第2121話
師匠に会わせて欲しい。
ダスカーがそう言った理由は、レイも理解している。
これが今までの件であれば、ある意味なあなあですませることが出来た。
去年から今年に掛けて起こったコボルトの一件で、それを生み出していた目玉をこの世界に引きずり出すといった真似をする時であっても、それはあくまでもギルムだけの出来事として対処することが出来たので、それを行ったレイの師匠と無理に会おうとはしなかった。
勿論会えるのであれば会いたいと思い、今回と同じように会えないかと聞いてみはした。
だが、それでもどうしても、絶対に、確実に会わなければならないとは思ってはいなかったのだ。
しかし、今回の一件は違う。
異世界からの転移、それも湖はともかくとして、異世界からミレアーナ王国と同規模の国の、その皇子まで転移させられているのだ。
ましてや、国王派はそれを察して王族が接触してきてすらいる。
そうなると、とてもではないがギルムだけの出来事ということで片付ける訳にはいかなくなる。
だからこそ、今回の一件に深く関わっている……いや、異世界からの転移についての決定的なまでの手掛かりを得たレイの師匠に会う必要があったのだが……
「残念ですけど、師匠はもう旅立ってしまいました。昨日トレントの森にやって来たのも偶然だったらしいですし」
グリムをダスカーに会わせる訳にはいかない以上、レイはそのように言うしかない。
何しろ、グリムはアンデッドなのだ。
幾ら理知的な存在であるとはいえ、ダスカーに会わせる訳にはいかない。
もしダスカーにグリムのことを知られれば、最悪レイ達はギルムから追われることになるだろう。
それもただ追われるのではなく、賞金首という扱いになる可能性も十分にあった。
レイとしては、ギルム以外の場所でも普通に暮らせるのだが、それでもギルムには何だかんだと親しくなった相手も多い。
そのような者達と会えなくなり、それどころか自分と親しかったという理由で迷惑を掛ける訳にはいかない。
「前回聞いた時も、そのようなことを言っていたな。だが、それは真実か? 前回にしろ今回にしろ、レイにとって都合がよすぎる時に、その師匠はやって来てないか?」
「つまり、何か俺が師匠に連絡出来る手段があると、そう思ってるんですか?」
「そうだ」
レイは自分の問いにダスカーは誤魔化しながらも肯定するといった真似をすると思っていたのだが、実際にダスカーの口から出て来たのは率直にレイの言葉を認めるというものだった。
「意外ですね。まさか、それを正直に認めるとは」
「そうか? だが、レイを相手にまどろっこしいことをしていても、意味がないだろう? であれば、最初から率直に尋ねた方がいいのは間違いない。……で、どうなんだ?」
真剣な……それこそ味方ではなく敵でも見ているのかといった視線をレイに向けるダスカー。
だが、レイはそんなダスカーの視線を正面から受け止めつつも、首を横に振ってから口を開く。
「残念ですが、師匠がギルムに来たのはあくまでも偶然です」
「ほう。それは本気で言ってるのか? 言っておくが、俺に嘘を吐くような真似をした場合、後で面倒なことになるぞ?」
「分かっています。ですが、それが真実である以上はそう言うしかありません」
レイの言葉の真実を見抜く為に、じっとその顔を……目を見るダスカー。
ダスカーの執務室ということもあり、レイはドラゴンローブのフードを下ろしている。
その為、ダスカーからはしっかりとその顔を見ることが出来ていた。
『………………』
お互いが何も言わず、ただ見つめ合うだけの時間がすぎていく。
数十秒、数分……そして十分にもなろうかというくらいの時に、ようやくダスカーが口を開く。
「そうか、分かった。だが……次にお前の師匠が来たら、すぐに知らせて欲しい」
ほっ、と。
ダスカーの様子から、グリムの一件は隠しきることが出来たと判断したレイは、少しだけ戸惑いながらも頷く。
「分かりました。次に師匠が来たらその件は知らせます。ただ、師匠は人と会うのが好きじゃないので、多分言っても会ったりはしないと思いますが。それこそ、無理に会うように言うともうギルムには来ないことになるかもしれません」
「……それでも、一応言っておくだけ言っておいてみてくれ」
