第2141話

「助かった」


 そう言い騎士が冒険者達に頭を下げる。

 この場の責任者ということになっている騎士だけに、偵察に来た相手を一人残らず捕まえることが出来たというのは大きいのだろう。

 夕食でケルベロスの肉や牙を持つ魚を焼いて食べていた時も嬉しそうにしていたが、ここに偵察に来た者達を捕らえたことによって浮かぶ笑みは、食事の時とはまた違った笑みだ。


(そう言えば、結局あの牙の魚は獲ってないんだよな)


 魔石がないということが判明し、レイがやる気をなくしたというのが、その理由だった。

 もっとも、魚の味そのものはそれなりに美味かったし大きいだけあって身の量もあったので、食材として見れば有望かもしれないが。


「気にするな。俺達はここの護衛を任されてるんだから、仕事を果たしただけだ。……にしても、一人や二人ならともかく、十人以上が一度に来るとは思わなかったな。それも、見るからに全員が仲間だし」


 捕まった者達は、全員が黒装束で同じ覆面をしていた。

 これで実は皆が何の関係がないんですと言っても、そこに説得力は存在しない。


「そうなると、どこの手の者なのか……もしくは、雇われた者達なのかが重要になってくるな。とはいえ、こういう連中は簡単に口を割ったりしないんだが」


 はぁ、と。溜息と共にそう呟く騎士。

 場合によっては簡単に上司や雇い主を吐くこともあるが、残念ながらこの黒装束の男達はそのようなタイプには見えない。


「誰か、あの連中の顔に見覚えがある奴はいるか?」


 全員が覆面をしていたが、今は猿轡を噛まされているので当然のように覆面も剥がされ、顔は剥き出しになっている。

 十人以上いるのを考えれば、もしかしたらこの男の顔に見覚えのある者がいてもおかしくはないと、そう思って騎士も尋ねたのだろうが……それに返ってきたのは、全員が首を横に振るというものだった。


「誰も見覚えないのか? 全員が?」


 騎士にしてみれば、一人くらいは見覚えのある者がいてもおかしくはなく、その一人が分かればそこから芋づる式に捕らえることが出来るかもしれないと、そう期待していたのだろう。

 だが、そんな騎士の希望は呆気なく砕け散ってしまう。


「今のギルムの住人の数を考えれば、そこまでおかしなことではないかもしれないが……それでも、やはり……うーん……」


 何かを考え始めた騎士だったが、レイは取りあえずゾゾを呼ぶ。

 セトがその嗅覚で黒装束の男達を発見したのが急だったので、捕らえるのも急いで動く事になってしまったのだ。

 結果として、リザードマン達には事情が説明されていなかった。

 実際には、この場に残っていた冒険者達もいたので、説明しようと思えば出来たのだろうが……何となく話の流れで、リザードマン達も今は待っていた方がいいと判断したのだろう。

 この一件をガガが知れば、それこそ自分も戦いに行くといったようなことをしかねなかったというのが、影響している可能性もある。

 ともあれ、レイの説明にゾゾは納得したように頷く。


『今回の一件の理由は分かりました。ですが、そうなると……生誕の塔についても既に知られていると、そう思った方がいいのでしょうか?』

「だろうな。一人や二人なら偶然迷い込んだとか、怪しいけど何があるか分からないからちょっと様子を見ようとか、そんな風に思ってもおかしくはない。けど、これだけの人数が一斉に来たとなると、明らかにここに何があるのかを知った上での行動と思って間違いない筈だ。……そうなると……」


 言葉を途中で止めたレイが思い浮かべたのは、コボルトに追われていた冒険者達の姿。


(あいつらが来たその日のうちに、こうして大勢の、それも戦闘力はともかく隠密行動には相応に長けていた。これが偶然で考えられるか?)


