第2113話
ダスカーとの話をつけた――正確には丸投げした――レイが次に向かったのは、当然のようにギルド。
ダスカーのいる領主の館とギルドのどっちを先にするか若干迷ったのだが、結果としてレイが最初に向かったのは領主の館だった。
ダスカーに話を通すのと、ギルドに魔石のないモンスターの死体を渡すのとどちらが重要なのかということを考えた場合、前者の方が大事だと思った為だ。
そんな訳でギルドにやって来たのだが……
「うん、相変わらずだな」
ギルドの中に大勢の冒険者がいるのを見て、レイはそう呟く。
ギルムの増築工事が始まる前であれば、このくらいの時間にギルドにやってくれば、誰もいない……という訳ではなかったが、それなりに人の数は少なかった。
だが、増築工事が行われるようになった今は、この時間――午前九時くらい――であっても、かなりの数の冒険者がギルドの中にいる。
多くが仕事を求めての者であり、様々な仕事があるからこその光景だろう。
実際にはもっと早くに来ている者も多いのだが、人が多いだけにどうしても依頼の処理に時間が掛かってしまう。
一人一人なら、受付嬢も素早く対応出来るのだが、それでも一人に対して一分程掛かることは珍しくはない。
一人で一分でも、二人なら二分、十人なら十分、三十人なら三十分となる。
そうなると、どうしても人数を処理するのが難しい。
その結果が今のこの状況だった。
(これは……もう少し後で来た方がいいのか? いや、けど出来るだけ早く向こうに戻りたいしな)
湖で何か問題があった場合、それが厄介なのはやはり湖だからということになる。
レイであればセトがいるので、岸から離れた場所で何かあってもすぐに様子を見に行くことが出来るのだが、レイとセトがいなければそんな真似は出来ない。
そうならないようにする為には、やはりレイが出来るだけ早く向こうに……湖と生誕の塔のある場所に戻る必要があった。
このままでは冒険者が多く、自分の番に回ってくるまでに相応の時間が掛かってしまう。
ミスティリングの中に入っている死体を、出来るだけ早くギルドに引き渡したいというのも、事実だった。
ギルドの方でトカゲの死体を解体してもらい、その体内に魔石がないというのをしっかりと確認して貰う必要がある。
そうして悩んでいると……
「レイさん!」
レイの姿を見つけたレノラが、レイにそう声を掛ける。
当然の話だが、レノラはレイの担当ではあるが、レイだけを担当している訳ではない。
レイがいなければ、そしてレイがいても忙しければ、今のように多くの冒険者の依頼を受理したりといったこともある。
それでもレイに向かって声を掛けたのは、レイがここ数日は湖の件に関わっていると知っているからだろう。
つまり、湖について何か重要な情報を持ってきたのだろうと思って、声を掛けたのだ。
「ちょっとカウンターの内側に来て貰えますか? 上司がお話を聞きたいそうです!」
その言葉に、レノラから少し離れた位置で何かの書類を整理していた、四十代程の男がレイに向かって頭を下げる。
レノラの上司を見て、レイは若干どうするべきか迷ったのだが、このままここに並んだり、また出直してくるよりは上司に話を聞いて貰った方がいいだろうと判断し、並んでいる冒険者達の間を通ってカウンターに向かう。
並んでいる冒険者達は、レイが並ばずに前に行くことに面白くないものを感じる。
だが、別に自分達の並んでいる行列に割り込むような真似をする訳でもなく、何よりも異名持ちの冒険者だと知ると、絡むような者はいない。
……中には、レイの背の小ささを見たギルムに来たばかりの男が、本当にあれがレイなのか? といった疑問を近くの冒険者に尋ねたりもしていたが。
ともあれ、カウンターの内部に入るとレイは頭を下げたギルド職員の席に向かう。
その途中で仕事をこなしながらケニーがウィンクをしてきたが、レイはそれに軽く手を振るだけだ。
そうして、書類整理をしているギルド職員の男に声を掛ける。
「悪いな、無理をさせて」
「構わない。レイが来たということは、何かあるんだろう?」
「ああ。……ただ、ここじゃちょっとな。出来れば周囲に人がいない場所で事情を説明したい。二階は使えるか?」
そんなレイの言葉に、ギルド職員の男は少し考え……やがて、頷くのだった。