重ねてそう告げられるダスカーの言葉に、レイは素直に頷く。
実際にグリムにそのことを言うかどうかは、それこそレイの判断次第だ。
そして、レイは今のところグリムにそのことを言うつもりはない。
いや、軽く話題として出すことはあるかもしれないが、本気でダスカーと会うように勧めるつもりは全くなかった。
(いっそ、幻影とかでも使うとか? グリムなら、普通にそのくらいは出来そうだよな)
レイの目から見たグリムというのは、それこそ何でも……本当に何でも出来るといった印象が強い。
そうである以上、幻影を使って人間に変装するくらいであれば、容易に出来てもおかしくはない。
それどころか、幻影ではなく一時的にでも人間に変身出来てもおかしくはない。
「取りあえず、レイの師匠の件はこれでいいとしてだ。トレントの森のウィスプについてだ。……迂闊に接触をするのは危険だな。一応聞いておくが、そのウィスプがいる空間まで続く通路は、レイの師匠が作った一つだけなんだな?」
「はい、そうなります」
「となると、その通路の入り口を通さないように……いや、だがトレントの森の中にもモンスターや凶暴な動物が出るんだったな」
「そうですね。ただ、今のところはそこまで強い存在はいなかったと思います」
「……今のところは、か」
ふぅ、とダスカーは溜息と共に顔を覆う。
そう、あくまでもそれは今のところなのだ。
トレントの森も辺境に存在する以上、当然のように高ランクモンスターが迷い込んできてもおかしくはない。
寧ろ今までそのようなことがなかったのは、運がいいのだろう。
そうなると、やはりトレントの森の中央に作った通路の近くに見張りや門番といった者達を置くのは難しい。
何よりもダスカーが聞いたウィスプの能力が本物――レイが自分に話を持ってきた以上、間違いなく本物だと判断しているが――であれば、迂闊な者をその通路の周辺に置くことは出来ない。
それこそ下手な者や、好奇心の強い者に通路を守らせるようなことをした場合、下手をするとその者がウィスプにちょっかいを出して、結果として洒落にならないような何かが転移してくる可能性がある。
いや、可能性だけであれば、それこそギルムが異世界に転移するという可能性すらあるのだ。
そう考えると、やはり迂闊な相手に任せる訳にいかないのは、間違いのない事実だった。
「むぅ」
どうするべきかと頭を抱えるダスカー。
そんなダスカーに、面倒を持ってきた以上、少しは手伝った方がいいかと考え、レイは口をひらく。
「ダスカー様、取りあえずその通路は俺の土魔法で封じておきましょうか?」
「封じる?」
何らかの助けになるかもしれないと、レイに視線を向けてるダスカー。
レイはそんなダスカーに頷く。
「はい。俺が土魔法を使えるのは、冬の一件で分かって貰えていると思います」
「そうだな。増築区画に土魔法で壁を作って、コボルトがそう簡単に入ってこられないようにしたというのは知っている。つまり、今回も似たようなことをするのか?」
「露骨に土壁で封印するような真似をすれば、寧ろ人目を惹くかと。そうならない為には、寧ろ通路を隠すような感じで蓋のようにしてしまえばいいかと思います」
「……なるほど」
ダスカーも、似たようなことを考えなかった訳ではない。
だが、そのような真似をするということは、当然のように土の魔法を使える誰かをその場まで連れていく必要がある。
そうなると、最低でもその魔法使いにはその場がどのような場所なのか説明する必要が出て来るだろう。
そうなれば、その魔法使いが地下通路の先に興味を持たないとも限らない。
そもそも、トレントの森の中央にある場所だ。
多少好奇心があれば、そこにある地下通路を塞げと言われて、興味を持つなという方が難しい。
まさか、通路を塞いだ後でその魔法使いを殺すなどといった真似をする訳にもいかないのだ。
魔法使いというのは、ただでさえ希少なのだから。
そんな中で、事情を知っているレイが通路を塞いでくれるというのであれば、ダスカーにとっては言うべき事はない。
少し考え込んでいたダスカーが、渋々といった様子で頷く。
「分かった。では、レイに任せる」
出来れば、ダスカーとしてはこの件にこれ以上レイを関わり合わせたくないという思いを持っていた。
だが、今の状況を考えると、ダスカーとしてもレイの提案に乗るしかない。
そんなダスカーの様子に気が付かず、レイは頷く。
「はい。……ただ、地下通路を塞ぐということは、ウィスプには干渉しないということですか? 師匠が言うには、上手い具合にウィスプを動かせるようになれば好きな時に異世界から何かを転移させることが出来るようになるかも……ということでしたけど」
レイとしては、出来れば……本当に出来ればだが、日本に戻ってみたいという思いがあった。
ウィスプを自由にコントロール出来るようになれば、もしかしたら、本当にもしかしたらだが、日本に戻れるという可能性は本当に小さいがあるかもしれないのだ。
だからこそ、出来ればダスカーにはあのウィスプの研究をして欲しいと思う。
もっとも、ダスカーが何かしなくてもグリムの方でも恐らく研究を進める可能性が高い以上、ダスカーの用意する者達の役割はあくまでも予備だが。
実力も何も分からない研究者達と、永い時を存在し続けて今までに何度も手助けして貰っているグリム。
そのどちらを信じるかと言われれば、やはりそれはグリムだろう。
とはいえ、グリムは他にも色々と研究を重ねている以上、ウィスプの研究だけに専念は出来ないのも事実だ。
(グリムと研究者達が協力して研究出来ればいいんだけど……無理だろうしな)
アンデッドというのは、それ程までに嫌われているのだ。
寧ろ、グリムをあっさりと受け入れたエレーナ達が異常ですらあるくらいに。
「うーむ……レイの言いたいことは分かるし、それに成功すれば利益も出るだろう。だが、正直なところ人手が足りない」
ダスカーとしても、異世界から転移させることが出来るというウィスプが有用だというのは分かる。……分かりすぎると言ってもいい。
研究するにしても、迂闊な相手に任せる訳にはいかない。
ましてや、今のギルムでは多くの事業が同時進行している。
増築工事、緑人達による香辛料の栽培、地上船についての研究……それ以外にも、細々としたものを含めれば、大量に。
その殆どが重要な研究である以上、あっさり次の研究にという訳にはいかない。
「取りあえず、今はまだ無理だな。ある程度人手が空いたら、そっちにも手を出せるかもしれないが……」
「だとすれば、暫くは今のまま自由に転移させることになりますけど、構いませんか?」
「湖の一件で、ある程度魔力は消費したんだろう? なら、少しは余裕があるんじゃないか? ……まぁ、具体的にどのくらいの速度で魔力が回復するのかは、分からんが」
それに関しては、レイも分からない。
そもそも、湖のような……それもギルムと同じくらいの広さを持つ湖を転移させるような真似をしたのだから、魔力の消耗はもの凄い筈だ。
その割には、湖を転移させてから数日で再びリザードマンを転移させるような真似すらしている。
ウィスプが魔力をどう考えているのかというのはレイにも分からないので、何とも言えないのだが。
「その辺はどうにも。ウィスプ……それも希少種か上位種ですから、普通と考えられないですし」
「……そうなると、今の状況で動かせるのは……マリーナか」
「は?」
ダスカーの口から出て来たのは、完全に予想外の名前だった。
レイにとってマリーナというのは、精霊魔法使いであるという印象が強かったからだ。
ダスカーが苦手としているマリーナの名前を口にした、というのも驚いた理由の一つではあったが。
「えっと、ダスカー様。マリーナってのは、俺の知ってるマリーナですか?」
「ああ。元ギルドマスターにして、性悪の……うおっ!」
「ダスカー様?」
いきなり声を上げたダスカーに、レイは疑問の声を上げる。
そんなレイに、ダスカーは何でもないと首を横に振る。
「気にするな。ちょっと背筋が冷たくなっただけだ」
「いや、それを気にするなってのは……」
「ともあれ、俺が言ってるマリーナはお前が知ってるマリーナで間違いない。マリーナはダークエルフとして長生きしてるだけに、専門家という訳じゃないが、ある程度は何でも出来る」
そう告げるダスカーに、レイはマリーナの新しい一面を知るのだった。
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