第2195話

「予想外に人がいないな。……分かってはいたことだけど」


 呟きながら、レイは建物の中を見て回る。

 先程の中年の男も、実は自分を騙していた青の槍の構成員ではないかという、レイの予想とは裏腹に、本当にレイに何らかの攻撃をしてくるようなこともせず、そのまま建物を出て行った。


「あ」


 ふと、セトに建物から出て行く奴については任せていたことを思い出したレイだったが、そう言えば先程の男の悲鳴の類が聞こえてくるようなこともなかったと、そう思う。


(セトから見ても、あの男は特に何の問題もない相手だと、そう理解されたのか? ……まぁ、見掛けからして、無力そうな相手だったしな)


 先程の男のことが気になったレイだったが、取りあえずセトに襲われたと思しき悲鳴が聞こえてこないので、放っておくことにする。

 ……実際、レイは知らなかったが、セトから見ても建物から出て来た男は戦闘力を持っていないような普通の男にしか見えなかったし、セトの持つ野生の勘――野生という言葉に疑問を持つ者も多いが――でも、問題ない相手として見逃していた。


「お、これはなかなか」


 新たに入った部屋の中は、事務所とでも言うべき様相となっており、それを見たレイはここなら何かいい物でもあるのではないかと、そんな思いを抱く。


「というか、裏の組織でも事務処理とかそういうのはやるんだな。……意外、でもないか?」


 呟きつつ、どうせこの組織は消滅するのだからと、木で出来た椅子や机をミスティリングに収納しておく。

 取りあえず投げればある程度の武器にはなるし、木で出来ている以上、薪としても使えるだろうと判断した為だ。

 部屋の中にあった五つの椅子と机をミスティリングに収納すると、次にレイが視線を向けたのは、書類を始めとして、様々な物が入っていると思われる棚。

 ……とはいえ、その棚に何か重要な物が入っているとはレイも思わない。

 もし重要な物であれば、それこそどこかに隠しておくだろうと、そう判断していた。


「それでも、もしかしたら何らかの重要な物が入っている可能性は否定出来ないしな。……おーい、青の槍! お前達が俺から逃げ隠れしているのはいいけど、そうなればこの建物の中にある色んな物が俺に奪われるぞ! それでもいいのか!?」


 相手を挑発する意味を込めて叫ぶレイ。

 勿論、この叫びで相手が本気で出て来るとは思っていない。

 それでも、もしかしたら……本当に万が一ではあるが、そのようなことになる可能性がある以上、やるだけやっておいた方がいいのは間違いなかった。

 レイも大事な物が特に何かあるとは思っていなかったが、実は何かあった場合、出て来ないという選択肢は向こうにはないだろうという思いも強い。

 ……とはいえ、幾らレイが叫んでも誰かが出て来る様子はなかった。


「もしかして、逃げたんじゃないだろうな? 一応、建物の外にセトがいるから、逃げられる筈はないけど。……あ、でも地下通路を作っているとかになれば、また話は別か」


 地下通路を使って、この建物のすぐ外ではなく、もっと別の場所……それこそ、この建物からかなり離れた場所に出入り口を作っていれば、幾らセトでもそれを察知するのは難しい。

 外を移動するのなら、それこそ臭いや音で敵の存在に気が付くといったことは出来るかもしないが、地面の下を移動するとなると……それは難しい。


「あー……失敗したか? 裏の組織、それも新興の組織だけに、正面から攻撃されたら逃げるなんて真似をしないと思っていたんだけど」


 裏の世界というのは、面子が大きな意味を持つ。

 特に青の槍を始めとしてレイの暗殺を狙っている組織は、新興の組織だけに余計に面子やプライドを大事にする。

 そうしなければ、与しやすい敵と判断されて余計な敵を作ることになりかねないのだ。

 だからこそ、例えレイであっても……一人がアジトに攻めて来たからといって、組織そのものが逃げるといったような手段を取るとは思えなかった。

 何より、レイは青の槍を含めた新興組織に狙われている立場なのだ。

 それだけに、自分が狙っている相手が反撃をしてくれば逃げるといった真似をするとなれば、面子は完全に潰れる。

 これからギルムで活動しようというのに、そのように面子が潰れれば、活動するのは難しい。

 ……実際には、レイが攻めてくると聞かされて無事にどうこう出来るのかといった問題もあるのだが、それは実際に今回の戦いに関わった者でなければ理解は出来ないだろう。


「このまま逃げるつもりなのかー? 青の槍なんて立派な名前じゃなくて、逃げ足上手とか、そういう名前の方がいいんじゃないのかー?」


 半ば……いや、完全に挑発の意味を込めて叫ぶレイだったが、そんなレイに対して戻ってくる返事はない。


(これ、本当にもうこの建物に誰もいないんじゃないか?)


