第2134話
『おおおおおおおおお』
レイがケルベロスを倒した翌日……朝食を終えたところで、昨日の件を知っている何人かがケルベロスの死体を見たいと言い、レイもそれを拒む必要はなかったので、ミスティリングから取り出してみせた。
この場にいる冒険者は全員が腕利きなのだが、その腕利きの冒険者にしても、こうしてケルベロスの死体を目にすれば驚きの声を上げてしまう。
勿論、驚いているのは冒険者だけではない。
リザードマン達も、ケルベロスの死体には興味津々の様子だ。
「ちなみに、この中でケルベロスを解体したことがある奴はいるか?」
解体が得意ではないレイがそう尋ねるが、それに返ってきたのは全員が首を横に振るというものだった。
ランクBモンスターの中でも高位に位置するモンスターだけに、辺境のギルム付近でもそう簡単に接触することは出来ない。
と、そんな中で不意に冒険者の一人が口を開く。
「ケルベロスは無理だけど、狼系のモンスターは解体したことがあるぞ。それを考えれば、解体出来ない訳ではないと思うけど、どうする? 報酬を貰えるなら、俺がやってもいいけど? どうせここで生誕の塔の護衛をしていても、あまりやることはないし」
言われてレイは、納得する。
ケルベロスは、狼ではなく犬だ。
正確には狼でも犬でもないのだが、どちらかと言えばやはり犬だろう。
それでも狼系と犬系のモンスターは、解体の仕方も似通っている部分が多い。
その辺の事情を考えれば、自分の代わりに解体をしてくれるという相手に任せてもいい。
一応ギルドでも解体はして貰えるのだが、その場合は当然のように金が掛かる。
「報酬は何がいい?」
「ケルベロスの牙……と言いたいところだけど、肉でいいな」
「あ、それなら俺も」
ケルベロスの肉が報酬として貰えるとなると、他にも何人もが解体に立候補する。
多少の例外はあれど、基本的に高ランクモンスターになればなる程、その肉は美味くなる。
ランクBモンスターの中でも上位に位置するケルベロスの肉は、当然のように極上の味の筈だった。
(肉、か)
冒険者達の様子を見て、レイは悩む。
正直なところ、魔石は既に魔獣術で消費したので、ケルベロスを解体した場合に一番欲しいのは肉だ。
レイも食べるのが好きだし、セトも同様に……いや、レイ以上に食べることが好きなのだから。
それ以外にも、マリーナの家で食事をする時にも食材として使いたいという思いがあった。
とはいえケルベロスの大きさは体長三m程もある。
それを考えれば、多少の肉を報酬として渡してここで解体して貰った方がいいという思いがレイの中にはあった
……ケルベロスの肉を出来るだけ早く食べたいという思いがあったのも、間違いのない事実だったが。
「分かった。ただし、そこまで多くはやれないぞ。大体このくらいだ」
そう言いながら、適当に……大体一kgくらいの大きさを手で示す。
ケルベロスは、それこそ優に百kgを……いや、二百kg、場合によっては三百kgくらいあってもおかしくはない。
ただし、それはあくまでも骨や内臓、毛、爪、牙といったような、肉以外の部位も合わせての話だったが。
「うーん……出来ればもう少し欲しいけど、しょうがないか。俺はそれでいいぞ」
冒険者の一人が、レイの提案に頷く。
冒険者としては、出来ればもう少し多くの肉を貰いたかったのだろう。
だが、ここで欲張るような真似をして、じゃあお前はいらないと言われれば、たまったものではない。
(というか、レイってこの肉の価値が分かってるのか? こうもあっさり一塊の肉を寄越すとは)
ランクBモンスターは、辺境にあるギルムであってもそう簡単に手に入れることが出来るようなものではない。
それこそモンスターが大量にいるような場所まで行けば、もしかしたら遭遇出来るかもしれないという希少な存在だ。
当然その素材や魔石、肉といった部位は非常に高く売れる。
(まぁ、レイの場合は金に困ってるようには思えないから、全てを承知の上での話かもしれないけど)
そんな風に思いつつ、早速解体の準備を始める。
レイは解体に手を出すような真似はせずにただ見ているだけだが、それもまた勉強だ。
……レイの場合、他の冒険者とは比べものにならない速度でランクアップしてきたので、本来なら低ランク冒険者の時に知っていなければならないようなことも、知らなかったりする。
解体についても、色々な相手から教わったり、自分で獲ったモンスターを相手に解体したりもしてるのだが、その技量は何とか一人前になったかどうかといったところだ。
だからこそ、こうして他の冒険者が解体しているところを見て、覚える必要があった。
先程冒険者が言っていたように、例えば狼系や犬系のモンスターの解体が出来る者であれば、同じ系統のモンスターということでケルベロスの解体も可能となる。
(鶏なら普通に解体出来るんだけど、この世界だと鶏の解体くらいだと、何の役にも立たないんだよな。あ、でも鳥型のモンスターなら……鶏くらいの大きさの鳥型のモンスターっているのか?)
