第2085話
デイジーとの食事を終えたレイは、セトと共にトレントの森に向かっていた。
デイジーが言っていたように、レイとデイジーが食事をしている間、セトにもしっかりと料理が出されたらしく、店から出て来たレイが見たセトは上機嫌だった。
……店の店員もセトが嬉しそうに料理を食べる姿が嬉しかったのか、上機嫌だった。
レイが知ることはなかったが、上機嫌だった男は店の中でも厳しい人物として有名で、それこそ笑ったところを見た者は殆どいないといったような人物だ。
それだけに、その人物が嬉しそうに笑っているのを見た店の者の何人かは混乱してしまうといった一幕もあった。
「グルルルルルゥ」
嬉しそうに鳴き声を上げながら走るセトの背の上で、レイはセトの様子に満足そうに笑みを浮かべつつ、セトの背を撫でる。
(ダスカー様に丸投げしたけど、構わないよな? ……とはいえ、ダスカー様も最近はかなり忙しそうだけど)
ただでさえ、ギルムの増築工事という一大事業を行っているのだ。
そこで更に異世界から緑人やリザードマン、そして生誕の塔といった建物までが転移してくるのだから、ダスカーにとっては休む暇もない忙しさだろう。
とはいえ、ザザについてはレイが勝手に返事をしていいような問題でもない以上、ダスカーに任せるのは当然だった。
(疲労とかを軽減するような薬があれば、ダスカー様に差し入れした方がいいかもしれないな。……そういう薬があるのかどうかは、分からないけど)
セトの背の上でそんなことを考えていると、やがてトレントの森が見えてくる。
トレントの森に到着したレイは、早速樵達を探す。
だが、丁度現在は昼間ということもあり、樵達は昼の休憩をしていた。
建築資材が足りないということで、多くの樵が木の伐採にやる気を見せていたのだが、それでもやはり昼はしっかりと休む必要があるということなのだろう。
「おう、レイ。また木を集めに来たのか? 結構な量があるから、頑張って持っていってくれ」
樵の一人が弁当を食べながら、そう告げる。
樵の仕事にやる気を見せてはいるが、食事もしないで延々と木を伐採するだけでは、最終的には効率が悪いと理解しているのだろう。
ここにいる樵は、皆がそれぞれに樵としては一定以上の経験を積んだ者たちだ。
だからこそ、新人が陥るようなミスはしない。
「分かった。それで、どんな具合だ?」
「いつもよりは伐採した数は多いな。それに、しっかりと下処理の方も行ってるし、伐採の時にもやるべきことはしっかりやってるから、気にするな」
その言葉に、他の樵達も同意するようにそれぞれ声を上げる。
樵達にしてみれば、本当にやるべきことをやっているだけという認識なのだろう。
例えば、木を切り倒す時の方向をしっかり定めるとか、伐採する際の手順がどうといったように。
……レイの方は、デスサイズで一閃して伐採しているので、あまりそういう細かいことは気にしていないのだが。
他にも、伐採した木の枝を切っていく作業でも、実際には色々とコツのようなものがある。
基本的にそのような仕事をするのは冒険者達なのだが、その冒険者達も樵達からコツの類は教わっている。
レイの場合はリザードマンや他の冒険者に頼んだが、結果としてその辺りは雑になってしまっていた。
それでも、魔法的な処理をする錬金術師達がいたので、そこまで大きな問題にはならなかったのだが。
もしこれが魔法的な処理をするのではなく、普通の大工が使うとなれば、間違いなく不満が出ていただろう。
そういう意味で、レイは運がよかったのだ。……それ以外にも、建築資材としての木が足りないというのもあったのだが。
「分かった。なら、木は収納していくな。午後からも頑張って伐採してくれ。……ただ、緑人やリザードマンが現れたら、こっちに連絡をしてくれてもいい」
生誕の塔には迂闊に近づかないように言われている樵や冒険者達だが、もし緑人やリザードマンが現れた場合、意思疎通出来るゾゾは生誕の塔にいる。
そのような場合は、ゾゾを呼びに行くことは許可されていた。
何の用件もないのに、興味本位で近づくといったことをした場合は、安全の保証はされないが。
「ああ、分かってる。それより、昼の休憩が終わったらまたすぐに木を集めに来て貰うから、そのつもりでいてくれよ」
樵の言葉に軽く手を挙げて応え、転がっている木をミスティリングに収納してから、レイは再びセトに乗って生誕の塔に向かう。
朝と同様、最初は近づいてくるセトの姿に警戒を見せていたリザードマン達だったが、それでもレイとセトだと知ると、構えていた武器を下ろす。
「●●●」
「ああ、ご苦労さん。通らせて貰うぞ」
相変わらずリザードマンの言葉は理解出来ないが、それでも態度を見れば通っていいと示しているのは分かる。
