第2082話

 レイとセトがトレントの森に到着すると、既にそこでは大勢の樵達が頑張って木の伐採を行っていた。

 仕事が出来なかったのは昨日だけの筈なのだが、何故か……そう、本当に何故か樵達は頑張って木の伐採に励んでいた。

 とはいえ、やはり生誕の塔は気になるのだろう。

 仕事の合間に、息を整えたり水分補給をしたりといった休憩をする際には、樵達からでも見える生誕の塔に視線を向けている。

 ただし、樵達の目に浮かぶ感情は様々だ。

 未知の存在に興味深そうな視線を向けている者もいれば、いきなり現れて自分達の仕事の邪魔をしたことに苛立ちの視線を向ける者もいる。

 そんな中、レイとセトが到着した。


「よう、今日はまた……まだ仕事が始まってから少ししか経ってないのに、随分と頑張ってるな」


 伐採されて地面に倒れている木々を見て驚くレイに、樵の一人が不満そうに口を開く。


「そりゃそうだろ。昨日俺達が木の伐採が出来なかったせいで、建築資材の取り合いになって乱闘騒ぎになったって話じゃねえか。そんなことは、樵として最悪だからな」


 樵の言葉に、周囲の他の樵達も同意するように頷く。


(樵としてのプライド、か。この件は今回に限っては、それも当然かもしれないけど)


 自分達の仕事こそが、ギルムの増築工事を支えているのだ。

 普段はそこまで実感はなかったのかもしれないが、職人の乱闘の一件で強く実感したのだろう。

 また、普段は樵の仕事の結果をここまで直接的に知ることは出来ないが、このギルムではトレントの森の木が錬金術師によって魔法的な処理をされ、増築工事中でも大規模に使われている。