そんな風にレイが考えている間にも、ケルベロスの解体は進む。
手慣れているだけあって、冒険者たちの手際は滑らかだ。
頭が三つあるので、その首の部分の毛皮を剥ぐのに若干戸惑ってはいたようだったが。
もしレイが頭部を切断するという以外の方法でケルベロスを殺していれば、解体にももっと時間が掛かったかもしれなかったが。
「凄いな、セト」
「グルゥ」
レイの言葉に、セトも返事をしながらケルベロスを解体する光景を見ていた。
暫くの間はそんな光景を見ていたのだが……ふと、リザードマン達が興味深そうに、解体している者達を取り囲むようにしてその光景を見ていることに気が付く。
「どうしたんだ?」
レイが声を掛けたのは、ゾゾ。
石版でレイの言葉を理解したゾゾは、少し困ったように頭を下げる。
『申し訳ありません、レイ様。私達の世界にはケルベロス……でしたか? あのようなモンスターは存在しないので、非常に興味深く』
「いないのか? ケルベロスが? ……いやまぁ、よく考えれば当然かもしれないけど」
リザードマンという、レイも知っている種族……それでいて、この世界のリザードマンよりも明らかに賢く、国を作るような……言ってみれば、この世界のリザードマンの上位互換の存在がいたから、てっきりゾゾ達の世界はこの世界と同じような世界だとばかり思っていた。
だが、考えてみれば世界そのものが違う以上、この世界には存在してもゾゾ達の世界には存在しないモンスターの類がいても、おかしな話ではないのだ。
『はい。このように首が三つもある犬のモンスターなど、初めて見ました。勿論、私も世界の全てを知っている訳ではないので、もしかしたら私の知らない場所にそのようなモンスターがいる可能性はありますが』
そう告げるゾゾにレイは納得した様子を見せると同時に、ゾゾ達の世界……グラン・ドラゴニア帝国のある世界のことが気になる。
ケルベロスが向こうの世界にいないのであれば、逆にこの世界にいないモンスターがグラン・ドラゴニア帝国のある世界に存在するという可能性は十分にある。
「いずれ、俺達がお前達の世界に行けるようになったら、面白いことになりそうだな」
『それは……どうでしょう。私達の世界は、レイ様にとっては不愉快に思うかもしれませんけど』
「そうか? まぁ、結局はそういう機会があったらの話だよ。そう簡単にゾゾ達の世界に行けるとは思っていないしな」
トレントの森の地下空間に存在するウィスプを何とかして上手い具合にコントロールすることが出来れば、他の世界に行くという可能性は十分にある。
特にグラン・ドラゴニア帝国のある世界は、ゾゾ達リザードマンが転移してきているように、ウィスプと繋がっている可能性が高い。
だとすれば、レイの故郷の日本に帰るよりはグラン・ドラゴニア帝国のある世界に行く難易度の方が低いのは当然だった。
……とはいえ、ウィスプの調査が全く進んでいない現在では、それがいつになるのか全く分からないのだが。
『この世界のモンスターというのは、色々といるのですね。弱い……それこそゴブリンといったモンスターもいるかと思えば、セトのような強大な力を持つモンスターも』
「そうだな。けど、それはそっちの世界も変わらないだろ? 弱いモンスターがいれば、強いモンスターも……ちょっと待った」
言葉の途中で一旦止め、改めてケルベロスの方を見る。
現在、ケルベロスの後ろ足の部分の毛皮を剥いでおり、その冒険者の動きが非常に参考になった為だ。
何も力を入れておらず、それどころか気楽に……鼻を鳴らしてやっているように見える。
にも関わらず、その技量は明らかに他の冒険者よりも上なのだ。
まさに参考になるといったような動きに、集中してその動きを見ていたレイだったが……
「グルゥ!」
不意にセトが喉を鳴らす。
