第2081話
「っと!」
ガガの放ってきた回し蹴りの一撃を回避し、次の瞬間には追撃の一撃として放たれた尻尾の一撃を回避する。
その一撃を回避されたガガは、連続攻撃を回避されたことを驚きながらも、納得した様子ですぐに次の行動に移る。
ガガにしてみれば、レイにこの程度の攻撃が通用するとは思っていなかったというのも大きかったのだろう。
レイはガガの攻撃が失敗した隙を突くように前に出る。
三m程の身長を持つガガにとって、レイに近づかれるというのは、あまり面白い話ではない。
身長が高く、手足が長いガガは、言ってみれば長柄の武器を持っているようなものだ。
それだけに、レイのような素早く小柄な相手に懐の内側に入ってこられると対処は難しい。
……とはいえ、ガガの体格は大きい為に懐の内側に入ってくる相手というのは、戦っている者の選択としては少なくない。
「●●!」
地面に着地したガガは、そのまま肘を振るう。
拳では間合いが狭まっている以上は攻撃出来ず、だからこそ短い間合いでも攻撃出来る肘を使ったのだろう。
だが、レイはそんなガガの攻撃を横に跳ぶことで回避し、跳躍した足が地面についた瞬間、再び地面を蹴る。
変則的……もしくは強引な三角跳びとでも呼ぶべき行動は、ガガの意表を突く。
ガガにしてみれば、自分の一撃を回避して間合いの内側から逃げ出したと思った瞬間、再び間合いを詰めてきたのだ。
しかも、レイの一撃はガガが肘を振り下ろした外側……真横からの一撃。
完全に想定外の方向からの一撃である以上、ガガは防御をすることも出来ず、脇腹に拳の一撃をくらい、吹き飛ばされる。
レイとガガの身長差を考えれば、それはいっそコミカルな笑いすらもたらす。
しかし、そこで行われているのは模擬戦ではあっても真剣勝負で、双方共にふざける要素など存在しない。
ガガはその身体の大きさからは信じられないくらい身軽に吹き飛ばされつつも空中で身体を動かし、尻尾を使ってバランスを取りつつ、地面に着地する。
「その巨体でよく動く」
レイが何を言ってるのかは、ガガにも分からなかっただろう。
それでも自分を賞賛しているというのは理解したのか、体勢を立て直しながら笑みを浮かべ、再び構える。
まだ自分は戦えると、そう態度で示しているのだ。
「そうだな、ただ……もう少しすれば朝食の時間だ。いつまでも模擬戦をしている訳にもいかないし、これで終わらせるぞ」
そう告げるレイに、ガガは言葉は理解せずとも、レイの様子から何を言ってるのかを理解したのだろう。
レイに対応するように自分も構え……そして、二人はほぼ同時に地面を蹴る。
だが、瞬発力や加速力といった点では、明らかにガガよりもレイの方が上だった。
ほぼ同時に動き出したにも関わらず、お互いがぶつかったのはガガ寄りの方。
それでも、速度では負けても戦いでは負けないと拳を突き出すガガだったが、レイはその拳を回避しながら更に前に出て、肩からガガにぶつかっていく。
いわゆる、タックル。
小柄で、それでいながらガガよりも高い身体能力を持っているレイである以上、ガガの巨体であろうとも吹き飛ばすには十分な衝撃を生み出す。
「●●●っ!」
斜め前に跳躍するように放たれたタックルは、ガガの腹部に命中した。
……もしこの時、レイが踏み込みのタイミングを間違えたりしていれば、あるいは腹部よりももっと下……ガガの股間にタックルが決まっていた可能性もあるのだが、レイはそのことに全く気が付いていない様子だ。
数m吹き飛び、何度か地面にバウンドしてようやく動きを止めたガガ。
しかし、その時には既にレイが倒れているガガの前まで移動しており、すぐにでも拳を放つ準備を整えていた。
「……」
数秒の沈黙の後、ガガは両手を挙げる。
これまでの戦いから、両手を挙げることが降伏の合図だと知っているのだ。
そんなガガを見て、レイも構えを解く。
太陽が輝いているが、春らしく朝はまだ若干寒い。
だが、マリーナの精霊によってすごしやすくなっているこの中庭では、そのような寒さなどは全く関係なく動き回ることが出来た。
「どうやら、終わったみたいね。なら、次は私と……」
「ヴィヘラ、もう朝食の時間よ」
レイとガガの模擬戦が終わったのを見たヴィヘラが、次は自分の番だと口にしようとした時、それを遮るようにマリーナが庭にやってきて、そう告げる。
