第2119話
目の前に存在するウィスプ。
それを見ながら、レイはウィスプが自分に攻撃するといったことをしないことに疑問を抱く。
同時に、グリムという高ランクのモンスターがいるにも関わらず、逃げ出すような真似をしないというのもレイにとっては疑問だった。
「グリム、このウィスプはどう思う?」
『どう思うと言われてもな。……正直なところ、何とも言えん』
ウィスプを見ながらグリムがそう告げるが、レイにしても目の前の存在をどう判断したらいいのかを迷う。
「まず、このウィスプの色が薄くなってるのは、異世界からの転移が原因という話だったけど、そうなるとやっぱりこのウィスプがここ最近の転移を起こしていたと断言してもいい訳だな?」
『うむ、それはまず間違いないじゃろう』
「そうなると、何故そのような真似を? ということになるんだが……その辺は?」
『さすがにそこまでの事情は分からんよ』
グリムの返事を聞いても、レイは特にショックを受けた様子はない。
今の状況を思えば、そのような返答が来るのは半ば予想していたからだ。
そもそも、ここにこのようなウィスプが存在していると知らなかった以上、グリムがその理由を知っている訳がないのだから。
「なら……このウィスプを殺せば転移はこれ以上起きないと思うか?」
この質問こそが本命。
ここでウィスプを倒してしまえば、もう湖や生誕の塔といった存在が、ましてやグラン・ドラゴニア帝国の帝都が転移してきたりといったことはしないのではないか。
そんな期待を込めて尋ねたのだが、そんなレイの問いにグリムは首を横に振る。
『あくまでも儂の予想ではあるが、五分五分……いや、分が悪いと考えるべきじゃろう』
「どういう意味だ?」
『このウィスプは、本当に特殊なウィスプじゃ。今は魔力がなくて特に何か反応があったりはしないが、それでも魔力は完全になくなった訳ではない。そこに殺されるという命の危機があるとなれば、それこそ死を利用して今まで以上の存在を転移させるような真似をしても儂は驚かんよ』
「今まで以上の存在?」
『うむ。あの湖よりも巨大な山だったり、場合によっては海の類が転移させられてくる可能性もある。もしくは、それ以外にも……』
「待て。待ってくれ」
嬉々として話そうとするグリムの言葉を止めたレイは、少し考えながら口を開く。
「つまり、このウィスプは倒さない方がいいということか?」
『さて、どうじゃろうな。倒さなければ倒さないで、またどこかの異世界からこの世界に何かを転移させるという可能性は十分にあるしの』
「……どうしろと?」
戸惑ったように言うレイ。
当然だろう。このまま何もしなければ、また異世界から何かを召喚する可能性が高く、かといって倒すような真似をすればそれがトリガーとなって何かを召喚する可能性もあると言うのだ。
倒した時に召喚するのが普通の……それこそリザードマンや緑人といった者達や、せめて生誕の塔といった程度であれば倒してしまった方がいい。
だが湖のような、場合によってはそれ以上の大きさを持つだろう存在を召喚するかもしれないと言われれば、レイとしては迂闊に後者を選ぶといったことも出来なかった。
どうすればいいのかと、そう迷ってしまうのも当然だろう。
『その辺り、この地の領主の考え次第ではないか?』
「ダスカー様の……いや、けど……それでも色々な意味で無茶なんだが」
困ったようにレイが告げる。
実際に今がどのような状況であるのかを考えると、レイの言葉は当然と言っても間違ってはいない。
『ふむ。じゃが、何事も考えようじゃ。レイから聞いた話が正しければ、それこそギルムは緑人という本来なら一生接する機会がなかったような存在を迎え入れることに成功したのじゃろう? また、ゾゾと言ったか。あのリザードマンのように、理知的な存在とも友好的な関係を確立することが出来た。湖に関しても同様じゃろう』
違うか?
