第2083話
『レイ様、このくらいでどうでしょう?』
「んー……そうだな、問題ないと思う。だよな?」
レイの言葉に、声を掛けられた冒険者は困ったようにしながらも頷く。
「俺も木の伐採とかは随分と前にやったくらいだから、はっきりとは言わないけど、大体こんな感じだったと思うぞ」
冒険者が見ているのは、レイによって伐採されたトレントの森の木。
伐採された木は、普通ならそのまま乾燥して水分を抜く必要がある。
だが、トレントの森の木の場合は、錬金術師達が魔法的な処理をする必要がある関係上、乾燥という、本来なら一番時間の掛かる手間を省くことが出来た。
しかし、乾燥はしなくてもそれ以外……具体的には枝の切断という処理は必要となる。
なるのだが……何気に、枝を切るというのはそれなりに手間が掛かる。
しかし、レイの場合はゾゾがいた。
ゾゾの指示によってリザードマン達が揃ってレイの伐採した木の枝を切断していったのだ。
その結果をレイが冒険者に聞いたのだが、生誕の塔の護衛として雇われている冒険者達は、技量の高い者達であり、当然のように樵の手伝いといった真似はしたことがない。
もしくは、したことがあっても随分と前……まだ冒険者として未熟だった頃のこととなる。
だからこそ、リザードマンが木の枝を切った状況を見て、それでいいのかと聞かれてもしっかりと答えることは出来なかった。
……寧ろ、そういう意味ではレイの方が何度も伐採された木を運んでいる分、詳しいのだろうが。
「そうか。なら、収納するか」
そう言い、伐採された木を次々とミスティリングに収納していく。
その様子は、レイがアイテムボックスを持っているということを知っていても、思わず目を奪われるものがあった。
生誕の塔と隣接していたトレントの森の木は、綺麗に伐採されている。
また、切り株もレイがデスサイズの地形操作を使って、掘り出してあった。
本来なら、切り株は緑人達の能力によって木を成長させる為に必要なものだ。
だが、生誕の塔と隣接している場所だけに、ここの切り株を排除するのは必須となる。
緑人の力によって、再度木が生えてくるようなことになったら、それは決して嬉しいことではないのだから。
木の根ごと引き抜かれた切り株は、一応あとで何かに使えるかもしれないということで、こちらもミスティリングに収納されている。
薪として使うには乾燥させる必要があるので、ミスティリングに入ったままでは意味がない。
(何だかんだと結構な重量があるから、上空から落とすだけで相応の武器にはなりそうだけど)
セトに乗りながら、高度百m……もしくはより高い場所から、切り株をそのまま落とす。
ピンポイントで誰かに命中させるというのは難しいかもしれないが、集団……例えば軍隊といった者達であれば、上空から一方的に攻撃することが可能だ。
とはいえ、切り株を落とすよりはその辺の岩か何かをミスティリングに収納して落とした方が、強力な攻撃になるのは間違いないのだが。
「さて、取りあえず生誕の塔の周辺にある木は収納したし、俺は樵達の方に一旦顔を出してから、ギルムに行って伐採した木を納品してくる。多分大丈夫だとは思うけど、ここの護衛は任せたぞ」
「ああ、何があっても対処してみせる。……もっとも、俺達よりもよっぽど頼りになる人……いや、リザードマンがいるけどな」
冒険者が、ガガの方を見てそう呟く。
実際にガガはここに集まっている者の中でもトップクラスの実力を持つ。
それこそ、再度傭兵がここを襲ってきたとしても、ガガがいればそれだけで守ることが可能だろう。
「ガガに頼るのもいいけど、あまり気を抜きすぎるのもよくないぞ」
「そうだな、気をつける。レイもギルムまで気をつけて行ってきてくれ。土産は、果実水がいいな。今日は結構暑くなりそうだし」
「言われてみれば、そうかもしれないな」
トレントの森の中であれば、多少日差しが強くても木の枝がそれを遮ってくれ、直接日光に当たるということはない。
だが、生誕の塔はトレントの森の隣という位置にあり、生誕の塔のすぐ側に生えていた木もレイが伐採してしまった。
おかげで、敵に接近されやすいという欠点は克服したものの、代わりに木陰で休むということも出来なくなっている。