 そういう意味で、今回の生誕の塔の一件は樵達の意識を変えるには十分だったのだろう。


「そうか、頑張ってくれ。俺もあの塔の周辺の木を伐採するように言われてるから、一応、木材の不足はなくなると思う」


 そんなレイの言葉に、樵は微妙な表情を浮かべる。

 レイが木を伐採出来るのは分かっているが、それでも樵としては素直に納得することは出来ない。


「取りあえず、伐採された木を持っていくけど、構わないか?」

「ああ、構わない。今日は皆が頑張るから、伐採される木も多くなるぞ。それこそ、レイが木を伐採するような暇はないかもしれないな」


 若干の負け惜しみが入った樵の言葉だったが、レイはそれに気が付かない。

 単純に、今日は忙しくなるから頑張れと、そう言われているように思ったのだ。

 そんなレイの様子に樵は微妙な表情を浮かべる。

 負け惜しみを口にしたのに、それに気が付かれないというのは、言った方にとって非常に複雑な思いを抱かせる。

 しかし、レイは樵の様子に気が付かず、伐採された木に触れ、ミスティリングに収納していく。

 もしレイがいなければ、まずは冒険者達が木の枝を切ってから馬車のある場所まで運び、荷台に載せてから運ぶといった真似をする必要がある。

 そして運ぶというだけでも、馬車の周囲で積み込まれた木が落ちないようにする必要があり、どうしても運搬の際にも緊張してしまう。

 ……もっとも、仕事の際に緊張感を持つというのは、決して悪い訳ではないのだが。

 そんな大変な仕事を、レイはそれこそ鼻歌交じりで行うのだから、冒険者としては羨ましがればいいのか、呆れればいいのか微妙なところだ。


「さて、じゃあ、伐採された木は一通り集めたから、俺は生誕の塔に行くよ。言っておくけど……」

「分かっている。よほどの用事がない限りは生誕の塔には近づかないし、もし用がある場合は俺が直接向かう」


 レイの言葉に、騎士がそう答える。

 現在、生誕の塔は基本的に何らかの用事がない限り、行くのは禁止されている。

 それは樵やその護衛兼雑用として雇われた冒険者達も同様で、騎士のみが何かあった時に生誕の塔に向かうことを許可されていた。


「頼む。……あの件があったからな。見知った相手ならともかく、見知らぬ相手が来ると暴走しかねない」


 あの件、それは傭兵の襲撃の一件だ。

 ダスカーの調べで傭兵を雇った商人は既にギルムから出て行ったことが分かっているが、また似たようなことが起こらないとも限らない。

 だからこそ、大勢ではなく騎士のように限られた者だけが近づくことを許可されているのだ。

 その辺りの事情は、ギルドで受けている筈だった。

 もし樵や冒険者達が興味本位で生誕の塔に近づこうものなら、それこそ襲撃者と判断されて問答無用で攻撃されてもおかしくはない。


「分かっている。そんな馬鹿な真似はしないし、させない」


 騎士と短く言葉を交わし、レイはセトと共に生誕の塔に向かう。

 とはいえ、向かうと言ってもすぐに到着するのだが。

 生誕の塔はトレントの森に隣接する場所に転移してきており、セトの走る速度を考えれば、樵達がいる場所から生誕の塔までは文字通りの意味ですぐそこだ。

 やがて見えてきた生誕の塔の側では、冒険者やリザードマン達がそれぞれ周囲を警戒していた。

 最初は近づいてくる存在に気が付いて武器を構えたのが、それがレイとセトだと気が付くと構えていた武器を下ろす。


「レイ●●、セト●●!」

「ああ、そうだな。レイとセトだ」


 リザードマンと冒険者がお互いに意思疎通しているのを見て、レイは少しだけ感動する。

 実際には、レイもゾゾと意思疎通出来てはいるのだが、それはあくまでも石版を使ってのものだ。もしくは、身振り手振りを使ってか。

 だが、レイの視線の先では石版を使わず、普通に言葉による意思疎通を行っていた。


(基本的にここにいるのは決まったメンバーだし、そう考えればそこまで不思議でもないのか?)


 一緒にいる時間が長い分だけ、ある程度は意思疎通が簡単であってもおかしくはないのではないか。

 そう思いつつ、レイは冒険者とリザードマンに向かって軽く手を振る。


「何か異常はなかったか?」

「特にこれといったものはなかったな。……動物の襲撃もなかったし」

「いや、そこはせめて傭兵とかモンスターって言えよ」


 明らかに、昨日食べた鹿肉を連想しての言葉に、レイは若干呆れながらも返す。


(昨日のような、セトと同じくらいの大きさの鹿なんて、そうそういない……いない、よな?)


 ここが普通の場所であれば、レイもいないと断言出来る。

 だが、ここは辺境なのだ。

 それこそ、普通の動物であっても通常では考えられないような姿形になっていてもおかしくはない。

 そして最終的にモンスターとなるのは、辺境という地を考えれば寧ろ当然のことだろう。


(もし俺の予想が合っているのなら、セトはモンスターになる前の動物を倒したのか?)


 だとすれば、セトにとってはお手柄だと言えるだろう。


「セト、よくやったな」

「グルゥ?」


 何故急に褒められたのかが理解出来ず、セトは自分の背に乗っているレイに視線を向ける。

 円らな瞳で自分を見てくるセトが愛らしく、レイはセトの首を撫でた。

 セトは何故自分が褒められたのか、そして撫でて貰えたのかは分からなかったが、それでもレイに撫でて貰えるのは嬉しく、上機嫌で喉を鳴らす。

 セトを撫でながら移動していると、やがて生誕の塔を守る本陣とも言うべき場所に到着する。

 当然のように、その本陣は生誕の塔を中心として用意されていた。

 そこでは、迎えに来た馬車に乗ってレイよりも一足先にマリーナの家を出たガガの姿もあり、ガガは部下のリザードマン達に稽古をつけている。


『レイ様』


 そしてレイの姿を見つけたゾゾは、真っ直ぐにレイに向かって近づいてきて、一礼する。

 そんなゾゾの後ろには、セトがやってきたことを喜ぶリザードマンの子供達の姿があった。

 何を期待してるのかは、昨日の件を考えれば明らかだろう。


「セト、こいつらがお前に乗りたいみたいだけど、どうする?」

「グルルゥ? グルゥ、グルルルゥ」


 レイの言葉に、構わないよと鳴き声を上げるセト。

 そんなセトの言葉は、リザードマンの子供達も当然のように理解は出来ない。出来ないのだが……それでも、鳴き声で大体何を言ってるのかを理解したのだろう。

 喜びの声を上げながら、セトに向かって走って近づく。


『いいのですか?』

「セトが構わないって言ってるんだから、いいだろ」


 石版に書かれたゾゾの文字に、そう返す。


「それで、取りあえず何も問題とかはなかったらしいけど、何か連絡事項はあるか?」

『特にこれといって。……結局昨夜はモンスターや動物、それに同胞や緑人も転移してきませんでしたし』

「そうか。モンスターとか動物はともかく、リザードマンや緑人は転移してきてもおかしくはないんだけどな。……やっぱり、生誕の塔を転移させるので、エネルギーなりなんなりを使いすぎたのか?」

