第2120話

 さっそく自分の研究室の一つと地底の空間を繋げることにしたグリムを残し、レイは再び地下道を通って地上に出る。


「グルゥ!」


 そんなレイを、嬉しそうに鳴き声を上げて迎えるセト。

 レイは近づいてきたセトの頭を撫でながら、口を開く。


「転移の原因は突き止めたぞ」

「グルルルルゥ!?」


 本当!? といった驚きを露わにするセト。

 セトにしてみれば、グリムが見つけたという場所に転移の原因があるだろうというのは予想していたが、それでも実際に見つけたとなると驚くのは当然だった。

 セトの態度から、何を言いたいのかを理解したレイは、笑みを浮かべながらセトの頭を撫でる。


「ああ、本当だ。……ただし、ダスカー様に報告するのは明日だな」

「グルゥ?」


 何で? と、そう疑問の声を上げるセトに、レイはグリムが研究室との間に空間を繋げると言っていたことを告げる。

 実際にその作業そのものは、そこまで時間が掛かるものではないと聞いてはいるが、念には念をと、そう考えてのことだ。

 それから、ついでに原因となっていたウィスプについてのグリムの見解も教える。


「そんな訳で、取りあえず生誕の塔の場所に戻る。そして、明日になったらダスカー様に報告に行く」


 レイの言葉に、セトは分かった! と鳴き声を上げてから、一人と一匹は生誕の塔に戻る。

 そんな中で、レイは燃えているスライムのことを思い出したが、取りあえず今のグリムにはそれどころではないと考え、その件は後回しにすることに決めるのだった。






「ん? ああ、レイか。散歩って割には結構遅かったな」


 レイとセトが戻ってきたのに気が付いた冒険者が、武器から手を離してそう告げる。

 いきなり近づいてきたのだから、警戒するのも当然だろう。

 声を掛けてきたのとは違う他の冒険者達も、それぞれが武器から手を離す。


「ああ。ちょっとあってな」

「……ちょっと?」


 何かを誤魔化すようなレイの言葉だったが、話し掛けた冒険者はそれ以上の追求はしない。

 レイがわざわざ言葉を濁すのだ。

 ここでその濁した何かを尋ねた場合、下手をすれば面倒に巻き込まれる可能性もある。

 そうならない為には、これ以上突っ込まない方がいいのは確実だった。

 これが冒険者になったばかりの者であれば、好奇心に突き動かされて尋ねるような真似もしたのだろうが。


「ああ。ちょっと。その件については、明日にでもダスカー様に知らせてくる。……明日は忙しくなる可能性が高いから、その辺は注意しておけよ?」

「うげぇ」


 レイの言葉に、嫌そうな声を上げる冒険者。

 当然のことながら、やはり仕事というのは忙しいよりも楽な方がいい。


「それで、あの光るクラゲは今日は出たのか?」

「いや、出てない。……出来れば今日も見たかったんだけどな。残念だ」


 はぁ、と。

 そんな溜息と共に冒険者が呟き、それに他の冒険者達も同意する。

 実際に光るクラゲが空を舞っている光景は、一見の価値があるのは間違いない。

 それこそ、場合によっては観光資源になってもおかしくはないくらいに。

 ……もっとも、辺境で夜にギルムの外に出る物好きがそう多くいるとは思えないが。


「あのクラゲも、毎晩のように出て来るってこともないんだろ。身体の中を光らせながら、水の中を泳いだり空中を舞ったりといったことをすれば、当然のように体力とか魔力とか消耗するだろうし」

「だろうな。……なぁ、あのクラゲのことを知れば、捕獲して自分で飼おうと考える奴もいるんじゃないか?」


 レイと冒険者の会話に、近くにいた別の冒険者がそう口を挟む。

 実際、その冒険者の懸念は決して間違っている訳ではない。

 全く攻撃性がなく、それでいて夜になれば幻想的な光景を見せてくれるクラゲ。

 そのような存在がいると知れば、誰かが自己顕示欲の為にクラゲを手に入れようとしてもおかしくはない。

 とはいえ、異世界のクラゲである以上、どのような生態を持っているのかというのは、しっかりと調べる必要がある。

 そんな中でも、攻撃しないということをしっかりと調べもしないでクラゲを捕らえ、結果として何らかの理由でクラゲに襲われる……といったことがある可能性は十分にあった。

 それを理解しているからこそ、レイはクラゲのことを心配する。

 自分が襲われたことで、クラゲを全て殺してしまえといった風に言う者が出て来てもおかしくはないのだから。


「そう言っても、クラゲがこの湖の外で生きていけるかどうかも分からないんだぞ?」


 この湖が異世界から転移してきた湖である以上、この湖の水にしか存在しない何らかの栄養素なり特殊な魔力なりを吸収することで、クラゲが生きているという可能性は十分にある。