それも、いつものように遊ぼうといったような鳴き声ではなく、警戒を促すような声。
当然のように、解体に集中していたレイも、実際に解体していた者達もそんなセトの声に反応する。
セトがどれだけ鋭い五感をもっているのかというのは、それこそここで一緒に生活するようになって全員がよく知っている。
そんなセトが急に鳴き声を上げたのだから、反応するなという方が無理だった。
「敵か!?」
「分からない。ただ、何かがあるのは間違いない。……ゾゾ。念の為に子供や世話役のリザードマン達は生誕の塔に」
レイの指示により、ゾゾは素早く指示を出す。
鳴き声によるその指示は、レイにも意味は分からない。
……石版があれば、翻訳してしっかりとその指示を理解出来るのだが。
ともあれ、今はそんな指示を気にするよりも前にやるべきことがある。
レイは一応ということでいつものようにデスサイズと黄昏の槍をミスティリングから取り出し、構えた。
ケルベロスの解体をしていた者は、手がケルベロスの血と体液と脂で汚れていることもあり、少し離れた場所にある湖に向かう。
もしセトの警戒が湖の方に向かっていれば、そのような真似も出来なかっただろうが、セトの警戒はトレントの森の方に向けられていた。
(何が来る? いや、気配はそこまで多くない。そこから少し離れている気配は多いな。これは……追われてるのか?)
武器を構えながらトレントの森を眺めつつ、レイはこちらに近づいてくる気配を探る。
前方の気配は必死になって逃げており、その背後からは殺気混じりの気配。
それがどういう意味なのかは、明白だった。
何よりも大きかったのは、昨夜トレントの森でケルベロスと戦った事だろう。
今までは、トレントの森の中にもそれなりにモンスターはいたが、そこまで高ランクのモンスターはいなかった。
だが、昨夜はケルベロスというランクBモンスターと戦いになったのだ。
それを考えれば、トレントの森での活動に慎重になるのも当然だった。
(この件もダスカー様かギルドに知らせた方がいいよな)
現在も、トレントの森の中には樵達が多くいる。
護衛として冒険者が一緒にいるが、それでもいきなりランクBモンスターに襲撃されるようなことになれば樵を守り切れるかは分からない。
それでもギルム増築の為には、トレントの森の木が必要なのも事実だ。
そうなると、今以上に腕利きの冒険者を護衛にする必要があるが、生誕の塔の護衛を任されている冒険者を集めるだけでも、かなりの調整が必要だった。
だとすれば、樵の護衛を一体どうやって集めるのか……と、そんなことを考えている間に、トレントの森の茂みが揺れ始める。
「来るぞ!」
レイの言葉に、皆が何があっても対応出来るように準備を整え……やがて、茂みを突き抜けて五人の冒険者と思しき者達が姿を現した。
そして茂みを抜けた場所でレイ達を見た瞬間、必死の声で叫ぶ。
「た、助けてくれ! コボルトに追われてるんだ!」
コボルト? と、その話を聞いた者達は若干の呆れを抱く。
ここにいる冒険者達にしてみれば、それこそコボルト程度の相手は十匹、二十匹程度の相手であれば、倒すことは難しくはない。
(こいつら、冒険者になったばかりか?)
そう思って男達を確認してみるが、装備している武器や鎧はある程度使い込まれているように見える。
そのことに若干の疑問を抱いたレイだったが、先輩や家族から武器や防具を譲り受けるということはそう珍しい話でもないので、今はその考えを横に置く。
今は、何よりも襲ってきたコボルト達の対処が先だった。
「ワオオオオオン!」
やがて茂みの向こうからそんな声が聞こえ……十匹を超えるコボルトの群れが飛び出してくるのだった。
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