第2167話
「レイ? どうしたんだ?」
街中を見回っていた警備兵は、レイの姿を見るとそう声を掛ける。
いつものように軽い調子で声を掛けたのだが、その表情はすぐに真剣なものへと変わった。
レイの様子を見て、これが生半可な出来事ではないと、そう考えたからだろう。
「実は、ちょっと暗殺者に襲われてな」
「……大丈夫なのか?」
暗殺者に襲われたと聞き、レイの様子を確認する警備兵。
だが、レイはそんな警備兵に何も問題はないと、頷きを返す。
「俺がその辺の暗殺者に、そう簡単にどうこうされると思うか? 襲ってきた奴の大半は捕らえてあるよ。……一人、戦いの流れの中で殺してしまった奴がいたが」
「それはしょうがない」
レイの言葉を聞いた警備兵は、特に責めるでもなくそう告げる。
警備兵にしてみれば、襲ってきた暗殺者を殺したと聞いても、よくやったという思いの方が強い。
もっとも、全員を殺したと聞かされれば、情報を聞き出すことが出来ないので若干責めたかもしれないが。
今回は大半を捕らえているというので、警備兵にとって不満はどこにもない。
「それで、何人くらいの暗殺者に襲われたんだ? 腕の方は?」
「三人だな。そのうちの二人は生かして捕らえてある。戦闘の技量はそこそこだったが、演技が上手かった」
「……二人か。レイのことだから、てっきりもっと大勢の暗殺者に狙われたのかと思ったんだが」
警備兵はレイの実力に強い信頼を抱いている。
それこそ、今のように暗殺者に襲われたと言われても、レイなら撃退するのは難しくないだろうと、そう判断するくらいに。
だからこそ、今回の暗殺者の騒動でもそこまで心配していなかった。
「それだけ、総合的に見て向こうが腕利きだったってことだろ。それで負けそうになったところで自殺しようとしたから、それを止めて手足を縛って、舌を噛み切ったりしないように猿轡を嵌めてあるんだが……引き受けてくれないか? 出来れば、どこから俺の暗殺を依頼されたのか……もしくは命令されたのかというのを知りたい」
「うーん、どうだろうな。尋問を担当してる奴がいれば、ある程度何とかなるかもしれないが」
口籠もる様子から考えて、恐らく何らかの理由があってその尋問を担当している者が忙しいのだろうというのは、レイにも予想出来た。
だがそうなると、レイとしては迷うところだ。
出来れば少しでも早く情報を必要としているのだから。
今回の一件の裏に誰がいるのかというのは、可能な限り早く知りたい。
(となると、騎士団? いや、けど偵察に来た連中を預けてあるしな)
騎士団であれば、その手の専門家も多い可能性がある。
であれば、もしかしたら……本当にもしかしたら、どうにかなる可能性も否定は出来なかった。
「どうする? 警備兵で難しいなら、騎士団に持っていくけど」
その言葉に、警備兵は難しい表情を浮かべる。
警備隊と騎士団は、別に敵対している訳ではない。
それでもお互いにギルムの治安を守っているという意味では競争意識のようなものがあるのだろう。
出来ればその尋問は自分達でやりたいというのが、正直なところだろう。
そんな警備兵の考えを察したレイは、少し考えてから再び口を開く。
「その尋問を担当している者がすぐに動けるのなら、そっちに任せてもいい。けど、無理なようなら騎士団に任せる。……それでどうだ?」
「ぐぬぅ」
レイの言葉に悔しげに呻く警備兵だったが、ここで無理を言おうものなら、それこそレイはすぐにでも騎士団に行ってしまいかねない。
やがて少し考え……警備兵が出来るのは、頷くことだけだった。
「分かった、それでいい。取りあえず生き残りは二人なんだな? なら、俺とレイで連れていこう。それでいいよな?」
そう尋ねる警備兵に、レイも異論はないので頷く。
頷くが……暗殺者のいる場所に向かって歩きながら、ふと疑問に思い、尋ねる。
「警備兵って最低でも二人一組で行動してるんじゃなかったか? なのに、何で今日は一人なんだ?」
「忙しいからだよ。それ以外に理由はあると思うか?」
憂鬱そうに……それこそ疲れきった視線を向けてくる警備兵に、レイが出来るのはそうかと頷くだけだった。
