第2092話
『炎よ、汝は我が指定した領域のみに存在するものであり、その他の領域では存在すること叶わず。その短き生の代償として領域内で我が魔力を糧とし、一瞬に汝の生命を昇華せよ』
レイがデスサイズを手に呪文を唱えると、地面に赤い線が引かれていく。
その線は、セトを追い掛けているスライムを覆うようにして伸びていくのだが……ちょっとした山や丘のような、まさしく巨体という表現が相応しい大きさを持つだけに、魔力によって描かれるラインも相応の大きさとなる。
元々威力重視の魔法であり、普通の魔法使いでは発動することすら難しい魔法だが、今回は更にその規模が通常よりも圧倒的に大きいということで、余計に発動する難易度は高い。
しかし、レイは持ち前の魔力を大量に注ぎ込むことによって半ば強引に魔法を形成していく。
スライムに攻撃をしていたガガだったが、突然現れた赤い魔力の線に警戒心を抱いたのか、その線から距離を取る。
その赤い線はレイがやったものだと判断したのだろう。
ガガはスライムから距離を取ると、責めるような視線を向ける。
だが、レイはそんなガガの様子を気にせず、魔法を発動した。
『火精乱舞』
発動した魔法によって、巨大なスライムは赤いドームによってその姿を封じられる。
そして、赤いドームの中に大量に姿を現したのは、小さなトカゲの形をした火精。
それも一匹や二匹ではなく、それこそ数え切れない程大量に。
しかしそのような状況になっても、スライムは何も気にした様子もなくセトを追う。
スライムにしてみれば、自らの空腹を満たす存在を捕らえることだけに集中していた。
そのまま、スライムはセトを追い……赤いドームに接触する直前、小さなトカゲが爆発する。
爆発したのは、最初はその一匹だけだったが、それに触発されたかのように、次々に連鎖するように火精の小さなトカゲが爆発していく。
一匹だけでは、そこまで強力な爆発ではないのだが、それが次々と連鎖することによって赤いドームの中で生み出された爆発は次第に大規模になる。
ましてや、赤いドームは巨大なスライムを覆うように存在しており、その分だけ広く、それだけ火精のトカゲの数も多い。
次々に連鎖していく爆発により、赤いドームの中は見えなくなる。
「さて……これでどうだ?」
赤いドームの中が爆発で見えなくなってから数分。
レイは、本当に問題がないのかどうかを確認してから赤いドームを消す。
瞬間、周囲に大量の煙が吹き出す。
先程まではドームによって密封されていたので、その煙が周囲に流れることはなかったが、赤いドームが消えたとなれば話は別だった。
もうもうと、という表現が相応しい程に大量の煙が吹き荒ぶ。
(うわ、ちょっと頑張りすぎたか? これだと、間違いなくギルムからもこの煙は見えている筈だよな? ダスカー様なら、何があったのかと思って様子を見にこさせるような真似をするかもしれないけど、関係ない奴も来そうだな)
現状、生誕の塔もそうだが、この湖の存在も可能な限り秘匿しておきたいレイとしては、出来れば関係者ではない相手がくるのは遠慮して欲しかった。
とはいえ、現状ではこの辺り一帯は明確に誰かの土地という訳ではない。
そうである以上、誰かが来てもそう簡単に来させないようにするといったことは出来ないのだ。
「●●●!」
と、この後の面倒を考えていたレイだったが、いつの間にか近くにやってきていたガガの声で我に返る。
声を出した方を見ると、そこにはスライムのいた方を見て何かを言っているガガの姿があった。
「ガガ? ……って、おい、マジかよ」
一瞬、レイはガガが何をしているのかは分からなかったが、春の風が煙を散らしていき……やがて、その光景を目にすることになる。
そう、巨体のいたるところに泡が浮かんでいる……それこそ、身体全体が泡になってしまったのではないかと思えるかのような、そんなスライムの姿が。
「何だ? あの泡で爆発を防いだ? ……いや、違う。あれは再生の為の泡か!?」
大量に火傷をしたスライムだったが、その泡が消えるとそこには火傷の痕のようなものはどこにも存在していない。
泡で防いだのかとも一瞬考えたレイだったが、スライムの身体にまだ何ヶ所か残っていた傷を泡が覆っていくのを見れば、それが間違いであったことは容易に理解出来る。……出来てしまう。