リザードマン達にとって、ゾゾが従い、ガガと友好関係にあるレイという人物は尊敬すべき相手であり、決して戦いを挑んではいけない相手だ。
いや、訓練をするという意味で模擬戦を挑むのであれば、問題はない……どころか、寧ろ望んでやらせて貰いたいことなのだが。
リザードマン達の間を通って生誕の塔に向かうと、次第に護衛をしている者の数は多くなる。
そんな中でレイの目を惹いたのは、数台の馬車だ。
一体何故馬車が? と少し考えたレイだったが、食料を始めとした生活物資を運んできているのだと思い出す。
(そう言えば、その辺の話は聞いていたな。……こうして実際に運んできているのを見るのは初めてだけど)
納得しながらセトの背から降りると、レイは馬車に近づいていく。
セトも馬車に興味を持っているのだろう。レイと一緒に馬車に近づいていった。
そうすれば、当然のように馬車の荷台から荷物を下ろしていた者達もレイとセトに気が付く。
ギルムの者とリザードマンが協力して荷物を下ろしている光景は、お互いが協力し合えるという思いをレイに感じさせる。
少なくても、今こうしてレイが見ている限りでは、人間や獣人、ドワーフといった者達とリザードマンは協力しているのだから。
……尚、エルフがこの場にいないのは、元々自分の住んでいる森から外に出るエルフの存在自体が少なく、どうしても人の住む場所でエルフを見ることは珍しくなるからだ。
それでも辺境にあるギルムは、色々な事情で他の場所よりはエルフが集まりやすくなっているのだが。
「お、レイ。ギルムに行ってきたんだろ? 何か面白い物でもあったか?」
水の入った樽を下ろしていた牛の獣人の男が、レイにそう尋ねる。
「面白いかどうかは分からないけど、興味深いものはあったな」
デイジーの一件は、間違いなく興味深いものだっただろう。
国王派の人間が接触してきたのだから。
今までもマルカのように国王派の人間でレイに接触してきた者はいたが、今は赤布やコボルト、巨大な目玉の件もあって、ダスカーと国王派の仲は決して良好な訳ではない。
そんな中で接触してきたのだから、国王派にとって現在のギルムの状況はかなり気になっているのは間違いないだろう。
何より、デイジーの上司は国王派の貴族ではなく、王族なのだ。
あくまでもデイジーが言っていただけで何の証拠もないが、それでもあの状況でそんな嘘を吐くとは思えないし、もし嘘だった場合にはデイジーもただで済まないのは確実だった。
「へぇ、どんなのだい?」
「残念ながら、軽々しく人には言えないようなことだよ。ただ、それで食べた料理は美味かったけど」
「羨ましいなぁ」
そうして言葉を交わしながらも、牛の獣人は次々に荷物を馬車の荷台から下ろしていく。
かなり手慣れているらしく、その行動には無駄がない。……レイと話しているのが、無駄と言えば無駄だろうが。
「この仕事なら、報酬も相応に高いだろ? 少し贅沢するくらいは出来るんじゃないか?」
生誕の塔に物資を運ぶという仕事そのものは、そこまで大変ではない。
荷物を下ろすのはそれなりに面倒だが、言ってみればそれだけだ。
モンスターの討伐依頼のように、命懸けで戦うといったことはない。
それでも報酬が高いのは、口の堅い相手として雇われている為だ。
それだけに報酬は高いが……同時に、迂闊に情報を漏らすような真似をした場合は相応の処罰が下される。
ギルムにある酒場で、話していても、だ。
だからこそ、普通に働くよりも報酬は高く、ある程度なら贅沢することも出来るのでは? と、そう尋ねるレイに、牛の獣人は首を横に振る。
「いやぁ、稼いだ報酬は母ちゃんに持っていかれるからな」
「あー……そうか。結婚してたのか」
しかも、稼いだ報酬は全て妻に奪われるというのは、色々と厳しいのは確実だった。
(いわゆる、小遣い制なんだろうな。……具体的に幾らくらい小遣いを貰ってるかは分からないけど)
どのくらい小遣いを貰っているのかは気になったが、それは聞かない方がいいと判断し、話題を移す。
「持ってくる物資って、大抵が食料なのか?」
「うん? ああ、そうだよ。後はこの水とか」
「出来ればでいいから、本なんかも持ってきてくれると助かる。言葉を覚えさせる為にも。特にリザードマンの子供達は、最初からこっちの言葉も覚えることが出来れば色々と便利だし。いつまでここにいるのかも分からないから、言葉は使えた方がいいだろ」
この世界にと言いそうになったレイだったが、何とかそれは堪えてそう告げる。
それに子供の方が物覚えがいいのも事実であり、そういう意味ではやはりリザードマンの子供達に文字や言葉を理解出来るようになって貰った方が、将来的に便利なのは間違いない。
(まぁ、すぐにこの世界から自分達の世界に戻るようなことになれば、意味はない……いや、ないこともないのか?)
