第2084話

「美味かった」

「満足して貰えたようで何よりですね」


 食事が終わり、レイはそう感想を口にする。

 お世辞でも何でもなく満足そうな様子に、デイジーは嬉しそうに笑みを浮かべる。

 それこそ、普通なら見ている者が思わずを目を奪われてもおかしくはないような、美貌の笑み。

 ……もっともレイの場合はエレーナ、マリーナ、ヴィヘラという、種類こそ違えど歴史上屈指のと評しても決して間違いではない美貌の持ち主達を普段から見ていることもあり、デイジーの笑みに動揺することはない。


「ああ、この店は来たことがなかったけど、デイジーが自慢するだけのことはあるな」


 実際、出て来た料理はどれも旬の食材を活かして作られた料理で、料理をした者も余計な手間を加えずに素材の味を最大限に引き出すといった調理の方法だった。

 レイのイメージとしては、素材の味を最大限に活かすということで、和食が近い。……勿論、味付けは色々と違っていたのだが。


「ありがとうございます。この料理とは少し違う料理ですが、セトちゃんにも出しておくように頼んでおきましたから、喜んで貰えるでしょう。……さて、料理を食べ終わったところで、そろそろ本題に入りたいと思いますが、構いませんか?」


 真剣な表情で告げてくるデイジーに、レイは食後のお茶を楽しみながら頷く。


「ああ、構わない。……それで? デイジーはどこの手の者なんだ?」


 デイジー本人がどこかの勢力のトップであるという可能性は否定出来なかったが、それでもレイはこれまでの会話からどこかの勢力から派遣された者なのだろうというのは、予想出来た。

 その言葉を聞いて、デイジーは笑みを浮かべる。


「話が早いですね。……国王派の者です」

「国王派?」


 こうしてあっさりと答えるとは思わなかったレイは驚き、同時にまさか国王派の人間なのかとも驚く。

 レイにとって、国王派というのは全く関わり合いがない……訳ではないが、それでもギルムの領主たるダスカーの中立派や、エレーナの所属する貴族派と比べると関係は薄い。

 様々な属性の魔法を使いこなす天才、マルカ・クエントとはそれなりにレイも親しいが、その関係は中立派や貴族派とは比べものにならない。

 ましてや、国王派は冬に赤布やコボルトの一件の裏にいた者達だ。

 そんな国王派の人間が、この状況で自分に接触してきたのだから、レイが驚くのも当然だろう。


(国王派は最大派閥だけあって、派閥の中に更に派閥があるって聞いた覚えがある。それを考えると、デイジーは融和派というか穏健派というか、そういう連中からの使いなのか? ……まさか、こっちに敵対的な相手が友好的だとは思えないけど)


 一瞬だが、もし敵対的な相手なら先程の料理に毒でも入っていたのではないか? と思ったレイだったが、レイの味覚は敏感だ。

 普通なら相手に毒だと気が付かせないような毒であっても、料理の味を奇妙に思うことくらいは出来る。

 ……もっとも、その毒を料理の隠し味だと認識するようなことになれば、話は別だったが。


「どうやら、驚いて貰えたようね。ここで私の秘密を明かした甲斐もあったわ」


 してやったりといった様子を見せるデイジーに、レイは当然だろうと抗議の意志を込めてお茶を口に運ぶ。

 そうして喉を潤してから、若干の不満を滲ませて口を開く。


「それで? 今まで散々俺に敵対してきた国王派が、今更何の用件なんだ?」

「用事は幾つかあるけど……まず、一つ。レイさんに敵対しているのは、あくまでも国王派の中の一部だけで、そうでない者もいるわ」

「それは分かる。実際、マルカという知り合いがいるしな。……けど、実際に国王派が去年から今年にかけてギルムに攻撃してきたのは、間違いのない事実だろ? 赤布とか妙な目玉のモンスターと契約して、延々とコボルトをけしかけたりとか」


 レイにしてみれば、現在一番敵対的な派閥が国王派という認識だ。

 貴族派の中にも、中立派と友好的なのが気にくわないと考えて妙な策動をする者も以前はいたが、貴族派の象徴たるエレーナがギルムに来てからは、そのような真似をする者はほぼいなくなった。

