第2091話
まさに小高い山とでも表現すべき、巨大なスライム。
先程から延々と水中から伸びていた触手は、本来の意味での触手という訳ではなく、そのスライムの身体から伸びていた一部分だった。
そんなスライムは、まだ身体全体が湖から出た訳ではなく身体の大部分が水中にあると思っても間違いはないだろう。
だが、それでも今の時点で圧倒的な存在感を持っているのは間違いなかった。
(けど、スライムか。一体何を考えてこっちに攻撃してきたんだ? やっぱり、スライムだけに食欲に駆られてか?)
レイが知っている限り、基本的にスライムというのは高い知能は持たず、半ば本能に動かされている存在だ。
……もっとも、レイが知っているスライムはダンジョンに存在するような存在が殆どだったが。
少なくても、ダンジョンに存在するスライムはダンジョンの掃除屋という一面が強く、攻撃性は決して高くはない。
だが……現在こうしてレイとセトの前に存在するスライムは、そんなレイの予想が全く当て嵌まらない存在なのは間違いなかった。
実際に触手で攻撃をしてきたのを経験しているのだから。
(取りあえず、『ぷるぷる。ぼく、悪いスライムじゃないよう』とか、そんな風に言ってこないのは間違いないな。……この図体でそんな風に言われても、ちょっと困るけど)
セトの背の上で、何があってもすぐに対処出来るようにしながらも、レイは日本にいた時に何かのネタで見た台詞を思い出す。
国民的なゲームに出て来るとあるキャラクターの台詞なのだが、かなり古いゲームなので、残念ながらレイはそのゲームそのものをプレイしたことはなかった。
と、そんなレイがそんな風に考えているというのを理解したのか、スライムは不意に動きを見せる。
先程までと同じような触手をレイとセトに伸ばしてきたのだ。
ただし、その数は先程までよりも明らかに多い。
どう見ても、友好的に接しようとしているとは思えない行動だった。
「セト!」
「グルゥ!」
レイの呼び掛けに、セトは鋭く鳴くと翼を羽ばたかせてその場から移動する。
そして一瞬後には、セトのいた場所を触手が貫いていた。
相変わらず、決して鋭い一撃ではない。
だが、それでもこのような状況でこうして手を出してくる以上、間違いなく触手にはレイが予想したように、何らかの能力があるのだろう。
それを理解しつつ、レイは飛斬を使ってデスサイズから斬撃を飛ばしつつ、複数の触手を纏めて切断する。
そうしながら、今の触手が狙った場所を見て納得した。
(やっぱり、あのスライムが認識してるのは俺じゃなくてセトっぽいな)
触手が真っ直ぐに貫いたのは、間違いなくセトがいた場所だ。
勿論レイとセトではその大きさからしてセトの方が圧倒的に大きい以上、レイを狙うつもりが狙いが狂ってセトを攻撃した……という可能性も、ない訳ではない。
今の攻撃が何らかの偶然であるという可能性も考えると、まだ確信は出来ずに多分そうではないかといった感じなのだが。
「って、考えてる暇もないな!」
最初の一撃が始まりの合図だったかのように、スライムからは次々と触手が放たれる。
小さな山や丘の如き大きさを持つスライムだけに、その体積によって作られる触手の数は大量という言葉でも表現するには足りない程だ。
それこそ無数という表現が相応しいのではないかと、そう思える。
しかし……セトは、そんな無数の触手を前にして、決して大人しくやられるだけではない。
次々に放たれるスキルによって、自分達を狙ってくる触手の攻撃を回避しつつ、突き進む。
セトも、触手に直接触れるのは不味いと判断しているのだろう。触手を攻撃するのは、前足やクチバシを使った一撃ではなく、基本的にはスキルを使った遠距離攻撃が主だ。
時折ファイアブレスを使って周囲一帯を燃やしつくすかのように広範囲の触手を纏めて燃やすこともあったが、それでも触手はなくならない。
(今はいいけど、あのスライムを相手に持久戦をするのは無謀だ。それに、あのスライムが狙っているのはセトだけである以上、俺とセトは別々に行動してスライムに攻撃した方がいい)
確証がある訳ではないが、あのスライムの今までの行動から、狙いがセトなのは明白だった。
何故そこまでセトに執着してるのかは分からないでもないが、常識外の、それこそ桁外れと言うべき大きさを持つスライムはセトだけに執着している。
今まで、ここまでセトに執着した相手は……と考えたレイは、見覚えのある二人の女を一瞬思い出すも、すぐにそれを頭の中から追い出す。
セトに執着していても、その意味合いが違うだろうと考えて。
だが、空を飛べるセトとは違い、レイは空を飛べない。