「今日はちょっと早くない?」
「別にそうでもないけど。……そうよね?」
「うむ。多少の誤差はあれども、いつもとそう極端には変わらないな」
「ん」
マリーナの言葉にエレーナがそう答え、空腹のビューネも早く朝食を! と、一言呟く。
アーラのみは、何ともいえない微妙な様子でヴィヘラを見ていたが、寧ろヴィヘラには朝食を催促するよりもそんなアーラの視線の方が大きなダメージを与えていた。
「わかったわよ。朝食にしましょう。……結局今朝はあまり戦えなかったわね」
「いや、それなりに戦っていたと思うぞ?」
愚痴るヴィヘラに、レイがそう告げる。
実際、ヴィヘラはレイともガガとも模擬戦をやっているのだから、本人が口に出すように戦えなかった訳ではない。
それでも、出来ればもっと模擬戦をしたかったというのが、ヴィヘラの正直な思いなのだろう。
とはいえ朝食の時間だということは、それが終われば今日も一日仕事が始まる。
出来れば強い相手が喧嘩騒ぎでも起こさないかと思いつつ、ヴィヘラは朝食の準備を手伝うのだった。
「あ、レイさん」
ギルドに入ったレイを見つけ、レノラがそう声を掛けてくる。
まだ朝も早い時間だが、ギルドには仕事を求めて大勢が集まっていた。
基本的に人混みが好きではないレイだったが、それでも今は色々と大変な状況なだけに、このような時間にもギルドに来る必要がある。
人混みの中を縫うように移動し、やがてカウンターに到着したのだが……
「いいのか?」
「へい」
レイの前に並んでいた男が、あっさりとレイに場所を譲ったのだ。
「ただ、その……握手をお願い出来ますか?」
「……まぁ、いいけど」
レイが深紅の異名を持つ冒険者だというのは、ギルムでは広く知られている。
だが、増築工事で仕事を求めてギルムにやって来たばかりの者にしてみれば、異名持ち冒険者というのは一生にそう何度も出会えるものではない。
その相手に自分の場所を譲るだけで握手して貰えるのなら、それこそ男にとって順番を譲らないという選択肢はなかった。
(アイドル的な存在か何かなのか?)
微妙な気分を味わいつつも、レイは素直に男と握手をして順番を譲って貰う。
「あ、あはは。レイさん、人気ですね」
「正直、喜んでいいのかどうか迷うな。それで、今日の俺はどうすればいい? 実は昨日、増築工事をやってる連中が建築資材の残りに不安を抱えて殴り合いになったって聞いたんだけど、生誕の塔の護衛なら、あの辺にある木を伐採して運んでもいいけど」
昨夜マリーナから聞いた事情を話すと、レノラは笑みを浮かべて頷く。
……その隣では、他の冒険者の相手をしながらケニーが羨ましそうな表情でレノラを見ているのだが、本人はそれに気が付いていないのか、もしくは気が付いていても意図的に無視しているのか。
ともあれ、レノラはレイに向かって何枚かの書類を出す。
「こちらにサインをして貰えば、木の伐採と運搬も別の依頼として受理しておきますので」
「いいのか?」
「はい、レイさんなら問題はないでしょうし。……それに、伐採された木は多い方がいいので。一応、今日から樵の皆さんも仕事を再開するのですが」
「……するのか? なら、別に俺がわざわざやる必要は……」
「いえ、やって下さい。少なくても何日かはお願いします。それと樵の人達の仕事も再開されるので、伐採された木の運搬も」
「いいのか? 元々俺が木の伐採をやらないのは……」
「ええ。レイさんの言いたいことは分かりますが、今回に限っては例外です。今は少しでも多くの木を建築資材にする必要がありますから」
「そう言っても、魔法的な処理をする必要がある以上、今日伐採して今日すぐに建築資材として使える訳じゃないだろ?」
「それでも、です。その辺は錬金術師の人達に任せればいいですから」
レノラにそう言い切られると、レイとしても素直に頷くしかない。
実際、錬金術師達は性格は色々と問題あるが、技量的には十分一流と呼んでもいいだけのものがあるのだから。
……冬に倒した巨大な目玉の素材を見せて欲しいと言われたり、使わせて欲しいと言われたりするので、レイとしてはあまり近づきたくない者達なのだが。