 ……ほぼ、であって完全にという訳ではないのは、それだけ中立派に対して敵愾心を抱いている者が多いのだろう。

 ともあれ、現状では貴族派よりも国王派の方が敵と認識すべき相手なのは、間違いのない事実だった。


「しかも、その赤布を目玉のモンスターとの契約の生贄として使ったり。……って、ここまで話しておいてなんだけど、俺に直接話しに来たってことは、当然その辺の事情は知ってるんだよな?」

「ええ。ただ、さっきも言ったけど、それはあくまでも国王派の一部だけなのよ」

「そう言われても、国王派は国王派だろ? それに一部の者とだけで言われても……すぐにはいそうですかとは言えないぞ」


 何らかの集団にいる者のうちの何人かが悪事を働いた場合、大抵はその集団が同一視される。

 それは集団だけではなく、国でも同様だろう。

 例えば、国と国との約束を国を率いる者があっさりと無視した場合、その国を……そしてその国の人間を信じられるか。

 勿論それでも信じるという者もいるだろうが、少なくてもレイはその国の人間を全面的に信じることは出来ない。

 もしくは、本来なら存在しない出来事を誰が聞いても強引だと思えるような無茶な理屈で無理矢理にでっち上げ、それが真実であると公言し続けるような真似をし、その国の国民全てが偏執的なまでにそれを事実であると信じているような国があったとして、そのような国の人間と友好的な関係を築けるか。


「そう言われると、こちらとしては謝るようなことしか出来ないわね」

「素直に謝れるだけ、好意的に受け取ることは出来るな。けど、だからってそれだけで全てをなかったことにするって訳にはいかないだろ?」

「そうね。けど……私の上司は、国王派の中でもとびきりのお偉いさんよ? その人が、レイに……そして中立派に攻撃をしないというのは断言してるわ」

「お偉いさん、ね」


 レイが知っている国王派のお偉いさんといえば、マルカの一族……クエント公爵くらいだ。

 公爵という爵位は、貴族の中で最高位だ。

 つまり、クエント公爵より偉い人物は……


「王族、か」

「正解」


 レイの言葉に、デイジーは満面の笑みを浮かべてそう告げる。

 そんなデイジーの態度に、レイは少しだけ意外そうな表情を浮かべた。

 まさか、こうも簡単にデイジーが自分の上司……王族について認めるとは思わなかったからだ。

 レイを見て、デイジーが面白そうな笑みを浮かべる。

 年齢相応と言ってもいい笑みを浮かべているのは、デイジーの目から見ても面白かったらしい。

 レイはそんなデイジーの様子に、再び紅茶を飲んで考える。


(王族? 王族ね。……まぁ、今のギルムの状況を思えば、それこそ王族が首を突っ込んできてもおかしくはないか)


 緑人やグラン・ドラゴニア帝国のリザードマンが転移し、更には城に隣接しているという生誕の塔まで転移してきてるのだ。

 それこそ、例え三大派閥の一つ、中立派を率いるダスカーであろうとも独断で判断するのは難しいと思えるくらいには。

 そしてギルムにある貴族街には国王派の貴族も住んでおり、それ以外にも国王派の手の者が何らかの手段で情報を集めようとしているというのは、レイにも容易に想像出来る。

 その辺りから情報を得ての行動なのだろうが……


(それにしても、少し行動が早くないか?)


 ギルムから王都までの正確な距離はレイも知らない。

 そもそも、王都まで行ったことはないのだから。

 だが、それでもすぐに行ける距離ではないのは分かる。

 その距離を考えると、デイジーがレイの前に現れたのは少し早すぎると、レイは疑問に思う。


(そうなると、王都から来た訳じゃなくてギルムの……恐らく貴族街にある国王派の貴族の屋敷にいたのか?)


 対のオーブのような連絡の手段があれば、ギルムと王都でも連絡が取れる。

 そして王都からの指示を受けて行動出来る……一種のエージェントのようなものがギルムにいれば、こうしてデイジーがレイに接触してきたのはおかしな話ではない。

 