正確にはスレイプニルの靴を使えば空中を蹴るといった真似が出来るが、それだって限界がある。
(となると、空じゃなくて地上か。それも生誕の塔から離れる方向で)
打開策を検討している間も、セトは翼を羽ばたかせながら敵の攻撃を回避しつつ、スキルを使って反撃を行って触手を破壊していく。
レイもまた、デスサイズや黄昏の槍を使って近づいてくる触手を切断し、破壊していた。
レイとセトにとって幸運だったのは、スライムから伸びてくる触手は決して目で追えないような速度ではなく、防御力という点でも決して高くはないことだろう。
……もっとも、目で追える代わりに無数の触手が伸びており、何よりもレイは気が付いていなかったが、切断や破壊された触手は水面やスライムの身体の上に落ちると、そのままスライムに吸収されてしまっていたのだが。
「セト、向こうだ。向こうにこの巨大なスライムを連れていくぞ。地上に上げることが出来れば、俺も万全の状況で戦える!」
「グルルゥ!」
レイの言葉に、セトは鋭く鳴き声を上げると今まで以上に強く翼を羽ばたかせる。
今までは湖に浮かんでいたスライムだったが、狙っていたセトが少しずつではあるが自分から離れていくことに気が付いたのだろう。
スライムもまた、セトを追って湖を移動する。
セトが向かったのは、レイが指示した通り生誕の塔の反対側、何もない場所だ。
春なので地上に草の類は生えているが、それ以外には特に目立ったものはない。
そんな場所を目掛けて、スライムは移動する。
湖の生き物にとって幸運だったのは、スライムが完全にセトだけに意識を奪われていたことだろう。
おかげで、スライムのすぐ側を魚や動物が泳いでいても、捕食されることはなかった。
……それでもスライムが移動先にいて逃げられない貝だったり、逃げるのが遅れた魚や動物はスライムに潰され、そのまま吸収されてしまったのだが。
スライムが順調に自分達を追ってきているのを見たレイは、セトの背から飛び降りる。
高度百mからの落下だったが、このくらいの高度から飛び降りるのはレイも慣れていた。
スレイプニルの靴を起動し、途中で何度か空気を踏むことによって衝撃を殺し、地上に着地する。
百mもの距離を落下したとは思えない程に静かな着地をすると、そのままセトとは反対方向に走り出す。
そうしてレイが走り出しても、やはりと言うべきかスライムが狙ってるのはセトだけだ。
(巨大って言葉でしか表現出来ないな)
今までは湖に浮いていたので、その全ての姿を見ることは出来なかった。
だが、湖から上がったことにより、現在はスライムの全ての姿を見ることが出来るようになっている。
それだけに、レイは改めてしっかりとスライムの大きさを確認することが出来た。
巨大なモンスターというだけなら、今までにもレイは色々と見てきている。
代表的なところでは、港街エモシオンで遭遇したレムレースや、トレントの森から出て来たギガント・タートル、コボルトの一件で契約されていた巨大な目玉といったところか。
湖から出ててきたスライムの大きさは、そのようなモンスターと比べても決して劣ってはいない。
(あ、でもそう考えれば、今までと同じようなものなのか。……今回は俺とセトだけでの戦いだけど)
レムレースを含め、他の巨大なモンスターと戦った時は、その殆どが自分以外に協力者がいた。
しかし、今回の戦いは自分とセトだけでの戦いなのだ。
……そう思った時、こちらに向かって走ってくる巨大なリザードマンの姿に気が付く。
身長三m程もあるリザードマンともなれば、そのような相手はそれこそ一人しか存在しない。
(ガガか)
何を思ってガガがここに向かっているのかは、それこそ考えるまでもない。
ガガにしてみれば、このような巨大なスライムと戦ってみたいと、そう思ったのだろう。
レイにとって意外だったのは、スライムのいる方にやって来てるのがガガだけだということか。
レイに強い……それこそレイ本人ですら、何故そこまでと思わせるほどに強い忠誠心を抱いているゾゾは、ガガの近くにはない。
自分達のいる方に向かって走ってきていないのだとすれば、それは生誕の塔に残っているということになる。
ゾゾも相応の強さを持つが、それでもレイやガガといった域にいる者達には届かない。
そんな自分が加勢しても、かえって足を引っ張るだけだと、そう理解したのだろう。
それは決して間違っている訳ではなく、寧ろレイとしてはガガがこちらに加勢に来た以上、誰かが他のリザードマン達を纏める必要があると判断していた。
そういう意味では、石版を使って冒険者や騎士と意思疎通の出来るゾゾは最適だろう。
(そして……やっぱり俺には目もくれない、と。一体どうやってセトを判別してるんだ?)
