第2133話
レイの目の前には、三つの首を切断されたケルベロスの死体がある。
ケルベロスの血をどうするか迷ったレイだったが、以前みたモンスター図鑑ではケルベロスの血は素材としては特に使えないと書いてあったのを思い出し、近くの木の枝に上半身を下にして吊して血抜きをする。
「グルルゥ」
「ああ、頼む」
自分は見張りをすると喉を慣らすセトに、レイは感謝しながらケルベロスの頭部をミスティリングに収納した。
ケルベロスの牙や眼球は錬金術の素材として使える。頭蓋骨は三つ揃っていればという条件付きではあるが、高度な錬金術の素材としても使える。
そうして首を失った状態のケルベロスの死体を眺めながら、レイは周囲の様子を確認する。
セトが周囲の様子を警戒している以上、ここで自分が警戒する必要はないだろうと思いながらも、それでもケルベロスというランクBモンスターの死体となれば、その死体を目当てにモンスターがやって来る可能性もある。
セトがいれば、普通ならモンスターが近づいてくる可能性は少ない。
だが、それでもケルベロスの態度を見れば分かるように、モンスターによってはセトがいても躊躇うことなく攻撃してくる者もいる。
勿論、それはあくまでも高ランクモンスターと呼ばれる存在だけだろうが。
(ここが辺境である以上、ギルムの近くに高ランクモンスターが現れても、不思議はないんだけどな)
そのような高ランクモンスターが突然現れたりすることも多いからこそ、ここは辺境と呼ばれているのだ。
……辺境ではないからといって、絶対に高ランクモンスターが現れないという訳でもないのだが。
(後は、ケルベロスの解体だな。……解体そのものは、他の連中に頼むか? 魔石だけは俺が貰っておいて)
ケルベロスの能力を考えれば、恐らく炎系のスキルが何か入手出来る可能性が高かった。
それだけ、ケルベロスの放ったファイアブレスが強くレイの印象に残ったのだろう。
「ケルベロスは地獄の門番……だったか? こっちではそういうのと関係なく、普通に存在しているみたいだけど」
日本にいた時に何かで見たか読んだかした記憶を思い出しながら、レイは呟く。
「二つの首を持つオルトロスとかもいた筈だけど、そっちは出てこないのか?」
出て来たら、そっちはセトに倒させようと思いながら呟くレイだったが、それがフラグとなってオルトロスが出て来るようなことはなかった。
ケルベロスという高ランクモンスターなのが影響しているのか、上半身を下にしてぶら下げられているケルベロスの首からは大量の血が勢いよく吹き出ている。
だが、血の量も無限ではない。
これだけ勢いよく吹き出ていると、当然のようにケルベロスの体内に残っている血は少なくなっていく。
やがてその勢いが弱まってきたところで、レイはケルベロスを地面に下ろす。
当然のように血溜まりが出来ている場所ではなく、そこから少し離れた場所だ。
夜空で淡い輝きを見せる月を明かりにしながら、レイはミスティリングからミスリルのナイフを取り出す。
(そう言えば、これを使うのは随分と久しぶりなような気がするな。……まぁ、ここ最近はモンスターと戦うのはともかく、剥ぎ取りをすることは殆どなかったしな)
そう思いながら、ケルベロスの心臓がある位置をミスリルナイフで斬り裂く。
ランクBモンスターの中でも上位のケルベロスは、その毛の一本一本が下手な金属よりも固く、鋭い。
それこそ、その辺で適当に買ったナイフ程度では、傷を付けるのも難しいくらいに。
レイがそのような真似を出来たのは、レイの持つ腕力も関係しているが、何よりも使っているのがミスリルナイフだからというが大きい。
レイの魔力を流されたミスリルナイフは、そんなケルベロスの皮膚をあっさりと切り裂いていく。
本来なら、ケルベロスの毛皮というのは観賞用的な意味でギルドが高値で買い取ってくれる。
だが。それはあくまでも完品であればの話だ。
レイが倒したケルベロスの場合、頭部が三つともデスサイズによって切断されているので、そういう意味では使い物にならない。
とはいえ、生半可な金属よりも固い毛は防具として使うには最適の素材でもあるので、使い道が全くない訳でもないが。
ともあれ、ケルベロスの心臓のある部分を切り裂くと、そこに手を入れて体内をまさぐる。
十数秒程で魔石を発見し、取り出す。
魔石さえ取り出してしまえば、ケルベロスの死体は後で専門の者に解体してもらうということで、ミスティリングに収納する。
次に流水の短剣を取り出し、魔石とミスリルナイフを洗う。
レイの魔力によって生み出された水は、天上の甘露とも呼ぶべき味の水なのだが、その水を使って魔石やミスリルナイフを洗っているというのを知れば、大抵の者が何故そんな真似を!? と叫ぶだろう。
