼ぎをしている間に、援軍を呼んでこいと仲間に告げたのだ。
戦って勝てるとは思っていないし、時間稼ぎも出来るかどうか難しい。
だが、別に時間稼ぎをするからといって、必ずしも戦う必要がある訳ではなかった。
同僚の男が頼むと一言だけ短く告げてアジトの中に入ったのを見ると、残された一人は緊張した様子を何とか誤魔化し、意図的に軽い口調で話し掛ける。
「深紅のレイさんですね? 一体うちの組織に何の用でしょう?」
「用か、この場合は言われないと分からないか?」
「はい? 一体、何のことなのかさっぱり。うちの組織は……がっ!」
レイと揉めたことはない。
そう言おうとした男だったが、最後まで言うよりも前に前に進み出たレイが男の首を右手で鷲掴みにする。
それだけで、男は身動きの一つも出来なくなった。
……いや、正確には手足を動かそうと思えば動かすことは出来るのだが、もしそうした場合は、それこそ喉を握り潰されると、半ば本能的に悟ったのだ。
この辺、腐っても裏組織の人間ということか。
「残念ながら嘘は嫌いなんだよな。そんな訳で、お前は少し寝てろ」
そう告げると、右手で首を握ったまま左手で男の腹を殴る。
内蔵は破裂しないが、骨の折れた感触がレイの左手に伝わってきた。
その痛みと衝撃で、一瞬にして意識を失う男。
「ふん」
そんな男を、レイは片手で掴んだまま放り投げる。
……これで、レイの身長が男よりも高ければ様になったのかもしれないが、生憎とレイの身長は決して高くはない。
よって、男が首を掴まれている時も、その足は浮かんでいる訳ではなく……普通に地面についていた。
こうして地面に放り投げられた時も、軽く足を地面に擦りつけながら吹き飛ばされていたのだが……それによって地面に投げ捨てられた速度が多少なりとも低くなったのは、男にとって数少ない幸運だったのだろう。
「セト、俺は建物の中に行くから、お前は外で見張っててくれ。逃げ出す奴や、何らかの理由で外に出ていたのが戻ってきたら、倒して欲しい」
男の手から落ちた青い槍を拾ってミスティリングに収納しながら、レイはセトに頼む。
当然、セトがレイの頼みを聞かない訳がなく、任せて! と喉を鳴らす。
そんなセトの頭を一撫でした後で、レイは青の槍のアジトに入っていくのだった。
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