『その辺は私には分かりませんが、そのような可能性は十分にあるかと。……何しろ、これだけの大きさの物を転移させたのですし』

「だとすると、暫く騒動はないかもな。……転移に関しては」


 転移についてはともかく、傭兵のように何者かが襲ってくるという可能性は十分にある。

 襲われた時に対処出来るようにこうして準備はしているが、それも完璧という訳ではない。

 そう思いながら周囲を見回すと、塔の側ではセトに乗れなかったリザードマンの子供達が遊んでいる様子が見えた。


「子供達にしてみれば、ここが自分達の全く知らない場所でも、あまり気にしないんだな」

『そうかもしれません。子供というのはその場所にすぐに慣れますし。それに、向こうの世界にいた時はこうして好きな時に生誕の塔から出ることは出来ない筈だったのを思うと、寧ろこの世界に来て一番喜んでいるのは子供達かもしれませんね』


 しみじみと呟くゾゾの姿は、レイから見ても過去に何かあったのでは? と、そう思う程だ。

 だが、それを聞いてもいいのかどうか分からず、この件についてはこれ以上何も言わず、別のことを口にする。


「ここで寝泊まりをするのなら、それこそいっそ生誕の塔の周辺に簡単な家を作った方がいいのかもしれないな。全員が生誕の塔の中で寝るというのは狭いだろうし、夜に外で見張りをしている時も待機出来る場所は必要じゃないか?」


 リザードマン達がいつまでこの世界にいるのかは分からない。

 また、昨日は転移がなかったようだが、今日以降にまた転移が起こり、新たなリザードマンが来ないとも限らない。

 そのような時に慌てて建物を用意するようなことをしないように、幾つか建物を作って村……とまではいかないが、ある程度快適に暮らせるようにしておいた方がいいのではないか。


『そう、ですね。そうした方がいいのかもしれませんが……一度、ガガ兄上に相談してみます』

「そうしてくれ。俺は俺で、今日は少しここでやることもあるからな」


 やること? と視線を向けてくるゾゾに、レイは生誕の塔と隣接している部分の木を伐採することを説明する。

 トレントの森の木の建築資材がギルムで足りなくなっていると聞き、ゾゾの顔には微妙な表情が浮かぶ。

 自分達が転移してきたのがその理由だろうと想像出来たというのもあるし、何よりも生誕の塔の件が大きいだろうと理解出来た為だ。


『分かりました。こちらとしては問題ありません。建物を建てるにしても場所は必要でしょうし、生誕の塔に邪な思いを抱いた者が近づいてくる時に使われることもあると考えると、寧ろこちらからお願いしたい程です』


 ゾゾにとっても、やはりトレントの森の木々は邪魔に思っていたのだろう。

 防風林や何者かが攻めて来た時に盾代わりとして使えない訳でもないが、それよりも危険の方が多いと判断したのだろう。


「そう言って貰えると、こっちも助かるよ」


 そう言い、レイは早速デスサイズを取り出して生誕の塔の近くに生えている木に向かう。

 この時に注意する必要があるのは、木を伐採した際に倒れる方向だろう。

 樵達と一緒にいる時であれば、倒れる方向を見てすぐに逃げ出すといった真似も出来るが、ここには生誕の塔が存在しており、当然のように生誕の塔は動かすことが出来ない。

 だからこそ、倒す方向にはしっかりと注意する必要があった。


(こっちじゃなくて、トレントの森の方に倒すのが最善だろうな。そうなると、斬るのも向こう側からやった方がいいか)


 そう判断し、生誕の塔側ではなくトレントの森側から、デスサイズを木の幹に振るう。

 本職の樵ではない以上、斬った木をどちらの方に倒すかというのを完全にコントロールするのは難しい。

 生誕の塔の方に倒れたら、それこそまたデスサイズを使ってトレントの森側に殴り飛ばすかどうかすればいいと思っていたのだが、運が良かったのか、単純にレイの技量か、伐採された木はそのままトレントの森の方に倒れていく。

 それを確認し、レイは次の木の伐採に取りかかるのだった。

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