そう告げられると、実際にその言葉は間違っている訳ではないので、否定は出来ない。
もっとも、緑人やリザードマン、そして湖といったように、色々な存在がやって来て、それがギルムにとって大きな利益となるのも事実だ。
だが、その利益は厄介事を招き寄せるといった可能性も否定は出来ない。
実際に国王派の中でも王族の手の者が接触してきているのだから。
異世界から転移してくる何かがこの先も続くのであれば、それこそ異世界の存在に目を眩ませてギルムを国王派の物にしようと考える者がいてもおかしくはない。
「うーん……」
『それに、じゃ』
悩むレイに、グリムはまるで悪魔が囁くかのような小さな声で呟く。
そもそも、ここにいるのはウィスプ以外にはレイとグリムだけなのだから、本来はそのような真似をする必要もないのだが。
『レイ、お主がゼパイル殿と会う前にいた世界。もしかしたら、本当にもしかしたらじゃが、その世界から何かを呼び寄せる、もしくは可能性としては非常に低いが、その世界と繋がるという可能性も否定は出来ぬぞ?』
「それは……」
グリムの口から出たのは、レイにとっても完全に予想外で、そして甘い蜜のような、もしくは毒のような、そんな言葉。
グリムが言うように、可能性としては非常に低いというのは、レイも分かっている。分かっているのだが、それでももしかしたらという可能性は否定出来ない。
元々レイがグリムの転移魔法に期待を寄せていた大きな理由の一つに、自分のいた世界……地球に帰れるのではないかと、そんな風に思ったのも間違いのない事実だ。
だからこそグリムの言葉はレイに大きな衝撃を与えた。
『とはいえ、世界は広い。異世界ともなればもっと広い。それこそ果てが見えない程にな。じゃから、そうなったらいいと、そう思っておけばいいじゃろう』
「……つまり、グリムとしてはこのウィスプを倒さない方がいいと思うのか?」
自分に期待させるような言葉を口にするグリムに、レイは恐らくと思いながら尋ねる。
口に出して、それで恐らくそうに間違いないだろうという確信を持つ。
転移魔法について……特に巨大な目玉の素材を得てからは、異世界への転移について研究しているグリムだ。
であれば、当然のように異世界から何らかの存在を転移させる能力を持つこのウィスプは非常に危険な代物だろう。
もし倒してしまえば、一度だけなら大きな……それこそグリムですら予想外の転移を起こすことが可能かもしれない。
だが、それは結局一度だけでしかない。
このまま生かしておけば、それこそずっと小さな転移を何度となく繰り返すことが出来る筈だった。
そう思って尋ねると、グリムは一切隠すような真似はせずに頷く。
『うむ、当然じゃな。そもそもの話、このウィスプは非常に希少な存在じゃ。こうして見る限りでは、モンスターとして存在はしておるが、自我や自意識のようなものは感じられん。元々ウィスプは自我や自意識が薄い傾向にあるが、このウィスプはその中でもとびきりじゃな。それこそ、生きた転移装置とでも呼ぶべき存在じゃ』
「生きた転移装置……か」
言い得て妙なグリムの表現に、レイもまた納得する。
実際にこうしてレイやグリムが近くにいても、特に何か反応する様子を見せないのだ。
もし多少でも自我や自意識があれば、それこそ今の状況で何か反応があってもおかしくはない。
まさに、生きた転移装置というグリムの言葉はこれ以上ないくらい相応しいように思えた。
『うむ。……そうじゃな……』
ウィスプを見ながらレイが悩んでいると、グリムが周囲を見ながら口を開く。
『もしレイがこのウィスプを生かしておくことにするのなら、この空間に儂の研究室の一つを繋げて、もしウィスプが妙な暴走を始めた場合は被害を出さないように尽力することを約束しよう』
「本気か!?」
グリムからの提案は、レイにとっても完全に予想外のものだった。
言ってみれば、グリムが大幅に譲歩したと、そのように思える内容だった。
勿論、グリムでもこのウィスプがどのような存在なのかを完全に理解している訳ではない以上、ウィスプの暴走を完全にどうにか出来るとは限らない。
だが、レイにとってグリムというのは今まで幾度も相談に乗ってもらい、時には直接手を貸して貰ったりもした相手だ。
だからこそ、グリムが何とかすると言うのなら何とかしてしまうのではないかと、そのような思いがあるのも事実だった。
『うむ。このウィスプにはそれ程の価値がある。魔獣術を持つレイには悪いがの』