 もしかしたら、本当に偶然という可能性もあるかもしれない。

 だが、レイから見た場合、とてもそれは偶然で片付けられるような問題ではないのも事実だった。


「なぁ、一応聞くけど……あのコボルトに追われていた冒険者達、今もダスカー様が確保してるんだよな?」

「は? あ、ああ。勿論その通りだが……おい、もしかしてこいつらが来たのは、あの冒険者達から情報が漏れたからだと言いたいのか?」

「可能性としては、十分にあると思う」

「いや、だが……しかし……」


 もしレイの言ってる内容が事実だとすれば、それは領主の館の警備が甘いということを意味している。

 冒険者達が逃げ出したのか、それとも何らかの方法で情報を聞き出したのかは分からない。

 分からないが、可能性として考えれば決して否定は出来ないのだ。

 認めたくないという思いと、認めなければならないという思いで葛藤した様子を見せる騎士。


「なら、あの冒険者達は最初からそれが狙いだったのか?」

「そこまでは分からない。ただ……今更の考えだけど、あの連中が装備していたのはその殆どがある程度使い込んだ形跡があった」

「本人達は、譲って貰った奴だって言ってたけど?」

「武器や防具、全部がか? それはちょっと信じられないな。……あくまでも、今こうして考えればの話だけど」


 レイの言葉に、他の冒険者達も納得した様子を見せる。

 とはいえ、そのようなことはあくまでも今更の話だ。

 あの冒険者達と遭遇した時に、そう考えて指摘する必要があった。


「ともあれ、その辺りの詳しい話は、この連中に聞けばいいだろ。騎士団とかには、尋問を専門としている奴もいるんだろ?」

「ああ」


 頷く騎士。

 騎士としては、そのような……言わば、裏方の存在をあまり面白くは思っていないのだろう。

 だが、その手の人材が必須なのは間違いない。

 その辺りの葛藤から、騎士の言葉は短いものになったのだろう。

 レイはそんな騎士を一瞥するが、別のことを口にする。


「それにしても、こうして大勢の偵察要員がやって来たとなると、この湖の情報はどこまで広がってると思う?」

「そうだな。一応ここにいる冒険者は基本的にここから移動していない。そうなると、ここから情報が漏れるとは考えられない。そうなると……食料とかを持ってきてる馬車の御者とかから情報が漏れる可能性はあるのか?」

「樵達の中にも、湖はともかく生誕の塔を知ってる奴はいるんだろ? なら、樵達が酒場で情報を漏らしたって可能性もあるぞ」


 それぞれの意見を口にする冒険者達。

 今回の黒装束の一団の情報源があの冒険者達だという可能性は高いが、それはまだ確定ではない。

 黒装束の者達は厳しく尋問――場合によっては拷問――されるだろうが、現在領主の館の地下牢にいる冒険者達も、黒装束の者達程厳しくはないだろうが、尋問は受けるだろう。

 それで素直に話すかどうかというのは、分からないが。


「ともあれ、ここから先は俺達がどうにか出来る事じゃない。後はギルムにいる騎士団やら警備兵やらに任せて、俺達は警戒するとするか」


 レイの言葉に、他の冒険者達も頷く。

 冒険者達も今回の一件には思うところがない訳でもない。

 自分達が助けた相手が、実は情報を得る為の演技だったという可能性があるのだから。

 とはいえ、冒険者としてやっているのであれば……ましてや、ギルドに選抜されてここの護衛を任されるようになったような腕利きであれば、裏切りの一度や二度は経験している。