「俺の魔法を耐えるとはな。正直なところ、驚いた」
基本的に魔法よりも近接してのデスサイズや黄昏の槍を使った戦闘を好むレイだったが、それでも自分の持つ魔力を最大限に活かした魔法については、強い自信を持っていた。
それだけに、このような巨大なスライムが相手であっても、まさか自分の魔法を耐えきるとは思っていなかったのだ。
とはいえ、レイの魔法が全く効いていない訳ではない。
実際にスライムは泡を使って自らの傷を回復……もしくは再生しているのだから。
(そうなると、もっと強力な一撃を……ただし、湖に被害を与えないような魔法を使う必要があるのか。幸い、魔力にはまだ余裕がある。というか、全く減った気がしない)
レイ本人も、自分の魔力が具体的にどれだけあるのかというのは、分からない。
無限の魔力……というのは、言いすぎかもしれないし、実際には有限なのだろうが、それでもレイの感覚からすれば無限の魔力と言ってもいいようなものだった。
「ガガ、もう一発……いや、あのスライムを倒すまで連続で魔法を使うから、あのスライムに近接攻撃は挑まないようにしろよ」
そう言い、ふとここにゾゾはいないし、今は身振り手振りで意思表示をした訳でもないので、言葉が通じていないということに気が付き、改めてガガに注意しようとし視線を向け……驚く。
何故なら、ガガはまるでレイの言葉を理解したかのように、スライムから距離を取っていたのだ。
(え?)
そんなガガの様子に一瞬何かを言おうとしたレイだったが、今はそんなことよりもスライムを倒すのが優先だと判断し……再度驚く。
何故なら、スライムの動きが止まっていたのだ。
先程までは、赤いドームの中でもセトに向かって突っ込もうとしていたというのに。
泡が出ている時は治療の為に動かなかったが、今はもう身体の泡は全て消え、元通りの……レイが魔法を使う前の状態に戻っている。
そして……まるで何かを探すかのように、触手を周囲に向けていた。
身体全体から触手を出しているその様子は、それこそスライムの本体が丸みを帯びているということもあってか、ウニを連想させる。
もっとも、スライムから伸びている触手は棘のように固くはなく、それぞれが好きな方に曲がっているのだが。
「何があったのかは分からないが……これは、チャンス! ガガ、触手から俺を守ってくれ! セトは上空から、何かあった時に対処を頼む!」
「●●●!」
「グルゥ!」
レイの言葉に、ガガとセトがそれぞれ返事をする。
またもや、ガガはレイの言葉に素直に対応したのだが、魔法に集中したレイはそのことは後回しにしてデスサイズに魔力を流しつつ、呪文を唱える。
『炎よ、汝のあるべき姿の1つである破壊をその身で示せ、汝は全てを燃やし尽くし、消し去り、消滅させるもの。大いなる破壊をもたらし、それを以て即ち新たなる再生への贄と化せ』
デスサイズの刃の先端に浮かび上がる、一つの炎。
一見すると、普通のファイヤーボールにしか見えないような、そんな魔法ではあったが……その炎は、レイの魔力を貪欲に吸収していく。
元々ファイヤーボールと似たような……その上位版と言ってもいいような魔法だったが、今回はそんな炎に今まで以上の魔力を込める。
一撃であのスライムを燃やしつくし、先程のように泡で回復するような真似が出来ないといったような、そんな威力を持たせる為に。
すると、その炎は次第に大きさを増していく。
それこそ、レイと同じくらいの大きさになり、ガガと同じくらいの大きさになり、更にはそれよりも大きく、ただひたすらに大きくなっていく。
その大きさは、それこそレイの無尽蔵の魔力を次々に吸収していき、やがてその大きさはスライム程……とまではいかないが、その三分の二程の大きさにまで成長した。
当然のようにその大きさの炎であれば、デスサイズのすぐ近くで生み出せる筈もなく、大きくなるにつれて炎は上へ上へと浮かんでいく。
恐らく……いや、間違いなくギルムからでもこの巨大な炎は見えているだろう。
それ程の大きさの炎。
そして……これで十分だと判断したレイは、いよいよ魔法を発動させる。
『灼熱の業火!』
その言葉と共にスライムに向かって飛んでいくその様子は、それこそ隕石が落ちてきたかのような光景ですらあった。
「レイ、●●●、●●●●!」