 そんな疑問を抱きつつ、一階部分を見て回ったレイは、階段を使って二階に向かう。

 だが、もしかしたらこの建物に青の槍の者がいないのではないかというレイの予想は、二階に上がった時点で外れる事になった。


「へぇ。どうやら、逃げるって選択はしなかったみたいだな」


 二階には廊下があり、扉が幾つか規則的に並んでいた。

 そんな中、一番奥の扉、廊下の突き当たりにあるその扉から複数の人の気配が……そして、レイが二階に上がったのを向こうも理解したのか、強い殺気が漂ってきたのだ。

 もっとも、その殺気の原因の幾つかは散々レイが相手を挑発したことがあったりもしたのだが。


「さて、そうなると……まずは挨拶からだな」


 呟き、レイはミスティリングの中からこの建物に入る前に倒した男から奪った青い槍を取り出し、そのまま数歩の助走をした後で投擲する。

 久しぶりの、黄昏の槍ではない槍の投擲。

 だが、青の槍という組織に先制の挨拶をするという意味では、この槍こそが一番相応しいと、そうレイには思えた。

 レイの力によって投擲された槍は、空気そのものを斬り裂くようにしながら鋭い音を立てつつ、真っ直ぐに進み……やがて、進行方向にある扉を貫通して、部屋の中に向かう。


「ぐぎゃっ!」

「うわっ、くそっ! 何だ!?」

「敵だ、レイがやったんだ!」


 扉の向こうから聞こえてくる叫び声。

 ……普通なら、槍を投擲した場合は扉に突き刺さるか、場合によっては扉を破壊することはあるだろうが、そのようなことはせず貫通しているという点が、レイの投擲の恐ろしいところだ。

 レイの持つ膂力と身体の捻り、槍から手を離すタイミング。

 そのどれか一つでも間違えば、槍にそこまでの威力を与えることは出来なかっただろう。

 それが出来るという一点において、レイの槍の投擲に関する技術は他人を圧倒していた。

 とはいえ、本人は自分の投擲した槍の様子を全く気にせず、武器を手にしないままで通路を進む。

 やがて扉の前に到着したレイは、槍によって生まれた穴から中の様子を観察するが、混乱しているのがこれ以上ない程に分かった。

 ……当然だろう。自分達が待ち構えていたのに、まさか待ち構えていた相手から先制攻撃をされるとは、思ってもいなかったのだから。


(もっとも、全員が混乱している訳じゃないらしいが)


 現在、扉の向こうでは混乱している気配が感じるのは間違いないが、同時に自分に向けて放たれる殺気の類も完全になくなった訳ではない。

 それこそ、もしレイが扉を開けて中に入ってきたら、すぐにでも攻撃をしようと待ち構えている相手が何人かいるのは間違いなかった。

 それが分かっている以上、レイも大人しく敵の策略に嵌まろうなどとは考えない。

 青い槍で貫通された扉に向かい、足を振るう。

 それも前蹴り……いわゆる、ヤクザキックと呼ばれているような、足の甲ではなく裏で放つ蹴り。

 何らかの金属や、もしくは魔法金属の類で出来ている扉なら、あるいはレイの蹴りを食らっても持ち堪えることが出来たかもしれない。

 だが、スラム街にある建物。それも新興の組織が所有する建物に、そのような物がある筈もない。

 いや、あるいは金属の扉なら何とか出来たかもしれないが、レイが蹴った扉は木造だった。

 蹴りによって吹き飛ばされた扉は、蝶番諸共に吹き飛んでいく。


「ぬおおおおっ!」

「馬鹿なっ!」


 吹き飛んだ扉に当たったのか、そんな悲鳴が聞こえてくる。

 レイはそんな声を全く気にした様子もなく部屋の中に入り、その部屋が二十畳近い、かなりの広さを持つ部屋だと理解するや否や、ミスティリングからデスサイズを取り出し、振るう。


「パワースラッシュ!」


 一撃の威力が増すその斬撃は、すぐ近くにいた数人を纏めて吹き飛ばす。

 不運なのは、振るわれたデスサイズに最初に当たった男だろう。

 パワースラッシュのレベルは、現在三。

 極端に威力の跳ね上がるレベル五には達していないが、それでもレイの膂力とデスサイズの持つ重量が命中した結果……その男の上半身は肉片と血霧となってレイが攻撃を放った方向に飛んでいく。

 また、それだけではない。

 内臓が顔面に命中して口の中に入ったり、骨片によって至近距離で散弾銃を食らったかのようなダメージを受けたりといった者もいる。

 最初に攻撃が命中した男は一瞬にして上半身を砕かれたが、当然のようにデスサイズの一撃はそれで止まらない。

 とはいえ、最初の男の上半身を吹き飛ばした影響で威力は大分下がっており、幸いなことに二人目以降の男達はデスサイズが命中しても最初の男のように上半身が粉々になるようなことはなく、上半身が無事なまま吹き飛び、仲間にぶつかって動きが止まる。


「ちぃっ! 来たぞ、レイだ! 殺せぇっ!」


 部屋の奥にいた男が、部屋の中に入ってきたレイを見て叫ぶ。

 五十代くらいの、強面の男。

 その男の鋭い声に青の槍の所属している者達は一斉にレイに向けて攻撃する。

 当然のように、攻撃するのはそれぞれが持っている青い槍だ。

 レイの近くにいた者の多くが一斉に突き出す槍。

 槍衾といった表現が相応しいような、そんな攻撃。

 だが、レイはその一撃をミスティリングから取り出した黄昏の槍で弾く。

 ……もう片方の手で持っていたデスサイズは、黄昏の槍を振るった時の反動を利用して、レイの後ろに回り込もうしていた男の胴体を上下真っ二つにする。

 本来なら、槍衾と表現してもいいだけの数の槍を、一人の攻撃でどうにか出来る筈はない。

 だが……それはあくまでも普通ならばの話だ。

 レイの振るう一撃が、普通などということは有り得なかった。


「うおおおおおおっ!」


 何が起きたのか分からず、吹き飛ばされながら悲鳴を上げる男。

 それでも手に持っていた青い槍を手放さなかったのは、さすがと言うべきだろう。

 ……それでも、吹き飛ばされてしまったのを考えると、すぐに戦力として戻るのは無理なのだが。


「多連斬」


 集まっている男達に向かい、デスサイズを振るう。

 青い槍を盾にしようとした男もいたのだが、デスサイズは青い槍の柄をあっさりと切断して、その胴体を袈裟懸けに斬り裂く。

 ……だが、当然のようにその一撃だけでは終わらない。

 振るわれたデスサイズの一撃は、何もしていないのに周囲にいる他の者達に対しても同時に三つの斬撃が放たれる。

 何が起きたのか、全く分からない状態で、そこにいた他の者達は身体を斬り裂かれ、吹き飛ばされていく。


(ある意味でちょうどいい相手だよな)


 多数の……それも裏の組織の人間を相手にしてるとは思えない感想を口にするレイ。

 どうせなら、今まであまり使う機会がなかったスキルもちょうどいいのでここで使ってしまえと、そんな風に思われているとは、青の槍の面々も思わないだろう。


「マジックシールド」


 光の盾が生み出され、その光の盾を展開したまま敵に突っ込んでいく。


「ペインバースト!」

「うぎゃあああああああああああああああああああああああああああっ!」


 ペインバーストを使って振るわれたデスサイズによって右肩を切断された男が、身も蓋もないといった様子で叫ぶ。

 攻撃した時の痛みを増加させるペインバーストは現在レベル三で、相手に本来の痛みの八倍の痛みを与える能力を持っている。

 右肩を切断され、本来の八倍の痛みを与えられれば、それこそ大の男が泣き叫んでもおかしくはない。

 床を転がり回っている男の首を、掬い上げるようなデスサイズの一撃で切断し、半ば破れかぶれになったかのように襲い掛かって来た男の青い槍をマジックシールドで防ぎ、黄昏の槍で胴体を貫く。


「ペネトレイト!」


 首を切断したデスサイズの動きを手の力で強引に止め、再度別のスキルを発動。

 デスサイズの石突きの部分が風を纏い、近くにいた男の胴体を貫く。

 そうして槍とデスサイズの両方で胴体を貫くと、双方の身体を貫いたままの武器を持ち、大きく振るう。

 その衝撃で飛んでく二人の男の身体。

 その死体を半ば反射的に回避した男達の中を強引に突破し……


「さて、どうする?」


 指示をしていた男の首の後ろにデスサイズの刃を触れさせ、そう尋ねるのだった。

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