 そうである以上、今回の一件は思うところはあるものの、それでショックを受けて見て分かる程に落ち込むといったような事になる筈もない。


「そうだな。まずはしっかりと見張りをするか。この連中が先遣隊だという可能性も否定は出来ないし」

「つまり、この連中を捕まえて、俺達が安心しているところでまた別の連中がやってくるって事か?」

「うわぁ……何だか普通にありそうで嫌だな。とはいえ、セトがいれば襲ってくる……いや、襲うんじゃなくて湖とかの偵察か。そういう奴がいても見つけるのは……」

「あ、ちょっと待った」


 セトがいれば安全。

 そう言おうとした冒険者に、レイは待ったを掛ける。

 自分の言葉を止められた冒険者は、一体どうした? とレイに視線を向けてきた。


「どうしたんだよ? まさか、セトにばかり頼るなとか、そんな事を言いたいのか?」


 それは、半ば冗談のつもりで言ったのだろう。

 実際にセトがいるからこそ、今回早めに相手を見つけることが出来たのだから。

 だからこそ……だからこそ、レイがその言葉に頷いたのを見て、それを見ていた者の多くが驚く。


「悪いな。ちょっと様子を見てくる必要がある場所があるんだ」


 そう、それは現状では絶対に様子を見にいかなければならない場所。

 リザードマンや緑人、生誕の塔、湖といった様々な存在を転移させた、そんな元凶の場所。

 トレントの森の地下空間にいるウィスプが見つかっているとは思えないが、今まで可能な限り秘密にしていたこの湖についても、情報が漏れて偵察する者がやってきたのだ。

 であれば、もしかしたら……本当にもしかしたらだが、地下空間について知られているという可能性も否定は出来ない。

 もっとも、湖と地下空間では、知っている者の数が大きく違う。

 この湖については、秘密にしているとはいえ、知っている者は当然のように多い。

 だからこそいずれ情報が漏れるというのは、レイも予想していた。

 しかし、地下空間は違うのだ。

 違うのだと理解しつつ……それでもことの重大さを考えれば、絶対に確認しておく必要があった。


「おい、本気か? どこに行くのかは分からんが、今この状況で行かなきゃ駄目だって、本当にそう言うのか?」


 冒険者の一人が、険悪な視線をレイに向けてくる。

 その冒険者にしてみれば、今の状況で何故そのような真似をしなければならないのかと、本気で理解出来ないのだろう。

 それでも、この状況でレイが仕事をサボる為にそのようなことを言ってる訳ではないと確信しているのは、レイに対して一定の信頼を抱いているからだろう。


「ああ。悪いが、この件については絶対だ。……ダスカー様も、これを知れば許すと思う」


 この場の責任者という扱いになっている騎士に向け、レイはそう断言する。

 そんなレイの様子に、嘘はないと判断したのだろう。

 騎士は、難しい表情を浮かべつつも、やがて頷いて口を開く。


「分かった。なら、レイの言葉を信じる。……行ってこい。ただ、可能な限り早く戻ってくれ」

「ちょっ、おい。本当にいいのかよ!?」


 冒険者の一人が、あっさりとレイの行動に許可を出した騎士に向かって、そう叫ぶ。

 それだけ、騎士の判断は冒険者に驚きをもたらしたのだろう。

 しかし、そんな冒険者に騎士は頷く。


「ダスカー様が許可を出すのなら、何も言うことはない。勿論それが嘘なら、後で問題になるだろう。だが、レイが……ダスカー様の信頼が厚いレイが、ここでそんな嘘を吐くとは思えない。違うか?」

「それは……」


 騎士に食って掛かった冒険者も、騎士のその言葉には納得しか出来ない。

 実際、レイがダスカーから様々な依頼を受け、それをこなしてきたのは事実だ。

 その積み重ねが、レイに対する強い信頼を築き上げていた。


「分かったな? なら、レイ。行ってこい。何、ここにいる冒険者は腕利きだし、リザードマン達も腕利きが多い。誰かが襲ってきても、そう簡単に負けたりはしないさ。……もっとも、最大の問題は、敵が襲ってくるのではなく、あくまでも偵察に専念するってことだろうが」


 騎士のその言葉に、多くの者が……つい先程まで食って掛かっていた冒険者ですら、納得してしまう。

 普通に戦うのなら、負けるつもりはない。

 だが、気配を殺して隠密行動をするような相手となれば、話は違ってくる。

 正直なところ、そういうのを見つけるのは難しい。

 ましてや、相手はセトの探知範囲外に潜むような相手なのだ。

 厄介としか言いようがないのは間違いないだろう。


「悪いな、じゃあ出来るだけ早く戻ってくるから、それまでは頑張ってくれ。……セト」

「グルゥ!」


 レイの言葉にセトは鳴き、身を屈める。

 その背にレイは跨がり、セトはそのまま走り出す。

 いつもであれば、数歩の助走の後に空に駆け上がっていくのだが、今は誰かがここを見ている可能性を否定出来ない。

 であれば、当然のようにここで飛ぶなどという真似をすれば、それは敵に見つかる可能性が高い。

 そして見つかれば、トレントの森という上空から見つかりにくい場所を移動して追ってくる可能性があった。

 それでもセトの五感があればついてくる相手を見つけられる可能性はあったが、そこでわざわざ無駄な危険を冒す必要はない。

 今はとにかく、少しでも早く地下空間に繋がる場所に行き、そこが安全なのかどうかを確認する必要があった。

 レイはセトに乗り……そのまま、トレントの森を進むのだった。

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