その炎の塊を見たガガは、レイに向かって慌てたように叫ぶ。
半ば無尽蔵の魔力を持つレイではあったが、それでも一度に大量の……それこそ、普通の魔法使いなら数百人、もしくはそれ以上が限界を超えた魔力を振り絞ったかのような魔法だけに、さすがに疲労を感じていた。
(炎帝の紅鎧を使った方がよかったか? いや、このスライムが相手だと、相性が悪いか)
個人や多数を相手にする時には向いている攻撃方法だったが、このスライムのような存在を相手にする場合は、やはり魔法の方がよかった。
そんな風に思いながら、切羽詰まった様子で何を訴えるガガに、レイは何となく……本当に何となくだが、何を言いたいのか分かった。
「心配するな。あの魔法は指定範囲以外には被害が及ばないから」
「●●?」
本当か? と、恐らく聞いてきたのだろうガガに、レイは頷く。
そしてレイが頷くのと同時に、隕石の如き巨大な炎はスライムと接触した。
空から降ってきた炎は、一見するとそこまで速度があるようには思えない。
だが、それは炎の大きさが巨大だからゆっくりに見えるのであって、実際にはかなりの速度が出ている。
……もっとも、例え炎の速度が遅くても、スライムは身体中から触手を伸ばして周囲の様子を探っていたので、湖に逃げるといった様子はなかったが。
そして……次の瞬間、そのスライムがとった行動は、レイにとっても予想外だった。
身体中から伸ばしていた触手を、自分に向かって降ってくる炎に向かって伸ばしたのだ。
もしかして、あの触手で炎を受け止めるつもりか? と一瞬思ったものの、レイは実際にその触手を何本も切断し、砕いているので、そこまで頑丈な代物ではないというのは理解している。
実際に伸ばした触手は、炎が近づいてくるに従って直接触れる以前に燃やされ、水分が多い為か蒸発すらしていく。
それでもスライムは炎に触手を伸ばすという行為を止めず、次から次に触手を蒸発させていき……やがて、その巨大な身体は同様に巨大な炎によって押し潰される。
最後まで炎から逃げようとしなかったスライムは、次の瞬間には炎に包まれ、急速に燃やされ、蒸発し、消滅していく。
レイが設定した燃焼範囲外にいるレイやガガ、セトといった面々には熱さも感じないし燃えている音も聞こえないが、スライムは間違いなくそこで燃やされていた。
「レイ、●●●、●●?」
ガガが不思議そうな表情でレイに何かを尋ねる。
その言葉の意味は全て理解出来なくても、それでも何となくガガが何を言ってるのかは分かった。
目の前に広がっている灼熱の地獄。
ちょっとした山や丘程もある大きさのスライムが目の前で燃やされているのに、すぐ近くにいる自分達が全く熱を感じていないというのが、ガガには不思議なのだろう。
「グルゥ!」
そんなガガに、空から降りてレイの隣にやって来ていたセトが、凄いでしょと喉を鳴らす。
視線の先では灼熱の轟火が存在しているのに、自分たちには何も感じさせない。
それはまるで、TVでそのような光景を見ているかのような、そんな印象すらレイに抱かせる。
もっとも、目の前に広がっている光景はTVの画面ではなく、現実そのものなのだが。
「近づかなければ、熱を感じることはないから安心してくれ」
身振り手振りでそう告げるレイに、ガガは納得したように視線の先で燃えているスライムから距離を取る。
(問題なのは、ギルムの方でどう思ったかだよな。……あの炎が落ちてきたのは、見ようによっては隕石が落ちてきたといった風に見えるだろうし。ともあれ、この一件はダスカー様に報告するとして……どうするかは、ダスカー様に決めて貰った方がいいな)
最近は色々とダスカーに丸投げしているといったように思えるレイだったが、実際にダスカーでなければ判断出来ない状態ではある以上、それはどうしようもないのも事実だった。
もしあのままスライムを自由にさせていれば、それこそ生誕の塔やその護衛をしている者達に大きな被害が出ていたし、場合によってはギルムにも被害は出ていたのだから。
それを思えば、何とかここでスライムに対処する必要がある。
そう思いながら、レイは燃え続けるスライムを眺めるのだった。
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