第2114話

「えー……」


 生誕の塔に向かおうとしていたレイとセトだったが、トレントの森の上を通った時に樵や護衛兼下働きとして雇われている冒険者達が大きく手を振っているのを見て、何か問題があったのかと思い、地上に降下した。

 そうして地上に降りたレイが見たのは、冒険者達と睨み合いになっている五人のリザードマン。

 もしかして生誕の塔から来たのか? と思うも、であればリザードマンが樵や冒険者達と睨み合いになる筈もない。

 リザードマン達はガガやゾゾに従っており、その命令によって少なくても自分達からこの世界の人間に攻撃をするようなことはしないようにと言われている。

 勿論何があっても無抵抗でいろという訳ではなく、相手が攻撃をしてきたら反撃はしてもいいということになっているが。

 ともあれ、そんなリザードマンが樵や冒険者達と険悪な光景になっているのは、おかしかった。

 ……そう、そのリザードマンが生誕の塔で暮らしているリザードマンであれば、の話だが。

 リザードマンと睨み合っている樵や冒険者達も、どうしたらいいのか分からなく……そこで偶然レイとセトが上空を通り掛かったので、呼んだのだろう。

 とはいえ、それは何気にかなり危険な行動ではあった。

 睨み合っている状況の中で、突然その相手が大きな声を上げ、派手に動くといった真似をすれば、最悪の場合はそれが原因で戦いが始まっていた可能性すらあった。

 そのようなことにならなかったのは、リザードマンと睨み合っていた者達の人数が二十人以上だったからだろう。

 リザードマン五人に対して、二十人以上。

 実際にはその中には冒険者ではなく樵もいたのだが、それでも冒険者の数が多いことに間違いはない。

 それでもリザードマンよりは人数が多く、そのおかげでリザードマン達は動かなかった。

 そこでレイが地上に降りてきたのだが……そこにいるリザードマンを見て出たのが、戸惑ったような声だった。

 基本的に、レイにはよっぽどの特徴がなければ、リザードマンの見分けはつけられない。

 ガガのような三m程もある身長といったように。

 だが、現在こうしてレイの前にいるリザードマンを見ると、確信は出来なかったが、恐らく新たに転移してきたリザードマンだろうというのは、予想出来た。


(湖や生誕の塔が転移してきたことから、暫くは新しいリザードマンが転移してくるようなことはないと思ってたんだけどな。一体、何がどうなってこうなったんだ?)


 あれだけの巨大な湖や塔を転移させた以上、転移させる為の力はない。

 そう思っていただけに、これは完全に予想外だった。


(あ、でも生誕の塔はともかく、湖はグラン・ドラゴニア帝国があった世界とは別の世界から転移してきた可能性が高いんだから、それを思えば生誕の塔だけしかこっちに転移してきていないことになるのかも?)