「分かった。こんなことで増築工事が止まるのも面白くないしな。俺も少しは頑張るよ」
「ありがとうございます。……ギルドとしても、出来るだけ人を派遣したいんですけどね」
申し訳なさそうに言うレノラに、レイは少し気になって尋ねる。
「樵を派遣するのはいいけど、塔の件はどうするんだ? 出来るだけ話を広めたくないんだろ?」
塔、というところだけは他人に聞こえないように小さく呟く。
レノラも、そんなレイの気遣いに微かな笑みを浮かべる。
「それはそうですが、やむを得ないという判断らしいですね。勿論樵の人達にはトレントの森で見た光景を話さないようにと言ってはいるんですけど……」
無理でしょうね、と。
レノラは半ば駄目元といった様子で告げる。
実際に今回の一件では口止めをしても殆ど効果がないというのは、レイも予想出来た。
恐らく。今日の仕事が終わった後に酒場に繰り出したり、娼館に向かったりといったところで、生誕の塔についての話をするのは間違いないだろう。
そもそもの話、生誕の塔については情報に詳しい者であれば知っている。
傭兵が生誕の塔を襲った時のことを思えば、それは明らかだろう。
……ダスカーの部下や冒険者の中に情報を流した者がいる、というのはレイにとっても非常に面倒に思えるのだが。
ともあれ、現在が厄介な事態になっているのは間違いのない事実だった。
「情報が広まる……今以上に広まるのは、時間の問題か」
「そうでしょうね。それで、リザードマンの方は問題ないんですか?」
「ああ。基本的には大人しい奴が多いな。上がしっかりとしているからだろうが」
ガガやゾゾといったリザードマンは、非常に理知的だ。……ガガの様子からそんな風に考えるのは若干難しいかもしれないが、少なくても自分達以外を下に見て、侮るような真似はしない。
最初に会った時にレイが実力を見せつけ、マリーナの家で暮らすようになってからも、ヴィヘラやエレーナと模擬戦を行うことによって、決してこの世界の人間が侮れる相手ではないと判断している為だろう。
……ゾゾの兄のザザだけしかこの世界に来ていなければ、転移してきた緑人達を守ってリザードマン達と全面的な戦いに発展していた可能性もあるのだが。
そういう意味では、最初にゾゾが転移してきたのはレイにとって……いや、ギルムの住人にとって幸運だったし、第三皇子のガガが転移してきたのも幸運だったと言えるだろう。
「じゃあ、俺もそろそろトレントの森に向かうかな。ゾゾ達が待ってるだろうし、樵達も行くんだろ?」
「正確にはもう行った、ですね。昨日無理だった分、今日は少しでも多くの木を伐採したいと、かなり張り切っていたようですから」
「樵の鑑だな」
感心しつつ、レイはカウンターの前から移動する。
レイの後ろには場所を譲った冒険者がいたので、その冒険者に感謝の意味を込めて軽く手を振る。
そんなレイの態度が嬉しかったのか、冒険者の男は先程握手した手を振り返しながら満面の笑みを浮かべていた。
喜びすぎて、今日は仕事にならないんじゃないか? と、微妙に思ったレイだったが、実際にはこの冒険者はかなり頑張って働き、上に認められることになり、その後はその上の人物の妹と恋愛関係となり、結ばれることになるのだが……レイがそれを知ることはない。
「グルルルルゥ!」
レイがギルドから出ると、何人かの冒険者と遊んでいたセトが目敏くレイを見つけ、嬉しそうに喉を鳴らす。
『あー……』
そんなセトの様子を見て、何人かの冒険者達が残念そうな声を出す。
だが、セトが一番大好きな相手が誰なのかというのは、セトに構う以上は当然のように知っていたので、そのことを残念に思いつつも、それ以上何かを言うようなことはない。
「そうか、皆に遊んで貰っていたのか。よかったな。……ただ、そろそろトレントの森に行くから、遊ぶのはこの辺にしておくか」
「グルゥ」
レイの言葉に喉を鳴らし、セトは分かった! と態度で示し、自分と一緒に遊んでくれた相手、そして色々とおやつをくれた相手に、またねと喉を鳴らす。
そんなセトの行為の意味を理解したのか、セトと遊んでいた冒険者達も、頑張れよとレイとセトを送り出すのだった。
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