「さて、それで話というのは? 見たと思うが、現在はかなり忙しい。用件は出来るだけ早く終わらせて欲しいものだな」
ギルドの二階にある部屋の一室。
広さとしては四畳程なのだが、何に使うのかも分からないような荷物が色々と置かれているその部屋に入って椅子に座ると、ギルド職員は早速レイに尋ねる。
本人が口にした通り、今は忙しいから出来るだけ早くして欲しいと、そう思っているのだろう。
レイもそんな相手の思惑を理解すると、余計な前置きはなしに、口を開く。
「湖のモンスターに魔石がないかもしれないという件は聞いてるか?」
「ああ。聞いている。だが、まだ確定ではないのだろう?」
「それが確定するような証拠を持ってきた。知ってるかどうかは分からないが、現在俺はリザードマンの生誕の塔の護衛で向こうに泊まり込んでいるんだが、昨夜湖からトカゲのモンスターが何十匹も襲ってきた」
「それは……」
それだけでレイの言いたいことを理解したのか、男は真剣な表情でレイを見て口を開く。
「それで、魔石は?」
「ない。何人かでそのモンスターを解体してみたが、魔石は一つも出てこなかった。勿論、ギルドの方でしっかりと調べて貰う為に、まだ解体していない死体も持ってきている。この話が終わった後で引き渡すから、じっくりと調べてみてくれ」
「そうさせて貰おう。それで、そのモンスターの特徴は?」
「まず、口というか顎が長い。かなり長い。それと牙は大きく鋭いのが少数じゃなくて、小さくて鋭いのが無数に口の中にある。しかも、その牙を口で吹いて遠距離攻撃に使ったりもする。また、鱗はかなり固い。低ランク冒険者では、鱗をどうにかするのは難しいかもしれないな」
そう言い、レイは自分が知ってる限りの情報を口にしていく。
特に噛む力はともかく、噛んだ後で口を開く力は弱いというのは、話を聞いていた男にしてみれば興味深かったらしい。
「厄介な相手ではあるが、高ランク冒険者ならそれなりに楽に対処出来るし、低ランク冒険者でも工夫をすればどうにかなるか」
「そうだな。そんな訳で死体を引き渡したいんだが、構わないか? 冒険者が報告をするよりも、実際にギルドで調べてみた方が確実性は増すだろ?」
これは別に、ギルドが冒険者の言葉を信じていないという訳ではない。
単純に、人伝に話を聞くよりも自分達で直接解体して調べた方が分かりやすいというだけだ。
百聞は一見にしかず、ということの証明だろう。
「そうだな。なら行くか」
「っと、その前にまだ報告することがあった。これはギルドに来る前にダスカー様に知らせてきたから、多分そのうち上から手を出さないようにと指示されると思うけど、夜に光って空を飛ぶクラゲが大量に出た。ただし、こっちはトカゲと違って攻撃をすることなく、それどころか懐いてきたから、基本的には攻撃する必要はないと思う」
「……それは、また……」
モンスターの中にも攻撃性の低い存在はいるが、その数は恐ろしく少ない。
そんなモンスターが湖にはいたのかといったように驚く男に、レイは倉庫に行くように促すのだった。
「ほう、これが……初めて見るモンスターだな。もっとも、ギルムにいればそう珍しいことでもないが」
ギルドの倉庫にいた男が、レイの取り出した数匹のトカゲを見て感心したように言う。
その言葉通り、辺境のギルムでは新種の動物やモンスター、植物が見つかるのは、そこまで珍しいことではない。
だからこそ、ギルドで解体を任されている五十代程の男は特に困った様子もなくトカゲを素早く解体していく。
この仕事が長いだけあって、男の手に迷いはない。
初めて見るモンスターにも関わらず、一切の躊躇なくその死体を解体していき……
「ふむ、本当に魔石が存在しないな」
胴体を切り開き、心臓を含む内臓全てを確認してから、そう告げる。
そんな男の言葉に、周囲にいる他の面々はそれぞれが信じられないといった様子でそれぞれ感想を口にしていた。
ここにいるのは、その殆どがギルド職員ではあるが、受付嬢やカウンターの内部で働いていた者ではなく、いわば雑用として雇われている者達だ。
本来ならそんな雑用であっても、今は幾らでも仕事があるのだが……魔石のないモンスターの解体ということで、ある程度の者達が解体用の倉庫の中に集められていた。