現在のギルムの状況を思えば、警備兵の忙しさを予想するのは難しい話ではない。
(いやまぁ、警備兵よりもダスカー様の方が忙しそうな気がするけど。……その辺は言わない方がいいか)
ギルムの増築計画を開始すると、次から次に襲い掛かってくる面倒事。
ダスカーは、領主としてその面倒事に対処をする必要があった。
おかげで、寝る時と食事をする時くらいしか自由な時間はなくなっているのだが。
……いや、最近は食事をしながら仕事をしていることも多いので、正確には寝る時だけが仕事から解放される時間だった。
(うわぁ)
もし自分がダスカーと同じようなことをしなければならないとしたら、一体どうなるか。
それは考えるまでもなく、途中で投げ出すことになるだろう。
少なくても、今のダスカーのように延々と真面目に書類仕事をしている自分を想像出来ない。
「レイ? どうした?」
「いや、上には上がいると思ってな」
上には上がいる。
その言葉の意味を理解した警備兵は、あまり嬉しくなさそうな表情を見せ、口を開く。
「俺達よりも忙しい奴は、そうそういないと思うぞ? なのに、俺達よりも忙しい奴がいるのか?」
暗に自分達よりも忙しい者はいないと、そう言いたげな様子の警備兵だったが、レイは首を横に振る。
「いや、多分現在のギルムで一番忙しいのは、ダスカー様だ。それこそ、文字通りの意味で一日中書類仕事をしてるし」
「うげぇ」
一日中書類仕事と聞き、数秒前の忙しさを自慢していた警備兵の表情が、心の底から嫌そうなものになる。
警備兵をやっているのを見れば明らかなように、書類仕事よりも外で身体を動かしている方が楽なのだろう。
「どうだ? 今のを聞いても、自分の方が忙しいと言えるか?」
「いや、俺の方がまだ楽だ。……とてもじゃないけど、俺にはそんな真似は出来ない」
「だろ? ……俺もそういうのは絶対にごめんだな」
ダスカーのように書類仕事をやらなければならないのなら、レイは今のように外で色々な役目を任されて動き回っている方がいい。
……それはそれで面倒ではあるのだが、セトと一緒に移動していれば、離れた場所まで移動するのにそう時間は掛からない。
であれば、こちらの方が圧倒的に楽だった。
「っと、この先の行き止まりの場所だ。分かるか?」
「ああ。この辺は結構入り組んでるけど、警備兵をやるなら嫌でも覚える必要があるからな。……面倒なのは、こういう道も時々意味もなく変わってしまうということか」
「それは分かる」
レイもまた、セトと共に裏路地のような場所を通ることが多い。
それだけに、以前……それこそ数日前は通れた筈の場所が、ふと気が付けば何故か通れなくなっているという経験をしたことも珍しくはない。
そうしたのは、喧嘩が原因で壊されたり、それを直したり、もしくは勝手に家を建て替えたりといったこと……それ以外にも様々な理由で起きる現象だ。
そのように様々な理由で起きるからこそ、道は複雑になる。
幸いにして、レイが暗殺者に襲われた場所は特に何かがあるような場所ではなく、あっさりと戻ってくることが出来た。……元々そこまで複雑な場所ではないからこそ、レイはセトと共にそれなりに自由に歩き回ることが出来ていたのだが。
そうして行き止まりの場所に到着した警備兵が驚いたのは、暗殺者と思われる二人がどうあがいても抜け出せないように縛られ、更には猿轡まで嵌められていたことだ。
一応レイから前もって聞かされてはいたが、それでも目の前で縛られている男女を見れば、驚くなという方が無理だった。
「これは、また。……うん。レイにそういう趣味があってもいいけど、それを表に出すのはどうかと思うぞ?」
「何を言ってるんだ、何を。これは別に俺の趣味がどうこうとか、そういう問題じゃない。あくまでも自殺しないようにする為の処置だ」
妙な趣味を持っていると誤解されたくないレイは、警備兵にそう言葉を返す。
もっとも、手足が動かせないように縛られており、猿轡まで嵌められているのだ。
その上、男はともかく女は美人と言われれば多くの者が納得するような顔立ちである以上、警備兵がそんな風にからかってきてもおかしな話ではない。
「グルゥ!」
二人の男女を見張っていたセトが、戻ってきたレイに嬉しそうに鳴き声を上げながら近づいている。
レイがそんなセトの頭を撫でている間に、警備兵は縛られていない男……レイによって背骨を踏み砕かれて絶命した男に近づき、検分する。
とはいえ、ここでそこまで詳しい調査をしたりはせず、ざっと調べただけですぐにレイに声を掛ける。
「レイ、悪いけどこの死体も運んでくれないか? 一応、色々と調べてみたい」
「ああ、別に構わないぞ」
普通なら、死体を運ぶと言われてもこうも素直に頷くことは出来ない。
だがそれをやるのは、ミスティリングを持っているレイだ。
生きてる人間をミスティリングに収納することは出来ないが、死体となれば話は変わる。
そもそもがモンスターの死体を普通に入れているのだ。
……もっとも、モンスターと人では大きく違うが。
ともあれ、日に日に気温は上がり、既に半分夏のような陽気だ。
このまま死体を置いておけば、悪臭が周囲に広がり、やがてそれは疫病をもたらすか、もしくはその前にアンデッドになって周囲にいる者達を襲うか。
周囲に迷惑を掛ける前に、ミスティリングに収納してしまうのが手っ取り早かった。
「さて、後はこの二人だけど……まだ気絶しているみたいだし、このままセトに運んで貰うってことでいいか?」
「え? レイがいいのならそれで構わないけど……いいのか?」
「グルゥ!」
警備兵の言葉に、セトは任せて! と鳴き声を上げる。
そんなセトの様子に、警備兵は感謝し……レイと二人で、背の上に気絶したままの二人を乗せる。
セトは特に気にした様子もなく、気絶した暗殺者二人を乗せたまま、歩き出す。
「よし、じゃあ詰め所に行くか。……いればいいんだけどな」
警備兵が特定の名前を出した訳ではなかったが、それでも誰のことを言ってるのか、レイにも分かった。
暗殺者を尋問するべき人物のことだろう、と。
(いない場合は騎士団に連れていけばいいから、俺はその辺を特に気にはしてないけどな。……ただ、それでも今回の一件を考えると、出来れば警備隊の詰め所で尋問を出来れば、それが一番いいんだけど。……こんな視線を受けながら、移動するのはあまり面白くないし)
そう思いながら、ドラゴンローブのフードを被った状態で周囲の様子を確認する。
すると、表通りに出た瞬間から多くの者が自分を見ているのが分かった。
当然だろう。レイはともかく、セトはギルムでは非常に有名だ。
そんなセトが、背中に手足を縛られ、猿轡を嵌められている男女二人を揃って背中に乗せているのだ。
それで目立たない筈がない。
(こうして目立つのは嫌だけど……)
フードで顔を隠しながら、レイの視線は未だに気絶したままの二人の暗殺者に向けられる。
暗殺者というのは、基本的に闇から闇を渡る者。
相手の不意を突き、殺すのが一般的だ。
そういう意味では、レイが見た小芝居はかなり慣れたものだった。
そのような暗殺者が、こうして縛られて大勢の前を移動し……結果として多くの者に顔を覚えられるというのは、暗殺者としては大きな……大きすぎるマイナスだろう。
少なくても、レイが暗殺者であれば、とっととギルムから出て行くか、何らかの手段で顔を変えるような必要が出て来る。
「俺がいてよかっただろ?」
「まぁ、それは否定しない」
警備兵の言葉に、レイはしみじみとそう返す。
もし警備兵が一緒にいなかった場合、人さらいか何かに間違われてもおかしくはないからだ。
そのようなことになったら、間違いなく面倒なことになってしまうだろう。
だが、こうして警備兵が一緒にいることで、レイとセトに後ろめたいことはないと保証してくれている。
今のような状況を思えば、警備兵が一緒にいるというのは非常にありがたかった。
そうして歩き続け……好奇心の視線を向けられるのにうんざりとしてきた頃、レイ達はようやく警備兵の詰め所に到着する。
「おう、じゃあちょっと待っててくれ。中をちょっと見てくる」
そう言いながら、警備兵は詰め所の中に入っていったのだが……レイから見れば、それこそ逃げたようにしか見えなかった。
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