 リザードマンを見ながらそんなことを考えるレイだったが、リザードマンはレイの……正確にはレイの隣にいるセトの姿を見て、警戒を露わにする。

 セトが強者だと、それも自分達よりも圧倒的な強者だと理解しているからこその行動。

 ……レイの実力を見抜くことが出来なかったのは、単純にリザードマン達の実力不足もあるだろうが、やはりセトという存在が大きかったのだろう。

 自分よりもセトを警戒しているリザードマン達を見ながら、これをどうするべきかと迷い……やがて、口を開く。


「ガガ、ゾゾ」


 ピクリ、と。

 レイの口から出た言葉に反応するリザードマン達。

 石版がないので言葉は通じないが、それでもガガとゾゾの名前を聞き取ることは出来たのだろう。

 そのことに安堵しながら、レイは生誕の塔のある方を指さし、再び口を開く。


「ガガ、ゾゾ」


 向こうに行けばガガとゾゾがいる。

 そう示したレイだったのだが、自分の意図がリザードマンに通じるかどうかを少しだけ不安に思う。

 だが幸いにも、リザードマン達は顔を合わせてレイには理解出来ない言葉を交わすと、やがて険悪な雰囲気が幾らかは収まり、武器を構えていた者も武器を下ろす。

 完全にレイを信用したという訳ではないのだろうが、それでも知ってる名前が出て来たので、取りあえずレイが示した方に行ってみようと考えたのだろう。


「●●●? ●●、ガガ●●、ゾゾ●●、●●●?」


 レイに向かってそう尋ねるリザードマン達だったが、レイに分かるのはガガとゾゾの名前のみだ。

 恐らく名前の後ろについていた言葉は、何らかの敬称だとは思うのだが。

 それでもガガとゾゾの名前が出た以上、向こうにいるのかといったことを聞いているのは理解出来る。


「俺が案内するから、一緒に来い」


 身振り手振りでリザードマン達にそう告げるレイ。

 レイの仕草の意味は完全に理解出来なかったようだが、それでも何となく言いたいことは理解出来たのか、リザードマン達は頷く。

 レイではなくセトを警戒した様子のままのリザードマンを引き連れて行くレイは、樵や冒険者達に声を掛ける。


「取りあえずこのリザードマン達は俺が連れていく。ただ、リザードマンが又転移してきたということは、もしかしたら緑人も転移してくる可能性は否定出来ないから、見つけたらこっちに教えてくれ」


 出来れば連れて来てくれと言いたかったレイだったが、生誕の塔はともかく、湖についてはまだ秘密だ。

 勿論、湖から近い場所で伐採している以上、いつまでも隠しておくという訳にはいかないし、何らかの理由でいずれ知られてしまうのも確実だろう。

 それでも、レイが自分から教えるということは出来るだけ避けたいと思うのは当然だった。

 この場を任されている騎士も、当然湖のことは知っているので、レイの言葉に頷く。


「分かった。そうさせて貰おう。その際は私が知らせに行く」

「頼んだ」

「グルゥ」


 レイの言葉に、何故かセトが続けて喉を鳴らす。

 そんなセトを撫でながら、レイはリザードマンを連れて湖の方に向かう。

 レイ達を見送った樵や冒険者達は、再び自分の仕事に戻っていった。

 建築資材としての木材は、少し前に比べるとそこまで数が足りなくなるということはない。

 それでも、いつまた樵の仕事が休みになるのか分からない以上、今のうちに出来るだけ多くの木を伐採しておく必要があった為だ。

 そうして働く樵や冒険者達から離れていったレイとセトは、リザードマン達を案内するようにトレントの森に沿って湖の方に向かって進む。

 リザードマン達はそんなレイとセトをゆっくりと追う。

 途中で何度かお互いに話し掛けている声は聞こえてきたが、レイが聞き取れたのはゾゾやガガといった名前くらいだ。

 だが、そんなリザードマン達の様子は生誕の塔が見てきたことで変わる。

 湖はまだ見えないが、生誕の塔はそれなりの高さを持っているので、しっかりと見ることが出来たのだろう。

 リザードマン達にしてみれば、やはり生誕の塔というのは見覚えのあるものなのだろう。


「●●!? ●●、●●●●!」


 リザードマンの一人が、生誕の塔を見て何かを叫ぶ。

 他のリザードマン達も、それぞれが大きな声を出す。

 

(まぁ、無理はないか。自分の国の中にある施設が何故か見知らぬ場所にあるんだし。そう言えば、このリザードマン達が転移してきた時は、生誕の塔は一体どういう扱いになっていたんだ?)


 後ろにいるリザードマン達からの疑惑の視線をこれでもかと背中に感じながら、レイはセトと共に生誕の塔に向かって進む。

 そして生誕の塔だけではなく湖までも見えてくると、後ろのリザードマン達の戸惑いは更に増す。

 それでもレイが思っていた程に騒がなかったのは、生誕の塔で十分に驚いていたというのもあるが、それ以上にリザードマン達がここに来るのは初めてであり、だからこそここに湖があっても最初からそのような場所なのだと思っていたからだろう。

 やがて生誕の塔が近づいてくると、その周辺に何人もの冒険者、そしてリザードマン達がおり、近づいてくるレイに気が付く。

 セトがいるから、近づいてくるのがレイだというのはすぐに分かったのだろうが、いつもならセトに乗って空を飛んでくるのに何故? と、そんな疑問を向け……レイとセトの後ろにいる五人のリザードマン達に存在に気が付く。