……レイにしてみれば、極上の水を生み出すことが出来るのは事実だが、それはレイの魔力があれば幾らでも生み出すことが出来るのだ。
つまり、それはどれだけ美味い水であっても、結局はただの水でしかない。
レイにしてみれば、幾らでも生み出せる水なのだ。
そんな水で洗ったミスリルナイフをミスティリングに収納し、黄昏の槍も同様に収納すると、デスサイズだけを持ってセトを呼ぶ。
「セト、魔石を使うぞ!」
「グルルルゥ」
レイの呼び掛けに答え、すぐに姿を現すセト。
どこか興味深い視線をレイに向けている。
デスサイズがどのようなスキルを習得するのか、楽しみなのだろう。
セトの視線を受けながら、レイは全ての準備を整え……魔石を空中に放り投げ、デスサイズで一閃する。
【デスサイズは『多連斬 Lv.三』のスキルを習得した】
脳裏に響く、アナウンスメッセージ。
だが、それを受けたレイは疑問を表情に浮かべる。
スキルを習得したのは嬉しい。
また、そのスキルが多連斬のレベルアップだったのも嬉しい。
それでも疑問を覚えたのは、何故習得した……レベルアップしたのが、多連斬だったのかということだろう。
ケルベロスはファイアブレスを使ったのだから、てっきり炎系のスキルを習得するのかと、そうレイは思っていた。
だが、習得……いや、レベルアップしたのは何故か多連斬。
「グルゥ?」
レイと同様のアナウンスメッセージを聞いたセトも、何で? と不思議そうにレイを見る。
そんなセトの様子に愛らしさを覚えながら、レイはケルベロスの戦闘を思い出し……
「ああ」
納得の声を上げた。
確証はなく、本当に何となくではあるが、多連斬がレベルアップした理由に思い当たったからだ。
ケルベロスの頭は三つあり、それぞれが同時に、または多少の時間差をつけて攻撃してくる。
それが影響して、多連斬のレベルアップに繋がったのではないか、と。
ともあれ、魔獣術がどのような理由によってスキルを習得するのかというのは、まだはっきりとしていない。
全く想像していなかったスキルを習得することもあるのだから、そういう意味では多連斬はまだ理解出来た方だろう。
その辺りの事情をセトに説明したレイは、そのまま多連斬のスキルを試してみることにする。
(レベル二の時は、普通の斬撃の一撃の他に二つの斬撃が追加された。そうなると、レベル三になった今は三つの斬撃が追加されるのか?)
色々と予想は出来るが、実際にはそのスキルが本当にそのようになるのかどうかは、試して見なければ分からなかった。
だからこそ、実際に試してみる必要がある。
「取りあえず、この木でいいか」
レイが目星を付けたのは、血抜きの為にケルベロスの死体を吊した木ではなく、そこから少し離れた場所にある木。
ケルベロスの死体を吊した木には、血抜きが目的だった為に木の幹に血が付着している。
多連斬で切断した木は建築資材として錬金術師達に渡す予定になっている。
その時、木の幹にケルベロスの血が付着していれば、また錬金術師達がいらない好奇心を発揮しかねない。
だからこそケルベロスの血が付着していない木で試すのだ。
「グルルルゥ」
セトが頑張ってと喉を鳴らしながら、数歩後退する。
それを確認してから、レイは木の幹に向かってデスサイズを振るう。
「多連斬!」
スキルが発動して振るわれた一撃は、あっさりと木の幹を切断した。
だが、今回重要なのはそこではない。
切断された木が、音を立てながら倒れ込む。
……それでも動物や鳥が逃げ出したりすることがなかったのは、レイとケルベロスの戦いの時に既に逃げていたからだろう。
戦闘に夢中だったレイは、そのことに気が付かなかったが。
ともあれ、地面に倒れた木の幹を確認する。
レイが振るった斬撃の他に木の幹についている傷跡は、二つ。
「……二つ?」
レベル二の時に二つだったことを考えれば、レベル三なら三つの斬撃が追加で放たれると、そう思っていたのだが。
「そうなると、追加で出せるようになった斬撃の威力が上がったとかか?」
「グルゥ!」
レイが木の幹を見ながら考えていると、不意にセトが喉を鳴らす。
何だ? と見ると、そこにいたのはレイが切断した木の幹……切り株を見ているセトの姿があった。
少しだけ興奮しているセトの様子を見て、もしかしたら? という思いがレイの中に浮かぶ。
その思いに急かされるようにセトのいる場所まで移動すると、そこには予想通りの代物があった。
そう、切り株にはしっかりと斬撃の痕跡が残っていたのだ。
「三つ、か」
多連斬がレベル三になったことによって生まれた効果は、レイの予想通りに斬撃の数が一つ増えること。
(あれ? でもそうなると、レベル五になったらどうなるんだ?)