相変わらず真っ直ぐセトに向かうスライムを見て、レイは疑問を抱く。
とはいえ、そのおかげでこうしてセトを使ってスライムを誘き寄せることが出来ているのだから、それはレイにとって特に不満はなかったが。
「取りあえず、これでも食らえ。飛斬!」
レイの言葉と共に、デスサイズから斬撃が飛ぶ。
真っ直ぐに飛ぶその斬撃は、しかし先程までとは違ってスライムの身体を容易に斬るといったことは出来なかった。
触手はあっさりと切断されたのだが、それがまるで嘘だったかのようにスライムの身体を切断することは出来ない。
いや、正確にはある程度切断することは出来るのだが、スライムの身体の途中で斬撃が止まり、そして斬撃が止まると何もなかったかのように切断された場所がくっついてしまうのだ。
それでダメージを受けていると認識出来るのなら、レイもそこまでショックを受けるようなことはなかっただろう。
だが、スライムはその斬撃に対して特に何をするでもなくセトを追い掛けまわすだけだ。
それこそ、自分が攻撃されたことにすら気が付いていないかのような態度に、レイとしても不満を抱く。
「●●●!」
と、そこで追いついてきたガガは、レイに向かって手を差し出す。
一瞬何を言ってるのか分からなかったレイだったが、ガガがレイの持つデスサイズと黄昏の槍の双方を指さしてから、再度手を差し出し、何かを渡すように態度で示しているのを見て、レイはガガが何を要求しているのかを理解し、左手に持っていた黄昏の槍を地面に突き刺す。
そしてミスティリングから取り出したのは、ガガの大剣。
身長三m程のガガが持っても大剣と表現出来るような大きさを持つだけに、ガガの半分程しかないレイがその大剣を……それも片手で持つというのは、非常に違和感がある。
それこそ、もし見ている者がいるのであれば、何かの間違いでは? と思いかねない程に。
しかし、ガガは大剣を持つレイを見ても、特に動揺した様子もなく、それを受け取る。
ガガにしてみれば、レイが規格外の存在であるというのは理解している。
この大剣を持つ自分と正面から打ち合って、それで一歩も退かないという時点で色々とおかしいのだから。
レイから大剣を受け取ったガガは、そのまま真っ直ぐセトに触手で攻撃しているスライムに向かって走り出す。
セトは縦横無尽に空を飛びながらスライムの触手を迎撃しているが、レイが背中に乗っていない分だけ、どうしても攻撃の手段は減る。
セトが最大限の能力を発揮出来るのは、やはり人馬一体――セトはグリフォンだが――の状態の時なのだろう。
それでもセトの能力は高く、背中にレイがいない状態であっても、ファイアブレスのように広範囲に攻撃出来るスキルを多用することで、触手の攻撃を防いでいた。
そこに、ガガが雄叫びを上げながら大剣を構えて突撃していく。
(さて、俺はどうする? スライムが湖から出て来たんだし、やっぱり炎の魔法を使って殲滅した方がいいか?)
スライムが湖にいる状況で魔法を使わなかったのは、もし魔法を使った場合、転移してきた湖に大きな……それこそ、致命的な被害を与えかねないからだ。
だが、スライムはセトを追って湖から出て来た。
であれば、魔法を使っても問題はないだろうと判断し、魔法発動体のデスサイズに意識を集中させて呪文を口にするのだった。
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