「何ですか? 随分と熱心に見てますけど、残念ながら年下は恋愛対象外ですよ」


 冗談っぽく笑いながらそう告げる様子に、レイも釣られるように笑みを漏らす。

 本人が意識してやっているのか、それともたんなる偶然なのかは分からないが、デイジーは人の警戒心を解き、リラックスさせるような雰囲気を持っていた。


「それで、国王派の人間だってのはともかく、何を目的に俺に接触してきたんだ?」

「簡単に言えば、リザードマンとの仲介役をお願いしたいの。……分かるでしょ?」

「グラン・ドラゴニア帝国、か」


 レイの言葉に、デイジーは頷く。

 国が関係してきている以上、貴族ではなく国王……もしくは王族が出るべきだと、そう言っているのだ。

 レイも、いずれはそうなるだろうと思っていたので、デイジーがそのように言ってきたことには、特に違和感はない。


「ええ。特にレイさんはグラン・ドラゴニア帝国の皇子二人と友好的な関係を築いています。……いえ、一人は従えているという点で、実はあまり良くはないのですが」


 少し困ったように呟くデイジーだったが、レイもそれに何と返すべきか迷う。

 ゾゾに関しては、別にレイが従えようと思って従えた訳ではないのだから。

 最初に遭遇した時、襲ってきたので倒したら何故か懐かれた。

 それが、レイの正直なところだった。


(ぼく、わるいリザードマンじゃないよう。ぷるぷる。……って感じか?)


 あの時のことを思い出すレイだったが、実際にはそんな某国民的RPGの流れとは違っていた。

 ……いや、起き上がって仲間になりたそうな目で見ているという点では、似たようなものかもしれなかったが。


「良くないと言われてもな。俺も、ゾゾには別に従えと言ってる訳じゃない。どういう理由かは分からないが、向こうからそういう態度を取ってきたんだ。ガガの方は普通の気を許した友人……友リザードマン? まぁ、友達って感じだけど」

「テイマーというのは、これだから……」


 今までの明るい様子とは違い、若干苦々しい様子を見せるデイジー。

 その様子を見れば、過去にテイマーと何かあったのでは? とレイも思わないではない。

 とはいえ、レイはセトの一件もあって一応表向きはテイマーということになってはいるが、実際は大きく違う。

 そういう意味では、ゾゾが色々と特殊な一件だったのは間違いない。

 ……それでも、レイがゾゾを従えた一連の流れを考えると、やはりテイマーと言われてもおかしくはないのだが。


(ああ、そういう意味では俺も名実ともにテイマーになった、と。そう思ってもいいのか? それが喜ぶべきか、悲しむべきかは分からないけど。いや、新たな能力を獲得という点では喜んでもいいのか)


 どう反応すればいいのか若干迷いつつ、レイは口を開く。


「取りあえずテイマー云々の件は置いておくとして……」

「んんんん?」


 テイマーの件を置くと言うと、デイジーは納得出来なさそうな視線を向けてきたが、レイはそれを無視して言葉を続ける。


「置いておくとして。デイジーが俺に期待するのは、ゾゾとガガを紹介することか?」

「……そうなりますね」


 レイの言葉に何かを言い返そうとした様子のデイジーだったが、現在の状況を思い出したのか、やがて素直にレイの言葉を認める。

 デイジーの機嫌が直った……訳ではないが、それでもこれで話を進められるとレイは安堵する。


「紹介するのくらいは構わないけど、俺が出来るのはそれくらいだぞ? 例えば、俺がゾゾやガガに命令して国王派に……ミレアーナ王国の王族に従えって風には命令出来ない」


 あるいは、ゾゾであればレイに絶対服従という態度を取っている以上、レイからの命令なら従うかもしれない。

 だが、レイとしてもゾゾに無茶な命令をするつもりはなかったし、ガガにいたっては言うまでもなかった。


「ええ、それで構いません。こちらも別にリザードマンの、それも皇族をどうこうしようとは思ってませんので。まずは顔繋ぎをする必要があるというだけですしね。……そういえば、皇族は他にもいた筈では?」

「耳が早いな。……いや、この表現はちょっと違うか?」


 ゾゾの兄のザザ。

 このリザードマンの件は、相応に厳重に秘匿されてる筈だった。

 とはいえ、当時トレントの森にいた樵や冒険者といった者達から情報を集めようと思えば、集められないこともないのだろうが。

 それでも一応は秘密にするようにと言われている以上、聞き出すのは……素面の状態では難しい。

 酒でも奢って酔わせれば、また話は別だろうが。


「それで、どうです? そちらの方は?」

「お勧めはしないな。ただ、俺にどうこう言える問題じゃないから、ザザについて何かしたいのなら、ダスカー様に直接交渉してくれ」


 結局、レイはザザの件はダスカーに丸投げするのだった。

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