「あー……うん」
レイはグリムの言葉に曖昧に言葉を返す。
実際、異世界からの転移という能力を持つこのウィスプ……それも希少種か上位種と思われる存在の魔石があれば、もしかしたら……本当にもしかしたらだが、異世界に転移したり、異世界から転移させたりといったスキルを習得出来る可能性はあった。
とはいえ、目の前で起きた出来事が異常であった為に、レイはそこまで考えついていなかったのだが。
(とはいえ、基本的に習得したスキルはレベル一だとあまり使い物にならないことが多いんだよな。レベルが五になれば、かなり強力になるんだけど……問題なのは、異世界に関係するスキルを持っているモンスターが他に四種類もいるかどうか、か。しかもそれは最短での話だし)
魔獣術で習得するスキルは、基本的にはその魔石を持っていたモンスターの特徴的なスキルだ。
ただし、それはあくまでも基本的にはであって、時々何故そのようなスキルを? と思うスキルを習得することもある。
異世界への転移といった非常に希少なスキルともなれば、いつ地球に戻れるくらいまでスキルが強化されるのかは、非常に疑問だ。
この数年成長していないレイのことを思えば、いずれ……将来的にはもしかしたらどうにか出来るという可能性はあるかもしれないが、それはあくまでも可能性でしかない。
それなら、ウィスプはこのままここに留まらせておいた方がいいのはレイにしてみれば当然のことだった。
……魔獣術の継承者としては、間違っているのかもしれないが。
『どうした?』
「いや、何でもない。魔獣術に関しては、そこまで心配しないでくれ。その性質上、スキルを習得したばかりではあまり役に立たないことも多いし、スキルを強化するには他に異世界の召喚とかそういう系統の能力を持つモンスターの魔石が必須になるんだが……そんなモンスターがいると思うか?」
『さて。いるかどうかで言われれば、いる可能性は否定出来ないとしか言えんな』
この世界には数え切れないくらいのモンスターがいる。
異世界に転移するよような能力を持っているモンスターも、グリムが知らないだけで目の前のウィスプ以外にもいるという可能性は否定出来ない。
とはいえ、グリムが知らない以上はレイがそれを見つけるのもまた難しい訳で、その辺の事情を考えるとやはりウィスプはこのままにしておいた方がいいと判断する。
「分かった。最終的な判断はダスカー様に任せるけど、俺からはこのままにした方がいいと進言しておくよ」
レイの言葉に、グリムは満足そうに頷く。
グリムにしてみれば、やはりウィスプは可能な限り近くで観察をしたいのだろう。
もっとも、表に出さないがレイの側で暮らしてみたいという思いがあったのも事実だ。……実際にはここに直接住むのではなく、住んでいる場所に空間を繋げるのだが。
そんな願いが叶って満足そうなグリムに、レイは改めて周囲の空間を眺めながら口を開く。
「グリムがここと自分の住んでいる場所を繋げるのは分かったけど、このウィスプがここにいるのが分かった以上、ダスカー様は確実にこの空間を調べさせる筈だ。それこそ、隅から隅までな。そうなると、繋がってる場所を見つけられるんじゃないか?」
『ふぉふぉふぉ。その辺は心配いらんよ。分からぬようにしておくさ』
「いや、けど……ここを調べるのって、多分高ランク冒険者だぞ?」
異世界からの転移という事象を起こしていたウィスプがいる空間を調べる以上、当然のように信頼出来るだけの能力を持つ者で調べさせる筈だ。
そしてギルムは辺境だけあって、高ランク冒険者が多くいる。
そのような者達であれば、空間の異常に気が付いてもおかしくはなかった。
『その辺も含めて大丈夫じゃよ』
「グリムがそう言うのなら信じるけど……ちなみに、このウィスプとトレントの森はどう関係していると思う?」
『さて。このウィスプがいたからそのトレントの森が出来たのか、もしくはトレントの森からこのウィスプという存在が生まれたのか。正確にはどちらかは分からん。じゃが、もしかしたら……本当にもしかしたらじゃが、このトレントの森やレイが倒したというギガント・タートルとやらも異世界から転移してきた存在なのかもしれんの』
そう言われたレイは、そう言えば……と、グリムの言葉に納得するのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます