第2070話

 ゾゾが生誕の塔の護衛を任されるということが決まると、ダスカーは喜んだ。

 生誕の塔については、リザードマンに任せておけば問題はないし、食料の類を持っていった時もゾゾがいれば意思疎通に困ることはない。

 また、現在領主の館で暮らしているリザードマン達も、生誕の塔で暮らすことになるというのも大きい。

 ガガが来るまでは領主の館にもある程度の余裕があったのだが、ガガが……正確には大量にいるガガの部下が来てから、話は変わった。

 ガガの部下のリザードマンはかなりの人数であり、それを考えるとこれ以上はそろそろ厳しくなってきたと、ダスカーは部下から報告を受けている。

 だからこそ、今回の一件は一石二鳥、三鳥といった具合にダスカーにとって都合がよかったのだ。

 そんな訳で、すぐにリザードマン達を全員生誕の塔へ……と思ったのだが、馬車が足りない。

 また、リザードマンの中でもこの世界の文字や言葉を覚えつつある者がおり、そのような方面で結果を出しつつある者は、現状のまま領主の館で暮らすということになる。


「それで、ダスカー様。トレントの森の木の伐採はどうするんです? 今のギルムは増築工事で、建築資材は幾らあっても足りないんですよね? だとすると、今日はともかく、出来る限り早く再開した方がいいと思うんですが」


 レイのその問いに、ダスカーは難しい表情で頷き、考える。

 ダスカーにしてみれば、今回の一件の舵取りはかなり難しい。

 樵達をトレントの森に派遣すれば、間違いなく生誕の塔が見つかってしまうだろう。

 そうなれば、当然のようにそれが何なのかと樵達も気になるだろう。

 それでも、リザードマンがトレントの森に転移してくるのは直接その目で見て知っているので、そこまで大きな問題にはならないかもしれないが、もしかしたら好奇心に負けて生誕の塔に入り込もうとする者が出て来る可能性がある。


「ギルドの方から、樵にその辺を気にしないように、生誕の塔に行かないようにと言い含めて貰うか。……下手に俺が何かを言うよりも、そっちの方がいいだろ」


 ダスカーの言葉に、マリーナはそれがいいでしょうねと頷く。

 樵もギルムではギルドで仕事を受けている以上、ギルドからの言葉に真っ向から逆らう真似をする者は……いない訳ではないが、少ないだろう、と。

 少ないということは皆無ということでないのだが。樵の中には血の気が多く反抗心のある者もいるので、そのような者たちには注意が必要なのは間違いない。

 元ギルドマスターだけに、マリーナもダスカーの選択肢は決して間違っていないと理解出来る。


「それなら、今日は無理でも明日からは伐採を再開出来るかもしれませんね。……それで、ガガはどうします?」


 話に加わることなく、ゾゾから翻訳された話を聞きつつ、ひたすらにサンドイッチを食べていたガガに視線を向けて、レイが尋ねる。

 ガガは、実力ということであれば、生誕の塔を守るのに十分な……いや、十分すぎるだけの実力を持っている。

 だが、同時にグラン・ドラゴニア帝国の第三皇子でもあるガガに生誕の塔の護衛のような真似をさせてもいいのかという迷いがダスカーにあるのも事実だった。

 ガガは気にしないだろうが、もし後でグラン・ドラゴニア帝国の帝都なり城なりが転移してきたり、もしくは皇族が転移してきた場合、ガガに生誕の塔を守らせていたということが公になると、国としての問題にもなりかねない。

 とはいえ、ガガの巨体を考えると他のリザードマン達と同じように領主の館の中で勉強をするというのも難しい。

 そうなると、このような騎士の訓練場や庭で勉強をすることになるのだが……


(どうだろうな)


 ダスカーの目から見て、ガガは明らかに勉強よりも身体を動かす方を好む。

 見掛けよりも頭がいいというのは知っているが、それでも好むのは身体を動かすほうなのだ。


「ガガ殿はどうするつもりなのか、聞いてみてくれるか?」

『面白そうなので、生誕の塔に行ってもいいとのことです。ただ、夜になったら昨日泊まった場所で眠りたいと』

「昨日泊まった場所? それは……」


 ゾゾの言葉に、ダスカーは……いや、この場にいる殆どが、マリーナに視線を向ける。

 視線を向けられたマリーナは、特に驚く様子もなく頷く。


「私? それはいいけど……家の中には入らないから、中庭で寝ることになるわよ?」

「いや、その前にゾゾがいなければ、ガガは言葉が通じないんじゃないか?」

「その辺は、身振り手振りで意思疎通をするしかないでしょうね」

「ちょっと待て」


 マリーナとレイの会話、ダスカーは半ば反射的にそう割り込む。


「今、マリーナの口から聞き逃せないような内容が出た気がするんだが? ……ガガ殿を中庭で眠らせたというのは、何かの冗談だよな?」

「残念ながら本当よ。そもそも、ガガを見れば私の家に入ることは出来ないと、すぐに分かるでしょ?」

「いや、だが……」


 マリーナの言いたいことはダスカーにも分かる。

 だが、それでも一国の皇子を庭で眠らせるというのは、非常識なことにしか思えなかった。


「勿論、ただ眠らせただけじゃないわ。まず、精霊魔法を使って眠りやすい寝床を作ったし、毛布とかも用意したし、何より眠っていても安心出来る環境を中庭につくったもの」

「それでも……いや、ガガ殿が希望したのなら、しょうがないが」


 ガガがゾゾと共にいることを望み、また自分と互角に戦ったレイともっと話したいと思ったり、歓迎会の後に行われたヴィヘラとの模擬戦だったりと、間違いなくガガにとってマリーナの家での生活――まだ一日だけだが――は楽しかった。

 ダスカーはガガがマリーナの家でどのような生活をしたのかは分からないが、それでもガガのそれだけは絶対に退かないという様子を見れば、随分と充実した時間だったのは間違いないだろうと予想出来る。


「あー……ガガ殿がマリーナの家に行くのはいいとして、移動はどうする? 大型の馬車を用意すればいいのか?」


 最終的にはガガについてはレイとマリーナに任せようと丸投げすることにして、ダスカーはそう聞いた。

 馬車にも色々な大きさがあるが、小さい馬車ではガガは入れない……こともないかもしれないが、間違いなく窮屈な状態になってしまう。

 そうなると大型の、ガガが乗ってもゆったり出来るような馬車を用意する必要があるのだが、大型の馬車はそこまで多くはない。

 いや、正確にはかなりの数を有しているのは間違いないのだが、増築工事に貸し出しをしており、現在自由に使える馬車の数は多くなかった。

 それでもガガの送り迎えをしなければならない以上……とそう考えていたダスカーに、レイが尋ねる。


「馬車じゃなくて、いっそ歩いて街中を移動させればどうですか?」

「……は? 本気か?」


 レイの提案に、ダスカーは一瞬の沈黙の後でそう返す。

 だが、レイはそんなダスカーの言葉に本気ですと頷いてから口を開く。


「ゾゾやガガがいつまでこの世界にいるのかは分かりませんが、場合によっては長期間……数ヶ月、数年といったことになる可能性もあります」

「そうだな。それは否定の出来ない事実だ」

「なら、数年……最悪、数十年もの間、ガガには街中を歩かせないようにするんですか? それは、色々と無理があります。それに、今ならゾゾや他のリザードマンがいることもあって、ガガを見てもそういうリザードマンか、ということで納得する人も多いかと」


 レイの言葉に、ダスカーはガガを見る。

 ゾゾを通してレイとダスカーの話は聞こえているのだろうが、ガガが特に何かを言う様子はない。……ただ、サンドイッチを味わっているだけかもしれないが。


「だが、レイが言うのとは逆に、ガガ殿を怖がって他のリザードマンに対しても恐怖を感じるようになる者がいる可能性もある。それはどうする?」

「その辺は、正直なところ放っておくしかないとしか。実際、今だってセトを見ても怖がる人がいますよね?」

「グルゥ?」


 レイの言葉に、セトは喉を鳴らしながらレイに視線を向けてくる。

 その動きでセトの頭の上にいたイエロが転げ落ちたが、そのイエロも地面に落ちるよりも前に翼を羽ばたかせて無事着地した。

 非常に愛らしく、ギルムではマスコットキャラ的な存在となっているセトだが、それでもギルムの住人の中にはどうしてもセトと……モンスターと相容れないという者もいる。

 セトですらそうなのだから、ガガのような身長三mもあるような迫力を持つ存在をどうしても受け入れられないという者が出て来るのは当然だろう。


「それなら、いっそのことガガを普通に歩き回らせて強制的に慣れさせた方がいいかと。ガガも、見た目の割に思慮深いので、自分をただ怖がっている相手に攻撃をしたり、驚かせたりといった真似はしないでしょうし」


 レイの言葉を聞き、さすがに何かを言い返したそうになったガガだったが、ゾゾに何かを言われたことにより、黙り込む。

 でしょう? と、そんなガガを見て、レイはダスカーに視線を向ける。

 非常に大胆……悪く言えば大雑把と言ってもいいレイの意見にダスカーは悩む。

 実際、レイの言う通りになればいいのは間違いないのだが、どうしても最初のうちは混乱する者が多くなるのは間違いない。


(いや、その辺は俺が領主として布告を出せばいいのか? そうなると……なるほど。問題は幾つかあるが、ガガ殿のことを隠しておいて、後で問題になるよりはそちらの方がまだ楽か。同時に、ガガ殿を隠蔽し続けるのも、こちらが何か妙なことを考えていないかと思われるな)


 それ以外にも、やはりガガを延々と馬車で運び続けるのも無理がある、と思えた。


「色々と考えなければならないので、今すぐにとはいかん。だが、有益な意見なのは間違いない以上、前向きに検討させて貰おう」


 前向きに検討という言葉が微妙に政治家らしい発言だと思うレイだったが、ダスカーのこの発言はレイの提案を煙に巻くといったものではなく、本当の意味で前向きに検討をするということだというのは分かったので、素直に頷いておく。


「分かりました。では、お願いします。……ただ、その辺が決まっていないのなら、今日は馬車をお願いしますね。ガガを生誕の塔まで連れていったり、マリーナの家に連れていったりといった時に、騒がれると困りますし」

「分かっている。そっちはすぐに用意するから、気にするな。レイの提案を実行するかどうかは分からないが、その辺は重要なことだしな」


 ダスカーの言葉をゾゾから聞かされたガガは、自分の行動に思っていたような制約がつくということはないと知り、満足そうに頷く。

 客観的に見た場合、レイとダスカーの会話の内容でもそれなりに制約がついているのだが、ガガにとってその程度なら許容範囲内なのだろう。

 それでも若干窮屈なのは変わりないが、今の状況を考えるとガガにとってはそれでも十分だったのは間違いない。


『ガガ兄上も、昨日と同じ場所で寝られて生誕の塔に行けるのであれば、問題はないそうです』


 ゾゾの言葉に、ダスカーは安堵する。

 もしこの場でガガがそれは許容出来ないと言われれば、色々と……本当に色々と面倒な事になっていたのは、間違いない。

 それを知って、ガガもこうして許容……言ってみれば妥協してくれたのだろうというのは、ダスカーにも理解出来た。


「では、そのように。……なるべく早くこちらも、どうするか決めるので」


 ダスカーの言葉によって、ガガの件は取りあえず決まる。

 そうなると、次に話題になるのは生誕の塔のことだった。

 ダスカーも生誕の塔にいるという、リザードマンの子供達については深い興味を持ったのだろう。

 そんなダスカーを見て、レイは無理もないかと思う。

 レイが見た限りでも、リザードマンの子供は非常に可愛らしい様子だった。

 リザードマンの子供だというのは見れば分かるのだが、それでも十分愛らしいと表現出来る。

 実際に生誕の塔にやって来た者達は、リザードマンの子供達を見て優しそうな笑みを浮かべていた者も多い。


(リザードマンの子供がどれくらいで大人になるのかは分からないけど、可愛い物好きの冒険者なら護衛として生誕の塔に行ったりも……いや、場合によってはそういう冒険者達からリザードマンの子供を守る者も必要になるのか)


 生誕の塔を護衛する冒険者からリザードマンを護衛する冒険者。

 そう考えたレイは、非常に複雑な状況に何と言えばいいのか分からなくなる。

 とはいえ、現在ギルムにいるリザードマンは、その殆どが男だ。

 だとすれば、現在生誕の塔にある卵が孵ると、それ以降に新たな卵は産まれない……


(いや、世話役のリザードマン達は女だったか。だとすれば、新たな卵が産まれる可能性は十分にあるのか。……もっとも、どうしても男の方が圧倒的に多いから、卵の数は少なくなるだろうけど)


 そんな風に考えつつ、レイはダスカーに生誕の塔がどのような場所なのかを説明するのだった。

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