 それを見て驚いたのは、冒険者よりも塔の側にいたリザードマン達だろう。

 基本的にリザードマンの見分けがつかない冒険者や騎士と違い、同族のリザードマンは当然のように仲間の顔を見分けることが出来る。

 そしてレイが連れてきたリザードマン達は、ここ最近生誕の塔で暮らしていた者達ではないのだから。


「●●●●!」


 生誕の塔側のリザードマンの一匹が何かを叫びながら、レイ達の方に走って向かう。

 それを見ていた冒険者やレイが戦闘の準備をしなかったのは、駆け出したリザードマン達が手に持っていた武器をその場に放り投げ、素手だったからだろう。

 レイもまた、自分の方に向かってくるリザードマンに対しては特に何もせず、自分の後ろにいるリザードマンに視線を向ける。

 多分……と、そう思いながら向けた視線の先では、予想通りの行動が起こっていた。

 レイと一緒にやって来た五人のリザードマンも、その場に武器を投げ捨てて自分達に向かって走ってくるリザードマンに向かって走り出したのだ。


「ふぅ」


 安堵した様子を見せるレイ。

 リザードマンだった以上、恐らく今まで転移してきたリザードマンの知り合いだろうとは思っていた。

 だが、緑人達がいた森から転移してきたのが、何故かグラン・ドラゴニア帝国の城の一部たる生誕の塔が転移してきたのだ。

 ゾゾから聞いていたグラン・ドラゴニア帝国の規模を考えれば、同じ国の軍人であっても全く見知らぬ者同士ということも有り得たし、最悪の場合は敵対している部隊同士ということも考えられた。

 ……ザザのことを思えば、そのように思うのも当然だろう。

 リザードマン同士がそれぞれに話している様子を見れば、それはレイの考えすぎだろうということが容易に想像出来たのだが。


「レイ、あのリザードマンは? ……もしかして、また転移してきたのか?」


 冒険者の一人が、嬉しそうに話しているリザードマンを見ながらレイに尋ねてくる。

 リザードマンの見分けは出来ないが、それでもレイと一緒にやって来たという時点で何か訳ありなのかは分かっていたのだろう。


「ああ。ここに戻ってくる途中で樵や冒険者達と睨み合っていてな。丁度いいから連れて来た」

「ふーん。……一体何なんだろうな。そもそも、どうやって転移してきてるんだ?」

「それを俺に聞かれても、分かる訳がないだろ? ここが原因で転移してきてるんじゃなくて……ここが、原因?」


 冒険者に言い返したレイだったが、ふと自分で言った言葉に疑問を覚える。

 湖も生誕の塔も、リザードマンも緑人も、揃って転移してきた。

 特に湖がグラン・ドラゴニア帝国のある世界とは別の世界から転移してきたのは、ほぼ確定と言ってもいい。

 だとすれば、やはりその異なる世界から転移してきた理由として一番可能性が高いのは、このトレントの森なのではないか。


(いや、けど……生誕の塔はトレントの森に隣接してるから、まだ許容範囲だとして……湖は転移するにしても、少し離れすぎじゃないか?)


 もっとも、湖がトレントの森の中に転移してくれば、困るのは間違いない。

 だがそうなると、トレントの森が異世界から取捨選択して転移させているということになる。

 もしくは、トレントの森ではなく何者か、が。


(そんなことが有り得るのか? でも、このトレントの森が出来上がった経緯を思えば、そういうことが起きても不思議じゃない感じはするけど)


 ギガント・タートルや、このトレントの森のボスとでも呼ぶべき存在を思えば、本当に何が起きても理解は出来ないでもないのだ。

 だが、本当にそのようなことが出来るのかと言われれば、レイとしても素直に納得が出来ないのも事実。

 結局ここで自分が幾ら考えても意味はないと判断し、この一件については後でグリムにでも聞いてみることにしようと決める。

 ただし、もしこのトレントの森が何らかの意図で異世界から色々な存在を転移させてきているとなると、それをどうやって止めるのかといったことも考えなければならない。

 少なくても、レイにはそれをどうすればいいのか全く分からなかった。

 エレーナやマリーナ、それとそこまで詳しくはないだろうが、ヴィヘラにもその辺を聞いてみてもいいかもしれない。

 もっともその辺りについてはダークエルフとして一番長生きしているマリーナであっても、そう簡単に何かを思いつくといったことはないのだろうが。

 そんな風に思いつつ、レイは再会を喜んでいるリザードマン達を眺めるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る