今までの経験から、レベルが五になったスキルは同じスキルであってもワンランク上の性能を得る。
だが、多連斬はレベルが一や二といった低レベルの状態であっても、その効果は強力だ。
飛斬のように遠距離攻撃を出来る訳でもなければ、地形操作のように一定範囲内の地面の形を好きなように変えるといった真似も出来ない。
しかし、近接戦闘という一点においては、非常に効果的なスキルなのは、間違いなかった。
「グルルゥ!」
レイに向かって嬉しそうに鳴き声を上げるセト。
レベルアップしたスキルが、予想通りに効果的だったことが嬉しかったのだろう。
自分で習得したスキルという訳ではないのだが、それでもやはり大好きなレイが強くなったのはセトにとって嬉しいのだ。
「ありがとな。……さて、いつまでもここにいる訳にはいかないし、そろそろ戻るとするか。戻ってくるのが遅ければ、向こうでも心配するだろ」
そう言い、レイは切断した木をミスティリングに収納してから、ケルベロスとの戦いがあった場所を一瞥してからセトの背中に跨がるのだった。
「おお、レイ。遅かったな。……さっき木が倒れたような音がしてたけど、あれってお前か?」
生誕の塔のある場所に戻ってきたレイは、冒険者にそう声を掛けられる。
この場に直接セトで降り立つような真似をすれば、それこそセトを敵だと認識して過敏に反応する者もいるだろうから、少し離れた場所に着地し、そこから歩いて来たのだ。
……もっとも、焚き火はともかく未だに燃え続けているスライムの明かりもあるので、もしかしたら空中から直接降りてきても問題はなかったかもしれないが。
「ああ。ちょっとケルベロスと戦いになってな。その巻き添えでちょっとな」
「ケルベロス!? ……本当か?」
ランクBの中でも高位のモンスターだけに、腕利きの冒険者としてここにいる者であってもそう簡単に勝てる相手ではない。
現在生誕の塔の護衛としてここにいる者でも、個人で倒せる者となると相当少数だろう。
「ああ。何なら死体を見るか? 時間もなかったし、解体もそこまで得意じゃないから血抜きして魔石だけとって、後はそのまま持ってきたけど」
「あー……そうだな。ケルベロスは非常に興味深いけど、残念ながら今の状況だとしっかり見ることは出来ないからな。明日、明るくなったら見せて貰うよ。なぁ?」
その冒険者の言葉に、一緒に見張りをしていた他の冒険者たちが同意するように頷く。
この状況でケルベロスの死体を出されたりすれば、そちらにだけ注意が向かい、見張りをしっかりと出来ないというのは明らかだった為だ。
それなら、明日の朝にでもしっかりと明るい場所で見た方がよかった。
実は解体にそれなりに自信のある身としては、出来ればレイにケルベロスの解体を任せて貰いたいと思いながら、レイと会話をする。
他の冒険者達も、出来れば後でしっかりとケルベロスを見たかった為に、その冒険者の言葉に同意するように頷くのだった。
【デスサイズ】
『腐食 Lv.五』『飛斬 Lv.五』『マジックシールド Lv.一』『パワースラッシュ Lv.三』『風の手 Lv.四』『地形操作 Lv.四』『ペインバースト Lv.三』『ペネトレイト Lv.三』『多連斬 Lv.三』『氷雪斬 Lv.一』
多連斬:一度の攻撃で複数の攻撃が可能となる。レベル二では本来の攻撃の他に二つの斬撃が追加され、レベル三は三つの斬撃が追加される。
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