(今日はまだ春だから、暖かいといった程度だけど、これから夏になると……少し、厳しいかもしれないな)
レイは簡易エアコンの機能が付いているドラゴンローブを着ているので、真夏に木陰の一つもないような場所で活動していても……それどころか、砂漠にいても全く問題はない。
しかし、そんな機能の付いているマジックアイテムがそう多数ある訳もなく……このまま夏になれば、生誕の塔の護衛を任される者達は熱射病の類に掛かってしまう可能性が高かった。
(そう考えると、やっぱり日陰を作ることが出来るような建物は必要だな。いや、本格的な建物じゃなくても、天幕くらいでどうにか出来るか? 後は水分とかそういうのも……ギルムから食料と一緒に運んでるけど、出来れば井戸くらいは欲しいよな)
ここを掘って井戸を作れるのかどうかは、レイも分からない。
だが、もし井戸が出来れば、取りあえず水に困るということはなくなる。
後でゾゾに聞いてみようと判断しつつ、レイはちょうど子供達を背中に乗せて戻ってきたセトを呼び、ギルムに向かうのだった。
「ふぅ、今日はまた一段と凄かったな。……別の意味で」
「グルゥ?」
錬金術師達に伐採した木を渡したレイは、セトと共に道を歩きながら背中を伸ばす。
樵達は、レイに言ったように今日はかなり張り切っており、伐採された木もいつもより明らかに多かった。……代わりに、頑張りすぎたためか、いつも以上に疲労していたが。
そうして大量に持ってきた木は、錬金術師達によって奪うように持って行かれた。
建築資材が足りなくなりそうで奪い合いの乱闘になったというのは、樵達のプライドに火を点けた。
同時に、樵達が伐採した木を魔法的に処理する錬金術師達のプライドにも火を点けたのだろう。
そんな訳で、いつもは目玉のモンスターの素材をどうこうと言ってくる錬金術師達だったが、今日に限っては素材よりも木だ! といった様子だったのだ。
レイとしては、そんな錬金術師達の様子に驚きはしたものの、いつものように素材の融通といったことを言われず、木を持っていった後は自分達の仕事に集中していたということもあり、寧ろ好ましかったが。
「取りあえず用事は済んだし、何か食べて帰るか? ……そう言おうと思ってたんだけどな」
はぁ、と。セトを撫でながら面倒臭そうに溜息を吐くと、レイは視線を少し離れた場所にある建物に向ける。
レイの視線を追うように、セトもそちらに視線を向けた。
実際にはレイよりも先にセトが気が付いていたのだが、特に何かをしてくる様子がなかったので黙っていたのだ。
「おや、気が付いてましたか。驚かせてすいません。ですが一緒にお食事でもどうでしょう?」
そう言い、姿を現した人物を見て、レイは驚く。
このような場所で自分を待ち伏せしていた相手だ。
敵意の類はなかったので、恐らく何らかの交渉を求めてのものだというのは分かっていたが、それでも今までのパターンなら男だったのに、姿を現したのが女だったのだから。
それも、目鼻立ちが整っており、エレーナ達程ではないにしろ、その女を見たほぼ全員が美女と表現出来るような顔立ちの二十代程の女。
そんな女が、気軽な様子でレイを食事に誘ってくる。
「一応聞いておくけど、別に口説いてるとかそういうんじゃないよな?」
レイの言葉に、女は一瞬意表を突かれた表情を見せたものの、次の瞬間には思わずといった様子で吹き出す。
「ぷっ、あははは! いや、すいません。私もレイさんみたいな格好いい男の子と食事をしたいとは思うけど、恋愛対象としてはちょっと年齢が離れすぎてるかな、と思いまして」
「そう言われると、俺から何とも言えないけどな」
レイがこの世界に来て、既に数年。
だが、未だにレイはこの世界で今の身体を得てから、全く身長が伸びておらず、外見は十代半ばのままだ。
セトは一m近くも大きくなっているにも関わらず、だ。
ある意味で不老と呼べるのかもしれないが、個人的にはもう少し背が大きくなって欲しいと思っている。
具体的には、百八十cmくらいには。
「ごめんなさい。でも、レイさんだって口説かれるのなら、同年代がいいのでは? ……その件は置いておくとして、それでどうです? 食事でも」
「食事するのは構わないけど、わざわざ俺を待ち伏せしていたってことは、何か用事があるんだろう?」
異名持ちの冒険者のレイだけに、今までにも個別に話を持ってきた者は多い。
それこそ専属の冒険者にならないかといった誘いや、ギルドを通さない依頼、場合によっては自分の強さを証明する為に戦いを希望する者すらもいたし、レイが持つ素材やマジックアイテムを売却して欲しいという者もいる。
そういう意味では、この女のような誘いは珍しくもない。
レイが食べるという行為を好むことは、少し調べればすぐに分かるのだから。
それこそ、屋台や食堂でちょっと聞いてみれば分かる。
「そうね。けど、レイさんと一緒に食事をしてみたいというのも、嘘じゃないんですよ。……ちょっと美味しいお店に席を取ってあるから、そこに行きませんか?」
「そんなに時間は取れないが、それでもいいのなら」
生誕の塔の護衛という意味では、ガガがいるのでそこまで心配はしていない。
だが、護衛を必要とする以外の何らかの事態があった場合は、ガガやゾゾ、それに騎士では色々と不味いことが起こる可能性もある。
それを考えると、レイが口にした通りあまり時間が取れないのは間違いない。
……それでいながら、ちょっと美味しいお店というのには惹かれる。
これが凄く美味しいお店であれば、それなりによく聞く言葉ではあった。
だが、ちょっと美味しいと、少し謙遜しているかのようなそんな形容詞に、レイは惹かれたのだ。
「ええ、勿論それで構わないわ。じゃあ、早速行きましょう」
女は笑みを浮かべ、レイとセトにそう告げ……あら、と何かに気が付いたように、口を手で押さえる。
「そう言えば、まだ自己紹介をしていませんでしたね。私はデイジー。よろしくお願いします」
そう告げてくるデイジーに、レイはセトを撫でながら言葉を返す。
「俺のことはもう知ってるみたいだけど、レイだ。こっちはセト」
「そうね。だからこそ、こうして会いに来たんだもの。じゃあ、行きましょうか。一応レイさんがいつここに来るか分からなかったから、長く予約しておいたけど、店の人も出来るだけ早く料理を出したいと思ってるでしょうし」
「ちょっと美味しい店、か。それだけを聞くと期待出来そうだけど……ちなみに、セトはどうなんだ?」
セトがどう、と曖昧な言葉ではあったが、デイジーにはそれで十分に意味が通じたのだろう。
申し訳なさそうに首を横に振る。
「残念ですけど、セトが入れるような余裕はありませんね。外で待ってて貰うしか……」
「グルゥ」
デイジーの言葉に、セトが残念そうに喉を鳴らす。
とはいえ、セトも自分の身体の大きさは理解しているので、屋台ならともかく、きちんとした店舗では自分が店の中に入ることが出来ないというのは理解していた。
だからこそ、残念そうではあってもそこまでではない。
「そうか。……悪いな、セト。何かお土産を貰ってくるから、それで我慢してくれ」
「グルルルゥ!」
レイの口から出たお土産という一言で、あっという間に機嫌を直したセト。
元々自分がその店で食べることが出来ないということでは、あまりショックを受けていなかったというのも大きいのだろう。
「あらあら」
そんなセトの様子に、デイジーは面白そうに笑みを浮かべる。
ランクAモンスター……いや、希少種ということで、ランクS相当のモンスターとされているセトだが、こうして見る限りでは非常に愛らしいと、そう思えたのだろう。
「グルゥ?」
デイジーの様子に、どうしたの? とセトが首を傾げる。
円らな瞳でそのような行動をされると、セトの大きさと相まって余計に愛らしく思えてしまう。
デイジーの顔にも、我知らず自然と笑みが浮かぶ。
「セトちゃんだったわね。店の中には入れられてないけど、セトちゃんもしっかりと料理を食べられるようにするから、それで我慢してね」
デイジーの言葉に、セトは嬉しそうに……本当に心の底から嬉しそうに喉を鳴らし、尻尾を激しく振るのだった。
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