きちんと言語として成立しており、それでいて知っている者は少ない。
そのような言語が存在すれば、それはいわゆる暗号のようなものとして使うには非常に便利な代物となる。
暗号の概念がゾゾやガガの世界にあるかどうか、というのはレイにも確信はなかったが、グラン・ドラゴニア帝国はミレアーナ王国と同じくらいの規模の国だというのを考えれば、その辺はあってもおかしくはない……どころか、当然と言ってもいいだろう。
であれば、この世界の言葉や文字といった代物は非常に重要な暗号になり得るだろう。
勿論、暗号とは言っても別に何かを隠そうとして存在している言葉や文字ではなく、あくまでもこの世界の者が普通に使えるよう、ある意味では最適化されている代物だ。
そうである以上、もし暗号と認識すれば解読するのは難しくはないのだろうが。
「本かぁ、それは分かるけど……どうやって本を用意すればいいんだ?」
牛の獣人の男は、困ったように呟く。
この世界において、本は非常に高価だ。
街中で普通に暮らしている分には、基本的に必要になるといったことはない。
ある程度の金持ちなら、本を集めるといった者もいたりするのだが。
ともあれ、報酬の全てを妻に渡している牛の獣人の男としては、本を用意するような余裕はない。
あるいは頑張れば何とかその費用を捻出することも出来るかもしれないが、そこまでするようなつもりはないのだろう。
レイも、別に目の前の男に自腹で本を買ってこいなどと言うつもりはない。
「ダスカー様に言えば、多分用意してくれると思う。ダスカー様にとっても、リザードマン達が文字や言葉を覚えるのは歓迎するだろうし」
そう言いつつ、またダスカー様にこの件を丸投げしてしまった、と思うレイだったが、この件で誰に一番利益があるのかと考えれば、それはダスカーなのも間違いない。
また、デイジーの件とは違って、本を選んで送るという点ではダスカー本人がそこまで苦労はしないだろうという思いがレイの中にはあった。
「うーん、分かった。それが聞き入れられるかどうかは分からないけど、取りあえずギルムに戻ったら聞いてみるよ。ただ、俺はダスカー様に直接会えないから、ダスカー様の部下になると思うけど。それでいいかな?」
「ああ、それで十分だと思う」
ダスカーの部下は、基本的に有能な者ばかりだ。
中にはある程度自分の利益になるように動く……といった者もいるかもしれないが、それでもダスカーに目を付けられるような程の不正を行ったりはしない。
元々ダスカーの部下であるということだけで、高額の報酬を貰えているのだ。
わざわざダスカーの怒りに触れるような真似をして、ダスカーの部下という今の立場を失うといった真似は絶対に避けたいと思う筈だった。
……とはいえ、人の欲望には限界がない。
中にはその辺りの我慢が出来ず、結果としてダスカーの部下から犯罪者に鞍替えすることになる、という者も少ないがいるのだが。
ともあれ、本の件はひとまずダスカーの部下に任せておけば大丈夫だろうと、レイはそう判断するのだった。
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