 そうである以上、この湖から離した時点で死ぬ……もしくは弱っていくという可能性も十分にある。


「なぁ、レイ。その辺は何とかならないのか?」

「いや。それを俺に言われても、正直困る。俺は異名持ちかもしれないけど、結局のところただの冒険者にすぎないんだからな。……ただまぁ、この件については明日ダスカー様に会いに行くつもりだから、その時に何となくだけど伝えておくよ」


 そう告げると、見張りをしていた冒険者達は皆が安堵した様子を見せる。

 そんな冒険者達に手を振り、レイは自分の寝床であるマジックテントに向かうのだった。






「何ぃっ!?」


 ダスカーの部屋に、大きな……それこそ、怒声と呼ぶべき大声が響く。

 もしかしたら、このダスカーの声を聞いて誰かがやって来るのでは? とレイは思わないでもなかったが、幸いなことに現在誰かがやって来る様子はない。

 まだ朝ということもあり、それぞれが仕事で忙しいのか。

 そう思いながら、レイは紅茶を一口飲んでから、ダスカーを落ち着かせるように言う。


「ダスカー様、急にそんな大声を出すと、誰かが妙な心配をしてここにやって来るかもしれませんよ?」

「む? ……すまん。だが、俺が今のような大声を出したくなるのは、分かって貰えると思うが?」


 レイも、そんなダスカーの気持ちは分かる。

 今まで全く原因が分からなかった、異世界からの転移という現象を起こしている理由を突き止めたと、そう言ったのだから。


「そうですね。ダスカー様の殺人的な忙しさについては、理解しています。ただ……この話を聞くと、ダスカー様の忙しさはもしかしたら今よりも更に増えるかもしれません。それでも、話を聞きますか?」

「当然だ。何も分からない状況よりは、今のうちに少しでも事情を知っておきたいからな。それで、何故異世界からの転移などという現象が起きる?」

「簡単に言えば、トレントの森の中央の地下に結構な空間があって、そこに異世界からリザードマンや緑人、生誕の塔、湖といった存在を転移させてきたモンスターが存在します」

「待て。待て待て待て。いきなりの情報で、ちょっと頭がついてこない」


 レイの言葉を聞いたダスカーは、少し考えを纏めてから、改めて口を開く。


「そもそもだ。何故トレントの森の地下にそのような空間があると考えた?」

「昨日の夜に眠れなくてセトと夜空を飛びながら散歩をしていたら、師匠が来て、その中でそういう話になりました」

「待て。待て待て待て」


 先程と全く同じ言葉を口にするダスカー。

 頭が痛い……いや、頭痛が痛いといった様子で頭を抱えながら、改めてレイに向かって口を開く。


「何がどうなってそうなったんだ? お前の師匠がギルムに来たのか?」

「はい。この近辺を通り掛かったら、この辺りの空間に少し違和感があったので調べていたところに偶然出くわしました」


 当然のようにそれはカバーストーリーなのだが、グリムについて詳しく説明出来ない以上、それは仕方がないことだった。


「あー……何がどうなってるんだ一体。いやまぁ、それはいい。とにかく、それでお前の師匠と一緒に異世界からの転移の原因を調べたと?」

「そうなります」


 そう言い、師匠――グリム――が探索魔法を使って地下に異世界からの転移についての原因があるということに気が付き、魔法で地下に続く通路を作り、それを通って下に向かい……そこでウィスプを見つけた。