そのようなことをした理由は、魔石を持っていないモンスターというのを見せる為というのが大きい。
今は雑用を任されている者達であっても、将来的にはどのような仕事をするかは分からないが、モンスターの解体を任される可能性はそれなりに高かった。
そういう意味では、ここでトカゲの解体を見ることが出来たというのは、間違いなく参考になっただろう。
……魔石のないモンスターというのが、そう簡単に姿を現すようなこともないだろうが。
「ドーロイさん、本当に魔石がないんですか?」
「ああ、そうだ。気になるならちょっと見てみろ。……こうして見る限りでは、とてもでじゃねえが魔石があるようには思えない。もっとも、この辺は自分で直接解体してみた方がいいだろうな。幸い、レイが解体前の死体を大量に持ってきてくれた。感謝しろよ」
『ありがとうございます』
雑用係の者達が、揃ってレイに感謝の言葉を口にする。
例え雑用係とはいえ、ギルドで働くことが出来るというのは非常に幸運だと理解しているからだ。
雑用係とはいえ、給料そのものはそれなりに高いし、何より若い男にとっては美人揃いの受付嬢と一緒の職場にいて、お近づきになれるかもしれないというのは、非常に大きい。
上手く行けば、受付嬢と付き合えるようになるかもしれないのだから。
雑用係として真面目に働いて経験を積み、色々な技術を習得すれば、本格的にギルド職員として働くことも出来るかもしれないというのもある。
「気にしないでくれ。これからは、こういうモンスターも増えるだろうから。……魔石がないって時点で、冒険者としては美味しくないモンスターなんだけどな」
「あー、そうですね。魔石がないとなると、冒険者の収入は減りますしね」
雑用係の一人が、レイの言葉にしみじみと呟く。
その言葉に頷きつつ、レイはミスティリングの中にまだ残っていた死体をその場に置いていく。
「じゃあ、取りあえずこの解体と、その結果をギルドに報告してくれ」
「うむ、任せておけ」
先程解体してみせた男と言葉を交わし、レイは倉庫から出る。
後ろから再び雑用係達の感謝の言葉が聞こえてきたが、レイはそれに軽く手を振るだけで答る。
「んー……さて、取りあえずやるべきことは終わったし、これからどうするべきか」
五月晴れと呼ぶに相応しい空を見上げながら、レイは呟く。
出来るだけ早く生誕の塔に戻った方がいいのは理解しているが、それでもこうも天気がいいと、少しだけ寄り道したくもなる。
(とはいえ、向こうで何かがあるとやっぱり大変だしな。屋台で適当に何かを買って帰るか)
向こうに残してきたゾゾも心配してそうだし。
そう思いながら、冒険者や通行人に遊んで貰っているセトと合流し、その辺の屋台で美味そうだと思う料理を適当に買い漁る。
中でも人が並んでいたたのは、果実水の店だ。
それも普通の果実水ではなく、マジックアイテムによって冷えた果実水を売っている屋台。
マジックアイテムを使っているだけあってそれなりに高価だったが、冷たい果実水には十分それだけの価値があった。
「美味いな、これ。……もう少し買いたいところだけど……」
「申し訳ありません。他のお客様の分もありますので」
レイの言葉を聞いた店主が、申し訳なさそうにそう言ってくる。
実際、屋台にはまだかなりの行列が出来ており、冷たい果実水を買いたいと思う者は多い。
ここでレイが大量に買ってしまえば、店主の儲けにはなるが、並んでいる客が果実水を購入することは出来なくなってしまう。
(冷たいってだけなら、どうとでもなるんだけどな。この果実水は、果汁の配合が他と違う)
冷たい果実水が飲みたいだけなら、それこそレイのミスティリングの中に纏め買いしたものが幾つか残っている。
それを冬に雪で冷やすといった真似をしてミスティリングに収納してあるので、それこそ冷たい……中にはシャーベット状になっているものすらある。
だが、この屋台の果実水は果汁の配合を研究しており、だからこそこれだけの客が集まっているのだろう。
大量に買うことが出来ないことを残念に思いながら、レイは生誕の塔に戻ることにするのだった。
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