 そう説明すると、ダスカーの顔は見て分かる程に驚き……いや、驚愕の表情を浮かべる。

 当然だろう。ダスカーも元は騎士であり、ダンジョンの類にも潜ったことがあるし、何よりも辺境の領主としてモンスターについての知識は豊富だ。

 そんなダスカーにしても、とてもではないがウィスプがそのような能力を持っているとは思えない。


「ウィスプにそんな能力があるのか?」

「普通のウィスプだと無理でしょうね。ですけど、地下の空間にいたウィスプはその大きさからいって明らかに普通のとは言えません。希少種か上位種か……そんなところかと」

「……取りあえず話は分かった。それで? そのウィスプは倒したんだろう? なら、もう異世界からの転移は起きないと考えてもいいんだな?」


 レイのことだから、既にウィスプは倒したのだろうと確信しているかのようなダスカーだったが、レイはそんなダスカーに対して首を横に振る。

 そんなレイの様子に、ダスカーは一瞬レイの首を横に振るという行動が何を意味しているのか分からなかった。

 だが、すぐにその仕草の意味に気が付き……


「待て。何でだ? 何でウィスプがいたのに倒していない? そのウィスプが異世界から転移させていたんだろう? なら、お前のことだし倒してもおかしくはないと思うが?」

「正直なところ、俺も最初はそのつもりでした。ですが、師匠が見たところでは、もしウィスプを倒してしまえば最後にとんでもない何かを異世界から召喚する可能性がかなり高いと」

「何だと?」

「今のウィスプは、湖を転移させた影響か弱っています。……その割には、何故か昨日またリザードマンを転移させてきましたが、それはともかくとして。そのように弱っているからこそ、最後に激しく燃えるように転移させる、ということらしいです」

「つまりだ。……そのウィスプを殺すことは出来ないと?」


 確認を取るような視線をレイに向けるダスカーだったが、レイはそれに対して首を横に振って否定する。


「ウィスプの生態を考えると、殺すという表現が相応しいかどうかは微妙ですが、取りあえず倒せるかと言われれば倒せます。ただ、その場合はあの湖とは比べものにならないくらいの何かが……それこそ、場合によってはミレアーナ王国よりも巨大な何かが転移してくる可能性もありますので、それでもよければ、ですが」

「何……だ……と……」


 レイとしては、グリムから出来ればウィスプは殺さない方向に進めて欲しいと言われていたので、ウィスプが転移させるだろう存在を大袈裟に告げる。

 とはいえ、それは大袈裟ではあっても全くの嘘という訳でもない。

 グリムから聞かされた内容が事実であれば、そのようなことになっても決しておかしくはないのだ。

 ダスカーにしてみれば、レイから説明された内容は完全に予想外だったのだろう。

 ただ、驚きでろくに言葉も発せないような状態で、目の前に座るレイに視線を向けるだけだ。

 それでもギルムの領主を務めているだけあって、数分もしないうちに何とか我を取り戻す。


「それは本当なのか?」

「師匠はそう言ってましたから、俺は本当だと思います。少なくても、俺は師匠の言葉を無視してウィスプを倒すという選択は出来ませんでしたし、だからこそこうやって報告しています」


 レイの言葉には、十分な説得力があったのだろう。

 ダスカーは、非常に悩ましげな表情を浮かべる。

 もしレイの……いや、レイの師匠の話が本当なら、とてもではないがウィスプを倒すという選択肢は存在しない。

 だが、そうなるとウィスプを倒せないということになり……


「つまりは現状維持か?」

「そうなりますね」


 苦々しげに呟いたダスカーだったが、レイがそれにあっさりと答える。

 レイにしてみれば、それが最良の選択だったのは間違いない。

 とはいえ、このままではダスカーも気が休まる暇もないと考え、少しでも気が楽に出来るようと、手持ちのカードを一枚切る。


「ただ、師匠が言うには、そのウィスプは自我の類が存在しない、言ってみれば異世界とこの世界をつなぐ一つのシステム……マジックアイテムに近い存在だそうです。だとすれば、もしウィスプを上手い具合に制御出来るようになれば、異世界とこの世界を自由に繋げることが出来るということになりますね」


 その一言は、ダスカーの動きを止めるに十分なものだった。

 今の状況でさえ、ギルムは異世界から多くの利益を得ているのだ。

 緑人、リザードマン、湖。

 だというのに、異世界と自由に繋がり、好きなものを転移させるようなことが出来れば、一体どうなるか。


「レイ……お前の師匠に会わせてくれないか?」


 レイの言葉に数分考え込んだ後で、ダスカーはそう尋ねるのだった。

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